プロローグ
かつて、この世界は光にあふれていたらしい。
というのも、今はそんなこと全くないのだけれども。
現在、この世界は闇に包まれている。きっかけはいくつかあったとされているが、その中でも最も大きいとされる理由がある。それは、『魔法』である。
魔法とは、即ち魔の法。それによって引き起こされるものは、人の世の理とは得てして違うもの。それを使い続けるというのは、人の世が少しずつ闇に飲まれ、魔に近づいていくということ。
しかし。そんなことには誰も気づかなかった。それもそうだろう。魔に近づくといっても、それは目に見えるほど分かりやすいものではない。だから、気づかなかった。そう、たった一人を除いて。
その一人とは、魔法を作りだしたある男だった。
別に、その男は人の世の理を魔に近づけようとしているわけではなかった。それどころか、魔法の危険性をよくわかっていたからこそ、その対策法を作ったのだ。その対策法とは、すでに失われた技術である、その名を『魔法陣』。
魔法を作りだした時、魔法を使うことがイコール危険につながる、というわけではないことに彼は気づいた。危険なのは魔法を使うとき、魔力と引き換えに排出される魔素なのだということに。魔力と引き換えに魔素が人の世に増えるたび、少しずつ、だが確実に魔にこの世界が近づいてしまうことに。だから、彼は考えた。どうすれば魔素をなくせるのか。そして、試行錯誤の末、彼は魔法陣を思いついた。原理は簡単である。魔素が闇となりこの世を魔に近づかせるというのなら、魔法陣でそれとは真反対のものをつくりだしてしまえばいい。つまり、光を。
それが、現在で言う『魔光』だ。そして、危険性のなくなった魔法は彼の手によって世界に瞬く間に広がっていき、人は神の力に頼りきりにならなくとも生きていけるようになった。
後の人々の誰もが、彼を偉大なる者だと囃したてた。天才だと手をたたいた。だが、彼は一つだけ、しかしとてつもなく大きなミスを犯してしまった。
彼は、魔法の危険性を伝えるその前に、病で急死したのだ。数十年前までは、流行りの伝染病にかかっただとかなんとか言われていたけれど、今となってはみな、間違いなくそんなちゃちなものではないだろうと理解している。
その病とは、おそらく『魔病』である。
魔病とは、本来この世界にはなかったはずの、闇の病。魔法を使いすぎて、魔素という深淵に近づきすぎてしまった為に、闇に、魔に人の体が耐えられなくなり、その結果人としての本質と魂が魔と合わさってしまう病。大抵の者はその急激な変化に魂が壊れて、この世から消え去り神の世界へと至ってしまう。だが、魔病にかかった者の一割ほどは魂が壊れず完全に魔のモノと化してしまう。異型のナニカとなり、生き物すべてを襲い食らい、そして食らった分さらに力を増していく魔の体現者『悪魔』となるのだ。
彼がもし、魔法の危険性を後世に伝えることができたのであれば、魔病の被害者は彼だけで済むはずだった。しかし、彼はまず世界に魔法を広めることだけに夢中になってしまい、気づけば魔病にかかり死んでしまった。そのせいで、彼は魔光と魔素、そして魔法陣がどういうものかを世界に広めることができなかった。
そして、その後に生まれた天才である彼女は、それらに間違った考察を組み立ててしまった。「彼は魔法を作りだしたが、完成させる前に病死してしまった。魔光とは、魔力を魔素に変換するときに出てきてしまう、無駄なエネルギーではないか。欠陥部分なのではないか。であるのならば、魔法陣を改良することによって、さらに効率よく魔法を使用できるのではないか」と。けれども、誰も彼女を責めることはできない。事実、魔法陣によって使用される魔力量が10だとするなら、魔法陣を使用しない場合、必要な魔力量は1にまで大幅に減る。魔光は魔法陣に使用される魔力の約九割を消費していたのだ。魔素の危険性を知らないのだから、考察を立てたのがだれであっても、魔光が有益なものだなどとは思わないであろう。
そして、彼女は魔法陣をつくりかえていき、最期には魔法陣を必要としない杖魔法と呼ばれるものや、詠唱魔法と呼ばれるのものを作り、この世を去ってしまった。その死因は、やはり彼と同じく、魔病によるものだったといわれている。
人々はそれから約千年もの間、魔法を使い続けた。魔素という毒を排出しながら、この世を魔に近づけながら――――――
この世は、悪魔にあふれてしまった。
この世は、闇に飲みこまれてしまった。
この世は、魔に近づきすぎてしまった。
すでに、人の生きる世界は数十年前と比べればほんの一割に満たない程度にまで落ち込んでしまった。それでもその世界で現在二つしかない国は、どうにかして生き延びていた。それも、あと少しなのだろうと人々は分かっていたし、けれどもその少しを精一杯楽しもうと無理やり笑顔を張り付けて。
そんな中、人の間で異常なナニカが生まれてしまった。彼らは、確かに人間であった。けれども、今までの人間とは一つだけ違う点があった。とてつもなく大きな違いが。
彼らは、魔素にその身を壊されることがなかったのだ。たとえ魔法を使い続けて魔病にかかっても、魂を壊されずに適合し、魔に近づいていく。本来ならば、人間はその段階で悪魔となってしまう、はずだった。しかし、彼らは魔素に肉体を壊されることがない、つまり異型になることはなく人間のまま、魔に近づいたのだ。
彼らは、深淵をその身にまとっている。魔を、闇をその身に宿している。彼らは魔素を燃料に、深淵を酸素として、闇をその手に燃やしている。普通の人間ならば、間違いなく魔に堕ちてしまうほどの力を、彼らは扱うことができる。人の世に、魔の法を持ちこみ、理を壊していくはずの魔法。しかし、彼らの使うそれは、人の世の理を壊さなかった。なぜなら、魔素を出すことはなかったから。彼らの使うそれは、魔素を燃料にしているのだから。
通常の人間は、自らの持っている魔力を燃料に人の世に魔の門を作り出し、魔の法をこの世に持ち込む。それが魔法。
しかし、彼らは世界に満ちてしまっている魔素を燃料に自らを魔の門とし、自らの中で魔の術を作り出した。それを、彼らは『魔術』と呼んだ。
そして、この世界の人々は、そんな彼らの事をこう呼ぶ。
――――――『魔族』と。