Zではなく、Aとして
鹿羽エイコは語りはじめた。
「私のお父さんは、鹿羽組四代目組長……鹿羽ソウイチ。やくざとしてはこれ以上ないほど優秀で、人間としては最低のヤローだった。およそやってない犯罪はないんじゃないかと思うほど。
逆にお母さんは、優しい人だった……鹿羽クミコ。私のことをたくさん愛してくれて、お互いに尊敬していた。お母さんの作るクリームシチュー、美味しかったなぁ……素晴らしい人だったよ。
でもお母さんは、人間じゃなかった」
「え?」
僕は耳を疑った。
(人間じゃないということは、それはつまり――)
エイコは僕の視線を受けとめ、ゆっくりうなずく。
「そう……私は人間とゾンビハートのハーフ。うすうす気づいてたんじゃない? 私が、まともな人間じゃないってことくらい」
「そんな!」
ショックだった。彼女がハーフであるということではなく、人間と化け物が愛し合えるという事実が。
「やつらのように体を変型させることはできないけど、代わりに私は人間離れした身体能力を手に入れた」
エイコはそう言いながら、たまたま近くにあったホッチキスを手にとる。そのまま数回カチカチしたかとおもうと、いきなり、それを握りつぶした。部品の破片が彼女の手に突き刺さり、傷つけ、流血させる。だがその血はたったの十数秒でとまり、やがて傷跡すらなくなった。
「……気持ち悪いでしょ?」
彼女はどこか自嘲するように言った。僕は答えなかった。軽々しい同情は、きっと彼女をますます孤独にするだけだと思ったからだ。
「……お父さんが、お母さんのことを人間じゃないって知ったのは、私が中学生のころだった。お父さんは最低のクズ野郎だったけど、お母さんのことは愛していたから、きっと、お母さんは自分の秘密を打ち明けても大丈夫だと思ったんだと思う。でもそれは間違いだった。
お父さんとお母さんは離婚し、私はお母さんについていった。行き場をなくしたお母さんは仲間に助けてもらおうと考えた。ゾンビハートたちは、人間の社会に隠れて、自分たちのコミュニティを形成しているんだ……彼らは優しかった、最初のうちは」
彼女の表情が変わった。それまでは切なげだが穏やかな表情だったのが、いきなり、激しい怒りと憎しみを必死に押さえ込もうとしているような顔になった。僕はやっと、『ゼット』の素顔を見れたような気がした。
「やつらは私の――いや、俺の存在を知ると、態度を一変しやがった。そりゃそうだろうな。やつらにとっちゃ人間は家畜で、俺の母さんはその家畜と子供を作ったイカレポンチだ。やつらは俺の母さんをいじめぬいた。住処を奪い、仕事を奪い、肉体的、精神的に追いつめた。やつらのコミュニティは小さい。だから、どんな些細な異分子も許容できないんだ。
今でも思い出す……真冬、俺の母さんが、光にあふれた町の真ん中で、俺を抱きしめて、涙をこらえてるんだ。俺は母さんに殺されてもおかしくないはずなのに……それでも母さんは、一度だって俺を非難しなかった」
ゼットは小さく笑った。乾いた笑いだった。
「そしてある日、母さんはやつらに殺された、俺を鹿羽組の事務所に残して。
親父は、母さんと俺が離婚したあと、どういう生活をしてきたか聞いて、土下座して謝ったよ。あのときは驚いた……やつにも人間の心があったなんてな。
それからの親父は、びっくりするほど俺によくしてくれた……ビイと出会ったのもそのときだ。忘れていたけれど、親父も、真剣に母さんを愛してたんだ。でも――」
ゼットは目を伏せる。
「――親父が殺された。ゾンビハートに乗っ取られそうになって、殺された。親父はゾンビハートたちに復讐しようとしたんだ。
だから俺は『ゼット』になった。母さんを、親父を殺したやつらを、一匹残らず潰してやるために……でも」
ゼットはまた僕を見て、自虐的な笑みを浮かべた。
「それでこのザマだ。ビイが死んだ。組員にも迷惑かけてる……なにやってんだろな、俺は」
「ゼットは、いやエイコは――」
僕は強い声で言った。
「――僕をたすけてくれたじゃないか」
「なりゆきだよ」
「でも、君がいなかったら、僕はここにいない!」
僕は立ち上がり、そしてすぐにエイコの前に跪いた。
「だから僕は何度でも言う。ありがとう。エイコ」
「……やめてよ」
「ありがとう」
「やめてったら」
「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」
「やめてよ!」
エイコは叫んだ。彼女は顔を真っ赤にして、両手を顔の前につきだしている。僕はとっさにその手をとった。
「エイコ! 君はひとりじゃない! 僕がいる! 僕は君と一緒に戦ってみせる! 一緒にゾンビハートどもをぶち殺そう!」
「……もう、バカ……」
マスクの下で、エイコが笑った。僕は彼女の肩を優しくつかむ。エイコは恥ずかしそうに目をそらしていたが、やがて僕の目をまっすぐにとらえ、そして頷いた。
「うん……いいよ。一緒に、戦おう」
「ああ……!」
そして、僕たちは抱きしめあった。
死の臭いの漂う小屋の中、僕たちはともに生きる決意を固めたんだ――




