第3章-5
コンコン、と輝耶の部屋のドアをノックした。煌耶ちゃんの部屋は隅っこだけど、輝耶の部屋は二階に登ったすぐの部屋。何の装飾も無いシンプルな扉のドアノブには、部屋に居るよ~、という看板がぶら下がっている。小学部時代に図画工作の授業で作った物で、僕も同じ様なものを使っている。いちいちひっくり返すのが面倒なので常に留守の状態だけどね。
「は~い、どうぞ~」
輝耶の返事を確認してから、煌耶ちゃんと共に中に入る。輝耶の部屋は全体的に木のイメージが強い。部屋自体は普通の白い壁なんだけど、机やテーブル類がほとんど木製であり、渋い箪笥まで置いてある。どちらかというと、輝耶より煌耶ちゃんの部屋っぽい。
落ち着いた部屋という感じだけど、しっかりと女の子らしくぬいぐるみが置いてある。ゲームセンターで無理矢理に取った巨大なぬいぐるみ。あの時は苦労したなぁ。持って帰るのに……
「あれ、二人で来るなんて珍しいね。遊ぶ? 未翻訳の海外ボードゲームとかあるよ? それともTRPGの方がいいかな? ランダムダンジョンだったらすぐに遊べるよ~」
輝耶はテンション高めに僕達にルールブックを見せてきた。どうやら新発売した追加サプリメントらしく、試したくて仕方がないらしい。
「いや、お姉様。それどころの話じゃないので……」
「別に遊びながらでもいいんじゃない?」
シリアスになるより、遊びながら気楽に報告した方が気分的に楽だ。輝耶がどう思うかは予想はできない。まぁ、彼女が蒔いた種ではないのだけれど、惚れさせた罪みたいなものだし。ちょっとは自分で何とかしてもらおう。
という訳で、ゲームマスターが輝耶、僕は戦士で煌耶ちゃんは僧侶になって、ランダムダンジョンに挑む事にした。戦闘だらけでロールプレイの必要があんまり無いしね。
「それで、何かあったの?」
何とか一階を攻略したところで休憩を取る事にした。いやぁ、なんというバランス。生かさず殺さずの絶妙さで、ひとつも気が抜けない。ダイス運も相まって、輝耶共々疲弊の息を漏らしたところだ。
「丁度いい。お姉様、これを聞いてくれ」
煌耶ちゃんは携帯電話を輝耶へ渡す。録音しておいた僕と生徒会長の会話だ。初めは、なんだなんだ、と興味津々な表情だったが、段々と輝耶の表情が曇っていく。そりゃそうだろう。自分があんな風に気持ち悪く慕われていると知ったら、誰でも不快感にさいなまれるはずだ。
最後まで聞き終わったのか、輝耶は携帯電話を煌耶ちゃんに返した。そして、腕を組んで低い唸り声をあげる。
「う~ん……誰?」
「そっちかよ!」
不快感じゃなくて、誰か分からなくて表情を曇らせていたらしい。
「お姉様、生徒会長じゃよ。ときどき話をしておるじゃろ」
ほらほら、と煌耶ちゃんがフォローを入れる。
「生徒会長?」
再び輝耶が首を傾げた。
「そこも分からないのかよ!」
なんだろう、下手な漫才師になった気分だ。お笑いの街である大坂府は隣だけれど、我が笹山市がある氷護県はそこまでお笑いがメインじゃない。神部市がファッションで売ってるくらいかなぁ。あとは此処。堕ちた皇族の豪邸。観光スポットですよ。
「アレだよアレ。アルファベット組の三年で、眼鏡で背が高いあいつ」
その説明でようやく気付いたらしい。あぁ、という声をあげた途端に急に考え込んだ。
「ど、どうした?」
「待って……という事は……」
ぶつぶつと何事かを呟きながら輝耶は考えを巡らせている。僕と煌耶ちゃんは顔を見合わせるしかない。
「う~んと、大体は理解したわ。この件は私に任せて。みやびも煌耶も普通にしてればいいよ。というか手を出しちゃダメ。ただでさえ先生に怒られた後だしね~」
「それは輝耶も一緒だろう」
「いいのよ。私の将来なんて狭き門の如くだもん。どこかで不良少女と呼ばれても、いずれ勝手に良いとこのおぼっちゃんと結婚してお終いお終い」
あっはっは、と輝耶は笑うフリをした。別にそれを悲観に思っている様子もない。ただ、普通にそういう人生だと受け入れている感じかな。
「……いいのか、そんな人生で?」
「中学部の私には、そんな将来しか見えないわ。みやびは野心でもあるの? 道場を大きくするとか?」
「いや……父さんの後をそのまま引き継いで、同じ様にやっていくんじゃないかな」
影守流を普及させたい、なんて野望は微塵もない。ただ生きていければそれでいい、と思ってる。僕の役目はお姫様の護衛だから、それを達成できればそれでいい。今はまだ、夢なんて持ってないしね。もちろん、高校や大学に行けば別のやりたい事が見つかるかもしれない。その時はその時で、その時に考えればいい。今の僕が頭を悩ませる事じゃない。
「そうそう、そんなもんよ。だから成績とか内申とか気にしない気楽な人生。どう、充分に勝ち組でしょ」
生まれた時から堕ちた皇族というレッテルを貼られているが、勝ち組というのならば間違いは無い。充分にお金はあるだろうし、一生遊んで暮らせるだけの財産はあると思う。これは皇族だからという訳ではなく、何代か前の一族に凄い商才があったらしい。その人が商売で成功し、ここまでの豪邸を建てたとか何とか。今では一部を改装したりしてお城になっちゃってるけど。
「だから、先生に目を付けられたって平気へいき~。ヨゴレ役は任せておいて」
そう言って輝耶はわざとらしく胸を張り、ポンと真ん中を叩いた。
でも、本当にそんなのでいいのかな。なんて思ったりする。将来について不安が無いっていうのは良い事だと思う。でも、もし輝耶に何か夢が出来たら。例えば、料理人とかに成りたいと思った時に、その道が残されているのかどうか。夢や憧れを抱いても、そこに道がなければ進む事は出来ない。
僕だってそうだ。将来どうなるかは想像も出来ない。
「……親の敷いたレールも悪くないと思ってたけど、どうなるか分からないもんだな」
「そう?」
輝耶は充分に納得している様子だ。となれば、煌耶ちゃんの意見はどうなんだろう?
「私はまだ小学部だ。進路や将来の話をするには、ちと早いかのぅ」
「存分に理解している風な言い方だね」
そうでもない、と煌耶ちゃんは笑った。もしかしたら、本当に何も考えてないのかもしれない。
「あえて言うなら、お嫁さんじゃな」
「そりゃまた子供っぽい意見で」
「うむ。専業主婦は、やはり女子の憧れじゃな。朝に旦那様を見送り、家事を済ませた後はワイドショーを見ながら怠惰を極める。忙しいなどという腑抜けた台詞は一切として吐かない、理想の主婦になってみせようぞ」
なんだろう。間違ってないんだけど、凄く間違っている気がする。なんというか、そう、子供らしくないなぁ……
「ともかく、生徒会長は私に任せておいて。何の苦労もなく解決してあげるわ」
「そう言うんなら、輝耶に任せるよ。何かされそうになったり、危なかったら言ってくれよ。僕は護衛なんだから」
「現代の日本皇国で、そんな危ない事なんて無いと思うけどね~。まぁ、危なくなったらみやびが助けてね」
「お姉様、私も居るのでどうぞ頼りにして欲しい」
「なんで妹に頼らないといけないのよ。あんたもみやびに守ってもらいなさい」
「うむ、了解じゃ」
何故か勝ち誇った様子の煌耶ちゃんに、僕と輝耶は苦笑するしかない。とりあえず、生徒会長の話は輝耶に任せるという事で落ち着いた。当事者である輝耶がそう言うのだし、危険が無い程度で見守るしか出来ない。
休憩はお終い、と輝耶の言葉と共にダンジョン攻略再開となった。ちょっとだけ煌耶ちゃんが何かを企んでいる気配がしたけど……ツッコむのは止めておこう。きっと役に立つ事だろうし、輝耶を思っての事だ。僕が止める必要もないだろう。
その日はダンジョンの三階をクリアしたところでお開きとなった。続きはまた今度、という事で煌耶ちゃんは部屋へ、僕は家へと帰る。何か引っかかる物はあるけれど、それが生徒会長の件なのか、将来に対しての漠然とした不安なのかは、今の僕には判断が付きそうになかった。