死んだ男に群がるやつら
404号室は血に沈んでいた。床には大きな赤黒い染みができ、その上にはさっきの男が、胸から血を流して仰向けに倒れている。彼のそばにはゼットとビイが立っていた。
僕は自分でもびっくりするくらい冷静にその惨状を見ていた。非日常が連続したせいで耐性がついたのかもしれない。僕は入り口のドアを閉め、彼らに近づいた。
「外れだ」
苦々しくゼットが言った。僕は訊き返す。
「ただの人間だった、ということです」
ビイが補足してくれた。僕はエッと声をあげた。
「そ、それじゃあ……?」
僕はあらためて部屋に転がる死体を見下ろした。男の肌は青ざめて、手足はだらりと投げ出されている。ちょうど、僕の父と同じくらいの年齢に見えた。
「この男はすでに5回、週刊少年Zを自ら回収していた。ただのオタクか、それとも……」
ゼットが男の懐をまさぐる。上着から財布を取り出すと、中身を検めはじめた。
「現金が約五千円、免許証、レンタルビデオ店の会員証、ジムの会員証、保険証、歯医者の診察券、デパートのポイントカード。レシートが何枚かある。ついさっきコンビニでコンドームを買ってるな」
「なのにビジネスホテルに泊まっているということは、相手はホテヘルか未成年ですね」
「商売女じゃ五千は少ない。相手は未成年で、報酬はZだ」
「それってつまり……」
僕はおそるおそるビイを見る。
「ある種の援助交際ですね」
ビイはこともなげに言った。
僕は複雑な気分になった。
「ビイ、お前は従業員にカネをにぎらせろ。マコト、お前はホテルのロビーで張って、それらしいのが来たら連絡しろ。私はバンをとってくる」
ゼットはそう言い残して部屋を出ていった。ビイも「何かあったらまず私に連絡を」と言って部屋を出て、僕も彼女の指示に従ってロビーにおりた。
ロビーのソファに腰かけて、いかにも人待ち風を装う。出入り口の自動ドアの向こうはもうとっぷりと闇に沈み、町あかりがキラキラと輝いている。
僕は死体を目にしたばかりだというのに、なぜかひどく落ち着いていた。
適当にスマートフォンをいじりながら、ツイッターで友達と会話をする。担任がムカつく、だとか、今夜のドラマがクソだ、とか、グラビアアイドルがかわいい、だとかの平凡な会話だ。きっと、僕に関わる誰もが、僕がこんなことをしているとは思っていないだろう。そう思うと、僕はなんだか少しだけ優越感をおぼえた。
『おなかすいたー』
僕の目にとまったのは、同じ新聞部の小林ミカのアカウントだった。
『飯テロをくらえ!』
僕は以前に撮ってあったラーメンの画像を添付して、返信した。すると、すぐに返信がかえってくる。
『ぎゃああああやめろぉおおおダイエット中なんじゃああああ』
『ダイエット? そういえば最近、ジムに通ってるんだっけ?』
『うん笑 今もいるけど、楽しいよ! 今は休憩中!』
『いいなー、俺も通おうかな』
『穂村はヒョロいし、いいんじゃない? 一緒に運動しようよ』
僕は彼女からの返信に『うるせぇ笑』と返そうとして、はたとその指をとめた。
たった今、ホテルの自動ドアを開けて入ってきた人物と目があったからだ。
その人物はシャツとスカートを着た、ごくごく普通の女性だった。赤いメガネをかけた、若い女性――彼女は踵をかえして逃げ出した!
「待て!」
僕も素早く駆け出した。見間違いでなければ、彼女は小林ミカだ。なぜ彼女がこのホテルにきたのか? 決まっている――
(――あいつがゾンビハートだ!)
僕は走りながらスマートフォンでビイに電話をかける。彼はすぐに出た。
「どうしました?」
「ヤツが出た! ウチの学校の小林ミカだ! 今追ってる!」
僕とミカの距離はじわじわと縮まっていく。彼女はさらに路地に入った。
「追ってる!? ちょっと待ってください、今どこ――!?」
走りながら僕は電柱の番地表示をチラ見し、ビイに伝えた。
「わかりました、穂村さん、深追いだけはしないでください! 今私も行きますから!」
僕はスマートフォンをポケットにしまった。小林ミカはまるで体力に限りがないかのようなペースで走り続けている。その背中に、僕は千代田先輩の面影を見た気がして、神経が高ぶった。
(ぜってぇ捕まえてやる!)
ミカはまた角を曲がった。僕も続く。そして足をとめた。
曲がり角の向こう側は、三方を建物に囲まれた行き止まりだった。ミカはうろたえた様子で周囲を見回していたが、僕に気がつくと、観念したようにため息をついた。
「……なに? なんで穂村がここにいんの?」彼女の表情は、部室で見るものとはまるで違っていた。
「……小林、おまえ、やっぱり……」
「まさか、あんたがそうだとはね」彼女は首を鳴らした。僕はなんのことかわからなかった。
「なにが?」
「とぼけないでよ。『Z』なんでしょ、あんたが」
ミカは僕を睨んで言った。その眼には激しい怒りが渦巻いていた。
「みんなを殺して……そんなに楽しい?」
ミカの言葉にはあきらかな侮蔑の感情があった。
「たしかにウチらは人間を殺すよ? でも繁殖するためには仕方ないんだよ! あんたたちが牛や豚を食べるのと一緒だよ!」
「だから人間を殺してもいいってのか」
「そうだよ!」
「じゃあ、殺す!」
僕はそう叫んで身構えた。だがそれだけだった。勢いで追いかけてきてしまったので武器もなにももっていないのだ。ゼットかビイが僕を見つけてくれるのを祈るしかない。
ミカはそんな僕の状況を知らず、僕と相対して身構えている。彼女の腕からバキバキという音がして、二の腕から大きな刃が飛び出した。
「死ねぇッ!」
ミカが飛びかかってきた。僕はあわてて後ろに飛び退く。着ていたシャツの前が、横一文字にスカッと切れた。ミカはさらに踏み込み、突きをくりだす。
僕は彼女の横の方に転がって避けた。そのとき足がもつれ、僕は地面に転がった。
「いだっ!」
「マヌケがぁ!」その隙をミカは逃さなかった。腕の刃を振り上げて、僕に突き刺す――刃が、少年の体を貫いた。
真っ赤な血が吹き出して、『ふたり』の顔と体にかかった。
ミカは目を見開いていた。僕は思考が停止していた。
ミカの刃が貫いたのは僕ではなく、僕とミカのあいだにいきなり割り込んできた、背の高い男子生徒だった――
「賀東……さん……!?」
賀東ビイは僕の顔を見てにっと笑うと、口からたくさんの血を吐いて、そのまま力なく倒れた。




