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僕とお姫様の恒久平和たる日々  作者: 久我拓人
第四章 ~僕とお姫様達の難題事件~
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第4章-3

 輝耶は早退したそうだ。理由は、気分が悪いから、というのを担任に告げてさっさと帰ったらしい。律儀にそういって帰るのが輝耶らしいといえば輝耶らしい。鞄がそのままなので、担任が僕が持って帰る様に言った。

 生徒会長の件は、問題が問題なだけに職員会議が開かれ午後からの授業は全て自習となった。小学部でも同じの様で、学校全体がザワついていた。

 放課後は部活は中止となり全校生徒が帰宅となる。賑わう生徒達の中、靴に履き替え校門まで向かうといつもの様に煌耶ちゃんが居た。


「煌耶ちゃん……」


 なんて声をかけようか。そう迷ったのも束の間、物凄い自然な流れで煌耶ちゃんが土下座した。着物が汚れるのも気にせず、綺麗で流麗な動き。その見事な様子に何も声が出なかったけど、ハっとする。着物にランドセルを背負ったお姫様が土下座している様子は異様を通り越して異常だ。サーとみんなが引いていく中心に僕の煌耶ちゃんだけが取り残される事となった。


「私の思い上がりと暴走のせいで、一人の人間の将来を壊してしまった。お姉様が帰ったと聞いて、ようやく気がついた。ただ恨みのみで行動した私が浅はかだった。謝る相手が違う事は重々に承知しておるが、それでも謝らせてください。ごめんなさい。みやび君とお姉様を傷つけたのが、どうしても許せませんでした」


 そう一気に告げた煌耶ちゃん。土下座したままのその姿はお姫様からは程遠い。いや、『堕ちた皇族』という言葉をこれほどまでに体言している様子はない。心がザワザワと騒がしい。半ば叫びそうになるのを堪えて、僕は笑顔を浮かべた。


「……うん、いいよ。僕はひとつも怒っていない。だから、顔を……というか、体をあげてください煌耶さん。めっちゃ目立ってます」


 最初はいいけど、後半は僕の懇願になってしまった。カッコつかないよね。というか、土下座している小学五年生の前でカッコがつくのもどうかと思う。年上として、というより人間としてどうなのかってレベルだ。


「人間を殺したのは初めてじゃ……」


 立ち上がった煌耶ちゃんの表情は青を通り越して白だった。顔面蒼白というのは、こういう事を言うんだろうな。


「生徒会長はまだ死んでいないよ。というか、自業自得だからね。犯罪を犯したんだから、こうなるのは当たり前だ。だから煌耶ちゃんは何一つ間違ってはいない」


 ただし、無用に生徒会長の行いを広めたという事実は残ってしまうけど。


「どちらにしろ、警察に届け出たりしたらこうなる事は決定だろ」

「……時間の問題じゃった。でも、お姉様を怒らせてしまった」

「そうだね。帰って輝耶に謝ろう」


 うん、と素直に頷いた煌耶ちゃんを連れて僕達は家路を急ぐ事にした。なにせ、校門付近で超目立ってたから。以前にも増して注目度が上がっている気がするなぁ。はやく平穏が欲しい。切実に。


「道徳の授業は、こういう時の為にあるんじゃな」

「あぁ、僕も小学部時代は何の為にあるのか分からなかったよ」


 例えば、蟻が球状になり川を下る話。あれは自己犠牲の精神を暗に教えているというのを最近になって気付いた。小学部の生徒に真っ向から自己犠牲という言葉を教えても伝わらない。なにせ考えがまだ幼いからね。他人に譲るより、自分がトップに立つ方を優先する時代だ。

 だけど、中学部になった今では何となく分かる。自分を引っ込めて他人を立てた方が得する事もある。情けは人の為ならず。本来の言葉の意味は、情けは人の為じゃなくて自分に返ってくるよ、という意味だ。これも自己犠牲に似ている。つまり、え~っと、良く分からないけどそういう事だ。


「ん、電話じゃ……」


 家まであと半分というぐらいの所で、煌耶ちゃんが携帯電話を取り出した。どうやら着信があったらしい。


「う……お姉様じゃ……」


 画面には『輝耶お姉様』の文字。帰って来る前に電話でお仕置きという事かなぁ。いや、もしかしたらパシリかもしれない。ちなみにコンビニは学校を基点として家の正反対に存在する。そこのスイーツをねだられたりしたら大変だ。また姫萩さんの出番に成りかねない。


「……もしもし、お姉様?」


 おっかなびっくりな様子で煌耶ちゃんが電話に出る。だけどすぐに表情が曇った。歩いていた足も止まってしまう。


「お主、何者じゃ? お姉様の携帯を何故持って――」


 なんだ? 電話の向こうは別人なのか?


「おい待て! 切るな! おい!」


 煌耶ちゃんが携帯電話に向かって叫ぶ。しかし、どうやらすでに切れた後の様で、返事は無い。そんな常識的な事を忘れる程に煌耶ちゃんは狼狽していた。


「ろ、録音は、録音方法はどうやるんじゃ?」


 煌耶ちゃんが慌てて電話の機能を弄りだす。だけど、残念ながら終わった会話を録音する機能なんか付いていない。


「何があったんだ。誰からの電話?」

「お、お姉様が誘拐された」

「は?」


 ユーカイ? ユーカイって、誘拐?


「え、なに? どういう事?」


 意味が分からない。輝耶が誘拐されたって、どういう意味だ?


「どういう事もこういう事も、とにかく、お姉様を誘拐したから三億用意しろって」

「三億って……いわゆる身代金……?」

「そ、そうじゃろ? え、なんじゃ、どうなっておるんじゃ? 悪戯? お姉様の嫌がらせ?」

「いや、分かんないけど……と、とにかく帰ろう! いや、警察か? あぁ、でも悪戯だったらヤバイよな。ま、まずは帰ろう、それからだ!」

「う、うむ!」


 煌耶ちゃんには申し訳ないけど、彼女に鞄を預け僕は全力で家まで走った。約一キロ、制服姿のまま五分を切る勢いのまま敷地内へ入る為の大きな門を潜った。僕の家には脇目もふらず、一直線に洋館を目指す。

 呼び鈴も鳴らさず、ドアを開き、そのまま叫んだ。


「輝耶! 輝耶は帰ってるか!」


 広い玄関ホールに僕の声が響く。輝耶の返事は無い。居るかどうか、わからない。いっその事、輝耶の部屋へ突撃しようかと思った時、メイドさんがやってきた。


「雅さん、どうされました?」

「輝耶は帰ってますか?」

「いいえ、まだ帰っておられませんけれども……?」


 メイドさんのその言葉に、急に現実味が襲い掛かってきた。今まで忘れていた様に汗が噴き出す。ガクガクと足が震えだし、立っていられなくなって、僕はそのまま座り込んだ。メイドさんが何か言っているが、聞こえない。

それよりも重大な事がある。

 輝耶が誘拐された。誰かに誘拐された。身代金目的で誘拐された。誘拐。誘拐されたって、えっと、誘拐されたんだ。どうする? どうやって助ける?


「雅さん、大丈夫ですか? 輝耶さんと何かあったんですか?」


 メイドさんに肩を揺すられて、ようやく現実と焦点が合う。


「か、輝耶が誘拐されたと煌耶ちゃんの携帯電話に……おじさんとおばさんに連絡を」


 僕の言葉にメイドさんの顔も青くなった。バタバタと奥へ駆けて行くメイドさんを見送らず、僕は這う様にして自分の家へと戻った。

 父さんと母さんにも報告しなきゃ。あとは、なんだ。何をすればいい。僕に何が出来る。何か、何か動かないと。

 家までの短い距離が、まるで学校以上に遠く感じた。もう歩いているのか這っているのか、とにかく分からない。


「護衛失格だ……」


 自然と呟いた言葉が、真実だったのかもしれない。ただ、右足がまた痺れているのを感じた。

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