死者の臭い
空は夜の闇に沈み、町はもがき苦しむようにでたらめな灯りに満ちている。
僕とエイコは鹿羽組の人たちに連れられ、それぞれ別のバンに乗せられた。バンの車内でコワモテの人たちに傷の手当をされてビクビクしつつも、僕は賀東さんのことを考えていた。
彼はあっけなく死んだ。僕をかばって、背中を刺し貫かれて死んだ。
人が死ぬ瞬間を見るのは千代田先輩以来だったが、思うことに大差は無かった。
(人って、簡単に死ぬんだな……)僕は奇妙に感心した。
人間の体は血の詰まった水風船だ。穴が開けば中身がドバドバと出て、おわり。物理法則にしたがった、極めてシンプルなできごとだ。そう考えると人間の死は、コップがテーブルから落ちて割れるようなもので、なにも特別なものではないのかもしれない。
僕たちの乗ったバンはしばらく走り続け、やがて緩やかに速度をゆるめたかと思うと、やや乱暴に停止した。僕はやくざたちに連れられてバンを降りた。
たどり着いたのは、堆肥の製造工場だった。壁で囲まれた、コンクリートの地面のやや広めの場所に大きな建物が立っている。連れられて中に入ると、ムッとする強烈な湿気と強い臭いがたちこめていた。壁際に、いくつか区切られた堆肥の山がある。
僕がそれらを眺めていると、エイコが僕の横に立った。口元だけを隠したマスクを身につけて、強い力のこもった目で堆肥の山を睨みつけている。僕はその迫力に、気圧されるよりも、見入ってしまった。
他のやくざたちが、黒い大きなビニール袋をふたつと、裸にむいた死体をふたつ――404号室の男と、賀東さんだ――抱えてやってきた。彼らはエイコを見、彼女は無言でうなずいた。
やくざたちは堆肥の山の中にふたりの死体を埋め、ビニール袋の中に入っていた液体をぶちまけて、スコップで混ぜる。中身は小林ミカだった。
「よく見て」
不意にエイコが言った。
「堆肥の中に混ぜれば、人間の死体なら二日で骨も皮も分解される。服は燃やす。こうやって、死体を処理するんだ」
「へぇ……」
僕は純粋に感心して、やくざたちの作業風景を眺めた。
人間も、ゾンビハートも、あの中に埋めれば、すぐになくなってしまうのだ。その事実に、僕はますます死が単なる物理現象であることの印象をつよめ、また同時に、鼻にからみつくこの臭いが死の臭いなのかと、奇妙に納得した。
「お嬢、すべて滞りなく」
作業が終わって、やくざのひとりがエイコに言った。
「手間をかけたね。私はしばらくここに残るから、私のバイクだけ置いて、先に帰って」
「承知しました、ではお先に失礼します」
やくざはそう言うと、ぞろぞろと建物を出ていく。あとには僕とエイコだけが残された。
二台のバンのエンジン音が聞こえなくなると、あたりはしん、とした静寂に包まれた。
「ねぇ……穂村くん」
互いの呼吸音すらも聞こえるほどの静けさの中、ぽつりとエイコが言った。
「後悔してない?」
彼女は訊いた。僕は頷く。
「してないよ……するもんか」
「そう……ありがとう」
エイコは僕に背を向けて歩きだした。僕があわてて後を追うと、彼女は建物のすみにある、プレハブの小さな小屋に入っていった。僕も中に入る。そこは作業員の詰め所らしく、事務作業用の古いパソコンと、いくつかのパイプ椅子がある。エイコはそれに腰かけた。
「穂村くん」
僕も椅子に座ると、エイコが言った。
「泣き言、きいてくれる?」
僕は頷いた。
「私がなんで『ゼット』をやってるか、言ってなかったっけ」
「……うん」
「そうか、じゃあ、そこからか」
エイコは首を傾げ、僕を見た。その視線はなまめかしく、潤んでいた。
「私ね……父さんを、ゾンビハートに殺されてるんだ」




