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僕とお姫様の恒久平和たる日々  作者: 久我拓人
第四章 ~僕とお姫様達の難題事件~
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第4章-4

 父さんも母さんもお屋敷の方へ行ってしまって、夕飯は何も無かった。ただ暗くなった食卓で、僕は虚空を見続けていた。何がどうなって今ここに至るのかを覚えていない。とにかく輝耶の事を考えて、自分に出来る事を探して、模索した。でも、そんなものは存在しない。ずっと立ったまま虚空を見ていただけ。まるで気絶していたかの様な気分だった。気付いたら、夕方を過ぎた頃で、周囲が真っ暗になっていた。

夕飯の時間だが、ご飯どころじゃないのは知っているし、僕も食欲なんて欠片もない。食欲以上に、今は沸々と怒りがこみ上げていた。

 その矛先は犯人だ。どうして輝耶を狙ったのか、何で輝耶だったのか。答えは明白だ。そんなものはお金持ちだからに決まっている。だけど、そこが気に入らない。犯人はお金を楽して手に入れようとしている訳だ。努力を怠る。そんな軽い話じゃないのは重々に承知しているけれど、それでも僕は納得が出来ないでいた。


「…………」


 何か、言葉を吐き出したいけれど、何も出てこない。イライラする気分と、言い様の無い焦燥感、そして不安感が常に僕の内部を支配していた。座っている事も出来ず、立っている事も出来ず、歩く事も出来ず、ため息を吐く事も出来ない。

 何も出来なかった。

 何も出来る事が無かった。

 何も出来ないでいた。

 そんな事実だけが、僕の中に降り積もっていく。重く錆付くように僕の内面にこびりついて、剥がれ様ともしない。

 それでも、そんな事実に押し潰されている場合じゃない。

気合いを入れて、歯を食い縛って、僕は動いた。床から足を引き剥がす様に歩いていく。ただ家の中を歩き回り、道場を歩き回り、家の周りを歩いた。僕の家から少し離れた所に建つ洋館は、煌々と明かりが漏れている。

状況はどうなっているんだろう……

警察には……連絡したんだろうか? パトカーは来ていないけど、知らない車が沢山止まっていた。いつも静かなお屋敷が、今日はにわかに騒がしい。


「…………決めた」


 ひとつ呟く。僕の中で、どうしようもない焦燥感を抑える事が出来ない。だったら、もう動いてしまえばいい。あとで怒られたってしるもんか。品行方正が何だっていうんだ。僕は優等生でもなんでもなく、ただのクズみたいな人間だ。

 一旦、家の中に引き返し携帯電話と財布をポケットにねじ込む。それから裏が真っ白な広告を探して、マジックで大きく父さんと母さんにメッセージを残した。


『輝耶を探してきます。連絡はケイタイへ』


 携帯という文字がとっさに書けなかったのでカタカナにしておいた。うん、動くとなったら急に落ち着いてきた気がする。ジッと待っているより自ら動くというのは、僕ではなく輝耶らしいと言えるかもしれない。

 善は急げ。慌てず急いで正確に。落ち着くように息を吸い、靴を履いた。ランニング用の靴で、そこそこの軽さがある。これで歩き疲れを大幅に防ぐ事が出来るはずだ。

 よし、と再び呼吸を整えて家を出る。大きな門を潜って、薄暗い夕方の道に出た瞬間に僕は立ち止まった。


「待っておったぞ、みやび君」


 そこには煌耶ちゃんが居た。いつもの着物ではなく、洋服だ。短いスカートの下にはレギンスを履いているらしく、普段は見えてない彼女の華奢さを改めて認識した。ただ、その姿は輝耶そっくりだ。輝耶をそのまま小さくか弱くしたかの様な姿に、僕の涙腺が少しだけ緩む。


「危ないよ、煌耶ちゃん。これは単なる僕のワガママだから」


 煌耶ちゃんの意図は瞬時に理解した。僕に付いてくるつもりだ。もちろん、彼女は僕の意図を理解している。そのつもりで滅多に着ない洋服を着ているんだろう。


「そんなものは百も承知しておる。それに、私も単なるワガママじゃ。お姉様が危ない目にあってる時に、暢気にお茶など呑んでおられんよ」

「意味はないかもしれないよ?」


 むしろ中学生が何か出来る訳がない。ただただジっとしていられないから輝耶を探し回るだけだ。そこに意味なんて無い。ただ自暴自棄なだけだ。


「その無意味な行為に、私が意味を与えてやる事が出来る」


 そう言って、煌耶ちゃんは小さな音楽プレーヤーを取り出した。


「さっき私の携帯に掛かってきた内容を録音したデータじゃ。ここから推理してみようではないか。尾行専門の探偵は、今日で廃業じゃな」


 煌耶ちゃんがニヤリと不適に笑う。いつもの自信に満ち溢れた表情に、僕は自分の情けなさを痛感した。落ち着くこと無く、半ば混乱していた僕より煌耶ちゃんの方がよっぽど冷静だ。同時に頼りたくもなる。その高貴さに、その威風堂々とした様に、すがり付きたくなる。さすがは元皇族の血族だ。堕ちたとは言え、お姫様という事実は捻じ曲がらない。


「行こう」


 僕は短くそう告げた。


「うむ」


 煌耶ちゃんは、ひとつ確実に頷いた。

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