神様が嫌いな魔族
二階にはどうやら食堂のようなものがあるらしい。二階に下りてすぐ、近くの大部屋から料理のいい香りが漂ってきた。香りからステーキらしきものだと思われるが、料理人や客が不死になっている可能性を考えると、早めに一階へ降りたほうがいいかもしれない。だが、一階へ降りる階段がすでに壊れていうるため、近くにある別の階段を探さなければならない。
この屋敷はコの字型につくられていて、階段は先端部分と角に二つずつある。つまり、この先にある食堂の近くを通っていかなければならないため、不死と戦わなければいけない状況になるかもしれない。剣を握っている手には、緊張と不安と恐怖による手汗でまみれている。
しっかりと握っておかないと、剣を振った時にすっぽぬけてどこかへ行ってしまうかもしれないな。
俺は力を込めて、剣の柄をもう一度握りなおしながらゆっくりと足を動かし始めた。床と靴が接触するたびに小さくない音がなるが、生まれたての不死には意識はあっても、音を気にしたりする知能はほとんどないと聞いたことがあるから、気にしなくても大丈夫だろうと思う。生まれたての不死たちは視覚と、まだ生きている人間を遠くからでも探し出す特殊な能力ぐらいしか持っていないらしい。それと魔族は純粋な人間ではないので、その特殊な能力は効かないというのは騎士様から聞いた。まあ、見つかれば食われることには変わりないそうなんだが。
右に扉が見えてくる。その先には階段も。炎で見えづらかったのだが、意外と近いようで安心した。右の扉はおそらく食堂へつながる扉だろうから、そのまま通り過ぎようとしたその時だった。
「ぃっ!?」
神様はもしかしたら俺に何か恨みでもあるのかもしれない。俺が足を踏み出した瞬間、目の前の床が一気に崩れおちていく。俺もバランスを崩して落ちそうになったが、手に持っていた剣を咄嗟に壁に突き刺しておかげで、どうにか体勢を立て直すことができた。しかしこれで、食堂を通って階段まで行かなければならなくなった。まるで物語のようだな。意地でも俺と不死を戦わせておきたいらしい。
壁に刺さって剣を抜き一度深呼吸してから、扉に手をかけて、ゆっくりとゆっくりと慎重に開けていく。少し開いた扉の隙間から中をのぞき見ると、案の定何人もの不死が人間を探してのろまな動きで歩き回っている。
俺が今開けている扉の反対側にも、もうひとつ扉が見える。間にはテーブルという障害物があるものの、テーブルごと走り越えていけばあの、のろまな不死たちとは戦わなくても済むかもしれない。
迷っている暇はない。この瞬間にも屋敷には火の手が広がっている。先ほど床が崩れたが、あと数分後には屋敷すべてが崩れ落ちる可能性だってある。大丈夫だ、きっとやれる。
さあ、走れ!
震える体と心に喝を入れてから、扉を思いっきり開いて走りだす。不死たちが俺に気づいてこちらに向かってくるが、その時には反対側の扉までもう半分以上進んでいた。
よし、いける。
そんなことを思ったのがいけなかったのか、不意に視界の右側に白い何かが映る。不死だ。腐ってぼろぼろになった白い手を、こちらに伸ばしてくる。テーブルの下に倒れていたのだろう、避けようにももう遅い。なら、攻撃を受ける前に切り殺すしかない。
俺は右に向かって両手で剣を振り、どこを斬るか、とかそんなことは何も考えずに、とりあえず不死の体に斬撃を叩き込んだ。魔族の体では剣という鉄の塊を振ることなどいともたやすく、まるで木の棒のように感じた。不死の体に剣が当たり、果物に包丁をいれるくらい簡単に切り裂いていく。魔素に染まった黒い血が少し体にかかるが、そんなことは気にせずに扉に向かった。
悪魔と戦うのは無理かもしれないが、知能もなく運動能力もあまりない生まれたての不死程度なら、戦闘経験など毛ほどもない俺でもなんとか倒せるらしいな。
反対側の扉にたどり着いたので、扉の向こうを確認することなく急いで開けてすぐさま閉めた。幸い、廊下には不死は一人もおらず、安心して一息つくことができた。さて、先を急ごう。扉にもたれかかっていた体を起こし、右に見える階段に向かって動き出す。今度は床が崩れ落ちたりはせず、無事に階段の前まで来ることができた。食堂の扉を不死たちが叩いているのだろう、どんどんとうるさい音がするが、知能のないあいつらのことだ。どうせ開けることなんてできやしないだろう。
殺さずあのまま放っておいたら魔素を吸って少しずつ成長していくだろうが、そのころにはどうせ俺は死んでいるか、この町を出ているんだ。気にすることはないだろう。
そして、ついに一階。壁が崩れ落ちているので、外から不死たちが入り込んでいる可能性がある。建物の中までは入ってこなくとも、敷地内から出るための門のある庭にはかなりの量がいるかもしれない。ここにはもともと人が多かったし、生者を求めてさまよってきた不死たちも大勢もたくさんいるだろう。中には生者を食べて力を強くさせている不死もいるかもしれないな。
まあ考えても実際のところはわからないので、さっさと行くしかないのだが。もう床の崩落を気にする必要はない。この家の門まで、食堂と同じく走り抜けていくことにしよう。
早くも手に馴染んだ鉄の剣を握りしめ、一か月前ここに連れてこられたときの記憶を総動員させながら、俺は走り始めた。
神様が嫌いな魔族=神様に嫌われてる魔族