第1話 日本編(後編)
***
日常の学校に起こった爆発音と喚き立つ跫音が、遠くに聞こえる。
しかしそれでも4階の読書室にうずくまる利用客――、武士は何とも思わなかった。
武士にとっては「日常」という言葉すらこの「箱物」に当てはらまい。
「そうだ、ここは此岸なんだ―。」
中庭の虚空、どこからか遠くに聞こえる自分の名前も、まるで黄泉の国から聞こえる餓鬼共の呻き声のようで、武士はにやりと死んだ目のまま口角をあげるだけに留める。
ふと掴んだ右手には凜子先生が頼んだ公民のプリントがある。
そして左手には、結局焼き捨てる事の出来なかった図書館の本が2つ。
自分の命をかろうじて繋げていたこの「物」を返して、武士は今度こそ死のうと思っていたのだった。
「鈴木君。貴方に紹介したい人がいるの。」
公民のプリントに手をつけた時、ふっと凜子先生の悪冷えのない明るい声が聞こえた。
「私の義弟の、敬之君っていう、貴方より15上の先輩でもあるんだけどね。近々アメリカから12年ぶりに帰ってくるの。ちょっと一緒にお話しでもしてみない?」
はぁ、なんで俺が、と言った所で凜子は続けた。
「貴方の話聞いてるとね、敬之君とどこか似てるなって思ったの。
敬之君もB組の時、リーマンショックでリストラされたお父さんとの諍いが絶えなかったし、成績も良くなくて困り者だったのよね。」
だったけれど―
「小池先生がそんな敬之君を懸命に指導してくれてね、敬志君が好きな「車」に目を向けさせていく内、彼も段々元気が出て成績も上がっていったの、そしたらね!」
と、凜子は手を掲げ嬉しそうに言った。
「なーんと、高校卒業してからアメリカに渡って、今ではあのホンダNY支部の営業部副主任を勤めてるのよ!凄いと思わない!?」
きゃぁと実に嬉しそうに笑った。
「だからね!きっと貴方も大丈夫!今はつらいだろうけど、私と小池先生が貴方の事フォローしてあげるから、そして敬之君から話を聞いて、少しずつでも前に進んでいきましょ!ね?」
もしあの時自分に勇気があったなら、と武士は呟く。
もし凛子の言う通り、前へ進む勇気があったなら、
俺は躊躇いもなく、その二重顎に頭突きを喰らわしてやったさ!
―何が同じだ、何が前に進めるんだ、そんな「エリート」に会った所で、俺が惨めになるばかりだよ!
武士は頭を抱えた。凜子が言った小池という言葉に武士は更に心が軋む。
武士にとって小池は、そんな先生ではなかったのだ。
武士にとって、あのビジネス本のテンプレートのようにとってつけた励ましの言葉は、武士の顔にべったりと張り付くのりのように実に居心地の悪い物だった。
けれど真摯に助けようとしたその心意気は確かに本物で、武士もそれは忍びなく彼の言葉に応じようとも、意識はしていた。
それを小池が段々と「面倒くさい奴」と思うようになる気持ちを武士にはよく分かっていたが、―やはりそれでも傷付いた。
そして、あの「4日前」の放課後にその関係の軋みが突如として割れた。
「あいつ、もう駄目かもしれない。」
小池のうだるような声が、銃声が鳴り響く学校に広がった。
それは、単位を取り損ねた数学の補講プリントを提出しようとしていた時だった。
職員室と繋がる職員休憩室から聞こえた小池の声。
武士は途端に足を止めてぴたりと閉まる入り口に耳をたてる。
「鈴木ってさえない男子なんだけどさぁ、何度言っても全然やる気出してくれなくてさぁ。こっちもやってらんねぇって話。」
側から、
「こんな御時世これからも厳しくなるのにな。高校の時点でそれとか、大丈夫なのか?」
と、ごもった声が聞こえる。
「さぁ、分からない。好きな事に対する異常なこだわりはあるけど、あれじゃぁこの世の中の何の役にも立たんしなぁ…。」
「へえ、こだわりって?」
「ん、ただのキモオタク。」
煙草の煙にけぶる向こうの休憩室に、虚しい大爆笑が響きわたった。
そしてその側で立っていた武士は男達のヤニついた空気を、一気に吸い込んだ心地になる。
それを呑み込んだ瞬間―、「死のう」と決めたのだ。
その感覚を思い出しながら武士はふと右手にある本を見る。
それは澁澤龍彦の「うつろ舟」と、ウラジーミル・ナホウブの「カメラ・オブスクーラ」。
武士が何故か異様に惹かれ、何度も頁を捲った特に好きな本である。
自分の心の支えであった2つ―、それを嘲笑う小池の顔が目に浮かび、ぎゅっと拳を掴む。
それに負けんかと武士は歯を食いしばり、必死に思考していた。
死ぬ前の一整理として何故、俺はこんな「役に立たない」ものが好きだったのかと、
それを端の寄れたルーズリーフで書いて、遺書代わりにしようと最期の最期で格好付けていたのだ。
尖ったシャーペンの先をルーズリーフに押しつける。と同時に流れるように文字が浮かび上がってくる。その流れにそって、萎縮する武士の肩が小刻みに上下した。
「うつろ舟」は16歳の少年がうつろ舟に乗った女に魅入られて失踪してしまう過程を書いた幻想小説だ。
そして「カメラ・オブスキュラ」は16歳の少女に一目惚れした男が失明し、破滅に追
い詰められたままでも愛し続ける話だ。
武士には分からなかった。
なんの繋がりもないこの2つに何故自分が惹かれていたのか、と言う事を。
女に、そして少女に魅入られ、その存在が消される男と、少年。
ふと、やがて自分はそんな風に身を潰してまで、愛しい女に恋焦がれる男たちに憧れていたのかもしれない。と武士は思うようになった。―だからうつろ舟にそれに乗る女に自分は―、
「無意識にこの世界から連れ去られる事を望んでいた。」
達筆な文字列に武士は段々気分が高揚してくる。そうそれはもうすぐ全てが終わるこそ。
その気分にのって段々と紐解くように言葉がそして、武士が追い求めていったこの世へ「おさらば」するための「結論」が綴られていくようになっていく。
突然頭によぎった長年の謎。
うつろ姫は何者だったのか、そしてうつろ舟とは何だったのか―それは、
「カメラだ…!」
表れ出た三文字に、武士の身体は打ち震えた。
今になって分かった、あの夢に見た黒い物はそれと同時に思い出した武士が見た実像とは、
「思い出した…!俺はあの時…!」
肩を抱かれ暖かい温もりに抱かれてからふと眠い瞼を開いた時、「彼女」の包帯の巻かれた膝の上に乗っていたのは、黒光りするカメラだった…!
そうだ、伝説のうつろ姫が抱えていたのも四角い箱だった―!
目をひんむき、口を開けたまま顔をあげて武士は固まる。
手持ちのシャーペンの芯が、ぼきりと音を立てて折れた。
その腑抜けた顔から血流が遡りどんどん言葉が溢れ出てくる心地になって、手のスピードが追いつかない。
武士はこう綴った。
「あの箱の中の「中身」など、本当はどうでも良かったのだ。伝絶の真相を説く鍵は「箱」そのものにあった。箱はカメラであり、うつろ舟もカメラである。だからうつろ舟は丸い鉄の形をし、上部が硝子に覆われていたのだ。それは正に、鉄と硝子、カメラのレンズそのものではないか―!」
武士は笑った。この結末に生まれて初めて心から歓喜し、手を覆って笑った。
やはりあのブリュネットの女は、カメラを持った女は―、「うつろ姫」だった。
「俺を連れ去ろうとしたうつろ姫だった!」
けれども何故俺をこの此岸に放っておいたまま立ち去ってしまったのか。
それは俺の死に場所がここだからだ、と武士は悟った。
改装されたばかりでより、無機質さと退屈が増した「学校」という名のハコモノが、俺の死に場所だったのだ。うつろ舟に取り込まれ共に消えた少年のように、俺も「ここ」で消えゆく運命。
だってここは、と武士は再び笑う。
右手に覆い被さるカメラ・オブスクーラの文字が武士を陽動へと誘う。
「そうだ、 なぜならここも同じ、カメラ・オブスクーラ(箱の部屋)なのだから!」
武士の、すべてが吹っ切れた笑い声が読書室に響いていく。
その目には一筋の涙が流れていった。
色々な難癖を肉付けして勝手な結論を付けて満足する。それが鈴木武士という「17歳」だった。
「死のう、もう死のう。」
ふらつきながら立ち上がり、ルーズリーフを握り掴んで歩き出す。
読書室を出て行くその突き当りは屋上だ。ぐらりと首をもたげ、右手廊下突き当たりのドアを睨んで、にひひと笑った。
誰も知らない、武士の最期の歩みが始まる。
ゆらりと武士の脚が歩を進めた。この真相を持って行ったまま、このまま廊下を渡ればもう二度と――、その時であった。
武士はつんざくような男の跫音を聞く。
聞き慣れぬ言語に顔を向ければ、中庭を挟んだ向かいの廊下に金髪の美青年がこちらに指差し笑っている。
「だ、れ…?」
ふと眉を潜めば、その青年はジャケットを脱ぎ捨て両手を脇に構えた革製のショルダーホルスターから素早く何かを取り出す。それは、まるでおもちゃの如く輝く黄金銃―。
「…!?」
「見つけたぜ、リトルボォオオイィィィィ!!」
犬歯を剥き出しに笑った青年は黒い銃口を突きつけ弾を放った。
武士の顔面にあった窓硝子が崩れるように割れ落ちる。その時、銃が本物なのだと悟った武士は虚無の顔のまま廊下を走り出す。
「オラオラエラ逃げんなぁああああ!!」
青年―ジョージも後に続き中庭を向かいに銃を撃ち続けた。武士の後ろに硝子が舞う。
平和な日本で起こった銃撃に、人々の喚き声が一斉にわいた。
走る武士の割れ飛ぶ硝子のスピードがやがて武士に追い付いてくる。
それを無表情のままに、武士は思いっきり窓端より下に滑り込んで避けた。床を滑る武士の顔面に破片が舞う。それがきっと顔の皮膚を裂く。滑り込んだ先は棟を繋ぐ渡り廊下の入り口だ。起き上がり態勢を整えようとした時、向かいに追いついたジョージと再び目があった。
「ちょこまか逃げんなコラァ!!」
とギルデットを構え再び撃ち付けるが、武士は脚をバネにして横に転がり壁に背中をつける。弾道はその足跡に当たるだけに留まった。ジョージは舌打ち廊下を走り出す。
一方、武士はそうはさせんかと壁についたとある「ボタン」をきっと睨み付け、覆い硝子を含めたボタンを、持っていた「うつろ舟」で勢い良く叩きつぶした。
アラーム音と共に動き出したのは渡り廊下の入り口を閉める防火シャッター。
「そっか…!渡り廊下だからな!クソッタレ!」
突然表れ出たシャッターにジョージは慌てて銃口を向け撃つが、放たれた弾をシャッターは何の変形もなく跳ね返す。
「くそがぁぁああ!」
間に合わせようとジョージは勢い良く滑り込んだがシャッターはそれさえはじき返し、ジョージと武士の間を阻んだ。
「あがぁああああ聞いてねぇぜェェェ!こんなのぉおお!」
ファック!と悪態つきながらガシャガシャと音をたてる向こうの見知らぬ相手に、武士は「ふへっ」と口角をあげる。一度やってみたかった事だった。
さあ、後は死ぬだけだ―。武士は左手、廊下の突き当たりのドアを見上げる。そこを開けた先は屋上。そこから自分は飛び降りて死ぬのだ。と。
「他人によって死ぬのは真っ平。」
目を伏せて笑ったとき、しかし、ここでもまた、それを阻む誰かの声が響く。
「鈴木君!」
はっと振り向けば、先いた図書室の前で息を荒げながら立つ、蛇ジャケットを来た背の高い男がいた。
「あんた…よもや…。」
硝子の破片が散らばる廊下を挟んで武士と男―、椴があの渋谷の駅前以来対面した。
意志のあるブラウンの瞳と虚無の黒い瞳が再び互いの姿を捉えた時、お互いすぐに彼が鈴木だ、日椴だと分かったのだ。
「鈴木君…どこへ行こうとしてるんだ。」
最初に声をあげたのは椴だった。武士は身構えてそのドアノブを掴む。
「その先は屋上だったはずだろ。屋上に行って何をするつもりなんだい。」
何かを察したような目に武士は眉を潜め舌打ちした。
「―っ、どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって。」
椴が羽織る如何にも高級な蛇ジャケットに嫌悪感がわく。
そこから避けるようにそっぽを向いた時、椴は待って!と声をあげ駆けだした。
「早まるな、俺の話を聞け!」
がしかし、散らばった硝子に椴は脚をかられ転んでしまう。その衝撃に耐えながら慌てて顔をあげたが、その先には既にドアの縁に足をかけ淡々と見下ろす武士がいた。
転がった態勢から追いかけても、もう間に合わない――。
「……話し合っても分かるものか。」
壇上から武士が重々しい口調で言った。
「この廊下の長さが俺たちの距離だ。あんたと俺は、同じ世界など生きてない。」
一言念を込めて言った武士に、椴は困惑の色を浮かべ
「何を言い出すんだ鈴木君…!」
と声を震わせる。
「だってそうだろ。あんたは勝ち組だ。勝ち組に俺の気持ちなんて分からない。」
そっけなく言った武士に椴は、
「違う!」と叫んだ。
「俺は先生じゃねぇ!あんたと同じようにこの高校で生きた「生徒」だ!あんたと同じあの糞親父を憎んで、好きな事に語れる友達もなくて、家にも学校にも居場所がないあの苦しみは今でもはっきり覚えてる! …だからこそ俺は知ってるんだ!
だからこそあんたは死ぬ必要がないんだって!俺だけがそれを止める資格を持っているんだって!」
長い犬歯を見せつけ叫ぶ椴であるが、その懸命な弁解も武士には耳が通らない。
「NY在住、ホンダ支社の副主任」―とかいう得体の知れない「宇宙人」みたいなのが起きあがろうと動く度に、武士には言いようのない嫌悪感と惨めさが滲み出る。
何故、何故こんなにも違ったのか。
よもや椴の言葉も聞かず、武士はそれを考える事に心が捕らわれた。空虚になった頭の中には実は、既に出ている『答え』がある。
「あんたさぁ」
立ち上がらんと這い蹲る椴を諫めるよう、武士は甲高い靴の音をならす。途端出かかった言葉を止めた椴に、武士は壇上から身を乗り出し一言、呟いた。
「良かったよね。その好きなものが『車』でさ。」
俺と違って、この世界に役立つもので――。
その一言から浮かぶ武士の背景に椴の背中が震える。
だから小池先生もあんたを応援「しがい」があったんだよ。
そこまで言わなかったのは、武士の、椴に対するせめてもの「気遣い」だった。
「あんたの頭ン中では、小池先生はいつまでも美しいままでいればいいさ。」
それが武士の椴に対する絶縁宣言だ。
「鈴木君…!」
最早説得の言葉も出ず、名前を呼ぶ事しか出来なくなっている椴に、武士は揺らめきながら垂れ下がる黒髪の隙間から見下ろす。
「この世界はですね、層で出来てるんですよ。」
と言った。
「幾重に重なるカメラのガラスのように、どのレンズから覗くかで、その物の姿はすべて違ってるんですよ。」
椴の唖然とする顔も今は構わず、武士は悠々とこの学校という小さな箱を見透かすように見上げた。足元に散らばる硝子が武士の「妄想」をかきたてる。
「あんたと俺はよもや同じ「層」には生きていない。」
そして、見上げた首を椴の方へもたげ武士は呟いた。
「俺はね、科学の子、なんですよ。それを聞いたあんたの目にはこの俺は一体何に映る?」
椴ははっと困惑の目を開いた。
さっきのジョージの声を思い出す。科学の子―「リトルボーイ」。つまりそれは、
「そう。俺はこの日本を『あの日』へ導いた、●●電力社員の息子、そして…放射線汚染に侵された「科学の申し子」だ。」
入り口から射す夕日が、だらんと腕を垂らした武士を真っ黒に縁取る。
そこから映る黒い目に椴は武士の言う意味をようやく理解した。
「…さよなら先輩。あんたの盲いた目も、もう醒め頃さ。」
武士は最後に椴を淡々と一瞥し、屋上へ乗り出した。
その最後に見た光のない黒い瞳は一瞬誰かのを起想させ―、
「鈴木・・・・!」
ふたりの間にドアの閉まる音がむなしく響いていった。
5、消える
向かい風の勢いにも構わず武士は屋上に渡る。普段立ち入り禁止の屋上は雨風にかざされ緑色のタイルがはがれている。
埃っぽい殺風景な風景に自嘲気味にわらって武士は向かいの端へと歩き出した。
そこからやがて小走りになって、死への恐怖をまぎわらそうと駆け出す。
そう、あそこから勢いにのって一気に飛び降りれば、もう―、
「何しようとしてるの。」
突然、風にのった「女」の声が、虚ろになった武士の頭に直接に響いた。
はっ、と動きを止め振り向いた間際に武士はその声の主を判断する。
「…なんで…さっき…鍵はちゃんと閉めたのに―。」
入り口に手をつきその翡翠の目で武士を映すは、ブリュネット赤いタートルネックを着込みその手に黒いカメラを携えた女。
「う、うつろ姫…!!」
諦め駆けていた感情が溢れ出し、武士は動けなくなる。
なんであんたがココにと問う顔に、女はにこやかに微笑んで応える。
「当たり前じゃない。命の恩人にさよならも言わないまま、いなくなるとでも思った?」
と女はポケットから何かを取り出し翳す。
それは夕日に照らされたライター、武士はそれで女がここに行き届いた理由と、知られた経緯に目を大きく見開かせる。
「焚き火なんて、何もない所から作るなんて、無理だものね。」
と武士の心情を察するように小さく呟いた。
女の目は武士のすべてを察していた。
余裕がない中で武士が高いパソコンを買えたその理由を、艶やかなフォントで貼り付けられた場末のビルの住所がそれを表してして―。
「なくなってしまえば良いのにね。」
女はぎゅっとライターを握りながら、切なげに言った。
「辛い記憶や、悲しい事さえ全部「虚ろ」だったら。」
―本当は、生きていたいのにね。
武士はまるで、目の前の女が、自分を映し出した鏡になっているような心地に駆られた。女が呆然とする武士に向かって微笑んだ時、
「う、ああ・・・ああああ。」
何かが溢れ出し気が付けば武士は、女の胸の中に飛び込んでいた。
やがて堰敗れて溢れ出す小柄な少年とは思えぬ程の大きな慟哭が、卒塔婆のごとく建つ殺風景な東京に響き、クラクションに紛れるように鳴った。
女はその声も抱き留めるように、彼の声によって締め付けられた胸の中へ武士の身体を抱きしめる。
「痛かった・・・・っ!!痛かったんだ!!」
わぁわぁと眉をひしゃげ溢れる涙を女の胸にぐしゃぐしゃに押し付ける。女があえて「何が。」と尋ねず黙って背中をさすってくれたその感覚がまたせつなくて、涙がどっと溢れ出した。
「いきたくない、行ぎたくない…っ!」
もうどこにも行きたくない―家にも学校にも、そしてその先にも、どうかこのまま消えてしまっていなくなりたい。そうすれば生きられるのに―。
喘ぎ声から途切れ途切れに現れたのは「虚ろ」の言葉から剥がれ落ちた本当の言葉。
同情の価値もないと責められる事を怖れて言えなかった、分かっていたはずの自分の言葉。
しばらく背中をさすっていた女はすっと、武士と距離を置く。
そうして直に向かいあった2人。
涙で霞む視界に移る女は、何も責めず何も言わずただ哀れむように、微笑んでいて。
「…助けてくれ。」
武士は捻り出した言葉を言い放つ。
「…助けて!助けて助けて、助けて!このまま、…このまま俺を連れていって!」
残った声すべてを、この言葉に託し武士は泣いた。
女が口を開き答えを言うのがまた怖くなって、武士はその胸に顔をうずめた。
***
鈍音と共に屋上の扉が蹴り飛ばされる。
ぬっと突き出る長い脚はジョージのもの。その脇から転がるように屋上へと出たのは椴だ。
「鈴木くーん!」
「うおりゃぁ!キティィィ!どこに行ったぁぁああ!!」
椴に続きジョージも辺りを見渡し屋上にあがるが、そこには錆びた鉄パイプの残骸以外には何も見当たらない。
「よもやもう…!?」
どっと冷や汗をかき屋上の端へと走り出して手をつくも、身を乗り出したその先も校庭が迫るだけで誰もいない。
「どういう事だ? 入り口はあそこしかないのに!」
橙色の日差しをあび、呆然とした椴の隣で、ジョージは
「クソォッ!!」
と悪態をつきギルデットを端に叩きつけた。
そうしてそのまま「箱」の中で、少年と女は消えてしまった―。
6、科学の子
場所は国会議事堂某委員会室。
金刺繍の花柄のカーペットの上に、漆塗りのテーブルと重そうな金細工で彩られた椅子が列をなす。その右手、一番窓側に近い椅子に座り肩をこわばらせるは黒スーツにネクタイを律儀に身につける椴であった。
「…たっく、なんだってんだーい。あの騒動の後、直々に田中首相から連絡が来てここに来いって…一体何がどうしてこうなる訳だよー。」
まさか一般人の自分がこんな官僚たちの会議室に首相を待つ事になるとは―。
緊張で貧乏ゆすりをする一方で、共に呼び出されたジョージは腕を組んで壁によりかかり、格子のついた窓から雪の降る永田町を見下ろしていた。
「さっきからガタガタうるせなー。こんなキャピタルよりちゃっちいモンにいちいちヒビってんじゃねぇよ。ここに来るのは初めてか?」
「小学校の社会科見学以来だよ!それでもこんな委員会室なんて…階上すらあがった事もねぇっつの!」
せっかく固めた髪もかき乱し、椴は赤い背もたれに深く腰をかけた。
「にしても、猟犬君。あんた、結局あの鈴木君から誰を突き止めようとしたんだ?それも、田中首相が気になる程の相手って…「キティ」って聞いたけど。」
その問いに腕を組んだままジョージは答える。
白い雲に覆われて反射する窓の光がジョージの横顔を華麗に映した。
「…お前も会った事のある奴だ。」
「へ?」
「栗色の髪をひとまとめにした色黒の女。目の色はあれだ…ブルース・ウィリスみたいな感じの。」
「あぁはいはい。マスカット・グリーンね。えーと・・・そんな女なんてぶっちゃけ、どこでもいるんじ
ゃ…。」
と言いかけた所で椴はある心当たりに顔を上げる。
「あぁ…っ!?もしかしてあの花屋のねーちゃん!?」
前にいるジョージが否定しないと見て、椴は驚きに顔をジョージへと向けた。
「だったら尚更なんでだよ!?あのねーちゃんを何でお前が追ってんの!?それが鈴木君とどう関わりある訳なの!?」
こんがらがった思考をそのまま出す椴に、ジョージは首をくいと上げ
「あとは奴に聞け。」と扉を見た。
丁度その時重い扉が両面に開かれ、背の低い小太りの眼鏡男が真ん中に乗り出していた。背後にはシャッターを光らせる取材陣が質問を呼びかけ構えているが 彼はそれを遮断するように、大きな音を立てて扉を閉める。
「あーっあ。やっと静かになれた。」
とSPをも外に置き、2人に向かう額の広い男は田中来栖首相であった。
福岡麻生セメントの一炭坑夫から、首相へと成り上がった経歴を持った「狸」の異名を持つ、成り上がり男に、椴は慌てて立ち上がって背筋をのばす。
ジョージは窓の端に腰掛けて煙草をふかしたままでいた。
その様子を見ながら首相は薄く笑って手を広げる。
「やぁやぁ。遅くなってすまないね。わざわざ来てくれてありがとう。」
とまずは椴との再会を喜び、ごつごつとした炭鉱夫であえう面影を残す手で彼と握手し、向こう側にいるジョージに呼びかける。
「やぁ君も久しぶりだね、ジョージ君。飼い主さんの方も調子はどうだい。」
「相変わらずだ。」と答えたジョージに田中は目尻をゆるめる。
椴はその「飼い主」の意味を解する事が出来なかった。
一通りの挨拶もやり終え田中は椴の隣、ジョージと間を挟んだ所に座る。腕を組んだ態度で田中は話を切り出した。
「うん。今日こうして君たちを呼び出したのはね、数日前に起こった鈴木君の失踪事件に少なからず関わった君たちに、その真相を教えようとしていたのさ。」
悠々として話す田中に2人は身を乗り出しその続きを待っていた。
「まずは鈴木君とその女―キティの関係について話そうか。事件の4日前に鈴木君は、何等かの理由で自殺を試みようと茨城県の海岸沿いに行った。その時にNYから流れついたキティと出会い、彼女を保護して過程で鈴木君は自殺を「その時」だけ止めていたんだ―。」
そういう関わりだったのかと椴が驚く間、ジョージは表情を変える事なく黙って煙草をふかしていた。
「そして事件当日、学校で飛び降り自殺を図ろうとした所を、何らかのきっかけでキティと鈴木君は再び会う事になる―そうして鈴木君は失踪した。」
「あぁ!?やっぱキティもあの学校に来てたのかぁ!?」
「あぁ、場所を突き止め、学校に向かうキティの様子が鮮明に監視カメラに映っていたよ。」
「つ、つまりそのキティって女が鈴木君を連れ去って?」
「そうかもしれない。でも逆なのかも。」
田中は眉を顰めて呟いた。
「…鈴木君が連れて行ってくれっていったから、そうなったのかもしれない―。」
それにジョージは首を傾げる。
「わっかんねぇな。」
ジョージが床に靴をつけながら言った。
「そのガキがなんでそこまでキティに思い入れを持っていたか、分からねぇ。」
「うつろ姫だよ。」
と、田中の口から武士以外の人物によって、その言葉が語られた。
「罪を犯し漂流された伝説の姫。うつろ姫。鈴木君はちょうどその伝説の港に流された外国人の女と、姫を重ね合わせて慕情してたんじゃないかなって僕は考えてる。」
その根拠は、と問う椴に向かって、田中は「ブログだよ」と呟いた。
「武士君のブログを見たんだ。すごかったね。そりゃとても17歳とは思えない程の濃密な読書感想文だった。その中の大半を占めた話がそれで、一目見た時から分かったんだ。あぁ、これが彼の生きがいだったんだろうなぁだって。」
重々しく首を捻る田中に対し、それならば、と椴は更に疑問に思う。
「生きがいだったなら―何故、それを突然やめてしまったわけで」
その答えに田中は持っていたアイフォンを前に出した。
「…!」
そこに映っていたのは武士のブログだ。そのコメント欄には多彩な記号と共に、眉唾な下品な言葉と野卑な単語のオンパレードがそぞろに並んでいる。
「荒らされたんだ…」
椴は解した。幾つものアダルトサイトの広告と、誰かからか分からない心無い言葉―それと共に、記事の内容にも目を通す。
思春期の高校生に宿った言いようのない不安と、焦燥と劣情に対する罪悪感と、溢れ出す怒り。
それをペンダティックな言葉の中にごちゃごちゃに入り混ぜて書いた、その背伸びをした文字列に、椴の心が震えた。
彼にとっての聖域を無残に犯したこの煽り文が、何故ここまで集中的に迫ってきたのか―とその思惑を狙ったかのように、田中は机の上に小さな物を置いた。
それは荘厳な机に乗せるには相応しくない蛍光色のライター。
その上にプリントアウトされたのは椴が昔から見慣れていたポップで鮮やかな文字が。
「な、成る程…まぁ高校生の男子だったら誰しもねぇ…俺も…」
と笑って誤魔化す椴だったが、それを田中はきっと厳しい目で見た。
「違うよ。買った方じゃない、鈴木君は売る方だったんだよ。」
頭をかいていた椴の腕がピタリと止まった。
「鈴木君はただ、自分の滾るような気持ちを表現して、理解してもらいたかっただけだった。そのパソコンを買うために、それでブログを作って誰かに伝えたかった、それだけなんだ。」
しかしただバイトするだけでは時間がかかる。それを目的でパソコンを買うとバレれば、ただでさえ成績不良で武士に強く当たる気性の荒い父に叱責されるに違いないと、武士は欝慮していた。
―隠匿性があって尚且つ短時間で稼げる仕事。
「その、破瓜の痛みを引き換えにしてまで、鈴木君の孤独感と疲労感は尊厳を蝕んでいたのだのかもね。結果としてそれが、生きる目的でさえを台無しにしてしまったのは本当に皮肉な事この上ないが。」
と来栖は目を伏せながらボソリと呟いた。
「あの子さ、結構綺麗で可愛いかったじゃないか。だから客の女にもそして『男』にも相当持て囃されたらしいよ。持て囃されたっつっても…うん、実に胸糞悪いモンだったけどね。」
田中は唇を噛みしめ、息を吐く。
その事実に動揺して黙る椴の代わりに、ジョージが口を開いた。
「なる、ほど、ね。で、その風俗店のライターに書かれた住所を元に尋ね、キティは奴の学校を知ったと。」
「そういう事だね。彼のそういう事情を汲み取った上で、彼女は再び尋ねたんだろう。助けてくれたお礼とその事に対して追求するためにも、ね。」
「らしいな。」
とジョージは柳眉を顰めて笑った。
「・・・僕らが把握出来るのはここまでだ。…収まらない悲しみと束の間の癒やしに翻弄され、生きる意志を失った少年と罪を犯し、這い蹲るように生き延びた正体不明の女が…、如何様に一夜を共にし、屋上で巡り会い、何を話して行方不明に至るまでになったのか、肝心な所は分からぬままだ。その答えはずっと―、あの2人が持って行ったままなのさ。」
田中はもの寂しそうに目を伏せて立ち上がる。
そして後ろ手に手を組みジョージの隣へと歩いた。
そうして曇天の外を眺める様子を、ジョージは黙って見つめる。
この時ジョージは動揺する固まる椴とは別に、武士の身を案じる事は決してなかった。
どんな事情であれど、「キティ逮捕」に繋がらない事ならジョージは既に切り捨てている―、がしかし、一つだけ気になる事があった。
何故日本の首相が、1人の高校生の自殺未遂にここまで肩入れするのだろうか。
「リトルボーイ(少年)…か…。」
それはジョージが武士に言った言葉。田中の呟きに続き、椴が鼻先に手を組み苦々しく
「科学の子…。」と言呟いた。
その2つの言葉に頭の隅に残っていた記憶の欠片が浮かび上がる。
ジョージは途端に、はんと口角を歪め笑った。
「そうか…!そういう事かぁ…!」
疑問が解けた快感にあやかってジョージが笑う。顔を傾け田中を見ながら言った。
「あははは、律っ儀だなぁ!そっんなに心苦しいかぁ!?バッカみてぇ!別にテメーらが気にする事でもねーだろ!」
「科学の子」―それは諸外国から名付けられた日本の子どもたちに対する「渾名」である。
最先端技術の放射線汚染に侵されたという位置付けで名付けられたそれは、清々しい言葉の中に隠された、放射線汚染患者に対する「差別用語」であった。
そもそも「科学の子」とは本来鉄腕アトムに代表されるような高度経済成長期にもてはやされたSFキャラクターの総称であり、それは原子力こそが未来の技術だと、新しいエネルギーだともてはやし、それが正義だと信じて疑わなかった時代に対する、「現代」からの最もたる侮蔑と皮肉の象徴であったのだか―。
それが武士のブログにも書いてあった事だった。
「鈴木君の父親は…その、廃棄物処理倉庫における技術者の1人だったんだよ。父親との当然の不仲というのを考えると、そもそもこの諍いの発端は「あの事件」に始まったって言っても間違いはないと思うのさ。・・・そのアフターケアを徹底する事の出来なかった僕ら政治家にも、少なからず責任があるんじゃないかなって思ってね。」
と悲しげな黒い瞳で見上げる田中を、ジョージは呆れるように目を瞑って息を吹き出して嗤う。
「バカバカしい!んな事言ってたらキリがねーだろ!」
と煙草をふかしながらジョージは椴の後ろを歩く。
ドアに近付く彼の様子を見守りながら椴は虚ろな目で、田中に聞こえるように日本語で言った。
「首相…俺たちってあれなんすかね…やっぱり「俺たち」が間違ってたんすかね…。」
武士のあの虚ろな目を思い出し、椴はライターを握りしめた。今までので知った、鈴木武士の全体像。
物好きで、隠遁で、でもその実結構臆病で、それが故に他人の一言一句に怯えて生きていた小柄な少年。
「あぁ、やっぱりあんたはあの時の俺だよ。」
と深く顔をうずめた。
あんたと俺に阻まれていたのは「あの時」があったかなかったか、13年という時代の差だけが、―しかしそれこそが2人を分断する最もたる「層」であったのだと椴は嘆く。
もう、ここは、俺がいた「日本」じゃないのか―。
「・・・・良い大人がふてくされじゃねえよ。」
椴に対する戒めの言葉が沈黙の中、突然響いた。
声の主は椴にその細長い脚と見せつけるように開いて扉の前に立ち、二丁のギルデットを両手に構えている。
「どっちにしろ、俺はまた、キティを探しにいかなきゃならねぇ。そしたら…もしかしたら…、奴の居る場所にリトルボーイもいるかもしれねぇだろか。」
「猟犬君…!」
椴は驚いて身を乗り出した。
「あぁ。俺は絶対奴の所に行く。もし一緒にいたとしたら…そん時は、そっちに報告する位はしてやるよ。」
「ジョージくん…。」
窓から振り向いた田中もジョージの言葉に目を見開き驚いた。思ってもなかったジョージの労いに戸惑う2人。それを咎めるようにジョージは
「言っとくけどな!」
と今一度キツく、睨みつける。
「その代わり!日本にも俺のフォローアップはしてもらうぜ。 んでも、俺のやる事にいちいち口を出すって真似をするんなら!それとこれとはまた別の問題だ!」
と、突然勢い良くジョージはギルデットを横並びに立つ2人に向けた。
「ひぃ…!」
見慣れぬ状況に固まる2人に、ジョージは何時もの様に野卑に笑う。
「アメリカじゃぁこういう時はガキでも頭抱えてしゃがむもんだぜ?日本人てホントに平和ボケな。」
「「いや、あんたらの方が絶対におかしい!!」」
同時のツッコミにジョージはさして気にする様子もなく笑い、コートを翻して行った。
閉じる扉の音の向こうでまた人々の歓声と悲鳴がわく。
忽然といなくなったジョージの跡には、椴と田中が顔を見合わせ神妙に、そして少しずつ時間をかけて微笑みあっていった。
「・・・ジョージ君のいつ通りかもしれないね。今僕たちが出来る事は彼の報告を待つだけだ。そして…鈴木君がやがて戻ってきた暁には…。」
「ええ、俺も会いに行きますよ。アイツとこれっきりなんて、なってたまるかってんだ。」
「二度はないよね。」
「ああ、二度は二度とない。」
椴と田中はその「二度」という言葉を強調しながら向かい合った。
それは、誰かから言われた―、
「日本は二度落とされないと分からないのか。」という侮辱に対する抵抗である事を、無言で共有していたのだ。
ほんの少しの希望を精一杯に持って目を光らせる椴に、田中は頼もしそうに肩を掴んで笑った。
「に、してもさ。」とやがて椴が田中に問う。
「何か珍しくないっすか?ジョージがあんなに人に入れ込むなんて。」
それにキティという女性の正体は―と目で投げかける疑問に、田中は目をそらしながら答えた。
「惚れてるから、かもね。」
「へ?」
「捕まえるとかはただの建て前で、本当はただ会いに行きたいだけじゃないの?ジョージ君はさ、そのキティって女の子に。」
にやりと口角をあげ、椴を見上げる仕草に、椴は途端に息を吹き出して笑った。
キティの説明をはぐらかされた態度には、あえて気付かないままに―。
7、始まる漂流の旅
例年より早い雪が積もり、地面もジェット機と同じ色に染まった成田空港。
銀世界の景色を眺めながらデッキに立つは、鶯色の制服を着た少年、武士だ。
「最期に見る日本の景色にしてはまぁ良いかな。」
と呟き、窓に一番近い灰色のベンチに座り込む。その重みと腰かけた痛みに自分が今、生きている事を実感する。
はぁと小さなため息をつき殺風景なデッキを見上げれば、遠く向こうにいる歩く歩道から待っていた相手が現れた。
黒いカートを後ろ手に引っ張り薄い黒タイツで膨らみのある脚を魅せている女だ。スリットの入ったタイトなスカートに同じストライプ調のスーツ、と中に胸元を隠す薄ピンクのYシャツを揺らし、そして首もとには赤色のスカーフが鮮やかに花となっている。
「はーい。お待たせー。どう、似合うー?」
と明るい声で手を振ったのは、キャビンアテンダントに返送したキティであった。
栗色の長い髪もしっかりとまとめ、横から武士を見下ろす翠色の瞳に、「似合う」と言いかけた武士は顔を赤く染めてそらした。
「さぁいよいよフライトよー。うまくいくように構えないとー。」
と勢い良くスカーフを結び直す様子に、武士は呆れ、ひじに手をついて言った。
「本当に大丈夫か?いくらピザ持ってないからって、キャビンアテンダントに化けて乗り込もうなんて出来るワケが…。」
と、その一方キティは、
「それは乗客として入る貴方のフォロー次第よ。」
とウィンクし、ヒールを叩き歩を進めていく。
「やれやれ…。」
武士もそれを見守りながらやがて、ゆっくりと立ち上がった。
「…俺も行かなくちゃ。」
外の白銀の世界を今一度、背筋をのばして眺めつつ、ポケットから取り出したのは菊の御紋が金で印された黒い手帳。
それを徐に片方のポケットにしまい直し、武士はキティを呼ぶ。
「ねぇ!」
キティはヒールを止め、振り向いた。
「そう言えばあんたの名前ってなんていうんだ?これからなんて呼べば良い!?」
「貴方の自由で良いわよ。」
と意味有り気に口角をあけ再び歩き出す。―が、
「それじゃ困るよ!!」
と武士は強めに答えた。
それは、自分が彼女につけた名前―「うつろ姫」が本人にさえ話さない自分だけの秘密として、大切にとっておきたかったから。
「・・・・うーんっ、そう言われたら・・・・そうねぇ~」
それにキティは歩を進めながら振り向いて笑う。
そしてカートの持ち手を変えながら、大仰に手を振って笑顔で言った。
「とある悪徳警官からは、『キティ』って呼ばれているわ!」
こうして、カメラウーマンキティの世界をめぐる冒険が始まったのであった。
〔終〕
〈あとがき〉
いよいよ始まりました。GGのぞ・く・へ・ん!
GG最終回にてジョージからなんとか逃げ切ったキティが、今度は主人公となって世界中を駆け抜けるシリーズの始まりです。
GGでは出し切れなかった要素(世界規模、歴史的、宗教的…まあ、いわゆるもう1つの作者の『悪趣味』) を、このカメラウーマンキティ(以下、CK、または亀馬(笑))で存分に発揮できればと考えています。
だからGGと違ってアクションは殆どない…とは言ってたはずだったのに…ちゃんと(?)撃ってますね(しかも日本で)。
すみません。こういう要素もやっぱり引き続きありそうです(笑)
ジョージだから仕方がないかn(逃)
世界を巡る、という話なので、CKは国名で「編」を区別するようにしました。最初の舞台は「日本」。在住なので、日本の描写はとても楽しかったです。お茶水大好きなんですよ。
本編共に(笑)GGより比べて短いですが、それではまた、ふたたびあとがきにてお会いしましょう。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
鶯色の制服は巷で見かける私立高校のを参考にしました。
根井舞榴
登場人物紹介
キティ(20~25)
…本編の主人公。身長170cm。本籍地不明。青いチェック柄のワンピースが普段着の女性。常にカメラを持ち歩いている自称「カメラウーマン」。NYにてとある「罪」を侵した指名手配犯として日本に流れ着いたが、武士によって一命と取り留める。その恩として武士を相棒として連れ、世界を巡る旅を始めた。目的地は「ムンダネウム。」テーマソングは「ありふれたせかいせいふく」
鈴木武士(17)
…山手にある高校に通う男子高校生。身長161cm。日本人。おませな性格で同世代から敬遠され、孤独な日々を送り鬱屈した精神を保っていた自殺願望者。ふとしたきっかけで漂着したキティを助け、その彼女の跡を追って旅に出る事となる。非童貞。一応、CKにおけるヒーロー的立ち位置。(ヒロインに対比して)
テーマソングは「少年は教室が嫌いだったのだ」
田中栗栖(71)
…日本内閣総理大臣を務める小柄な男性。身長162cm。日本人。福岡県出身で炭坑夫からのしあがった、非エリート出身。その経歴故か性格は馴れ馴れしく野暮ったい。しかしその人当たりの良い性格から椴、アーサー、そしてジョージとGG以来の登場人物とも顔が広い。テーマソングは「ダンスダンスデカダンス」
ジョージ・ルキッド(23)
…NYPDに勤める白人の警部補。身長186cm。アメリカ人。金髪碧眼の美青年。訳あって指名手配中のキティを執拗に追っている。童貞。
本編の前作、GGでは主人公を務めた。テーマソングは「非実在青少年健全育成法」
椴敬之(33)
…ホンダテイラーNY支部営業部副主任を勤める、顔立ちの端正な男性。身長176cm。日本人。本名:日椴。 前作GG2話から準レギュラーとして登場していた、自他共に認めるプレイボーイ。本編では武士の高校の先輩として、自殺を止めようと奔走する面倒見の良さも表された。テーマソングは「逆罪行進曲~怪~」