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第6話 イギリス編(後編)

 イギリス特有の曇天の雲は、今日も重々しく垂れこめる。 


 プライオリ・スクールの一角、黒いロングドレス姿の寮母は格子の窓枠に手をつけながら、スマフォの電光を伏せる様に置き、深いため息をついた。


『ベリック・アポン・ツイードにて、様々な情報を得られました。内容は急遽戻ってからお伝え致します』


 テイラーから送られたメールは、期待していたより簡素で素っ気なかった。それに少しの侘びしさを感じてスマフォを握りしめ、胸に手を当てると共に、このあっさりとした文面が余計に、尋常ならぬ事情が潜んでいる様で更に胸が重くなるのだ。


「でも今日までに来てくれないと……」


と、そんな彼女の鉛に沈む胸を、無理に動かす雄叫びが窓硝子をびしびしと揺らして聞こえた。窓の向こう、その斜め東側には、学校と渡り廊下で繋がっている体育館の屋上が見える。


「まさか、これは卿の……?」


 途端、思い出した焦燥に駆られ、寮母はスカートの裾を摘まんで走り出した。


***


「プレ、アレ!」


 審判員が怒声をあげて乱雑に両腕を降る。寸時その喧騒に割って入る様に、大声をあげる対戦者同士は細長い刃を彼の目の前で激しく突き合わせた。同時に防ぎ合った瞬間をいち早く察知した方が次の一手を決められる。

 それを知る者決闘者同士は、手首を捻らし互いの脇に差し込もうとするも必死だ。ほぼ同時にきた刃先にヤバいとサルタイア卿が鍛え上げた脚のバネを生かして後ろに飛び跳ね、その刃先を寸時避けた。


「ちっ」


 左右に細やかなステップで間合いをとりながら、防具の中で卿は思わず舌打ちをした。


 こんな相手にこんな所で手間取ってる場合じゃない。試合はまだまだ続く、それに次の相手は――、


 しかし今、そんな所と言いつつも荒々しく息を吐き、汗をしとどに流して肩を上下する自分が、今一番腹立たしいのだ。


「くそっ、どけぇ!」


 途端に卿は忌々しく汗を弾き飛ばす様に、脚を踏みしめ飛び出した。その声が余りにも大きかったが故に一瞬たじろき止まった相手へ、貪欲にその胸を一点に張りを込めて突いた。


「うあっ!」


 周りのどよめきと共に、その痛みと勢いに相手は脚をすくわれ仰向けにして転がる。その隙を更に突く様に踏み込んだ所を、審判がその胸を押し込んで、「終わりましたよ、卿!」と、咎めた。それを卿は「分かったよ!」と鬱陶しそうに弾き、ソードを持った手で彼の侵入を拒絶して振り返る。


「まあまあ、どうなさったのサルタイア郷は」


 スカートの裾を両手で摘んで端を走る寮母に、中央端に腕組んで試合を見守るコーチが「あぁ、お嬢様」と、迎えて言った。


「お嬢様、最近郷は何か嫌な事でもあったんですか? こんな日に限って何故かすごく荒れていますよ」


 そう言っている内にも檄を吐き散らし、襲いかかるサルタイア郷にコーチは再び目を向けた。


「黒衣の英国紳士も今や面影ないですよ。テクニックも何時もの繊細さは無いし、自慢のスタミナと勢いだけで押し通している様なもんっすよ。あれ、本当のサルタイア郷なんすかねえ」


 腕を掲げながらコーチは飛び交う刃を除け、左右激しく揺れる、顔見えぬ白の防具を不気味に見上げる。それに続いて寮母も額に汗をかきながら見上げた。


 サルタイア郷が再び怒声をあげて、一気に彼の胸元に三歩で忍び込み、ソードを回して相手の矛先をねじ曲げる。それを避けたとして、真っ直ぐ相手の喉元を突いた先が彼の防具を弾かせた。そこから汗だらけで鯉口のごとく口を開く相手の不抜けた顔が明らかになる。


「焦ってるんですよ。一度決戦相手に負けたから」


 と、予選敗退した仲間の一人、が防具姿のまま横に座ってぼやいた。その視線の先には淡々として腕を組み、次の相手を見定めているその高い背をつける「決勝者」がいる。


「アイツが思っていた以上に強くて、卿はここ一週間ずっと焦ってました。それだってのに、ただでさえ筋肉痛でバキバキだった身体を無茶してたから――、頑張れば頑張る程それが裏目に出ちまってるんですよ。優勝したいって気持ちは分からんでもないですが、そればっかが先走って本調子が出ないってタイプっすねえ」


「卿は本番に弱いからなあ」


 やがて互いにペットボトルの水を飲み交わす2人の手前、寮母は唯一人彼の優勝に対する執着を知る者の目で彼を見上げる。地鳴りの様な歓声の中、何とか2点差で勝ったサルタイア郷は、その場にへたり込み、汗の雫を垂らし手をついていた。その、今にでも吐き出しそうに口を開いて息を吸う防具を外した卿の顔は、絶望と展望、どちらにも依る事の出来ずに翡翠の中で闇と光が交互に入り混じっている。その、不気味な程の濁った光に寮母は口元を覆いその場を立ち去る事しか出来なかった。


「ひどいっ、ひどいっ、ひどいっ」


 斜め格子の白い鉄鋼を背景に、ロングドレスの女性が颯爽として走る。

 

「みんながみんな、彼の必死な思いを知らずに郷を勝手に見定めて」


 本番に弱いだの、頑張れば頑張る程ドツボにはまっていくだの、彼が「どうしても勝たなければならない」のによくまあ、そんな簡単に言いのけるものだ。


 八つ当たりとは分かっていても、体育館のドームを支える鉄鋼の隙間からかろうじて差し込む日差しに顔を歪める寮母はそう思う事でしか自分の身体を保てそうになかった。


 ただ、憎かった。卿を放ってここまで追い詰めたホールダネスにも、卿の前に迫る決戦相手にも、そして、そんな寮母の思いをもフェアではないと貶めるであろう、「スポーツ精神」とかいう類にも。


「ただ、サルタイア郷はお父様に会いたいだけじゃない!それなのに、それがどうしてこういう約束の中でしか叶えられないっていうの!?こんなの最初からおかしいのよ、おかしかったのよ!」


 誰も居ない体育館2階の裏通路で、寮母は遂にへたりこんで、項垂れてしまった。脇から見えるは橙色の体育館の床から周囲に囲まれる様にして白き2人が向い合う姿。ああ、決勝だ。歓声でそう悟っても、寮母は見る気にはなれず、ただ、神を恋慕う様に日差しの光を仰ぐだけだった。


 観客のどよめきと大声から伺える彼の苦戦している姿。5歳の頃よりずっと見守り続けてきた者として知る、サルタイア卿の積年の、「煉獄」というに等しい練習の日々を思い出し、だからこそ「結局」という言葉で締められる「結果」に耐えられず、唇を震わせながら宙を仰ぐことしかできない。


「プレ!アレ!」



 しかし、誰もが諦めた中、ただ一人、サルタイア卿だけが諦めなかった。


脚をすべてバネの様にして生かし、痛む身体を痛めたままに相手に何度も飛びかかる。


「はあああああああ!」


「だああああああ!」


 幾度となく繰り返された合図に乗って、二人は雄たけびをあげながら刃の鈍い音を響かせた。自信、情動、嫉妬、憎悪、哀しみ、すべてをステップの材料として踏みしめて、刃もそれに呼応する様に形を変えて円を為す。


 ぐるぐる回る周りは果たして自分が回っているのか、それとも舞台が回っているのか。集中する間にそんな事を考える自分が至極滑稽に思えた。ああ、これが限界を超えた先に見えるヤツってものだろうか。と、刹那気に思う。そうだ、霞む視界の中で、積み重ねた練習が故の反射運動に揺られながら卿は感じた。


 煉獄の業火に己を窶す痛みは、悲鳴をあげん程の苦しみは、所詮誰がどう、それを無駄と、足りなかったと言おうと、辛かったのは、悲しかったのは本当だ。自分のものだけだ。それは誰にも侵されやしない、何よりも大事な「真実」。


 手が空回り、せっかく狙った刃が弾かれて何度も飛ばされて、その度に檄を吹きかけられても、すべてモノクロームの様に滲む苦しみに呻けども、光であるかも分からない先へ――、相手の背中を突くとみせかけ、肩口への斬りをくり返した。


「演じろ」


 呼吸を求めるがよりも、卿は己にそれを命じ、己の身体に刃を構えさせる。


 人生は所詮お芝居。私たちはそれを演じるための役者。互いに舞台の上から出たり入ったり。そう言い聞かせてながら、相手を見上げた。一気に身体が透けた様に涼しくなった気がした。


 すると、相手は卿のふっ、と止めた動きを見、遂に限界がきたチャンスと見て態勢を低くして、一気に内に攻めてきた。彼の得意とする素早い決め手だ。そこから下に突き上げる様にしてやれば立ったまま避ける事しか手の無い相手は、身体を固めたまま終わる、筈だった。


「これで俺が、優勝だ!」


 先の光景を恍惚に思いながら相手が刃を突き立てた時、サルタイア卿の意思を示すソードは、防具の隙間からのぞく翡翠色の瞬きと共に、するりとしならせて彼の首筋をぴっと斬りつけたのだ。


「はっ……!?」


片脚を深く折り曲げたままの態勢で、同時にブザー音が鳴り響く。それに相手はその態勢のまま防具を投げ捨てて言い放った。


「おい!今のは避けてなかっただろ!今のは俺が……!」


 汗と唾を吐き捨てて叫べども、大きく開いた口は途端に萎む。コーチ達が、そして敗れ果てたプライオリスクールの同期達が、拳を振り上げて口を開く向かう先が、誰へなのかを知ってしまったから。


 相手が茫然としたまま目端に瞳を寄せた時、そぞろとなって集団が彼の脇を通り過ぎて言った。


「サルタイア卿―ッ!」


 それは、今までで一番大きな鳴りであった。一斉の叫び声と同時に数多くの手が腕が、膝と付こうとしたサルタイア郷を抱きとめる様にして掴まる。


「おめでとうございます!これで優勝です!優勝!」


「ゆ、う、しょ……?」


優勝、その言葉にサルタイア郷は始めて試合が終わったのだと気付いた。そして、それがフェンシングの試合だった、という事にも、


「いやーっスゲーですよ!泥仕合だったけど、ここまでの追い上げよく頑張ったですね!俺、今でも信じらんねえですよ!」


「おめでとうございます!本当におめでとうございます!」


 汗だくのまま呼吸もままならないというのに、コーチは、そして仲間達は遠慮なくその胸を、腕を彼の顔に身体に押し付け大きな声と共に覆い尽くす。それに今にも気を失いそうになる眩みに仰向けに倒れれば、仲間達が大笑いしながら彼をまるで仰ぎ担ぐ様にして担ぎ上げた。


「そうか、ゆう、しょう、したんだ……」


 流しきった汗に混じって、涙が自然と溢れ出す。その向こうにはライトに照らされたその隙間から白いハンカチで涙を拭うガラス向こうの寮母がいた。


***


 プライオリ・スクールの週間新聞では、一面記事にフェンシングの試合結果について報道されている。でかでかと貼り付けられたフォントと共に、黒髪の少年が防具を着たままメダルとトロフィー片手に映る写真が載せられ、輝かしい笑顔を見せていた。笑うと狐月型に目がかなり細まる所、靨が小さく均等に歯が揃っている所は、実によく母親に似る様になった、と、車内に揺れる一人の男は、その揺れに従って新聞をテーブルに放った。


「まさか、本当に優勝するとはな」


 迂闊だった。 と言う様に、窓枠に肘をついて頭を抑える男は、陰鬱に窓の外を眺める。通り過ぎる一面の草原は留まる所を知らず、生い茂る樹々がくっきりと影を草原の上に為す。さながら草原は太陽の光に瞬く緑の海、樹木はその雲。


 しかし、その風景も気怠げに見下ろす瞳孔の大きい瞳は忌々しく首を振り、縁に置いた煙草をぐしゃりと握り潰した。


「面倒だな……」


 火のついた煙草を肘ついた手に置いたまま、男は目を伏せて煙を吐いて思案に耽る。


 何といってもほぼ、二年ぶりの再会である。念願の優勝した事もあってか息子はいつも以上に13歳のくせしてベタベタ張り付いては自分に寄り添ってくるだろうし、あの余計なお節介をいつも食らわせる理事長やその姪の寮母もお茶だの夜食だのしつこく誘って一日中縛り付けるに違いない、と。


「はぁ……」


簡単に予測出来る事態に、余計に体がだるくなって首をもたげてしまう。ふと、その目端に向かいの窓側に同じ様に煙草を吸う男を伺った。それに瞳孔が更に開く。


「お……」


 美しい男だと思った。


逆立った金髪が草原の緑によく映えて風に爽やかに靡く。顎を右手で支え口元を隠す指先には灰が半分まで覆った煙草が白の窓枠に零れ落ちている。赤い灯を微かにちらつかせ、その存在を忘れてしまった青い目は、眼下の景色を首を傾けて虚ろな影をのぞく。


 その張った首筋の、血管を含めた青白い造形といい指の形といいその線に剃った顎のラインとふっくらと半月に角膜に覆われた蒼の宝石といい、見る角度全て美しい。着こなすツイードジャケットも、その上品な出来にしてはまだ幼げな印象を残すも、色合いを含めてこんなに似合う奴など滅多にいないとさえ思った。


「しかし、もう少し若い俺の方がまだ良いけどな」


 と、嘘の様な本当の様なくすぐったい心地に彼は口角をあげ、流し目に男を見上げれば、ヘーゼルに浮かぶ彼の瞳孔はピタリと動きを止め、まるでシャッターが開かれた様に広がった。


「それはー……」


そういう間際に列車は汽笛の音を鳴らし車内を揺らして止まる。その揺らめきに身を掬われた彼、ホールダネスは席のひざ掛けに両腕をつきながら、出口へと脇を通り過ぎる金髪の青年を見上げた。


「っ、待て!」


 途端声をあげて駆け上がれば、細長い出口から飛び降りる。その合間に駅の改札をも超え、腰に手をつけ歩く男の背中を追っかけんと駆け出す。しかし、その焦燥を拒む笑顔の2人が、その姿を見ると同時に前に出てきたのだ。


「おお、ホールダネス判事、お久しぶりでございます!お待ちしておりましたぞ!」


「あらあら、そんなに急がなくても、卿はちゃんとお部屋で待っていますわ」


 彼の眼下で同じ丸眼鏡をかけ、その奥の目を細めながら迎えるは、プライオリ・スクールの理事長とその寮母であった。普段、サルタイア卿を特別に気遣っていた2人は久しぶりに訪れた彼の父親の登場を卿と共に心より喜び、駅から丁重にして迎える。


「ささ、オランダからさぞお疲れの事でしょう。荷物は私が持ちますから、貴方様は早く卿の所へ参りませ」


「フフッ、お部屋にて今日は特別にティーセットも用意してありますのよ。私も今日は一日中御相手いたしますわ」


 肩で息をしながら口を開いて遠目をみるホールダネスの心情など全く「無かった」事にする様に、2人は父親が現れたという事実にただ、その眼下で勝手に腕を振り喜び合い、笑いながら力無く掴まれていた荷物を奪って背を向ける。



「早速向かいましょうか」


 と、意気揚々として荷物を担いで進む理事長の後ろ、往々にして振り向いた寮母は朗らかに声をかけるも、ホールダネスは前を向いたままだった。荒く息を吸い込んで見つめる先、それは遠い学校西に広がる深い陰湿な黒い針葉樹林の森だった。それに水平にして降りかかった霧の中で、男の金髪がふわりと霧を掻きて紛れ込む瞬間を見ていた。そして、脇に通り過ぎた時にも見た、金髪の男がそのポケットから微かにちらつかせた「紐」を見る。赤が幾重に織り重なった特徴的な紐は、一度たりとも忘れる事もない愛しい、彼女の栗色の髪を束ねていたあの――、


「ホールダネス様?」


 それにいよいよ眉を顰め始めた寮母に対し、ホールダネスは突然勢い良く首を振って彼女を見た。その尋常ならざる勢いと冷たい瞳孔の開きに微かに身体を跳ねた彼女に向かい、彼はずんずんと彼女を睨みつけたまま歩み寄って行き――、


***


 一方、サルタイア卿の部屋。茶褐色の木机の上、錆び付いた銅とくすんだ銀の他に、微かな日差しに清嵐として輝く、金のトロフィーが立っている。窓から眺める空は相変わらずの曇りだけれど、それが余計に金の瞬きを強調する時があるのだな、と、今特別に施された豪勢なティーセットの横でサルタイア卿は胸に手を当て、黒ベストに灰色のネクタイといった「黒衣の英国紳士」らしくめかしこんだ自分の姿を、そのトロフィーに移した。

 それを側からケーキを机の上に甲斐甲斐しく並べる先日のメイドも、ふと掲げたケーキの手前穏やかにして微笑み、トロフィーを鏡代わりに腰を捻られて身だしなみを整える卿の仕草に笑う。それに気付いた卿も、


「あっ、笑ったな!」


 と、本人も大口を開いて笑いながら彼女に向かってわざとらしく小突くフリをし腕をあげる。そのいつも伊嬢に明るい卿の姿に、メイドも更に声あげて笑ってしまうのだった。


 もうすぐ父がやってくる。


 その証を示す、赤白の垂れ幕が添えられた金色の塔を見上げながら、高揚する胸を三度押さえる。するとどうにも身が落ち着かなくて、突然、脇下の冷蔵庫から氷を取り出して割る音を響かせると、漆器の中にそれらを入れるのである。そこからまたメイドの入れた紅茶ポットを自ら入れて、湯気のたつ紅茶を冷えた氷の中へたんまりと入れては続いて冷ややかなミルクを入れ、「茶色」の面影が無くなるまで入れるのである。


 せっかくの茶葉の開きも、香りをもすべて台無しにするこの「紅茶」の飲み方こそが、高貴なる伯爵家、ヴィアトリスに受け継がれたものだという。


 その白い喉仏が段々となって浮き出るその雄々しい喉の動きと滑稽さに、メイドはつくづく貴族は分からないなと、戸惑いの笑みをこぼすのであった。


 父は今、どんな姿でやって来るというのだろう。母親に似てしまった分、受け継ぎたかった憧れの端正な顔立ちは衰えないのだろうか、それともそろそろ初老の面影が見えてきた頃だろうか。


 しかし、どんなになってしまっても、今すぐその温もりを求めんと抱きしめる用意は出来たいた。そして半開きの扉に顔を向けて待つ。二年の間にすっかり背も、顔立ちも成長した自分を見て驚いた顔をするであろう父の姿をただ求めて。


「お父様……!」


やがて、その端から影が現れた事に卿は、そしてメイドも目を見開かせるが、そこから現れたのは見慣れた寮母の細長いシルエットだった。それに二人共は拍子抜けして口を窄める。


「あら……どうなさったのですか?ホールダネス様は?」


 と、思わず、召使の身でありながら尋ねてしまったメイドの言葉を、ぎりっと睨みつけた寮母の視線がそれを黙らせる。それに、サルタイア郷も同じ事を知りたいと言う様に彼女の横になって身を寄せる。それに、寮母は途端に哀し気に目を丸め、眉を下げて俯いた。


「ホールダネス様は用事があるん、ですって……」


それは卿に答えるのも憚る程に小さく呟く。それに


「え、じゃあお訪ねになりませんの?」


 と驚くメイドの横、当のサルタイア郷はふっと真顔に戻して淡々として問ふ。しかし、その声には生気がなく、また冷ややかにして俯く寮母の肝を冷やすのだ。


「用事って、何?」


「あ、あの……分かりません。駅に降りたとたんに何か思い出した様に森の方へ行ってしまって……」


「森に?こんな学校以外に何もない所で、用事?」


 突然、寮母の耳に届いた憤りの面影。


「あ、でも今から戻るかもしれませんから、もう少し待っていたら来るのかもしれませ……いえ、きっと来ますとも!」


それに寮母は慌てて顔をあげて弁明しようとしたが、動揺が先走ってそれが更に卿の懸念を煽る。


「は?なんなんだよ、それ」


 そして、曖昧な言い方をする寮母に、卿は遂に苛立ちの声をあげた。卿は突然として音も立てずに颯爽と歩き出し、腕を震わせる寮母の横を通り過ぎ、甲冑像の並ぶ廊下を出る。


「ちょっと、待ってて。私が今からお父様を迎えに行く」


「卿!」


 それに慌てて寮母も後ろから、先走った裏声をあげた。


「お待ちください!お父様はその間待っていろとおっしゃっていましたが!?」


「そんなの守ってて、お父様が戻ってきた事なんて、一度もない」


 背を向けたまま冷淡に呟いた言葉に寮母もいよいよこれはやばいと手を掲げて迫った。


「いいえ、今日は違います!お父様がコレを!優勝した卿のためにコレを、と!」


 それに、荒々しく腕を振って出ていこうとした卿も動きを止めた。冷徹で深い翡翠色の目で息を荒げる寮母を見返れば、彼女の手にはくすんだしわくちゃの青色の包みがある。そういえば、父は今まで卿に贈り物などした事が無かった。それ故に驚きで小さく「あっ」と声をあげた卿に、寮母は縋る様な面持ちで言った。


「これを、戻らぬ私の代わりに大事にして欲しいとおっしゃっていました!だから卿、どうかこれを受け取ってくださいませ…!」


 それは寮母の嘘であった。本当は、帰ると言った判事に茫然とする寮母の前に、顔を森に向けたまま判事が「これを息子に」とただ言って、渡しただけなのである。


「さあ、卿、落ち着いてくださいまし―…!」


 けれども、その贈り物に寮母はホールダネスの良心をを託した。おそるおそる、始めて貰った贈り物を片手で受け取る卿を前に、「お願い…!」と出かかった声唇に無理にしまいこんでその手から包みを離す。


「お父様が、私に……?」


期待と不安、そして慕情の篭った面持ちでゆっくりと開く父からの包みを愛おしく両手で包んで開く。そうして皺寄せた青紙の隙間と隙間、卿と寮母の願いが託されたホールダネスの贈り物とは。


***


 薄暗い森の中を真新しいスーツの膝や裾を湿った土で汚しながら、ホールダネスは必死に霞を吸い込んで、辺りを見渡してた。と、そのよそ見で下の物に気づかず、何か硬くて細長い棒状のものに膝を折られたホールダネスは前のめりに転がり、湿り気のある重々しい土の跳ねる音が、曇天を覆う木々の隙間に響いた。


「うっわ!」


 脚を絡んだものは木の幹かと顔をあげれば、ツイードスラックスに覆われた人間の脚である事に気づき驚きに声をあげる。その正体が藪の中から現れて自分の脚を蹴飛ばした、その金髪の男という事にも。


「お前え!」


 金髪の男が冬の湖の底の様な、鋭意な蒼の眼差しで自分見下ろしているのに構う間もなく、ホールダネスは携えた思いを間髪なく、相手に荒々しく指を突き刺し怒声をぶちまけた。


「さっき、持っていただろ!あの赤い紐を!あの髪紐を!あれは一体どこから手に入れた!?誰から渡された!どうしてお前が持っている!?教えろ!おい、何を黙っている!教えろッ!」


 それに一歩後ずさり首をあげて見下ろす彼に、ホールダネスはすぐに立ち上がり振り返れば、詰め寄って彼の露覆う腕を掴んだ。それを男は腕を振って弾き飛ばす。よろめいた彼の胸元に、青年は背後の腰に構えた黄金銃を素早く向けた。


「な……!?」


「色々尋ねたいのはこっちの方だぜ、ダブルエー」


 誰一人いない沈黙の森の中、その透き通った男の声と言葉に、ホールダネスは目一杯目を見開かせた。


「何故、その名を……!」


「全部読んだ。……お前が書いた日記をな」


 それに彼は全身の血流が逆流する感覚に唇を震わせる。しかし、今向かい合う彼の左手にぶらざがる髪紐を前にしては、そんな羞恥もあっと言う間にして消える。途端ホールダネスはそれに構わず淡々として答えた。


「そうか……お前があの、寮母から聞いた謎のお尋ね者って奴か……。なら、話は早い……その髪紐は嬢の……、ベリック嬢のものだろ?ヤンキーのお前が何故そんなものを持っている?そんな、もしかして、まさか嬢は生きて」


「そんな事より、お前がなんでこんな所に居るんだ」


「そんな事なんかじゃない!質問に答えろ!ベリック嬢は生きているのか!?」


 縋る思いをはぐらかされた苛立ちに、ホールダネスは腕を振って声を荒げる。それに黄金銃を向ける男、ジョージも眉間を歪ませて舌打ちする。その手の中にハンマーを起こす鈍い音を立てて。


「それが知りたいんだったら、黙って俺の質問に答えろ。もう一度聞く。お前はどうしてここにいる?」


「どうしてって……!お前がベリック嬢の髪紐なんて持っているから、私は……!」


「何言ってんだお前。てめーが今日ここに居るのは、息子に会いに行くためじゃなかったのか?それを出迎えまでほっぽして、こんな所までわざわざ追っかけやがって。今からでも遅くねぇからさっさと戻れ。二年振りなんだろ。ずっと待っているんだぜ、アイツはずっと」


「どうでもいいだろ、そんなの」


 抵抗も何気なく言ったホールダネスの答えに、今度は青の瞳孔が開く。それに構わずホールダネスは手を開き掲げては、首の揺れと共に上下して言った。


「い、いいから、戯れ言はいいから。もう何も言わなくて良いから、その髪紐を私に寄越せ。それは私のだ、私の、ベリック嬢の――」


 口を開いた瞬間、黄金銃が手首の捻りで横向きに倒れたかと思えば、ホールダネスの頬をその尖ったハンマーが鈍音と共に衝動を与えた。


「ぎゃああ!」


 その鈍痛にホールダネスは刹那的にその銃が本物だと知る。しかし、激しい痛みに打ちひしがれても今度は倒れなかった。中腰になりながらも脚を開き、ねめった土の中に靴を埋め、態勢を保ってジョージを睨みつける。


「がっは……ほう……?いいのか、ヤンキー。異国の判事に手を出しやがって、国際問題になるぞ」


 教養を知らぬ田舎者が、と、呟く様に侮蔑を込めた笑みに、いよいよ犬歯を剥き出しにしたジョージは、言葉に形容出来ぬ怒声を高らかにあげて腕を振り上げた。


「くそっ!お前本当にどうようもねぇな!」


 何度も何度も左右から鉄製のグリップを打ち付けて、俯いたその頬を、今度頭を叩きつけて血を飛ばす。しかし一方で、ホールダネスもその手首を寸時振り下がった時を狙って、彼の骨張った手首を掴んだ。それにジョージも牽制して震わせた腕で彼のその手を挟んで唸る。


「てんめえー……!今まで馬鹿野郎は腐るほど見て来たが、そん中でもお前はピカ一だ!」


 憤怒と侮蔑が複雑に入り混じった柳眉はこれまでになく歪み、目も左右不均衡にして皺寄せる。しかし、その一方で殴られ腫れ上がった瞼から、ホールダネスは逆に口角をあげ垂らす赤い糸を歪ませて笑っていた。


「へえ、随分とらしくねぇ事言うじゃねぇか。その話し方、身振りからして、お前も大方そんな世界で生きてきた口だろうが」


「違う!俺はお前とは違う!俺はそこまで卑屈じゃねぇ!」


 髪紐を掴む手で襟首を掴み、ジョージは力強く叫ぶ。


「俺はお前みてぇに!自分の身体で無様に手段を使ったりなんてしない!」


 怒声絡ませ合いながた、二人は互いに腕を押し合い引き合う。その中でぶつかり合う怒鳴りは混沌の渦中となっていく。


「俺だったらこんな事なんかしない!絶対にしない!」


「うるっさい!うる、さいっ!お前に俺の何が分かる!」


 手と手を弾く音に森に佇むカラスが一斉に羽ばたく。ホールダネスはその隙に坂を後ずさりながら距離を取り、ジョージの隙のない動きに愕然として立ち構えた。


 美しい男を前に、視界が揺らぐ。駄目だ。何者か分からないが、体力も体幹も向こうが上、どうしても取り切れない。目の前の、髪紐を持つ白い手を一点に睨みながら、ホールダネスは自らの胸を掴み、その振り切れない怒りに声を荒げた。


「そうだ!てめぇはこの国の何もわかっちゃいねぇ!生まれが違う、場所も違う、話し方も違う、座る所さえも違う。そうして区切って見ればどうだ!貧乏人はいつまでも卑屈で残酷で妬ましくて、金持ちはいつまでも上品で誇り高くて、俺らをいつでも蔑んでいて!どいつもこいつも所詮、その生い立ちに従った成りぁを、性格をしてるじゃねぇか!俺も!お前も!」


 そして、その怒りの隙間から嗚咽の端をも漏れ出す。


「そんな運命から逆らって地位を手に入れたって、所詮は身の程知らずの成り上がりと、この努力を苦しみを全部否定されちまう!こんな世の中でどうやって自分を愛せるって言うんだ!卑しいと言われる俺を、事実卑しいこの俺を!この身体の中に巡る腐った血を!どうやって!どう、やって……!」


 ホールダネスが織りなす残酷なる暴動は、いつしか憤怒で顔を歪めたままジョージの手を止め、そして己の膝を、泥濘の上に着かせた。かきむしる様に爪を立てて、高価に取り繕ったシャツを胸元から握りしめ、ホールダネスは叫ぶ。顔あげたその瞳は、高鳴る胸に合わせて瞳孔の大きな瞳がどくりと波打っていた。


「それに俺一人が甘んじて何が悪い!お前だって同じだろ……!俺と同じ腐った贓物で出来た生き物で……!それがどうして俺を責める様な事を言えるってんだ!?」


 そして、泥だらけの手で自らの慟哭に歪んだ顔を、俯いたまま搔き毟った。ジョージはそれに身を起こして、ただその声を聞く。


「お、俺は!あの子と結ばれたかった!本当はあの子との子を抱きたかった!なのに、どうして、どうして、最後まで、この、血が……!」


 その瞬間、森の中に慟哭が鳴った。それは年端もいった男の義理も体面もかなぐり捨てた、愚かで卑しい叫びだった。ジョージは自分の眼下で泣きすさんで蹲る男の背中を見下ろしていた。そこには、ただ小さく、浅ましく、そして矮小な男の姿しかなかった。ジョージは愕然とする。あの女の全てを奪った全ての元凶は――、元より悪、というものは、何よりも冷酷で、残酷で、そして何事にも揺るがない筈のものではなかったのか。


 細まる青い瞳に霧が過って、視界が霞む。それは、ジョージのいつもの癖で――、眼下にホールダネスの影を透かし見ながらも、既にジョージはその白い世界でまた別の景色を見ていた。


 ホールダネスはべリック嬢を、キティを、前世からの運命の女の様に思っているが、それは違う、と、ジョージは男の絶叫を聞きながら淡々と思っていた。彼が彼女を愛したのは、見た目でも地位でも、年齢でもなかった。ましてや、性別さえも乗り越えたのかもしれない。だた一つ、彼をただ人間としてありのままに、その澄んだ翡翠色の瞳で見上げていただけ、それが全てだったのだ。それが今までの地位を、身体を、そして彼女自身の人生さえを犠牲にしてでも、欲しかったものだっだ。


 もし、この男が本当は、差別をされないで、平等に良い席を用意さえされていれば、そんな事に執着はしないで、家族連れの少女には目もくれず、連れと一緒に夜景を楽しんでいたのかもしれない。そうすれば彼は、数多の人々と同じ様に――、その努力に見合った普通の人生が送れたのかもしれない。そうすればキティもきっと幸せになれた。また、あのアングイッシュ(糞親父)が差別で罵倒さえしなければ、流石にこんな復讐を思いつかなかったかもしれない。


 差別さえされなければ、そう、差別さえ。


 染みついたその哀しい価値観に、今までもそしてこれからも、永遠に苦しむであろう男の絶叫を聞きながら感じ入った。


 それがなければ、下の者も上の者も、どちらも苦しむ事は、なかった。とも、ジョージは思う。「だからこそキティと会えた」なんて言葉さえも今だけは思い至らない。繰り替えし言葉を頭の中で巡りながらも、しかし、だからと言って、それで彼の人生や罪が今更どうにかなるなる訳ではないとも悟る。


 ジョージは空を仰いだ。霧が冷ややかに彼の白い喉仏を撫でる。彼も今、ホールダネスが裁断する通り、違いなく自分もまた差別され、こちら側にいる事を自覚する。武士の言葉が()()、木霊の様に響く。


 彼に何かを言う事は、自分に言う事だ。


 そうしてジョージは金の睫毛を伏せると、やがて喉仏を穿ち唾を飲み込んだ。そして首を構え直した時、開かれた瞳の色は空から微かに覗く光を借りていた。


「なあ、お前」


 それは諭す様な声色。それに、涙も汗も鼻水も地面に垂らすホールダネスは、顔をあげる。すると、その前にはいつの間に立膝をついたジョージの顔が間近に迫っていて、その右手は彼の肩に乗せていた。目前に迫る瞳は、曇天の国を一瞬忘れさせる程の澄んだ青い色をしていた。そこに哀れな自分の顔が霞んで映る。背けたくなるのを、肩を抱いたその手が許さない。


「お前のやっている事は、間違っている」


 最初に紡がれたのは非難の言葉。でも、と、開く唇は、薄い色味を帯びてその言葉を続く。


「それでもお前は、俺たちは、穢れてなんかいない」


 森の沈みに根付く様な声が、彼の耳に届いた。


「穢れちゃ、いねえんだよ」


 ホールダネスは息を吸ったまま、ああっ、と、掠り声をあげた。何度言い聞かせてきたか分からない、何度それに裏切られたか分からない。ただの慰めでは到底聞き届かない筈のその「赦し」が、どうしてこう、血まみれのこの身に響いていく。


 ホールダネスは、その眉の顰みの角度を見て気づく。そうか、こいつも今、ここにいるから、と。ホールダネスはその口からその目から問われ、言われる事は()()()()()()自分の罵倒だと思っていた。獣だと、化物だと罵る事で自分の優越感を満たすものだと思っていた。同じ立場であればある程に。陰湿で得意気にひけらかすものだと何よりも知っていた、それなのに。


 ビー玉のごとく深い水色の瞬きを魅せる瞳に、ホールダネスの背筋が凍って時間が止まる。彼は斜め下に瞳孔の開いた目を向けたまま、口をがだがたと震わせて動けなくなっていた。それでもジョージは口開き、彼の顔を首をかしげてうかがいながら、そして、言う。優しく諭す様な声で。


「お前は、俺は、どうしようもなく、愚かで、馬鹿な、人間だよ」


 その時だった。突然開かれた白い指が、泥濘を掻きむしったと思いきや、その指はジョージの上質な布生地を掴んで土に汚し、光った眼光は逸れて一気にその道筋を彼の顔元へと近づけていった。そしてジョージの身体は力強い引力によって寄せられ、いつの間にか震えるホールダネスの肩にその尖った顎が強く当たった。ホールダネスは額をジョージの胸に付けてぼろぼろと、鼻水と共に己の開いた口の間に滝を流す。飛び散らし、かすれる声もそのままに吐き出す事を止めれなかった。それをしばらく、ジョージはその震える背中に手を置いた。


 そうだ、怨みも、憎しみも哀しみも、今はこの身に振りかかれ。本当はそれをまだ、あの日、あの時、幼い少女に押し付けるべきではなかっただけなのだ。梟は猫を愛するあまり、その鍵爪で持ち上げようとして、その身をズタズタに引き裂いてしまった。今の瞬間はただ、その深い罪に向き合うための、一歩にしかすぎない。そして俺も、同じ轍は二度と踏まぬ様にしなければならない、と、彼を抱きながら密かに誓う。


 ホールダネスの震える肩から見える森の先に、霧の中から浮き上がる一匹の白い馬がいた。その大きな黒目でじっとジョージを見つめ、その端正な額には、霧に紛れて切っ先の鋭い角がある様に見える。それにジョージは目を細め、薄く口角をあげると、馬はやがて、その端正な細長い横顔をふいと向け、白い鬣を靡かせながら森の向こうへと走り去っていった。


 それからどれくらい時間が経った事だろう。嗚咽も途切れ途切れになり、息切れとなった声が耳に届くと、そっとジョージはホールダネスの肩を頂いたまま身を離す。その後に差し出されるは白く節々とした右手。その上に今度こそ赤い髪紐がホールダネスに優しくその存在を諭して彼の涙を誘い、


「行こうぜ」


 と、ジョージは言った。青の瞬きと共に微かに掲げられた右手が情動を誘い、ホールダネスはやがて唇をそっと閉じると微かにして頷き、その手をとった。互いに汚れた手と手で髪紐を握り合い汚れた膝を突き合わせて同時に立ち上がる。


「……行く」


 手筈は整った。あとは向かうのみ。結末は舞台の上に委ねられたままに。



10、それぞれの決意


 テイラーは突然、底冷えの校内で女の断末魔を聞いた。曇天の空に一瞬稲妻が走ったのかと。斜め上に窓を見上げるも、続いた女の叫声は廊下の奥から響いたのだと知る。


「まさか!」


 過る心当たりに、毛の無い頭を逆立てて、テイラーは甲冑が構えるマーブルの廊下を走り抜けた。すると、踊場を通り過ぎた突き当たりの壁に寄りる黒影に、テイラーは声をひっくり返して立ち止まる。


「な……!」


「あうあうあうあうあうあう」


 犬の吠える様な声で肩を上下しながら激しく泣き荒むメイドの脇で、顔色褪せた寮母がもたれかかりお腹を力無く抑えているたのだ。目を瞑り汗をしとどに流す寮母が呻きながら握り締める黒いドレスからは、血が細長く廊下に、その白の中に深紅がはっきりと流線を描いてテイラーの足元を彩った。


「寮母さん!」


 その革靴が生温い血の感触を滲ませた時、突如としてテイラーは彼女達の元へと走り寄った。その声に瞼を伏せていた寮母もゆっくりと抱きかかえたテイラーを見上げ愛おしく手をのばす。小さく呼応する息切れと共に、彼の名を呼ぼうとするも、痛みが分け入って細々しいものしか出せない。それにテイラーはメイドの方へ顔向けて怒鳴った。



「おい!一体これは何があったんだ!?賊か!?何かか!?」


「ううあうおうあうあうあうあおおおおお」


 メイドはボロボロ涙を滴らせながら口端の皺を歪め小刻みに首を振るだけである。それにテイラーは雄々しく舌打ちしてもう一度問う。


「とにかく!今は救護だ!救護を呼べ!このままじゃ寮母さんの命が危ない!一体、誰が刺したんだ!」


 するとどうだ、メイドはますます混乱して、顎に両拳をつけたまま更に声を荒げて涙を散らしてしまったではないか。


「あうあああううああああうあうあう」


 目の前の恐怖とショックに何も出来ない様に、実に浅ましく見るに耐えないとテイラーは顔を歪めた。けれど、休日の広い校内でメイドの嘆きは聞くものは誰一人としておらず、その代わりに天井に反響したのはテイラーの怒声だった。テイラーは震えるメイドの両肩を鷲掴み、荒々しく揺らして叫んだのだ。


「てやんでぇ!ピィピィ泣いてんじゃねぇぞ!お前の父ちゃんは主人がピンチになった時はメイドはしくしく泣くもんだと教えたかぁっ!? お前はメイドだろ!メイドならメイドらしく誇りをもってその役を演じきりやがれ、こんちきしょうめ!」


 素早くまくし立てた荒々しい言葉は、彼が彼たる由縁であればこそ。それに対し、メイドは大きく目を見開いた。それにメイドはヒクヒク息を切らしながらも、浮かす指は震えながらもしっかりと彼の後ろを突き指した。それにテイラーが目端に寄せる間、再び泣き声をあげるメイドを今度は彼も清覧な顔つきでもって頷く。


 と、そうなってはテイラーはただ黙って立ち上がり背を向け走り出すのみである。その間際テイラーの両腕が倒れる寮母の手から離れる寸時、その代わりと割り込んだメイドの手が寮母の肩と離れかけるテイラーの手を力強く握った。


 メイドの指差した先は血の跡が導く、見覚えのある荘厳な茶褐色の扉。テイラーが唾を飲んで中を覗き込んだ時、汗で濡れた眼はすぐにテーブルの上に顔をうずめて俯く黒影――サルタイア卿の姿を捉えた。


「卿……!?」


 血の終点にて脚を広げて座る卿の間には、その血を弾く刃が床に突き刺さり、切っ先を鈍く光らせている。


「そんな、卿が……!」


 信じ得ない光景に周りを見渡せば、マーブル調の廊下にはテーブルから弾き出された高価な漆器が粉々に飛び散っている。その中から転がっているケーキやスコーンだった「モノ」も、血糊のベタついた靴底に踏み潰されたであろう残骸となって広がり、甘さと鉄の味が入り混じる、吐き気を催す程の臭みを放った。


 そして、何よりも怯えるテイラーの揺れる目についたのは、灰褐色に散らばる紙だ。桃色の袋の中から部屋の先々にまで引き裂かれた紙屑には、普段からテイラーにも見覚えのある尊き「ビクトリア女王」の顔が映っている。


 いや、破れているんじゃない、切り刻まれているのだ。テイラーは悟った。紙屑の数々は皺寄せてぐちゃぐちゃになってはいるけれど、そのうねった先っぽは鋭利なもので素早く、唐突にして「斬られた」ものだとすぐに分かった。テイラーはその顛末に更に身を伏せながら、斜め下から机の脚を、血塗れた刃の先を、そして肩を上下して俯いたまま荒々しく息を吐く顔を見る。


「なあに、どうしたのですかあ?その目はあ」


 すると、サルタイア卿も顔を大仰に上げて、粘膜の張り付いた音を立てながら微笑んでいた。その細めた翡翠の瞳、ゆっくりとあげられた口角が、浅ましい光景に反して非常に穏やかなものであったので、それが余計にテイラーの怖れを誘うのだ。


「あ、あの……」


「ええ ええ 分かっています。全く、ひどいもんですよねえ、こんなの」


 と、サルタイア卿はすべての状況を悟った上で、ふいと顔を横に向けて悠長にして語り始めた。その瞳は翡翠色のはずなのに何故か今は闇より黒い。


「あんなに愛して愛して、愛してきたのに、見返りが金だなんて、もうやってられませんよ、もうごめんですよ。これ以上踊らされるのは勘弁だ。この馬鹿げた茶番から出ていくために、自分から前で進んでいって世界を切り開いていかないといけない……」


「……っ!それで、まずは手始めに寮母さんの腹を引き裂いていったて言うのですか」


 それに対しテイラーは、今にも逃げ出したい衝動に駆られながらも脚を震わせたまま答えた。卿もその聞きなれた「お家芸」に嗤い声をあげて目を伏せる。テイラーは恭しく両腕を掲げて彼の狂気じみた雰囲気を受け止める。彼が請け負ってしまった、理不尽の訳のすべてを知った者として。


「ああ……貴方の境遇はこの卑しき身で恐縮ながらも、つくづく同情に禁じえませんよ。ええそうです。実に酷い話ですし、だからといって、でも、だからといってこんな行為が許される訳ではありません……」


「まあたあ、またあ、どこかで聞いた事のある様な事言っちゃってぇ。説得の役を演じるにはあまりにもへっ、たくそな台詞ですねぇ」


 それに卿は涙の跡と頬の血をまま、へらへらと哂って首をゆらりと傾けて全く耳を貸す態度を取らない。それにテイラーは無理もないと思い絶望を胸に走らせるも、汗垂らしながら唇を噛み締めた。


「どうしてですか?こんなに理不尽に課せられた上で、どうしてまた我慢しなくちゃいけないんですか?」


 これこそ、正に『理不尽』じゃないか。


 突然、真顔にして冷徹に冬の風が響かせた声にテイラーは後ずさる。


「理不尽の連鎖を絶つ役なんて真っ平です。ここまで頑張ったのに、ここまで私は演じきったのに、どうしてこんな事を、私が引き受ける必要があるんです? もう、嫌です。私だって、私こそ、今度は理不尽を押し付ける番じゃなくちゃ。正さなくちゃ、今度こそ、私が神のシナリオに従って狂った番にならなくちゃ、そしてあの、親父を……」


 まずいっ、と、テイラーが毛を逆立てて思った時、サルタイア卿は椅子をかなぐり捨てて立ち上がっていた。激しい音と共に、突き刺した自らの分身を手に取り、仰ぐように細長い剣を右手で宙に翳す。そして、それを滴る血を雄々しいひと振りで払っては、水平に掲げたまま勢い良く歩き出す。その目は最早、テイラーなど眼中になかった。ずんずんと進み彼の目にあるのはすべてを裏切った父への憎悪だけであった。


 ああ、悲しかな。やはり彼もあの男の息子であった。こうして、テイラーは狂人となったサルタイア卿と対峙する。相手は少年といえども、フェンシングの名手である。その恐怖を煽るために卿は牽制して低い声をあげた。


「どいて。邪魔するなら、君も切り捨てるよ」


 そこでテイラーは四肢を揺らして狼狽えながら、「もうダメだ」と諦めて逃げ出してもよかった。どうせ公爵家に逆らえぬ身、その身の程をわきまえて叫びながら逃げても良かった。例えそれで、ホールダネスが卿の暴挙で刺されたとしても、「自業自得だ」と吐き捨てる事も出来た。

  

 しかし、逃げ出そうとテイラーが片脚を後ろへに擦った時に、何かが「ここにいろ」と諭したのだ。その時にテイラーは見開いた。邪魔者を排除しようと斬り捨てる冷徹な翡翠の眼差しと共に、ソードが横に白く濁って光ったとしても、テイラーはそれでも立ち止まった。


「どけっていったよねえ」

 

 邪魔な獣を追い払う様なうなり声をあげても、テイラーは涙目に唇震わせながらも、初めて、その時貴族の命令に背む。


「ダメだ。ここで逃げてはだめだ」


 震えが脚に伝わりかけるのも拳を握り締め、テイラーは前を向く。


「そうだ。これ以上サルタイア卿に、呪われた一族と同じ轍を踏ませてはならない……!」


 しかし、それを解する事もなく、非情にも抑揚の無い声色で振られた腕は、途端、ためらいもなく殴る勢いでテイラーを襲った。刃の交わる音が響いた。


 その首筋を真っ二つに切り裂くであろう肉感と、飛び散る血の生暖かい感触を期待してにたりと笑う卿は、途端、それが来ない感覚に髪を大きく揺らし目を見開く。


 おかしい。確かに今袈裟懸けに大きく振り払ったはずなのに――、テイラーの首筋には何の傷もなく、テイラーの顔も何の歪みもなく、卿を見上げている。


 どういう事だ。と、力を込めどもガタガタと震えて動きが止まる自らの腕を見下ろした時、サルタイアは全てを知った。


「ああ……!?」


 自分が斬りつけた刃と垂直に、光る二つの短い鉄の棒があった。それを右手に掴んだままテイラーは自分の身体を引き裂こうとする刃を挟んで、それを止めたのだ。いや、棒じゃない。震える腕と反響してぶつかり合う鉄の軋む音は――、黄金に光る裁ち鋏。


「ちいっ!」


 それに卿は片眉を吊り上げて口端を歪めた。続いて、二つステップを踏んで後ずる。そこで一旦態勢を整えんとして手首を捻らせてソードを引き抜くも、テイラーの掴む2つの刃がそのうねったソードの鋒を引っ掴んで止めた。そこでまた、互いに同じ力で引き合って固まるのである。


「仕立て屋あっ!」



 卿はそれに口を大仰にして開いて怒り叫んだ。テイラーはそれに応じてさらに右手の――、「裁ち鋏」を掴む右手を握りしめて歯を食いしばる。


「貴方がそうして狂気に走る役を演じるのであれば、私はそれを必死に止める役を演じ切るまで!どちらかうまい演技(なり)をするか、勝負ですよ、サルタイア卿!」


 我ながらどんなけ阿呆な事を言ってるんだろう、と、思い馳せるテイラーは彼を突き飛ばし、大声をあげて襲いかかってきた卿を、絶望の面持ちのままで見上げながらも、鋏を両手に勢いづいて立ち向かう。


「どけえええええ!」


 縦横無尽に、多方面からの攻撃をテイラーは反射的に後ずさって避けるが、更に奥へ突き刺す様に来る鋒を、テイラーは必死の焦燥から鼻先ギリギリの所まで差し込ませつつ、下から鋏を突き立てては己の鼻を貫くのを防ぐ。剣の握り潰す刃のぎいっと鳴る音が鈍く響いて、二人は同時に火花の煌めきに眉を顰める。と、再び卿の敏腕によって左斜めに引かれソードは鋏から除け出すも、それと同時にテイラーも負けじと空いた左手から巻き尺を取り出し、それを放って彼の右脚に絡みつかせる。そうして踏出した卿の脚は絡みとられ、叫び声と共に彼の脚は膝をつき刃の軸も乱れた。


「うわっくっそ……!」


 目を点にする程に動揺した卿は、膝を突いたまま諦めずに刃を振り上げるが、それをテイラーは横からもぎ取る様に鋏の切っ先で素早く掴めば、鼈甲作りの持ち手を割る程に握り締めて、やがてしばしの掴み合いに乗じて剣の割れる音を響かせた。刃は横真っ二つに折れ、破片を散らし空中を回転しては、彼の背後に突き刺さる。


「クソがァッ!」


 しかし、それでも構わず更に尖った刃先を相手に突きつける卿の意気地に、テイラーも素早く鋏の刃を向けた。交差する互いの右腕が激しく掠め合って、それぞれその首に、濁った眼光放つ目へと一寸先に突きつけ合う。


「どうしました、刃は折れてしまったんですよ!貴方の負けです!」


 それに、振り向いたまま目を点にした卿は、突き刺さる切っ先の流し目に激しく舌打ちした。互いに緊張と情動が解けた汗だらけの顔で息を整える間際、脚を開いて立つテイラーは段々眉を下げて俯くサルタイア郷を見下ろして言った。


「どうして負けたか、と、お思いになってるんですね。それは単に貴方が演じきれなかっただけです。そんな中途半端な狂気で自分の人生を滅茶苦茶にしようだなんてしないでくださいよ」


「中途半端だってえ?」


艶やかな黒髪の隙間から、狂気の翡翠の目が覗く。


「他人の貴方に私の何が分かるっていうんですか!寮母も刺したんだ、ここまでいったらもう後には引けないんです!いいからどけって言ってるんです、ワーキングクラスが貴族の命令に従わないというのですかッ!」


 テイラーの身に本能的に心臓が高鳴る。しかし、それでも、今度こそは揺るがなかった。


「ほうら、やっぱり、下手くそな演技です。芝居小屋の新米もそんな風に演技するでしょうよ、どこかで誰かが言った様な事ばかり、全然サマになっていませんよ」


「はあ?」


 訝し気に首を傾ける卿に、テイラーはすっと顎をあげて続けた。


「多彩な演技の中からどれが自分だか分からなくなってしまった様ですね。良い演技ってのは、何でもすり替わり成り代わりでなっていくもんじゃぁない。基からあった軸を持ってこそ、私達は演じていける。そういうもんじゃなかったんですか?」


 と、自らの鋏の柄もって、彼の割れた切っ先を叩いて言った。


「貴方様は本当に、父親への愛、会いたいと思う一心で本当にそれだけで優勝したと言うのでしょうか!?本当はあの時にあったのは、愛でも友情でも、努力でも何でもなかった筈だ。それらをすべて踏み台にして超えた、貴方を貴方たらしめる何かが貴方を、勝利に導いていったのではないのですか!?」


 恋焦がれた騎士道を紡ぎ、テイラーはそれを受け取る権利のある、自分が求めても決して得られない、貴族である彼を見下ろしながら、泣き叫ぶ勢いで迫った。その目じりの涙が恨みに微かに滲んだ事を、終ぞ卿は知る事はないまま。


「そうだ、貴方は実はもう気付いていた筈です。その剣は何のために握るのか、貴方には今、何の演技が相応しいのか、誰のためなんかじゃない。貴方が貴方たらしめるために必要な演技とは、何か!ここで今お答え下さい、黒衣の英国紳士よ。次期伯爵家当主、サルタイア・ヴィアトリス卿よ!」


 大根役者にも程がある空回った裏声をあげ、わざとらしく大っぴらに広げられたテイラーの手前、サルタイア卿はその目だけは本気の形相に、サルタイア卿は唖然として口を開きながらも、やがて両腕を振り下ろしてはぺたりと、水平にして手の甲を床に付けた。首もたげ揺れる黒髪の中に顔を隠して呆然とした瞳の中で思い出す。


 そうだ、どんなに泣き叫び喚こうとも親父は帰って来なかったし、フェンシングの試合には勝てなかった。そんな中で今まで、自分は何のために刃を持ち続けたというのだろうか。


「あ、あぁ……」


 その度に自分は噛み倦ねいて、何度も持ち手を握り締めては虚空で睨み、この高貴にして呪われた我が身を恨み続けてきた。


 その中で語る。すり替える。愛しき母が居ない侘びしさも、父が私を覚束なく嫌悪する不条理も、その何故か分からない運命に贖う様につっかえる様に振り上げた物が剣だった筈だ。


 刃が光る。彼の狂気も情動もすべて受け止め、その横顔を映した「彼女」だけがそれを知る。


「そうだ……。本、当は……私は親のためにこの刃を握ったのではない……。すべてをも踏み台にして、フェンシングをするためにいたんだ……私は……わた、し、は……」


 後に続く声は言葉として成り得なかった。刃が折れた今、代わりに溢れ出す嗚咽がどくどくと高貴なる身の中から生々しく吐き出されていく。


「でも、それが分かったとしても……!どっちにしろ……!どっちに、しろ……!」


 辛い事には、代わりはない。


 少年の身で抱えるには、あまりにも重すぎる運命に、サルタイア卿が嘆き呻く前で、緊張が解けた途端にどっとのしかかった気だるさで、テイラーも膝をついた。汗をしとどに流してぼんやりとを仰いていると、遠くから喧騒の声が聞こえた。口をパクパクと開きながらテイラーは、やがて俯いては、眼下にへたれるサルタイア卿へ語る。


「……お父様が来られる様ですよ」


それにサルタイア卿は次こそ、今度こそ、ゆっくりと自分の片割れを支えにして立ち上がる。何度も繰り返したその「諦めない」という力。しかし今は、違う。彼は最早いつもの彼では無くなっていた。


「……行きます」


 その時、扉の向こうを見据えるサルタイア郷の瞳とその精悍な流線から、初めて彼を美しいと思った。そう、次の舞台の主役は彼だ。脇役は脇役らしく、という様に、目を伏せたままそっと後ずさったテイラーと同時に、扉から様々な群集が開かれた扉から溢れ出て彼を取り巻いていった。


 それがどんな状況であったかを最早多くは語るまい。彼らが卿を部屋から連れ出し、はるか向かい、光の向こうへ連れ出していくその過程を、扉の側で見守っていたテイラーはふと、背後に仰々しく両手をポケットに突っ込んでは、こちらに向かう黒影を見る。すると黒影は、顎をしゃくって「俺たちも行くぞ」と、諭すと、テイラーも名残惜しむ様を目を伏せて、あえて振り払うようにして振り返っては、彼と共に廊下を渡った。背後には様々な、中にはどこかしら聞き慣れた声が折り重なったが、二人は振り返る事無く歩き続ける。


 自分たちの舞台はここまでだと、外の階段と繋がる踊場に二人同時に至った時、振り返ってそれそれ腰に手をつけては微笑んだ。さようならだね、と、焼き付いた残照には、結局最後まであの親子が映る事は無い。それを自らの意志でありながらも切なげに受け止めて、空を仰ぐ二人の顔を、曇天の中に微かに霞む白い月が、灰色の葉々の隙間から柔い光を照らしていた。


11、最後の舞台


 その後、サルタイアとホールダネス、因縁の親子がどうやって長年の再会を果たしたかは定かでは無い。ホールダネスが結局どこまで「真実」を説明する事が出来たのかも、それをサルタイア卿がどう捉えたのかも、ましてや親子が再会出来たかどうかも、ジョージとテイラーには知る由はない。しかし、それでもジョージらが巡る、呪われし家族を辿る話はこれでおしまいである。


 そして、ジョージが臨む最後の舞台は、アルビオンの崖だった。


 崖の上にぽつんと建つ一軒家の煙が、崖を仰ぎ見て風に凍える二人の身に、染み入る様にシチューの香りを漂わせる。その一軒家の瓦の上には、羽毛の如く生い茂る茶褐色の草が木枯らしとなって揺れる。端の丸っこい茅葺き屋根で造られた、古風な家の四角い窓枠からは暗くなった空に反して暖かなランプが灯り、枯れた垣根の向こうに佇む2人を誘うが、ジョージは二度と戻るつもりもない面持ちで、群青の海と水平に漂う夕暮れ色の千切れ雲を眺めている。


 テイラーも、そんな彼を最後まで見届けるつもりで、ランプの明かりでぼやけた顔をあげ、凍りつく風の寒さがより美しさを際立たせる金髪の男を見上げた。


「本当にこんな所でお迎えなんてくるんかいねえ……鳥一匹飛んでる様子なんて無いんだけど」


「あいつらは爆撃する時のと同じ様に、空から分かりやすい目印ってのが大好きだ。ここ程分かりやすい所もないだろが」


 と、夕陽に照り返り、白濁色に染まるアルビオンの崖にジョージはふんぞり返える。


「全く、ヤンキーの冗談はストレートで面白くねぇ」


 一方で、テイラーも呆れて肩を竦めるも、それぞれの立場に腑に落ちた面持ちで互いに顔を背け息を吐く様に笑った。その目を開き直した後の長い沈黙の合間にも、冷たい風は吹きつけて黙に固まる彼らのコートを靡かせる。やがて、ジョージの右手に握られた、彼らを奇妙な旅へと導いた全てのきっかけがその存在を主張する様にジョージの脚を叩いた。


 それにジョージはゆっくりと、星瞬き始めた空と水平線の間に腕をのばしてそれを掲げる。摘まれた端をぱたぱたと逃げる様にさ迷う髪紐に向けて、ライターの火が灯り、ゆっくりとその端を追う。それをテイラーは目端に見上げながら応えた。


「……これで彼女がここに居た事を知る手立ては絶たれてしまうんだな……」


「ああ、後は本人から聞くまでだ」


「え……!?」


 テイラーから大きな声で応えた時、炎灯火揺らめく縁が髪紐の端みるみる焦がし、髪紐を一本の黒い炭になるまで舐めつくしていく。そして風が瞬けば、それは最早海の中に放り込まれる間も無く空中の中で黒の藻屑となって広がり消えた。ポケットに片手を突っ込みながら、髪紐持つ手を手放したジョージの顔に、ほんのりと焦げた匂いが漂って笑みを促した。


「そうか!やっぱり、彼女はいるんだね!」


と、ようやくその事実を知った喜びに、テイラーも笑みを零した。


「で、どうなんだい彼女は。ベリック嬢は今頃どうしているんだい」


「どうしたも何も、あの頃から変わっちゃいねぇよ。これで分かった。あの頃からあいつだけが時が止まってやがる。いっつも相変わらず前でも横でも、何でも、誰かも構わねーままそっぽ向いて…ずっと何かを見てばかりで……」


 段々と風の中に声を掠らせて、顔を顰めたジョージに、テイラーはまた悪戯っぽく俯きながら笑った。ジョージは眼下にうねる海に思いを馳ながら考える。


 やっぱりまだ知っていたいと。今度こそ――今度こそ会って、今度はあいつのその口から話を聞きたいと。


 いつもそっぽ向くお前の瞳は何を見、何を感じ、そして何を考えているのか。ふと頬を霞む金髪の一房が栗色のそれに見えた。それに驚く流し目の青い瞳は、いつの間にか自分より長い髪の揺らめきをぼんやりと見つめていて、その海の色もさっきまでのと違う事が分かった。そうだ、これはアイツが見た風景。誰にも言えず何も言えず、絶望の淵に立ってアイツが重い扉を開けた時、向かい風に白濁の泡を吹く海の向こうに、一体何が見えただろう。


 そして、何がお前をその先へと、そしてどこへ向かわせたのか。


「もし、会えたら彼女にこう言付け願えないかな」


 一人、遠い景色うを眺めるジョージに寄り添わんと、テイラーは一歩踏み出して言う。それにジョージもはっと目覚めた時と同じく顔をあげた。


「すべてが終わった時には、ここに戻っておいでよ」


 それは、今の彼女を知らぬ、昔の彼女を知る者としての、彼女への愛の示しだった。


「君にとって、ここは辛い事ばかりなのかもしれない。でも、それは正直僕も大して変わらんよ。故郷は懐かしき良き所であるべき必要なんて無い。大事なのは、大切な君が居た事実を残してくれるのは間違いなくこの国しか居ないんだって事だ。水が上から下へ流れる様に、娘が自分のご両親の菩提を弔う事位は、ごく自然の理じゃあないかね」


 だから、ちゃんと、戻ってきなさい。もう一度、自らの故郷を踏みしめて。


 目を爛々と瞬かせるテイラーは言った。


「待っているから。この場所で、この国で、君の同朋として、海を越え君が戻ってくるのをずっと、待っているから」


 一言念を押したテイラーの笑顔は、あの丸っこい靨を程よく遠慮した清覧な顔立ちを魅せる。それに対しジョージは一言だけ。


「ああ」


 と、答えた。それはあまりにも清々しく爽快で、彼と共にジョージも笑う。


「そうだな、あいつに事はたっくさんあるんだ、たーっくさん」


 その満ちあふれた開放感と、足首の重い気だるさを振り抜け、風が吹き上がった時、ジョージの前髪を払われる。遥か頭上の星の瞬きを見上げながらジョージは大仰にして両腕を広げた。その瞳には星の瞬きと共に、黒い点が1点、やがて目を細めるジョージの視界から2点、3点と現れ出て風の音を切り裂く様な機械音を鳴らす。


「遂に来やがったな」


 それにテイラーは、他人の領地に堂々と踏み込めるそれらの雄々しさと勇ましさに畏れる身を引き締める様に、地を踏みしめてこの国に生きる者として微かな威厳を保とうと睨む。


 一方、それを解しないままジョージは、コートの裾と金髪を飛行機が吹き上げる風に靡かせたまま歩いていく。その先には崖、しかしそれも最初から無いかの様に前を向いたまま、颯爽として歩き出す。


「ジョージ!」


 その別れに対して、テイラーは名残惜しむ様子も無いままに、更に明るげな声で手を振って手向けの声をかけた。


「なんだかんだ聞けなかった事だけど、君もさ!本当はさ!ずっと、ずーっと!」


 続きの言葉は飛行機の風の音に掻き消された。しかし、その時にだけジョージは寸時振り返って、薄く口角をあげるとその均等に並べられた白い歯を見せた。それは、凍りつくの美しさと狂気を貼り付けた恐ろしさとで、その「わけの分からない」不気味と甘美にテイラーは「ああ」と、酔いしれた笑みで返す。それにジョージは目配せして微笑み、低い声と共にジョージはヘリの光を受けて応える。


「誰かに言ったらぶっ殺すぞ」


 木の葉が彼の周りを舞った。その背後には激しい音と共に眩しい光がジョージの姿を一瞬にして隠していく。こうしてジョージの「自由」なる時は終わった。これからは、主人の敵であるはずのマルコムの管理の元で、今度は自らの身体に刻みつけられた「呪」と立ち向かい、激しい戦いに身を投じる日がやって来る。もう、アメリカには帰れない。そんな気がした。そして、その戦いとは、きっと今までになく見た事も無い、大きくて、より苛烈な、「戦争」というものになる事をも察していった。


「それはそれで本望だろ、言ったはずだろ。俺は、幾らでも踊ってやるって」


 ジョージは自ら言い聞かせる様にして、ロボットの様に構える迷彩服の男達の傍ら腕を握りしめ、その一歩を踏み出し揺れるヘリの床を踏みしめる。そうしてヘリに乗り込み、やがてそのヘリから崖を見下ろした。壮大な冬の聳える崖をも、周りの彼らは無言のまま前を向くばかりで、やがて消えていく白い線をジョージはただ1人、他とは違う面持ちでずっと見送っていく。


 結局、ようやく手に入れた時間を、ジョージは「キティの過去」を知る。そのためだけに費やしてしまった。それによって得られる恩恵なんてあるかどうかも分からないのに。


けれど、後悔はしない。似合わない。と、そうした「自分らしさ」なんていう代物を引っさげて、ジョージは己の身を己の腕で掴んで笑った。やがて段々思っている事が可笑しくなって、やがて笑っている自分が可笑しくなって、笑いが本当におかしくなって、ジョージは硝子張りの背に寄りかかって高らかに、自らの肩を腰を交互に抑えて笑い転げた。


しかしそれ以上におかしいのは、その異常な事態にも関わらず、スコープをかけたままジョージの事にはまるで反応しない彼らである。彼の声も、突然の醜態も、まるで実験動物を見ているかの様に無表情のまま、身体を並べたままピクリとも動かさない。


 やがて、アルビオンの崖は水平戦の彼方へあっさりと消えた。周りに広がるは群青色に蠢く深い深い真っ平らな海だけである。それにジョージはたった一人そこに未来を見定めては、がたんとヘリの窓に大仰に頭を叩きつけて、その硝子に映るひどい顔の自分を見て笑った。


「さあ、これで俺がやるべき事はした。後は、お前の番だぜ」


 だろうなあ、キティ。 最後の言葉は、ヘリコプターが急上昇した衝動によって途切れた。


ぐるりと海が回る。そのやがて消えゆく海の波面を、最後にジョージは自ら海に覆われた眼で焼き付けたのだった。



12、エピローグ


 白いカモメ達が太陽が照りつく空の青と、青の水平線の間をすり抜けて重々しい重量を醸し出す銀翼の周りを飛ぶ。仲間だと思っていたその巨大な飛行機はやがてその端を光らせてカモメの視界を真っ白に覆えば、雲の間に紛れるために上昇し、少しずつカモメの列を後にしてその距離を開けていった。


 白と青の狭間を悠々として飛ぶ飛行機、K‐7の雲に映る影は、その巨大さで雲の面積でもっても全貌を縁取る事が出来ず、中途半端に歪んだ黒い影が通り過ぎていく。その影からすっと人影も共に映る。


 桟橋から身を乗り出し、栗色の髪を揺らして外の景色を見る女が一人居る。彼女は遠目に幻影的な空の風景を見つめたまま、拳で頬杖を付きながらだらしなくぽかんと口を開いている。


 それは、これから起こる苦難に挑むための準備であった。その間に翼が浮かぶ雲を真っ二つに切り裂いて、細長いひこうき雲を成していった。そんな光景を前にして、やがて腰までのばした金髪を揺らめかせるもう一人の女が、後ろから声をかけて歩み寄った。


「ようやく目覚めたわよ、あのおっさん」


 すると、その言葉に目に生気を宿した栗色の方は、彼女へと振り返り尋ねた。その瞳は萌黄色に空の青と映えて輝く。


「ご苦労さまフロランス。どう、彼のご様子は?」


「んもーっ、もんのすんごく、不機嫌!」


 と、正直に金髪の女――、フロランスは言った。


「ちゃーんと事情を話してやろうと思ってんのに、わあわあ喚いて貴女を出せ出せって叫んでるわよ? あの人って頭悪いわよね。全然話を理解してくれないんだもの!」


 そんな馬鹿な、と笑いたくなる衝動を拳で抑える相手を伺い、フロランスも紫色の目を瞬かせて尋ねる。


「ねえ、どうするキティ?結構ヤバイ感じだけど、会いに行く?」


 キティと呼ばれた彼女は目を伏せて、フロランスの呼びかけに応じず、向かいの部屋の影に紛れて消えていく。フロランスは首を傾かせてその後に続けば、その中からキティが背の低い冷蔵庫を開けてポットの中にたんまりと入った紅茶を取り出している所だった。


「げえっ」


 と、本人の後ろから悪びれも無くフロランスは嫌そうにして眉を歪める。キティはそれをも無視し、背を向けたまま大仰にして激しくポットの底をテーブルに叩きつけ、それと同時氷とコップをそれぞれ取り出して並べた。そして薄汚れた硝子のコップに溢れ出す程の氷を荒々しく入れて割る音を響かせると、そこからまた大仰にして紅茶を入れてその量に構わずまた脇から牛乳を取り出してはそれを真っ白になる位に入れるのである。

 そして、荒れに荒れたテーブルの上の水滴と、空になった袋やカップをそのままに息を付くと、一気にそれを飲み干すのだ。


「ひえええ」


 呆れた面持ちで細長い色白の手で口を覆うフロランスを横目に、キティは頭をあげて首をごくごくと鳴らして呑む。一滴も漏らすこと無く、コップを再び氷だけの入れ物として、紅茶を飲み干してから大きく息を吐いて口を放した。これが「景気付け」として何度も繰り返されたものであった。


「お里が知れるわねえ」


 と、呟いたフロランスの背中越しの声を受けつつ、キティは口を拭う腕の影で揺らいだ翡翠の揺らめきを隠し、コップを机の上に置く。そしてゆっくりと顔をあげるとフロランスの方へと振り向いた。その顔はいつもの、凛とした顔立ちのキティとなっていった。


「答えは勿論一つだけ、会いに行くわよ」


 そしてまるで遠い誰かに話しかけた様に、遠目に呟いたキティはフロランスを従い部屋を出た。


「この対話が、これからの私達の行く末を決めるわ。貴女も心して来なさい」


 そう語るキティへ向かい風が彼女の髪を掬い、それに抗う様に首をあげると、青を背後にした、天まで突く純白の積乱雲がそびえ立っていた。それにキティは笑う。首傾げるフロランスを後ろに構え、キティはいつもの様に胸元から黒い箱を取り出しそれを両手で構えて風景を縁取る。シャッター音が軽やかに空に響き渡った。



〈終〉

あとがきにかえて

これにて、イギリス編完結でございます。これでGG、CK最大の13万文字到達でございます。イェーイ(吐血)

 もしこれが一年前の私だったら、様々な描写を思いつける事無くすっぱ抜いて書き終わらせていた事でしょう。改めて時の流れを思い知ったのでのでした。これを成長と呼ぶか、定形化してしまったのかそれは作者の判断に委ねると致します。はぁー…今回はとても疲れました。(あ、それはこっちだという声が…)

 私事になりますが、初めての仕事(私事なだけに)勤めで時間も確保出来ず、いつものペースで書く事が全く出来なくなったストレスに加え、内容が無いよう…じゃなくて内容が内容なだけに今まで以上に気合いを入れていかなければならなかったので、そことの兼ね合いが非常に大変難しく、気づけばいつの間にかすっかり遅くなってしまいました。


 けれども苦しかった分、情念を込めて書ききった所は非常に満足しています。今回、かなり粘着質で因縁めいた話でした。


 ここでようやく曇天の国、イギリス編はこれにて完結と相成りなります。ありがとうございました。最後に、本編では分からなかったキティの本名についてですが、今回随時散りばめられた文学的テイストからのヒントを手繰り寄せていくと分かる様になっていきます。そしてやはりそれを知る一番のヒントはやはり義弟の存在です。皆様がいつか「あっ、分かった」と思う日を心待ちにしております。


 それでは本編が長かった分、あとがきはあっさりに致しましょうか。

改めて、ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。まだまだ続くよ!


根井 舞榴



登場人物紹介


 ホールダネス(ダブルエー):50歳弱にしてイギリス代表の国際判事を勤める優秀な裁判官。51歳。ロンドン出身のイギリス人。身長190cm。仕事上ではいつでも冷静適切な判断に定評のある端正な顔立ちを持つ裁判官だが、元々ロンドンの貧困層生まれでそれに対し非常にコンプレックスを持っている。それ故か実は実生活においては非常に傲慢で冷酷かつ薄情。その分、情緒は激しく泣き虫な所があり、また昔に低い身分を責められた際に、それを庇ってくれたキティ(ベリック嬢)を死ぬまで恋い慕う気持ちは本物である。しかしその思いが結果的に暴挙に走らせ、彼女の人生を滅茶苦茶にした当本人となってしまった。サルタイア卿の実父であるが、愛情は全くない。その瞳孔が大きい瞳と、裁判官としての実力から異名は「梟」。


サルタイア・ヴィアトリス:中世から続くチェシャー州伯爵家の唯一の直系かつ時期当主という、生まれながらにして貴族としての身分を持った少年。13歳。身長165cm。ホールダネスの息子であり、キティの父違いの弟であり、唯一の「血縁者」である。その名残かキティと同じ翡翠色の目をしている。

貴族らしく高品な雰囲気を漂わせる少年だが、フェンシング(サーブル)を嗜む傍ら、父親と同じ狂気も同時に孕んでいる。人生に絶望して武士が「自殺」するタイプなら、彼は最期にフェンシングを振り回して大暴れするタイプ。愛情を抱かない父親に執着し、一時はその裏切りに絶望し自暴自棄に陥ったが、やがてテイラーの説得により事実と向かい合う決意をした。なお、その後に彼が父の違う「姉」の存在を知る事になったかどうかは不明。黒いベストとアッパークラスという風貌から異名は「黒衣の英国紳士」

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