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僕とお姫様の恒久平和たる日々  作者: 久我拓人
第二章 ~僕とお姫様達は不健全な道楽者~
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第2章-4

 学生にとって悪夢の様な時期がある。簡単に言えば、テストだ。更に具体的に言えば中間テストだ。授業中の小テストとは規模が違うし、意味合いも変わる。つまり、このテストで僕達の将来が決められてしまうという事だ。だからこそ、気合いを入れて臨まなければならない。まぁ、僕や輝耶にはそこまで重い意味は持たないんだけど。

 とにもかくにも、中間テストが開始される一週間前には部活動が禁止される。それは運動部であろうと文化部であろうと関係は無い。


「みやび~、あずま~、帰ろ帰ろ~」


 ホームルームが終わった瞬間、ん~~と猫みたいに伸びをしてから輝耶が僕と雷を誘う。あの尾行事件以来、何か不思議な様子とか変わった事とかは一切としてない。また僕や煌耶ちゃん、輝耶が尾行されるという事も無かった。輝耶と生徒会長の関係も進展は無いらしく、デートに言っている様子もない。時々は話している様子だけどね。


「部活の連絡とかいいの?」

「いいのいいの。テスト明けにぱ~っとダンジョンシナリオやるんだから!」


 今が楽しみだわ、と輝耶がくひひと怪しく笑っている。好きだねぇ、TRPG。僕と雷は苦笑するしかない。

 ガヤガヤと騒がしくなる校舎を、僕達は歩いて下駄箱まで向かう。いつも通りに靴に履き替えようとすると、雷は短く、あっ、と声を出した。


「どうしたの? 画鋲でも入ってた?」

「そんな前時代的な古典的イジメ方法、今頃やる奴はいないだろう」


 輝耶にツッコミを入れつつ、雷へと向き直る。ちょっとびっくりした様な雷は、おっかなびっくりという感じで、一枚の便箋を取り出した。真っ白で、飾り気のない便箋だが、その封は特徴的な形をしている。

 それは、ハートの形をしていた。

 すなわち……


「ラブレターだ!」


 思わず叫んだ輝耶を殴り飛ばしたくなる衝動を何とか抑えた。品行方正、僕は品行方正なんだ。うんうん。

 まぁ、僕が直接的に手を出さなくても周囲の空気が輝耶に失態を告げてくれた。温度が絶対零度じゃないのってくらいに凍っては、さすがの無神経にも冷たさを伝えてくれるに違いない。しまった、という感じで輝耶は口元を両手で押さえる。遅いっての。

しかし、そんな空気もすぐに氷解した。みんな何か複雑な事情には手を出したくないのだろう。何せテスト前だし。ここで厄介な問題を抱えればテストに影響が出てしまう。イコール将来の可能性を潰す事に近い。君子危うきに近寄らず、というやつだ。


「ごめんごめん、声が大きかった……」

「いいよいいよ。輝耶ちゃんが叫んでなかったら、私が叫んでた。うわぁ、ラブレターなんてもらったの初めてだ」


 雷は苦笑しながら輝耶を許している。大抵の人はラブレターを貰う経験なんてほとんど無いだろうね。僕の良く知る彼女は例外として。


「小学部で流行ってるんだっけ? という事は相手は小学部の子かな」


 輝耶は便箋を覗き込む。しかし、表にも裏にも年齢どころか名前も書いてなかった。


「その前に疑問なんだが……送り主が男子なのか女子なのか」


 僕の言葉に、確かに、と輝耶が腕を組んだ。以前に雷が女子から告白されている所を覗き見した事がある。確かに雷は女子からモテそうな感じではあるんだけど、クラス内の男子のみで密かに行われた女子人気投票では、ブッチギリの一位だった。そこを鑑みれば、別に男子から告白されてもおかしくはない。


「とりあえず、外に出ない? 妙に目立ってるし」


 雷の言葉にハッとなって周りを見れば、確かに注目の的になったままだった。僕とした事が他人の視線を感じられないとは。なるほど、視線に敏感とはいうものの衝撃的なことがあれば、おざなりになってしまうんだなぁ。気をつけよう。

 僕達は足早に校舎から抜け出し、校門へと辿りついた。そこには煌耶ちゃんが待っていて、退屈そうに同級生らしき男子と話していた。煌耶ちゃんが僕達に気付くとニコやかに手を振る。それを見た少年は、煌耶ちゃんへ一言声をかけて帰っていった。


「煌耶も罪な女ね~」

「も、って何だよ。他に誰か罪な女子なんか居たか?」


 輝耶は静かに雷を指差した。


「私?」

「そうそう。男女関係なく心を揺さぶるなんて、恐ろしい程に罪だわ」

「雷は美人だし可愛いもんな。こっちのお姫様は御伽噺が嘘みたいだし」


 もとろん竹取物語。かぐや姫の物語は有名な様でいて、実は仔細があまり知られていないよね。当時の帝といい感じだったとか、富士山の命名理由とか。


「うるさいわね。絶対に月になんか帰らないんだから!」


 月も輝耶に帰ってこられたら迷惑だろうな。

 とりあえず、煌耶ちゃんと合流して僕達は家路を歩き出した。


「ほうほう、ラブレターとな。やるではないかあずま君。お姉様にすら辿り着けなかった境地にその身で辿り着くとは恐れ入る」

「これで仲間だね、煌耶ちゃん」

「うむ。一心に好意を受ける苦労を分かち合える仲間が出来るとは思いもよらなかったぞ。お姉様もみやび君も、その点では分かりあえんしのぅ」

「「わるかったな」」


 モテモテになりたい、とまでは言わないけど、それなりに好意は受けたいとは思っているよ。まぁ、今更ラブレターとか告白を受けたところで返事は決まっているけどね。

 余裕のある僕とは違って、輝耶はギリリと歯を鳴らしている。そんなだからモテないんだよ、というツッコミを飲み込んでおいた。一応、可愛いや美人という分類に入る顔なのに、その性格が明らかに邪魔している。お姫様なんだから、お姫様らしくすればいいのに。お転婆の方のお姫様らしくしてどうするんだか。


「でも、どうしよう。返事とかどうやって出せばいいのかな?」

「任せておけ、あずま君。ここにラブレターのプロがいるぞ。加えてみやび君も居るし、安泰じゃ」

「え、僕も?」


 さすがにクラスメイトのラブレターを検分するのは気がひけるなぁ。


「あ、私も! 私も役に立ちたいです! 後世の為に!」


 後世って何だよ。後の世に一体何を伝える気だ。


「あはは……じゃぁ、ウチに寄って行く?」

「うむ」


 なんだか良く分からない内に雷の家に遊びに行く事になってしまった。ちなみに七津守家はご近所さん。歩いて五分程で、昔はよく遊んでものだ。中学部に進学してからは、輝耶が卓遊戯部に入った為、行動がバラバラになってしまった。雷の家に行くのも久しぶりになる。


「ただいま~。入って入って」


 七津守家は極普通の二階建ての家。極普通じゃないのは、息子さんが娘さんに成ってしまった事くらいかな。


「おかえり。あら、いらっしゃい。一緒にテスト勉強?」


 おばちゃんが出てきて、にこやかに挨拶する。僕達が、こんにちは、と挨拶している間に雷はその辺をはぐらかせた。まさか、親にラブレターの事を相談する訳にもいくまい。ただでさえ複雑なのに。


「久しぶりね、雅君。良い男になってきたじゃない」

「あはは、ありがとうございます」


 うん、田舎のおばちゃんのカッコイイを本気にしてはいけない。社交辞令を超えて、全員が全員、良い男に見えているらしいので。


「輝耶ちゃんも煌耶ちゃんも美人になって。ウチの雷蔵が霞んで見えるわ」

「え~、もう、おばちゃんってば正直なんだから~! うぇへへへへ」


 なんだそのだらしない笑い方。社交辞令を真に受けるお姫様がどこの世界に居るんだ、まったく。


「あずま君のお母様に言われると、嬉しさが倍増じゃのぅ」


 あれ、煌耶ちゃんも満更じゃない様子。う~ん、確かに雷の母親だけに超美人なおばちゃんなんだけど……嬉しいものなのかな~。

 その辺りの少女的感覚はさておいて。元少年の少女的部屋へお邪魔した。うん、まぁ、なんだ。昔っから全然変わってない。

 全体的に桃色に整えられた部屋。カーテンも薄いピンク色なら、ベッドもピンクで、布団は桃色。所々にぬいぐるみが飾ってあり、どこからどう見ても女の子の部屋だ。昔は良く輝耶と一緒にままごとして遊んだよな~。雷がまだ雷蔵だった頃だけど。僕自身、この部屋に何の疑問も持っていなかった事が驚きだ。


「おぉ、なんと可愛らしい部屋じゃ。女子力に溢れておるのぅ」


 そう言えば煌耶ちゃんは初めてだっけ。


「そう? 今度煌耶ちゃんの部屋に招待してね。ちょっと待ってて、お茶淹れてくるわ」


 適当に座っててね、と雷は言い残して部屋を出て行った。


「ふむ。では早速エロ本の捜索を――」


 僕は煌耶ちゃんの頭にチョップを、輝耶ははたく様に一閃。綺麗に音が重なったところで、煌耶ちゃんが謝った。


「あずまっちが持ってる訳ないでしょ」

「年頃じゃったら持っておるもんじゃろ。のぅ、みやび君?」

「僕にその話題を振るのは止めてくれ。いや、輝耶もそんな顔で見ないでくれ」


 そりゃぁ、年頃の男子ですから。クラスの男子間では女子に秘密の極秘ルートがあり、どこから手に入れたのか謎の物品が秘密裏に取引されている。提供はお兄さんがいる奴が多い。うん、ありがとう兄弟。僕らはみんなブラザーだ。時々、どこに需要があるのか分からないドギツイ物が流れてくるので注意が必要だけどね。


「まったく。大人しくしてなさい、煌耶。友達に迷惑かけていいの?」

「……確かに。私が浅はかじゃった。ごめんなさい」


 煌耶ちゃんは反省したのか、大人しく僕の足の上に座ってきた。輝耶が座るベッドの隣とか色々とスペースはあるのにわざわざ床に座る僕の上。反省して落ち込んでいる風なので、まぁいいかな。


「お待たせ~。ミルクティでいい?」

「ありがとう」


 コップに注がれた冷たいミルクティ。それをみんなで一口飲んでから本題へと入った。


「で、ラブレターの送り主は誰?」

「輝耶、早い。まずは雷が読んでからだ」


 厳密に言えば、まだラブレターと決まった訳ではない。便箋を止めるシールがハートしかなかったというトンでもないオチがあるかもしれないしね。中身が業務連絡だったりの可能性もまだ捨てきれていない。


「じゃ、ちょ、ちょっと読ませてもらうわね」


 雷は椅子に座って、手紙を開けた。そこに、うんうん、とご機嫌に頷いて覗き込もうとする輝耶を全力で止めておいた。


「なんで止めるのよ」

「お前、自分が書いた手紙を赤の他人に読まれて平気なのか?」

「うっ……平気じゃないです。ぶん殴りに行きます」


 そうだろうが、と僕は言ったけれど……相変わらず暴力的だな、輝耶は。ちなみに煌耶ちゃんは俯いている。反省しているんだろうか?


「ふへへへ」


 何か笑ってる。なんだこの姉妹。

 まぁ、今は堕ちた皇族姉妹などどうでもいい。雷の手紙が恋文だったかどうか、だ。とりあえず、黙々と読み進めている雷だけど……


「ふ、ふあ……」


 何かよっぽどの事が書いてあるのだろうか、みるみると頬が紅に染まっていくんだけど。


「う、美しい……」

「か、可愛いのぅ……」


 そんな雷の様子を見て、姉妹がため息交じりの嫉妬心を漏らした。確かに照れている雷を見るのは初めてだ。少し潤んだ様な瞳に、恥ずかしさを噛み殺す表情。ほんのり桃色に染まった頬。どこからどうみても、完璧な乙女だった。美しさと可愛さ、その両方を持っているお姫様といったところか。

 さすがの本物のお姫様達もこれには敵わないだろうね。


「みやび、私……なんか自信がなくなってきた。一生彼氏なんか出来ないんじゃないかな」

「みやび君、頼むから私を見捨てないでくれ。良い女になると誓うぞ。何でもするから」


 いや、お前ら、どんだけ負けてるんだよ。恐ろしいな、雷蔵。そこそこ可愛いお姫様二人の心を見事に折りきったぞ。うまくやれば、その美貌だけで国を取れるんじゃないだろうか。


「傾国の美女だな」


 今度、だっきちゃんよ~ん、と言ってもらおう。

 とりあえず、真っ赤になりながら雷は手紙を読み終えた。反応からみてまず間違いなくラブレターだと思うけど、とりあえず聞いてみた。


「内容は?」

「わ、私の良い所をずら~って書いてあって、最後に好きです、付き合って下さいって」


 おぉ~、お姫様二人が声をあげる。ストレートな恋文な訳だ。


「それが……結構詩的な感じで、なんだろう比喩表現がいっぱいなの」


 おぉぅ、一歩間違えばドン引きも良いところの文章で攻めてきた訳か。それでいて雷の感情を揺さぶるとは、なかなかの文章力という感じかな~。


「みやび君みやび君、ひゆ表現って何じゃ?」

「まだ習ってないのかな。例えば、煌耶ちゃんはまるで子猫みたいだ、って感じの例える表現を比喩っていうよ」

「ちなみにそれは直喩ね。子猫な煌耶を撫でてあげた、とすると暗喩になるわよ」


 ふふん、と輝耶が補足説明をした。姉の威厳というやつだろうか。大して株は上がらないと思うけど。


「なるほど理解した。それじゃと、送り主は語学に長けておる者という訳か。文芸部あたりの人間かのぅ」


 なるほど。煌耶ちゃんの言うとおり、文芸部の部員かもしれないな。余談になるけど、僕は小学部時代に、文芸部と手芸部を同一だと思っていた。文芸も手芸みたいな感じで編み物をしている部活だと思っていたんだけど、実際は別々で危うく恥をかくところだった。

 南丹学園中学部の文芸部の活動は月に一冊の部誌を作る事。中身は小説だったり詩だったり。僕なら自殺物の恥ずかしさなんだけど、部員達は堂々としたものだ。一種の超越者だ。見習わないとね。

 その辺りの事は放課後、輝耶を待っている暇を潰した結果に得た知識である。校舎を徘徊しまわっているので、大抵の文化部の活動は横目で見学していた。こんな所で役に立つとは人生何があるか分からないものだね。


「あ、うん、そうみたい。確か文芸部の人だったと思う」


 送り主に覚えがあったらしく、雷が肯定した。


「ねぇねぇ、性別は? 男子? 女子? どっち?」


 喰い気味に輝耶がベッドから乗り出して雷に聞く。


「だ、男子だよ……」


 おぉ~、とこれには僕の感嘆の声をあげてしまった。やるな、手紙の送り主。雷蔵を好きになる男子なんて初めて見た。いや、まだ実際には見てないんだけど。


「誰、誰だれ? 知ってる人?」

「うん、何度か話した事あるよ……え~っと、言っちゃっていいのかな?」


 出来れば言わないであげた方が彼の秘密を守れていいと思うが……しかし、好奇心には勝てない。品行方正? なんだそれ。そんな理想論は細かく千切って鯉の餌にしてしまえばいい。


「まさに恋の餌じゃな」

「いま、僕の心を読んだ?」

「読心術はまだ使えぬよ。仙人じゃあるまいし」


 煌耶ちゃんなら出来そうで恐い。というか、その結果が駄洒落じゃ勿体無い。というか、『まだ』って言ったよね。あの婆さん、そんな技まで持ってるのか。


「教えて教えて! 誰にも言わないわ! 秘密にするから!」


 輝耶はもうベッドから降りて雷の足にすがり付いている。そんなに知りたいのかな~。他人の秘密を握ったところでそんなに良い事はない。ただ裏でほくそ笑むだけの性悪になってしまうだけだ。今や得意技が尾行となってしまった僕が言うんだから間違いない。


「え~っと、三年生の扇形誠斗おうぎがたまさと先輩」


 うん、ピンと来ない。誰だそれっていうレベル。煌耶ちゃんも同じで、へ~、としか反応はない。しかし、輝耶には記憶の隅に引っかかるものがあるらしい。両方のコメカミを人差し指で押さえながら目を閉じ、メモリーを探っている様だ。


「あれだ、髪の毛短くって、眼鏡かけてる人!」

「あ、うん、その人」


 輝耶の言葉に頷く雷だけど……大抵の男子って髪の毛短いからね。しかも眼鏡かけてる奴も結構いるからね。


「どこかで会ったのか?」

「文化部同士の会議みたいなので見かけた程度。話した事は無いわ」


 なるほど。文化部も色々とあるんだなぁ。という事は、その扇形先輩という人物は文芸部の部長か何かだろうか。


「うん、文芸部の部長のはず。前に校舎をウロウロしてて、扇形先輩が部誌を落としたところを手伝った事があるの。それから知り合いになったわ」


 なるほどね。まるで昔のドラマみたいな出会いだな。そういう運命的なものを扇形先輩は感じたのかもしれない。なにせ文芸部。浪漫には人一倍敏感だろう。


「偏見じゃのぅ、みやび君」

「そうかい?」

「浪漫を追い求めない男子など、存在せぬよ」


 そういうものか? という問いに、お姫様達は頷いた。


「ほら、男子ってばナース服とかコスプレ系が好きじゃない」


 輝耶の言葉に僕は首を傾げた。それって浪漫か?


「あと、ほらほら、裸エプロン」


 雷蔵の言葉に僕は半眼になってしまった。何を言いだすんだ、この美人。自分が可愛いからって調子に乗ってるんじゃねーぞ。


「それは浪漫じゃなくて属性とか萌えの類だろう。眼鏡属性とかナース服萌えみたいな」


 裸エプロン属性とかはマニアック過ぎて理解不能だけれど。あとは手ぶらジーンズや全開パーカーとか。


「ほほぅ、ではみやび君の属性は何かのぅ?」

「僕?」


 うんうん、と三人が興味深々で僕の顔を見てきた。いやいや、なんで女子相手に夜のオカズ発表みたいな事をしないといけないんだ。これってセクハラじゃない? 逆セクハラ。訴えたら勝てるよね。

 頭の中に浮かんでくる数々のエロ本のワンシーンを追い出しつつ、咳払い。


「……僕の好きなのは、特撮ヒーローだな」

「は?」

「実は変身するヒーローが大好きでさ。今でも日曜の朝は欠かさず見ていたりする」


 カッコイイよね。最近は変身ポーズが無くなっちゃって残念だけど、正義の為に戦うヒーローという存在は萌える。というか、燃える。


「え~、そっちの属性じゃなくてエロい方を教えてよ~! みやび~!」

「なんでそんなの言わないといけないんだよ! そんなに猥談がしたけりゃ輝耶が言えよ!」

「え、私お姫様だからそんな事しないよ?」


 きたねぇ! しれ~っと答えやがった!


「ほぅ、お姉様。そんな事というのは、何の事じゃ? 小学五年生である私に詳しくご教授願いたいのぅ」


 おぉ、いいぞ煌耶ちゃん。何か多いに引っかかる所はあるけれど、僕の味方をしてくれている事は確かだ。さぁ、どう答える輝耶!


「自慰行為よ。平たく言うとおなにー」

「月に帰ってしまえー!」


 なに言ってんだこいつ。ほらみろ、雷が真っ赤になっちゃってるじゃないか。見習えよ、お姫様!


「あ、酷い! 私その台詞が一番嫌いなんだよね!」

「竹取物語なんかどうでもいいよ。その前に羞恥心を覚えろよ」

「いいじゃないの、幼馴染なんだし。一緒にお風呂に入ってきた仲じゃない」


 覚えてるわよ、とニヤニヤしながら輝耶が自分の頭を指差す。


「なんじゃと、みやび君! 私も、私も一緒に入りたいでござんす!」

「落ち着け煌耶ちゃん。語尾がおかしい、キャラがブレてる」


 あぁ、もう! なんか会話の趣旨が散らかりっ放しだ。僕は一同に制止をかけ、落ち着く様に皆でミルクティを飲んだ。あぁ、甘くて美味しい。やっぱり市販品の紅茶は美味しいなぁ。輝耶邸で飲む紅茶は高級過ぎて僕の口には合わないのだ。

 閑話休題。


「それで、扇形先輩は返事を望んでいるのかい?」

「うん。最後に、返事をお願いします、と書いてあるわ。でも、どうしよう……いきなり付き合うっていうのも、何か自信ないし」


 う~う~、と雷が唸り声をあげる。マヌケにも見えるシーンなのに美しさがひとつも失われないんだから凄いよな。それすらも絵になるっていう感じだ。


「それが答えじゃないの? その言葉、そっくりそのまま扇形先輩に伝えてみれば?」


 なるほど。輝耶の言う事はもっともだ。今の雷の心境は『付き合うのに自信がない』っていうもの。無理矢理に答えを出す事もない。


「あぁ、なるほど~。さすが輝耶ちゃんね。私、答えを出さないといけないって思い込んでた」


 照れるぜ、と輝耶は笑っている。馬鹿だけど柔軟性は高いのか。もしかすると、輝耶と生徒会長の関係も、そんな風な保留期間なのかもしれない。


「返事はどうやって伝えるんじゃ? 手紙かのぅ?」

「う~ん、こんな立派な文章に応えられる手紙なんか書けないよ」


 そんなに凄い文章だったのか。ちょっと読んでみたいものだ。


「では逆にシンプルでいいんじゃないかのぅ。『保留します。メールしてね』と、メルアドを載せておくとか」

「あ、それいいかも。さすがラブレターのプロね」


 照れるのぅ、と煌耶ちゃんは笑った。姉妹らしいというか何というか……まぁ、とりあえずラブレターの件は片付きそうだ。

そして重要な事実。

 雷は男でもOK。

 後でこっそりクラスメイトに情報をまわしておこう。もちろん詳しい事は避けて。さすがに個人の感情をバラまく訳にはいかない。その辺りは空気を読んでくれるクラスメイト達に期待する。


「それじゃぁ、そろそろ僕らは帰るよ」

「え~、折角だから遊んでいこうよぅ」


 輝耶が雷の部屋にあるゲーム機を指差す。かなり古い一世代前のゲーム機で、少しばかり埃が被っている。きっと置きっぱなしで雷も遊んでいないんだろう。


「今はテスト期間だろうが」

「そうだよ、輝耶ちゃん。勉強しないと高校に入れないよ?」


 南丹学園に通う生徒は大抵、併設されている南丹大学付属高校へ進学する。その際に一応の入試は存在するので、とりあえずの学力は必要だ。落ちた人っていうのは聞いた事がないけどね。噂では、お金さえ払えばOKだとか何とか。そんな場所も嫌だけどなぁ。ちなみにアルファベット組は高校まで行き、別の大学を受験する。進学校としては付属高校もそこそこ有名だ。


「むぅ~。はぁ~い、分かりました~」


 いまいち納得いかない風な輝耶はミルクティを飲み干す。僕もそれに習って飲み干した。


「中学部は大変じゃのぅ。小学部のうちに気楽を堪能しておかなくては」

「それをオススメするよ」


 なにせテスト期間は地味に苦しい。勉強の辛さと緊張がしばらく続く。言うならば自分で息抜きを探さないといけない。息抜きを見つけないと、生き抜けない訳だ。おぉ、なんか上手い事を言えた。


「なにをニヤニヤしておるのじゃ?」

「なんでもないです」


 さて、それじゃぁ帰るとしよう。勉強はしたくないけど、雷の邪魔をする訳にもいかないしね。今から勉強するのかラブレターの返事を書くのか分からないけど。とにかく、僕達がいない方が良いのは確実だ。


「それじゃぁ、ばいばい」

「まったね~」

「お邪魔した」


 三者三様という感じの挨拶を済ませ、僕達は七津守家を後にした。

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