Zの素顔
ゼットは保健室内に足を踏み入れた。加藤が彼を見、腕の刃をギラつかせる。僕は後ずさり、部屋の壁に背中を預けた。
「お前か……最近俺たちを潰してまわってるのは」
加藤が芋虫を喉奥に引っ込め、人間の顔でニヤニヤしながら言った。
「そんなマスクして、頭おかしいんじゃねぇのか?」
ゼットは加藤の言葉を聞いているのかいないのか、ズカズカと保健室内を歩き、加藤にちかづく。
「それ以上ちか――」
直後、加藤が吐血した。ゼットが素早く伸ばした腕からブレードを飛び出させ、目にも止まらない早業で加藤の胸に突き刺したのだ。加藤は目を白黒させた。
「え……ばっ……!?」
ゼットがブレードを引き抜くと、加藤はその場に膝をついた。右腕の変形がもとに戻り、胸の穴から赤黒い、強烈な臭いのする液体が床に広がっていく。
「うぞ……だぼ……? ぞんな……」
加藤の口が大きく開き、中からふたたびゾンビハートが顔を出す。明らかに弱っているそれを、ゼットはブレードで突き刺した。あまりにもあっけなく、ゾンビハートは絶命する。
「おい、お前」
ゼットがいきなり僕を見た。僕はあやうく悲鳴をあげそうになった。
「後片付けをするから、そこの女を連れて出ていけ」
「は、はい……」
僕は視線を落とした。するとそのとき、自分の手ににぎられた一本の包丁が目に入った。
しげしげと眺めると、包丁の刃に自分の顔が反射する。自分自身と目があった瞬間、僕の中に不思議な勇気が湧いてきた。
(今の僕には、力がある!)
僕は口もとを結んだ。
「ゼット!」
僕が叫ぶと、彼はこちらを見た。仮面越しに見えるその視線の鋭さに僕は気圧されそうになったが、それでも包丁をかまえた。
「おま、おまえは、誰だ! 顔を見せろ!」
だがゼットは動じない。僕はますます怖くなって声をはりあげた。
「ゾンビハートってなんだ! お前の目的はなんだ! 何人殺したんだ! おまえは――むぐっ!?」
「黙れ」
ゼットが僕の耳元で囁いた。彼は僕が騒がしくなったのを見るやいなや、一気に僕との距離をつめ、あごを押さえて壁に押しつけたのだった。同時に、彼は手首をねじりあげ、僕は包丁をとりおとす。
「おまえがわめくと騒ぎが大きくなる。大きくなったら、また人が死ぬ。いいか、俺はこの学校にいるやつ全員を殺そうがなんでもないんだ」
ゼットの冷静な口調に、僕は彼が本気でそう思っている
のだとさとって戦慄した。
「まだわめくか?」
彼はそう訊いてきた。しかし僕は敵意をもってうなずいた。ここで引き下がったら、二度と真相に到達できない――そんな気がした。
「……まだ食らいつくのか、バカめが」
ゼットは僕の目を見て言った。
「わかった、じゃあ教えてやる」
彼は憎しみのこもった声で語る。
「ゾンビハートどもは昔からこの世界にいた。だが数は少なかった。数百万人にひとりという数だった。しかしここ数年、この街だけで、なぜか急に数が増えている。俺は独自に調査して、ひとつの結論にたどり着いた」
マスクの下で、ゼットが顔を歪めたのがわかった。
「誰かがこの町にゾンビハートをバラまいてやがる。人間を殺し、そいつの人生を乗っ取るのを楽しんでる奴がいるんだ。俺の目的はそいつを殺すことだ」
彼はそう言って僕を壁に押しつけると、手を離した。そのまま座り込む僕の顔の横の壁に、彼のブーツが押し付けられる。
「わかったらさっさとあの女を連れていけ、さもないとおまえも殺すぞ」
「僕にも!」
思考の前に、言葉が出た。
「僕にも手伝わせてくれ!」
「ふざけるな!」
ゼットは怒鳴る。
「遊び半分で首を突っ込むんじゃない。おまえはひとりで人も殺せないだろうが」
「……そうだな。だけど、殺せずとも……」
僕の行動は素早かった。
僕は頭の横にあるゼットの足を掴むと、立ち上がった。ゼットは驚きつつも、何もできずに床に倒される。僕は彼の体を押さえこもうとした。
「てめぇっ!」
ゼットが怒りの声をあげ、腕を振る。僕の左頬に痛みが走った。
ゼットが腕からブレードを出していた。頬から熱い液体があふれるが、僕は無視して彼のマスクに手を伸ばす。
「ばっ、やめ――!」
ゼットの素顔があらわになった。その素顔を見て、僕は驚愕した。
「鹿羽……エイコ……!?」
マスクの下には、黒い長髪をスーツの内側に隠し、恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にした鹿羽エイコの顔があった。




