菱屋高校漫画研究部への取材
僕の高校――私立菱屋高校は、月に一度、校内新聞を発行して掲示している。そのための取材と記事作成が、僕の所属する新聞部の主な活動だった。
「さ、ここ、ここ」
千代田サヤコが、部室棟の片隅にある、錆だらけの扉の前に立った。扉には『漫画研究部』と書かれた表札がかかっている。日当たりが悪く、おまけに廊下の照明も切れているためか、あたりは薄暗くて不気味な雰囲気が漂っていた。
「なんか……怪しいっすね、活動してるのかな?」
僕が声をひそめて素直な感想をもらすと、サヤコは少しだけ首をかしげた。
「漫研なんてどこも怪しいもんでしょ」
「先輩声でかいっす」
「ほんじゃま、いきますか」
サヤコは咳払いをひとつすると、扉をノックした。
「すいませーん!」
金属的な音と、サヤコの声が響いて消える。しかし、誰も現れなかった。
「留守……ですかね?」
「あれー、おかしいなぁ。この曜日でこの時間なら活動してるはずなのに……」
僕らが顔を見合わせた直後、扉の向こうでガサゴソ動く音がして、ゆっくりと扉が開いた。扉の先には、見上げるほどに背の高く大柄な男子生徒が立っていた。
「おまたせいたしました。どのようなご用件でしょうか」
その男子生徒はていねいだが威圧的なおじぎをすると、するどい眼光で僕らを見下ろした。まるで熊かライオンのような大型肉食獣の風格にあふれた男子だった。
「え、えぇと……」
さすがのサヤコも少しおびえてしまったらしく、言葉が出てこないようだった。僕は彼女の前に出て言った。
「新聞部です、校内新聞の取材にきました。部長さんはいますか?」
すると男子生徒はうやうやしくおじぎをする。
「承っております。では、こちらへどうぞ」
彼は僕らを部室内に招き入れた。
漫画研究部の部室ということで、僕は小汚い部屋を連想していたのだが、実際は正反対だった。縦長の部屋の床には埃ひとつなく、まるでどこかのお屋敷のように、絶妙な位置に花やポスターが飾られている。部屋の中央にはいくつもの机を連結させた長い作業机があり、デジタル作画のためのパソコンや、アナログ作画のための画材がきっちり整頓されて置かれていた。部屋の最奥の壁は一面が大きな本棚になっていて、天井までぎっちり漫画本や資料本が詰まっている。その片隅に、なにやら顔を壁に向けて丸まっている人物がいた。
「お嬢、新聞部の方々がいらっしゃいました」
出迎えた男子生徒がその人物に近づき、そう言った。一見、その人物は丸まったままなにも反応がないように見えたが、目を凝らしてよく見ると、体が小刻みにガタガタ震えているのがわかった。おまけに耳をすますと、お経のような、呪詛のような、なんだかぶつぶつ言う声も聞こえる。
「やだやだ人こわい人こわい人こわい話したくない話したくないやだやだやだやだやだやだやだやだこわいこわいこわい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ」
「……なんだあれ」
僕がついこぼすと、いきなり、サヤコが肘で僕を小突いた。
「失礼だよ、あのコミュ障まる出しが部長さん」
「あんたのほうが失礼だよ」
僕がふたたび部長を見ると、彼女は男子生徒に首の後ろを掴まれて、猫のように引きずられつつむりやり立たされているところだった。
「ほら、お嬢、ご挨拶を」
男子生徒は部長に言った。部長は僕らから全力で目をそらして言った。
「あ……ども……ちょうの……こです……」
「相手の目を見て、大きな声でもう一度」
「ぶ、部長の鹿羽エイコです!」
部室内に響くほど大きな声で彼女は言った。僕はあやうく反射的に耳をふさぐところだった。
鹿羽エイコは、ひと目見てわかるほどに人付き合いに向いてない女性だった。ろくにクシも通していない長い黒髪を後ろで縛っていて、顔には大きな丸眼鏡をかけている。服装は、上下とも体育の授業で使うジャージで、いかにもどんくさそうだった。視線は僕らのいないほうばかりをチラチラと見て、化粧もなにもしていない口もとは、なぜか緊張に震えている。
僕ははたしてまともに取材ができるのか不安になって、サヤコをちらりと横目で見た。彼女はエイコを安心させようとしているのか、必要以上にニコニコ笑いながら言った。
「こんにちは、ご連絡差し上げた、新聞部部長の千代田サヤコです。こちらは――」
「あ、えっと、穂村マコトです」
僕は頭をさげた。
「……す……」
エイコはわずかに頭を下げた。
「申し遅れました。私が漫画研究部副部長、賀東ビイと申します」
エイコの隣に立っていた男子生徒が深々とおじぎした。僕は、こっちの人のほうが話が通じそうだと思った。
「本日はお時間いただき、ありがとうございます。いくつか質問して、その後部室内の写真を何枚か撮らせていただいて、それで終わりですから、安心してください」
サヤコが言う。
「……ビイ、おねがい」
エイコが顔をそむけて言った。
「ダメです。これも部長の責務ですから、がんばってください」
「……うぅ〜……」
エイコが唸る。
「おふたりとも、今お席を用意いたします」
ビイはそう言うと、てきぱきとインタビューに適した机と椅子とお茶菓子まで用意してくれた。僕はなんだか申し訳ないと感じた。
僕らと鹿羽エイコは小さな机を挟んで向かい合った。ただひとり、賀東ビイだけがエイコの斜め後ろに佇んでいる。まるで執事のようだ。当のエイコは相変わらずうつむいたまま、僕らの顔を見ようともしない。
「えーと、じゃあ、はじめさせていただきます」
サヤコがそう言い、僕と彼女は小さく頭を下げた。僕はメモ帳とペンをとりだした。
「まず最初に、この部活がどういう活動をしているか、教えてください」
サヤコの言葉をきいて、エイコは観念したような、覚悟を決めたような様子で息を吸った。そしてほんの少しだけ顔を上げた。
「こ、この漫画研究部は、えと……一年に一回、文化祭に向けて部誌を描いてます」
「どんな内容ですか?」
「ぶ、部員の描いた、漫画です」
「エイコさんは、主にどんな漫画を?」
「えと……その、れ、恋愛もの、とか……?」
彼女はまたうつむいて顔をそむける。質問を間違ったと考えたらしいサヤコが、小さく咳払いした。
「この部活の魅力を教えてくれますか」
「うぅ……ダラダラできるとこ?」
冗談だと思って、サヤコと僕は少し笑った。だが賀東は無言だった。なんだか気まずい空気が漂いはじめていた。
「えと、それじゃあ、これで――」
サヤコが言いかけたとき、エイコが小さく手をあげた。サヤコはやや驚きつつも返事をする。
「あの……逆に質問、いいですか?」
意外な言葉だった。サヤコは目を輝かせた。
「はい、どうぞ」
「『週刊少年Z』って知ってます?」
予想外の単語に、僕らは驚いた。まさかその名前をここで聞くなんて思いもしなかった。僕はうなずき、やや遅れてサヤコもうなずいた。
「その……それについて、どう思うかな……って」
「鹿羽さんは、週刊少年Zについてなにかご存知なのですか?」サヤコが食いついた。
「い、いやべつに……」
「実は我々は、週刊少年Zについて調べているのです。新聞部のみなさんなら、何か知っているのではないかと」
唐突にビイが口を挟んだ。断固とした口調だった。
「な、なんで漫画研究部がZを調べてるんです?」僕が訊くと、ビイは肩をすくめる。
「純粋な興味です。同じ漫画を趣味とするものとして、作者の正体に興味があるのです」
「へぇ……」
サヤコが、探るような目でエイコたちを見た。彼女は口端をつりあげ、挑むような視線で言った。
「もしかして漫画研究部さんは、かなーりZに詳しかったり?」
「それはどうでしょうね」
ビイが仏頂面で言う。空気が、じりじりと張りつめていく。息がつまりそうだった。僕は耐えかね、声をあげた。
「しゅ、趣味悪いグロ漫画なんてどうでもいいじゃないですか! それより今はインタビューと取材、ね!?」
僕がおおげさにそう言うと、睨み合っていたビイとサヤコは、仕方なしといったていで目をそらした。
「それもそうですね……」
サヤコがそう言った。僕はホッとした。
「インタビューはこれで充分です。部室の写真を撮らせてください」
「ええ、どうぞ」
ビイは義務的に微笑んだ。エイコはうつむいたまま、ずっと無言のままだった。
取材を終え、部室を出た僕に千代田サヤコは歩きながら言い放つ。
「漫画研究部はZについてなにか隠してる」
彼女の口調には確信があった。
「まぁ……そっすね」
僕も同意した。週刊少年Zの話題になったとたん、あの賀東ビイという男が割り込んできたからだった。
「でも、話題をふってきたのは向こうですよ? 隠してるなら、そんなことします?」
「だからこそ、気になるじゃない?」
サヤコはいたずらっぽくウインクした。僕は嫌な予感がした。
「あの……まさか」
「今夜、あの部室に忍び込みましょう。もしかしたら、少年Zの正体がわかるかもしれないよ!」




