あふれるブラッド
先にしかけたのはエイコのほうだった。彼女は床を蹴ると、素早くナオミの懐に飛び込む。エイコのブレードはいともたやすく、ナオミの胸を貫いた。
だがエイコの体は緊張に強張った。ナオミは吐血しながらも、不気味に口端を吊り上げたのだ。
「はじめから、来るのがわかってればねぇ!」
ナオミが腕を振るうと、エイコの体が吹き飛んだ。エイコは背中からもろに部屋の本棚にぶち当たった。彼女が床に落ち、体の上に本が降り注ぐ。その様を間近で目にして、僕はナオミのあまりの膂力に震え上がった。
(そんなバカな! あれじゃ、まるで――!)
ナオミはちらりと僕を見た。僕は慌てて銃をかまえる。慣れない様子に、彼女は僕を鼻で笑った。
「撃ってみる? 避けないから、ほら」
ナオミは両手を広げて笑った。僕は怒りと悔しさに体が震える。
「撃つな。無駄だ」
濁った声がした。エイコが、本の山の中からよろよろと立ち上がっていた。
ナオミはそんなエイコを見ても眉ひとつ動かさない。
「背骨は? 肋骨は?」
ナオミが訪ねた。
「両方折れた。だが治った。それよりも、この腕力……胸の傷も治っているな」
エイコは口元の血をぬぐい、ナオミを睨む。
ナオミは肩をすくめた。
「そうよ。私の体はあなたと同じ……ハーフよ」
「なのに変形できるということは、中に住んでるな」
「ご名答」
ナオミは大きく口を開けた。ごきり、というあごが外れる音がする。のどの奥の暗闇から、人間の口がついた白い芋虫が這い出てきた。
「この体を手に入れるのは大変だったわ。人間と子供を作ろうなんて気持ちの悪い仲間はいないもの」
芋虫は笑った。
「どうやって手に入れた」
「私が作った。私が人間の男とセックスし、そしてできた子供に乗り移ったの」
その話を聞いて、エイコは床につばを吐いた。
「なんだ、お前がその『気持ちの悪い』やつだったんじゃないか」
「……あー……そうね……」
芋虫は再び喉奥にひっこみ、ナオミはあごをまたはめた。それから頭をぐるりとまわし、首を鳴らす。
「でも人間と私たちのあいだに産まれた存在が、尋常ではない肉体を持っていると聞いたら、試したくならない?」
「ならないな。悪趣味だ」
「あなたはそうかもね。でも、あなたの母親なら?」
「……なに?」
「あなたの生まれは調べさせてもらった」
エイコは眉を潜めた。ナオミは笑った。僕はまずい、と思った。
「あなたは犬とセックスしたいと思う? 思わないでしょ? そんなど変態、いるわけないじゃない! でも好奇心を満たすためならそうとは限らない!」
「エイコ! 耳を貸すな!」
「はっきり言いましょうか!」
ナオミは悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「あなたの母親は、あなたを作ってみたかっただけだ! 愛してなんかいなかったのさ! むしろ憎んでいたに違いないよ! だからあんたは――」
「黙れぇッ!」
エイコはとびかかった。その動きは力強かったが、あきらかに激高したゆえの動きだった。彼女は肉食獣のような表情で、ナオミの胸をえぐろうと突きを繰り出したが、やすやすと避けられた。
ナオミはそのままエイコの腕をひっつかむと、目にもとまらない速さで片足を振り上げ、肘関節を攻撃する。水風船が潰れる音と、同時に、フライドチキンをちぎったときのパキッという軽い音がした。
エイコは苦悶の声をあげた。
「ぐああッ!?」
エイコのところから、『何か』が飛び出して天井にぶっつかり、赤黒い液体を撒き散らしながら床を転がって、僕のつま先にぶつかってとまった。
僕は足もとの『何か』を呆然としたまま眺めていた。あまりのできごとに頭が真っ白になっていた。
視線を上げた。目に入ったのは、勝ち誇った表情で見下ろす陣内ナオミと、その足もとに這いつくばる鹿羽エイコの姿だった。
彼女の下の床には、信じられないほどに大きな血溜まりができていた。
「う……」
僕は理解した。
僕はその場に跪き『何か』を拾い上げた。
――エイコの、右肘から先だった。
「……うわあああああああああッ!?」
僕は絶叫した。




