穏やかな放課後
数日が経った。
僕の世界を揺るがす大事件がたて続けに起こった反動か、しばらくのあいだ、まわりに変わったことは何ひとつ無かった。
普段通りの土日があり、普段通りの月曜日があった。臨時朝礼で加藤先生が交通事故で死んだことが語られ、僕は一日中暗い雰囲気のままの学校で校内新聞の記事を書いた。
「いいじゃん。穂村、文章上手くなったじゃん」
いなくなってしまった千代田サヤコの代わりに部長になった、同じ二年の小林ミカが、僕の横からノートパソコンの画面を覗いてそう言った。彼女は赤いメガネを押し上げて、人好きのする笑顔で僕を見た。僕は嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになり、ノートパソコンを閉じた。
「どしたの?」
「いやちょっと、千代田先輩のことを思い出して」
「あー……サヤコ部長ねぇ。惜しい人を亡くした……」
ミカは神妙な表情をしてそう言い、「って死んでないっつーの!」と自分で自分にツッコミを入れた。僕は笑えなかった。
「まぁ、いきなりだったからびっくりしたよね」
彼女は僕のとなりのパイプ椅子に腰かけた。
「転校するなんて、何も言ってなかったもん。これってなんだか怪しくない?」
「怪しくないよ」
僕はきっぱりと言った。なにしろ彼女の転校の裏には、本物のヤクザと本物の化け物が関わっているのだ。好奇心から首を突っ込んで、痛い目をみないわけがない。
「んー、そうかな? 絶対怪しいよ!」
ミカは首をかしげた。
「なにか気になることでも?」
「もしかしたら、千代田先輩は病気だったのかも! ガンとか、白血病とか、それで、心配されたくないからそれを隠してた。んで、アメリカで治療法が見つかったから、急いで渡米した! どう?」
「全部妄想じゃん」
僕は適当に笑った。
「そうかなー……?」
彼女は天井を見て考えこむ。
そのとき、僕のスマートフォンが鳴った。ポケットから取り出して、画面に映った名前を見る。僕は急いで席をたち、部屋のすみっこに歩いた。
「賀東さん?」
電話をかけてきたのは賀東ビイだった。
「穂村さん、ほかに予定がなければ、今から部室にお越しください」
「わかりました」僕は電話を切った。
小林ミカをふりかえる。
「ごめん、部長。ちょっと急用ができたから、部室の戸締まりお願いしていいかな?」
「うん、いいよ。ウチもそろそろ帰ろうかなって思ってたし」
「そう? 小林、最近早いね。いつも終わりギリギリまでいるイメージだったけど」
「最近、スポーツジムに通ってるんだ! 穂村もどぉ? 楽しいよ」
「……考えとく、ありがとう」
僕は荷物を抱えて部室を出た。
「これが、今週分の『週刊少年Z』です。今日はこれを置きにいきます」
そう言って、ビイは僕の前に薄い本を置いた。
「これが、今週分……」
僕はくり返す。
「読みます?」
「やめて!」
漫画研究部の部室の片隅で、鹿羽エイコが顔を真っ赤にして膝を抱えていた。ヤクザとしての彼女と、ゼットとしての彼女と、今のあの様子とのギャップに、僕はなんだかおかしな気分になった。
「仮面をつけてないときって、あんな感じなんですか?」
「ええ」ビイはうなずいた。
「いつまでも恥ずかしがりやで……素顔のままじゃ、私以外とはまともに会話もできません」
「……ビイ……ぶっ殺す……」
エイコがうめいた。
「ご自由に」
ビイは肩をすくめた。
そんな彼らを尻目に、僕は週刊少年Zをパラパラとめくった。中身は今回も『少年Z』のみで、写実的なタッチでゼットと化け物の血なまぐさい戦いが描かれている。僕は気づいて、手をとめた。
「この場所……! あの公園だ……」
ゼットと化け物が戦っているのは、あの夜、千代田サヤコが死んだ公園だった。僕は顔をあげてビイを見、それからエイコを見た。エイコは僕の視線に気づき、うなずいた。
「……うん……」
「……こうして、ヤツらを釣るわけか」
「そうですね」ビイが肯う。
「ということは、もしかして……?」
僕は奥の本棚の最上段、黒いファイルの列を見た。僕には、ファイルの隙間から血が溢れ出てくる幻覚が見えた気がした。
「作画はお嬢が、ネームとシナリオは私が担当しております。……それで、どうですか?」
賀東は僕を見下ろした。僕はなんのことかわからず、少し萎縮した。
「な、な、なにがです?」
「その……」賀東は僕から目をそむけた。
「……お、面白い、ですか?」
「へ?」
僕は面食らった。ビイは目をそらしたまま。エイコも黙りこんでいる。僕は戸惑いながらも答えた。
「けっこう、面白いですよ」
「……ありがとうございます」ビイが深々とお辞儀した。
「へへ……そっかぁ……おもしろいかぁ……ぐへへへ……」
エイコが、いつもよりほんの少し大きな声で言った。
「さてお嬢!」
いきなりビイが大きな声をだした。僕はびっくりした。
「いきましょう!」
「……うん!」
エイコが元気よく返事をした。




