疑惑と答え
「犯行声明……?」
僕はくりかえした。
「ええ、そうです」
ビイはうなずく。
「もしも、あなた様のご両親――または友達や恋人――がある日突然殺されて、しかもその様子を面白おかしいマンガにして広められたら、あなたはどう感じますか?」
「……なるほど」
僕はその気持ちを想像し、納得した。もしそんなことをされたら、きっと怒り狂って、なんとしても犯人をつきとめたくなってしまうだろう。ゼットはそうして近づいてきた人間を――否、化物を――襲っているのだ。
「でも、なんでそんなことを知ってるんすか? それに、ゾンビハート……だっけか、その存在も。もしかして――」
僕はエイコとビイを睨んだ。
「――どっちかが、ゼットだとか?」
「……そう見えます?」
ビイは肩をすくめた。エイコはますます強く膝を抱えた。
正直なところ、このふたりのどちらかがゼットとは思えなかった。あの夜見たゼットはがっしりとした体型の、あきらかな男性だったからだ。その時点でエイコは違うし、ビイの方は背が高すぎるように思える。
「だけど、ゼット本人と『週刊少年Z』の作者が同じとは限らない」
僕は鋭くそう言った。
「そうですね」
ビイは肯う。
「でも私たちは作者でもありません。証拠をお見せしましょう」
すると彼は作業机からひとつの大きい封筒を取り出し、中に入っていた紙束を僕に渡した。そのとき、なぜかエイコがアッと声をあげた。
「お嬢が普段描いてらっしゃる漫画です」
それはあの夜僕も見かけた恋愛もののマンガだった。タイトルは『天皇と不良の禁断の恋〜ほとばしるキミのカルピス〜』だ。僕はその内容を読んで「うわぁ」と声が出た。
「……う……うぅ〜……!」
鹿羽エイコが耳まで真っ赤になったまま、ますます丸くなっていた。気の毒になった僕はビイに原稿を返す。
「あの……なんかごめん」
僕はエイコに謝った。彼女はぶつぶつと「腐バレした腐バレした腐バレした腐バレした死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい」とわけのわからないことを呟いている。
「とまぁ、こういうことです」
ビイが原稿をしまった。
「なるほど、絵が全然ちがいますね」
僕は言った。
今、僕が見せられたマンガの絵は、非常に細く繊細なタッチの少女マンガだった。対して、週刊少年Zの絵はどちらかといえば写実的な部類だ。
「ご納得いただけましたか?」
ビイが言う。僕はうなずいた。
「でもそれじゃあなんで、ふたりは週刊少年Zを追ってるんですか?」
僕が質問した直後、いきなり空気が変わった。ビイの顔つきがますます憮然としたものとなり、エイコのうめきがいきなり止んだ。周囲の気温が一気に下がったような気がするのに、僕の額を汗がつたった。
「穂村様」
ビイが言った。
「申し訳ありませんが、その質問には答えかねます」
「……はい」
食らいつく勇気は僕にはなかった。
「むしろ我々のほうが逆にお訊きしたいですね、穂村様。あなたはなぜ週刊少年Zに関わろうとするのですか?」
僕はビイからの問いかけに、言葉に詰まった。なぜなら僕はただ単に、千代田サヤコに巻き込まれただけだからだ。
もちろん、あの夜起こったことの正体をたしかめたいという気持ちもあるし、自衛したいとの想いもある。だがそれだけだ。僕にはそれ以上、踏み込むに値するものがなかった。
絶句したままの僕を、ビイが見下ろし、エイコが見つめる。やがてエイコがおもむろに立ち上がり、机で何かを書きつけて、僕にそれをさしだした。
「こ、これ……リスト……疑いの……」
彼女がぼそぼそ喋るので、聞き取れない。僕は視線でビイに助けを求めた。
「お嬢、それは……」
ところが、ビイもややためらっているようだった。彼はエイコと視線をぶつけ、それから諦めたように小さく首をふる。
「……それは現在ゾンビハートの疑いがある人物のリストです」
「……え!?」
僕は驚き、エイコの手から恐る恐るリストを手にとった。そこには男女数人の名前が書かれている。
「警告しておきますが」
ビイが強い語調で言った。
「それは穂村様の自衛のためにお渡しするのであって、そのリストに載っている人間が本当にゾンビハートである確証はありません。けっして、無謀なことは考えないように」
ビイの言葉で、話は終わった。
部室を出た僕はこっそりとそのリストを確認し、そして驚いた。
リストの一番下に、この学校の養護教諭、陣内ナオミの名前があったからだった。
僕は部室を出たその足で保健室に向かっていた。向かって、その後どうしようなんてことは考えてはいなかった。ただ強い焦りにも似た衝動が、僕の足を突き動かしていた。なんとしても、陣内ナオミの正体を暴かなければならない。
僕が保健室にやってきたとき、しかし彼女はその中にいなかった。扉に鍵はかかっていなかったから、きっとなにかちょっとした用事で留守にしているだけだろう。僕は保健室の中に忍び込み、ほかに誰もいないことを確認すると、ベッドの下に隠れた。
(尻尾を掴んでやる……化物め)
僕はそう思いながら息をひそめ、腰の後ろの包丁に触れた。タオルに包まれた不吉な金属の感触が、とても頼もしく感じた。
しばらくすると廊下から二組の足音が近づいてきて、談笑しながら扉を開けた。見えたのは、ヒールを履いた女性の足と、運動靴を履いた男性の足だ。おそらく生徒ではない。
「いやぁすいません、陣内先生。お忙しいのに」
男性の声が聞こえて、僕は身をこわばらせた。この声は間違いない、加藤先生の声だ。
「いぇ、お気になさらず」
女性はやはり陣内ナオミだ。彼女らは丸椅子と背もたれのある椅子にそれぞれ座った。
「それで、話ってなんですか?」
陣内ナオミが背もたれのきしむ音をたてる。
「いやぁ……それがですね」
加藤が照れくさそうな声を出した。
「言いにくいことなんですが……」
「私は気にしませんよ」
「すいません、では率直に言いますと……」
加藤が立ち上がり、彼女の前に立つ。
「繁殖したいんです、あなたに」
陣内ナオミも、僕も言葉を失っていた。加藤はそのまま陣内につめよる。ガタガタという、剣呑な音が響いた。
「んー! んー……!」
陣内のくぐもった声がした。どうやら彼女は口を塞がれているらしい。
「大丈夫、じっとしてればすぐ済みますよ」
加藤がさらに彼女に近づいた。僕はもう我慢できなかった。
僕は急いでベッドの下から這い出して、叫んだ。
「何やってんだ!」
だが目の前の光景に、僕は固まってしまった。
顎が外れた加藤先生の喉奥から、人間の口がついた白い芋虫がはい出てきていたのだ。陣内先生は加藤に口を手で塞がれていて、怯えきった眼差しで僕を見ていた。
「か、加藤……!?」
「なんだぁ、穂村、こんなとこで何してんだぁ」
加藤は陣内先生の口を塞いだまま、芋虫の部分だけをこっちに向けた。僕は総毛立った。
「ひ、ヒィ……!」
僕はあわてて腰後ろの包丁を抜き、両手で構えた。
「オイオイ……危ないだろう」
加藤は陣内の肩をおさえていた手を素早く彼女の首に伸ばし、ぎゅうと力をこめる。陣内は口をぱくぱくさせながら数秒間悶えたが、やがて白目をむいて動かなくなった。それから加藤は彼女から離れ、体を僕のほうに向けた。
「包丁なんて、校則違反だぞぅ」
そう言って、加藤は腕をまくって片手をかかげる。彼の右腕の肘から先がゴキゴキ音を立てながら変形し、大きな刃になった。
「あ……あ……」
あまりの恐怖に、僕は動けない。時刻はまだ夕方だ。窓の外からは運動部たちの掛け声や、楽しげな笑い声が聞こえてきている。学校のとなりの道路を行き交う自動車のエンジン音もかすかにする。そんなごくありふれた日常のなか、この保健室だけが、世界から切り離されたかのようだった。
「声を出すなよ。出したら、殺すからな」
加藤はそう言って僕に近づいてくる。
あまりの恐ろしさに、僕はあの名前を口にせざるを得なかった。
「助けて……ゼット……!」
直後だった。保健室の入り口が勢い良く開かれた。その先には、異様な人物が立っていた。
黒いレザーのライダースーツに、グロテスクな仮面を被った怪人――少年ゼットが、そこに立っていた。




