第2章-2
そんな風に、ちょっとだけ輝耶が変な事を除けば、特に問題なく日常が流れていった。五月の大型連休が終わり、ダラけた五月病がそろそろ完治しそうな頃。放課後をどうやって過ごそうかと校舎をウロウロとしていた時に、また輝耶と生徒会長が話をしているのを発見した。
親しげ、とはいかないが……なにやら思い悩む様な表情を輝耶が浮かべている。
「ふ~む、一体何を話しているんじゃろうな」
突然耳元で声がして叫びそうになった。ビックリして肩が跳ね上がり、脱臼するんじゃないかってくらいに驚いた。心臓、一瞬止まったんじゃない?
「こ、煌耶ちゃん。いつから居たの?」
いつの間にか僕の隣に立っていた煌耶ちゃん。今日も着物にランドセルの個性的な出で立ち。しかし、全くの気配を感じなかった……
「今着た所じゃ。さすがの私も、校舎内でみやび君を尾行できる程の技は持っておらんよ」
「ここまで気付かないくらいだし、充分な錬度だと思うけど?」
「照れるではないか。褒められても、あげられるものはこの身体ぐらいじゃよ」
いや、もらっても困るけどね。
「ふむ、しかしてお姉様の顔色が優れんのぅ」
煌耶ちゃんの言う通り、生徒会長と話している輝耶の表情は少しばかり強張っている感じだろうか。およそラブな雰囲気ではなく、何か重要な話をしているかの様だ。
「生徒会長と何か問題があったのかな……あ、話が終わったみたいだ」
以前と同じ様に生徒会長は向こうへ、輝耶はこちらへと向かってくる。僕と煌耶ちゃんは素早く手近な教室に入り込んだ。一年生の教室だったので残っている生徒に、なんだなんだ、という感じで見られるが、気にしないで、と合図を送る。
「あれ、部室に向かっておらんぞ」
教室から覗いていた煌耶ちゃんが疑問を声にした。ふ~む、なるほど。お互いに顔を見合わせて、頷いた。
「これは何か、情事的なものを感じるのぅ」
「なんか気配を消す技がデバガメ専門になってる気がする」
将来、煌耶ちゃんと一緒に探偵事務所でも開業しようか。浮気調査専門。尾行なら任せとけ。みたいな。
加えて、輝耶相手にどこまで通じるのかも試してみたい。彼女もそれなりに僕と一緒に練習を積んできている。中途半端では気付かれてしまうだろう。
という訳で、全力全開で最新の注意を払いつつ輝耶の後を追う事にした。部室に行かないとすると、どこだろうか……と、予想を立てつつ移動していく。
「外か」
「みたいじゃな」
下駄箱に向かった輝耶は靴に履き替え、何かキョロキョロとしながら校舎を出て行った。僕も靴に履き替えるが、煌耶ちゃんはここまでか。
「なに、こんな時こそランドセルじゃ」
そういってランドセルから靴を取り出した。学校指定の黒い靴で煌耶ちゃんの着物に合っているかどうか、なんか微妙なところである。
「なんで靴が入ってるの?」
靴のせいで教科書の類が一切として入ってないじゃないか。
「こんな事もあろうかと、という奴じゃな。本音を言うと、みやび君にべったりとくっ付いていたかった気分なのじゃ。片時も離れぬ様にの」
「照れるじゃないか。そんな事を言われてもあげられるのは僕の身体ぐらいなもんだぜ?」
「では、ありがたく頂こうかのぅ」
遠慮しろよ!
「ほれ、夫婦漫才を披露している暇はないぞ。お姉様の姦淫を見届けなければならぬ」
「か、姦淫って……嫌だよ、そんな生々しいの」
実際、生徒会長とそんな関係になるんだったら止めるべきか? というか、まぁ相手はアルファベット組のエリートだ。そんな不利な状況を作り出すとも思えない。せいぜいお忍びデートという具合だろう。
「あ、やばい。バスに乗るみたいだ」
校舎を出て学校の校門を出て、最初にあるのがバス亭だ。郵便局とか交番もあるけど、学生の使用率が一番といえばバス亭だろう。駅からバスで通う生徒もいる事だし、高校生とか大学生の利用は多い。輝耶は、そんなバスを待つ集団の一人となってしまった。さすがにバスの中までバレずに尾行するのは不可能だ。相手が顔見知りでなければ可能だけど、幼馴染は不可能に近いだろう。
「どうする、煌耶ちゃん。ここまでかな」
「諦めるのは早いぞ、みやび君。ここは我が一族の力を使おう」
煌耶ちゃんはそう言うと、ランドセルから携帯を取り出して電話をかけ始めた。
「もしもし、お婆様? ちょっとお願いがあるのだが……うむ、一緒じゃよ。え、お婆様に言われなくともガッチリ掴んでおるよ。男は心と身体と胃袋でゲット、じゃろ?」
なんか不穏な会話してないか? というかあのババァ、煌耶ちゃんに変な事を教えるのは辞めて欲しいんだけど。
「それでじゃな、車を一台貸して欲しいんじゃが。あ、もちろん運転手付きでじゃ。え、ホテルなんか行かぬよ。初めては私の部屋と決めておる。うんうん、大丈夫じゃ。それじゃぁ、GPSで確認して頼むぞ」
煌耶ちゃんは、少し息を吐きながら携帯の通話終了ボタンを押した。
「ふぅ。お婆様の心配性にも困ったものじゃ。はっはっは」
「なんか不穏な単語ばかりだったんだけど?」
「気にするな。ほれ、ここじゃ目立つから移動するぞ」
煌耶ちゃんに促され、僕はバス亭から離れる。ちなみに学校前の道路は県道であって国道じゃない。という訳で少し脇道で待機する事にした。まぁ、それも五分程。すぐに軽自動車がやってくる。
「あれ、いつもの車じゃないんだ?」
輝耶一族御用達の黒塗りのこれでもかって程にいかつい車。ではなく、普通の軽自動車だった。
「あれでは目立ってしまうからの。ほれほれ、さっさと乗り込むがいい。このままでも充分に目立ってしまうぞ」
確かに、帰宅部の皆様の目に晒されている。ここは一先ず車に乗り込んでしまおう。煌耶ちゃんが後部座席に乗り込んだので、僕もその隣へと乗り込む。バタンとドアを閉めれば運転席にいた初老の男がこちらを向いた。好々爺とした柔らかな笑みに白く貯えた髭。若そうであり、年をとってそうであり、何とも年齢を判断し難い。
「お客さんどちらまで?」
「もうすぐ来るバスを追ってくれ。尾行だ、運転手の運転手たる所以を見せてもらうぞ」
煌耶ちゃんの言葉に初老の男は、ほっほっほ、とご機嫌に笑う。僕は彼と会うのは初めてなので自己紹介する事にした。まぁ、名前を伝えれば輝耶一族関係者には全部伝わるけどね。だけど品行方正にきちんと挨拶をしておく。親しき仲にも礼儀あり、というか、初対面なんだから当たり前か。
「ご丁寧にありがとうございます。私は今年から雇われた運転手、姫萩でございます。主に大奥様専門で運転手を勤めさせて頂いております」
あぁ、なるほど。新人さんか~。しかも婆さん専門らしいし、道理で初めて会う訳だ。とりあえず、姫萩さんと挨拶を終えた頃にバスが通り過ぎて行った。今から学校前の生徒達を乗せて駅まで向かうはずだ。
「それでは参りますぞ」
「うむ」
「お願いします」
バスが動き出したのを確認して、姫萩さんも発車させた。こうなった以上、もう僕達が気配を消そうがどうしようもない。後はどのバス亭で輝耶が降りるかを見逃さない様にするだけだ。
「まぁ、恐らく駅まで行くじゃろうがな」
煌耶ちゃんの言葉に頷いた。その言葉通り、バスは駅までの間に一度も止まらなかった。駅が終点であり、生徒達がゾロゾロとバスから吐き出されていく。それらを確認した僕達はバスから少し離れた所で下ろしてもらった。
「連絡はいつでもくだされ。この辺りで待機しておりますぞ」
「頼もしいな、姫萩。ボーナスを期待するが良い」
「ほっほっほ、煌耶お嬢様にその権限は与えられておりますまい。ですが、期待しておりますぞ」
「任せておけ。私のバックにはお婆様が付いておる。さながら背後霊か守護霊の様にな」
あっはっは、と、ほっほっほ、の声が不気味に重なった。いやぁ、なんか大人の汚い部分を垣間見た様な気分だなぁ。片方は小学五年生なのに……
地元の駅の名前は笹川口駅。最近は観光客で賑わう様になってきた場所で、主に秋の味覚を売りにしている。毎年秋になるとテレビが来て、芸能人達がせっせと笹山の名産を伝えていた。
ついでとばかりに僕の家……いや、輝耶一族の大きな家も映していく。ちょっとした歴史付きでね。その際にチラリと僕の家も映るので、何となく嬉しかったりする。
煌耶ちゃんと姫萩さんが悪巧みみたいな表情を浮かべている間に、僕は輝耶の姿を確認しておく。駅へと向かう集団の中に輝耶を見つけた。少しだけキョロキョロしながら駅の中へと入っていった。電車に乗るつもりか。
煌耶ちゃんを呼び、駅へと向かおうとしたところで一台のタクシーが駅へとやってきた。何か嫌な予感めいたものを感じて、僕は煌耶ちゃんと共に柱へと隠れる。案の定、そこから出てきたのは生徒会長だった。僕の勘も、そんなに悪くないな。
「ほう、いよいよもって逢引かのぅ」
「どうだろう? 生徒会長って電車通学だっけ?」
「ふぅむ……では、我が親衛隊に調べさせよう」
親衛隊?
「私に惚れこんだ男共が作った組織だ。ファンクラブとは少し違うらしく、親衛隊と名乗っておるよ。基本概念は『抜け駆けするなよ』らしい。組織名はムーンゲッターじゃ」
ムーンゲッターか。月を手に入れる……なんか煌耶ちゃんより輝耶の方が似合ってる名前だなぁ。どちらにしろ、月に手は届かないけどね。
煌耶ちゃんがムーンゲッター達にメールしている内に生徒会長も駅へと入っていった。僕は先行して後を追っていく。電車での尾行は難しそうだな。どこで降りるかきっちりと見張っていないといけない。しかも、二人同時に。
生徒会長が改札口を通過した。僕は生徒手帳に挟んであるICOCAを取り出し、改札口を通る。煌耶ちゃんは携帯電話の支払いサービスを利用した。ちなみに僕のICOCAには五千円分入っている。一応、いついかなる時も輝耶か煌耶ちゃんとお供する様にと渡された物だ。使い方としては間違ってないよね。
気配を消しつつホームへと降りる。行き先は隣の県である大坂行き。反対のホームは卿都方面へ行く電車が止まっていた。
輝耶は大量の生徒達に混じって電車を待っている。そんな輝耶から少し離れて生徒会長が居た。で、そこからまた離れて僕と煌耶ちゃん。う~む、さすがに煌耶ちゃんの着物姿は目立つか。それでも僕達の周囲だけしか彼女に反応しない辺り、恐ろしく気配断ちに精通してるんだなぁ。
しばらく待っていると電車が到着した。幾人かが降りた後に生徒達が乗り込む。それに紛れ込む様に僕達も車両に乗り込んだ。そして端の席を確保する。僕らが監視するのは生徒会長だ。恐らく彼は輝耶を尾行しているはず。いわゆる二重尾行というやつだ。
少しの時間を待って、電車の扉が閉まり動き出した。車内アナウンスが案内を始めるが聞いている生徒達はいない。皆一様にお喋りに興じていた。そこで隣に座る煌耶ちゃんの懐から振動音。どうやらメールの着信のお知らせらしい。
「ふむ……生徒会長の名前は伊勢守剣座、住まいは隣町の柏原市じゃな。電車通学だが反対方向じゃよ。卿都の学習塾に通っているそうじゃが……これは本格的にお姉様の尾行じゃな」
「ご大層な名前だなぁ。どこかの貴族か何か?」
「苗字に興味が無いのでさっぱりと知らぬ」
「だろうね」
小学五年生の皮肉に、僕は苦笑しておく。とりあえず、とりとめない会話をしているフリをしながら生徒会長を監視を続けた。
「いやぁ、今日は良い天気じゃのぅ、みやび君」
「そうだね~」
「吸血鬼って何で生きているんじゃろうな。弱点だらけのくせして。どう考えても最初に滅ぶべき存在じゃろうて。究極の引きこもりじゃよ」
「そうだね~」
「仙人は霞を食べて生きているそうじゃが、霞って何じゃろうな? きっと人間が食べれば物凄く美味しいに違いないと思うぞ」
「そうだね~」
「みやび君はそれ程までに私を愛しておるのか。私としても嬉しいのぅ。良かったら、今宵、私の初めてをくれてやろうと思っとるのじゃが、良いか?」
「そうだね~」
「うむ、良い返答じゃ。さすれば今宵はきっちりと風呂に入らねばならぬの。みやび君は女子のどの部位がお好みじゃ? 胸か?」
「そうだね~」
「なるほど、胸か。しかして、私の胸は思ったよりも発育しとらんのじゃ。それでもみやび君が気に入ってくれたのなら幸い。今宵は思う存分堪能するが良い」
「そうだね~」
「うむ、待っておるぞ。もしみやび君が来ないのなら私から行くからな。首を洗って、いや、身体を洗って待っておるが良い」
「そうだね~……え、なに、今日来るの?」
しまった、適当に相槌を打ってあまり煌耶ちゃんの話を聞いてなかった。
「ほれほれみやび君。生徒会長から目を離すべきではないよ」
「あ、うん、そうだね。ごめんね、こっちに集中してて」
「構わんよ。私としては良い言葉が聞けた。これだけで三日は幸せじゃよ」
「そ、そうなの? なに、何て言ったの?」
「秘密じゃ」
むぅ、何かとんでもない事を言ってたらすげぇ恐い。僕は一体何を肯定したのだろうか。まぁ、煌耶ちゃん自身がノーカウントにしてくれそうな雰囲気なのでいいか。妙に大人だもんね、彼女。
そんな感じで尾行と監視を続けていると、三田駅に着く頃に生徒会長が立ち上がった。恐らく輝耶も動いたに違いない。
「三田か。なるほど、ここなら遊ぶ所がいっぱいあるしな」
三田駅周辺はこの田舎でも比較的発展した場所で、大坂まで出ないのであれば三田で遊ぶ人が多い。
ここに住んでいるのか、はたまた遊びに来たのか、三田駅で大量の生徒達が放出された。その中の生徒会長の姿を追う。彼もまた輝耶を追っているはずだ。
「お姉様を見つけたぞ」
「ナイスだ煌耶ちゃん。そっちを見ていてくれ。僕は生徒会長を見ておく」
煌耶ちゃんに手を差し出す。お互いに追っている人物が違う為にハグれる可能性が高い。手を繋いでおけば、その心配も無いだろう。改札を抜け、駅から出る為の階段へと向かう。そこで僕達の手がピンと張った。
「お?」
「む?」
一瞬、キョトンとして僕と煌耶ちゃんは顔を見合わせた。
「生徒会長はこっちに降りたぞ」
「お姉様はこっちじゃ」
どうする、どっちを追うべきだ? それともいっその事、二手に別れようか……いや、ここは――
「ここは輝耶を追うぞ」
「ふむ、分かった。して、理由は?」
「僕が輝耶の護衛役だからさ」
なるほど、と煌耶ちゃんが笑う。それに頷き、生徒会長ではなく輝耶の護衛を開始する。まぁ、護衛とは名ばかりのデバガメ根性まるだしの尾行なんだけどね。カッコつけたところで締まらないのはその為だ。
階段を下りて、その先を伺う。輝耶の長い髪が見えたのでターゲッティングは終了。後はある程度の距離を置いて着いて行くだけ。果たして、生徒会長との情事があるのか。はたまた、別の目的があるのか。
「あっちには何があるのじゃ?」
「いや、実は僕も知らない」
いつも道場で練習してるしなぁ。こんな所に遊びに来た事はほとんどない。時々、クラスメイトに誘われて来る程度だ。それは輝耶も同じだと思うんだけど……どこを目指しているんだろうか。
「何か調べながら歩いておるのぅ」
「本当だ。携帯を見てるのか?」
輝耶は時折立ち止まりながら何かを見ている。それがメモなのか携帯なのか、後ろからでは確認できない。あと、キョロキョロしているので尾行しているこちらとしてはヒヤヒヤだ。
「む、みやび君。向こう側の歩道に生徒会長がいるぞ」
「え? おぉ、ナイスだ煌耶ちゃん。やっぱり生徒会長も輝耶を尾行しているという訳か」
反対側の階段を下りたのは距離を空けた訳か。そして道路を渡る為だろうか。それだと生徒会長は輝耶の向かう先を知っている可能性が高い。
「どういう状況なのか、サッパリと分からないな」
「離れた場所で待ち合わせというのはどうじゃ? ほら、学校では人の目があるので、人気の無い場所で落ち合うという感じで」
「恋愛ってそんな周りくどい事だっけ?」
「照れがあるんじゃろう。それともあれか、直接ホテルに向かっておるとかな」
あっはっは、と笑う煌耶ちゃんにチョップを叩き込んでおいた。小学五年生女子が下品な笑いをしない。
「下ネタで笑うのは小学生の特権じゃろうが」
「いや、下ネタの種類が違うじゃないか」
子供向けの下ネタじゃなくて、おっさん向けの下ネタだ。煌耶ちゃんの将来がめっちゃ不安になってくる。それもこれも、全部あの婆さんの仕業だろう。ちくしょう。
煌耶ちゃんの将来に不安を覚えながら歩いていくと、輝耶が横断歩道を渡り反対側の歩道へと移動する。やはり、生徒会長との待ち合わせかと思ったが、その生徒会長と合流する様子を見せない。あと、生徒会長の存在にも気付いていない様だ。注意力散漫というか、まぁ、日常で尾行された経験を持つ中学生なんて存在しないだろうから、あれで正解なんだけど。
「視線ぐらい感じろよな」
僕は静かに息を吐いた。視線というのは、何も力を持っていないけれど感じる事が出来る。よくドラマとかマンガで、誰かに見られていた気がする、という場面があるけれど、あれは本当だ。視線は感じられる。それが訓練していない素人でもね。輝耶はそこそこ訓練していたんだけどなぁ。もしかすると、毎日浴びせられる好奇の視線のせいで麻痺しているのだろうか。
しかし、それにしても。
どうして、今の僕の様に感じないのだろう。この類の視線は好奇のものじゃない。何かネットリとした感じの視線のはず。チラリと煌耶ちゃんを見るが……彼女は気付いている様子はない。という事は、僕に向けられているだけなのか?
この視線の主がどう関係しているのかは知らないが、とりあえず横断歩道で信号が変わるのを待つ。その間に、輝耶は角を曲がっていった。
「あの先には何があったっけ?」
とりあえず、生徒会長の方を見張っていると、やっぱり同じ角を曲がっていった。二人は同じ場所を目指しているのは確定か。
「やはり情事かの」
「それっぽいなぁ。ここまでにしておくかい?」
「いやいや、それならそれで見届けるべきじゃろう」
くひひ、と煌耶ちゃんが笑う。ほんと、まったく、なんで、どうして、こんな可愛い煌耶ちゃんが、下世話な話題で下世話な笑みを浮かべているんだろうか。
信号が変わり、横断歩道を渡る。角まで来たところでチラリと除き見てみると、丁度輝耶が建物に入るところだった。あれは……ゲームセンターか。生徒会長も入るのかと思われたが、ゲームセンター前で止まった。
「どういう事だ?」
生徒会長はゲームセンターに入る様子が無い。という事は、待ち合わせではなく、本当に尾行していたという事か?
「む、電話をかけておる様子じゃのぅ」
手を耳元に当てている。確かに携帯で電話をしているみたいだ。しばらく待つとゲームセンターから数人の男が出てきた。どうみても品行方正から懸け離れた、世間一般で言われる不良という類の人間だ。年齢は……高校生くらいかな。どういう繋がりだろうか。
「あ、一緒に入っていった。どうする、みやび君。私達も恋人を装って中に入るか?」
「いや、なんで装うんだよ……輝耶に見つかる可能性があるし、ここまでじゃないかな」
「お姉様があの銘柄の悪い連中と付き合っているとも思えぬしのぅ」
「銘柄って何だ?」
「あぁ、すまぬ。家柄の間違いじゃな」
家柄は家柄で失礼だと思うけど……というか、煌耶ちゃんの一族と比べたらどこの家柄だって悪く見えてしまうぞ。
「さて、どうするか」
このまま見張りを続けるか、別の方法に打って出るか。往来の角っこで悩んでいると、ゲームセンターから輝耶が出てきた。用事は済んだのか、それともまだなのか。しきりにキョロキョロと辺りを見渡している。
「ここまでだな。たぶん輝耶は帰ると思うし、引き返すぞ」
「うむ」
「あ、ゆっくりと振り返るんだよ。今から戻りますよというオーラを出しながら」
「なんじゃそれは」
僕と煌耶ちゃんは振り返り、駅を目指して歩き始めた。後ろから輝耶が来るだろうし、少し急ぎ気味で歩く。見つかったらややこしい事になるしね。
駅まで付き、これまた集団に紛れ込んでようやく息を吐いた。ホームへと降りる階段を見張っていると輝耶が降りてきたし、どうやら予想は間違っていなかった様だ。
「どうやら無事に任務を終えれそうだ」
「そうじゃの。スリルあるデートじゃった。今度はゆっくりと来ような」
「そうだね。あのゲームセンターに何があるのかも気になるし」
「私はUFOキャッチャーでぬいぐるみが欲しいのぅ。みやび君ほどの空間認識力があれば余裕じゃろ?」
「知ってるかい? UFOキャッチャーは貯金箱、という素敵な言葉があってね。しかもお金は返ってこないらしい」
「そうなのか。では、莫大な資産がある我が一族の見せどころじゃな。早速、UFOキャッチャーを買って練習しておこう」
いや、それおかしくない? ゲームセンターでぬいぐるみを取る為だけにUFOキャッチャーの筐体を買うって、なんか本末転倒もいいところだ。だったらもう景品のぬいぐるみを買えばいいやん、と関西弁でツッコミを入れたくなる。
「お、意外と安いのぅ。中古で三万円で売っておるぞ」
煌耶ちゃんが携帯の画面を見せてくれる。あ、ほんとだ。そんなに高いものじゃないんだね。いや、新品の値段なんて知らないけれど。
「帰ってお婆様にねだってみよう」
「観光客目当てで設置してもいいかもね」
ちなみに僕の家には自動販売機が設置してある。生活費の足しになっているそうだ。儲かっているのかな~。
とりあえず、そんな風に気楽に帰った。駅からは再び姫萩さんのお世話になり、無事に家まで帰りつく事が出来た。
一時はどうなるかと思ったけどね。