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週刊少年Z  作者: 倉田四朗
第三話 Zの日常
9/21

ふたつの選択肢

 顔にびしゃりと冷たい水を浴びせられ、僕は急速に現実に引き戻された。

 いきなりまぶたを開けたために目がくらみ、頭は混乱して大量の酸素を要求する。僕は見たことのない場所にいた。

 冷たく乾いた空気の満ちた、コンクリートの壁と床だけの、何もない部屋だった。僕はその中に転がされていた。

「起きろ」

 恐ろしげな声がして、僕は顔をあげた。そこに立っていたのは少年ゼット――鹿羽エイコと、賀東ビイだった。

 ゼットはマスク越しに僕を見下ろしている。ビイがバケツを足もとに置いた。

「気分はどうだ? まだ寝ぼけているのか?」

 ゼットが言った。

 僕は上体をおこし、前髪をかきあげる。僕の頭はいまだぼんやりとしていたが、ひとつ呼吸をするたびに、だんだんと自分がなぜここにいるのかを思い出していた。

(あのあと……マスクをとったあと、急に気が遠くなって……)

「まだ麻酔が残っているのか? 俺を見ろ」

 ゼットがつかつかと近づいて、いきなり僕の横っ面を蹴った。気分が悪くなるほどの痛みと、傷口が開いたことによる出血が起きる。冷たい床に、ぽたぽたと血が落ちる。

 僕の前髪が掴まれて、むりやり顔を向けさせられた先には、しゃがんだゾンビの顔があった。

「俺の言ってることがわかるか?」

「あ、ああ。痛い。やめてくれ」

 ゼットは僕の頭から乱暴に手を離した。

「おまえはやっちゃいけないことをした」

 ゼットは立ち上がった。近くで見てやっと気づいたのだが、僕が彼女を男だと勘違いしたのは、ライダースーツの内側にしこまれたプロテクターのせいで体格ががっちりして見えたからだった。

「おまえに選択肢はふたつだ」

 ゼットはそう言って、袖の下からブレードを飛び出させる。

「ここで死ぬか、あとで死ぬかだ」

「……鹿羽さんが、ゼットだったんですね」

 ぽつりと、僕は言う。ゼットは無言のまま。

「あんたが、千代田先輩を殺したのか」

「千代田サヤコじゃない、ゾンビハートだ。化け物だ」

「この人殺しめ」僕は立ち上がった。

「加藤先生も殺した! 僕も殺すのか」

「そうだ」

 ゼットはブレードをひと振りする。

「おまえも殺す」

「そのうちバレるぞ、警察に」

「バレないさ。俺を誰だと思ってるんだ」ゼットは鼻で笑った。

「それよりも、口のきき方に気をつけろ。今おまえが生きているのは完全に俺の善意のおかげなんだからな」

 僕は彼の、いや彼女の言葉の真意がわからなかった。横目でとなりのビイを見ると、彼はすました顔でそこに立っていて、僕のことを冷ややかな視線で見ている。視線がかちあって、僕は目をそらす。

「おまえは言ったな? 『手伝わせてくれ』と」ゼットが言った。

 僕は一瞬、なんのことかわからなかったが、すぐに思い出してうなずいた。保健室で、僕は彼女にそう言ったのだ。

「それは本心か?」ゼットが首を鳴らす。

「あ……ああ」

「じゃあ答えろ。理由はなんだ? おまえに戦う理由があるのか?」

 ゼットは僕の真正面に立った。僕はゼットの瞳を見、彼女も僕を覗きこんだ。

「理由……」

「そうだ、理由だ。俺はそれが聞きたくておまえを生かしている」

「理由……」僕はその言葉を舌でころがす。

(……僕はどうして、あのとき保健室に行ったんだろう……?)

 あのとき僕を突き動かした衝動はなんだったのだろうか。陣内ナオコが人間か、そうでないかをたしかめたいと感じたのは、単なる我が身可愛さや、好奇心によるものではなかったはずだ。あのとき、僕の胸には激しい火があった。なにもかもを破壊したいと思うほどの火だ。その火は、いつからくすぶり続けていたのか――

(――そうだ。加藤先生に、千代田先輩がいなくなったことを聞いてからだ)

 僕は思い出した。

 僕は理不尽さに怒りを覚えたのだ。人間にばける怪物の存在や、それに巻き込まれて痛みを感じたことよりも、千代田サヤコというひとりの女性の痕跡が、その真実すらわからないまま、誰も知らない場所に追いやられてしまったという理不尽への怒りだ。だから僕はなんとしても、あの怪物の正体を知りたくなった。彼女は必然によっていなくなったのだと納得したかった。

 そしていま、答えを得た僕の胸に燃え盛るこの炎は――

「僕は千代田先輩が好きだった。あいつの命を奪ったのは、ゾンビハートなんだよな?」

 僕の問いかけに、ゼットはうなずいた。

「――復讐だ。あのきみの悪い化け物どもを、叩き潰してやる」

 マスクの向こうで、エイコが笑った。

「いいだろう。来い」

 ゼットはブレードをおさめ、僕に背を向けて歩きだした。彼女の向かう先は部屋の片隅で、そこには金属の扉がある。僕はあわててついていく。

「来週からビイと一緒に俺を手伝え。証拠隠滅にはとにかく人手がいる」

「助かります」

 歩きながらビイがお辞儀をする。

「そういえば、千代田先輩や、加藤先生はどうなったんだ?」

 僕が訊くと、ビイが答える。

「死体は我々が処分いたしました」

「処分って……」

 いまさらながら、僕は彼らが殺人の証拠となるものをことごとく隠蔽していることが恐ろしくなった。彼らにとって、人間を消すことはそう難しいことではないのだ。

 ゼットが扉を開き、僕とビイはそのあとに続く。扉のすぐ先には上へとのびる階段があり、その雰囲気から、僕はここが地下室だったということを知った。

「あんたたちはどうやって死体を処分してるんだ?」

「穂村さん」ビイがするどく僕の名を呼んだ。

「これから私たちと一緒に仕事をする以上、お嬢への言葉づかいには気をつけてください」 

 その言葉に、僕は前々から気になっていたことを訊いてみることにした。

「賀東さんは――」

「ビイで結構です」

「じゃあ、ビイは、なんで鹿羽さんのことを『お嬢』って?」

「それは――」

 僕たちは階段を上がりきった。その先にあるドアを、ゼットが開けた。

「――こういうことです」

 ドアの先は窓がないが、広い部屋だった。部屋には高級そうな調度品がそろっていて、きらびやかな印象だ。日本刀や動物の剥製が壁際に飾られ、床には虎の毛皮がしいてある。壁の、天井に近いところには大きな額縁があり、その中には墨で『仁義』と書かれている。部屋の中心にはどっしりとした大きなデスクと革張りの椅子があって、僕たちはその後ろの屏風に隠されたドアから出てきたのだった。

 僕はかつて映画や漫画で、この部屋とそっくりな部屋を何度も見たことがあった。そして血の気が引いた。おそろしくなってビイとゼットを見比べる。ビイはうなずいた。

「あの……まさか……?」

 僕が部屋の隅っこに立ち尽くしていると、ゼットはゾンビのマスクを脱ぎ、代わりに侍の面頬のようなものを見につけ、髪を振り乱した。鹿羽エイコはゆっくりとこちらを振り向いた。

「そうさ。私は極東会鹿羽組次期組長、鹿羽エイコだ」

「あらためて、私は今は亡き先代組長からお目付け役を仰せつかっております、賀東ビイと申します」彼はエイコのとなりで深々とお辞儀した。

 僕はあやうく、また気絶するところだった。

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