雫、ぽたぽた
セーラー服の女の子とふたり、ベンチに座って雨が終わるのを待っていた。
ボロボロのベンチは正直言っていつ壊れるんじゃないかと不安になる傾きっぷりだ。
「ねえ、ここら辺の子……じゃないよね」
無言は気まずいのか、女の子が話しかけてきてくれる。どこかで見たことがあるような気がするのは気のせいだろうか。
「あ、うん。七夕商店、あそこの孫」
同い年ぐらいだよなぁ、と思って私は変に畏まらないようにして答えてみた。
「あ……そうか……くなったね」
だけど彼女の言葉は聞き取れなかった。「何?」と聞き返すと「ううん。なんでもない」と笑顔で終わらされてしまった。
「おばあちゃんちに来たの?」
「そうそう。それで暇だったから散歩してみたんだけど、結果、これ」
まだ止みそうにない空を見上げる。穴の開いたトタン屋根から雫がぽたぽたと垂れていた。明るかったはずの空は、ほんの少し暗さを増して、山を覆っていた。
「ねえ、あそこのおじさんって、まだお店にいるのかな」
「え?」
彼女の声で、地上一メートルに意識を引き戻される。右を見ると、濡れた顔も髪も放置したままの彼女が少し困ったように笑っていた。
「おじさん、ってえーと夏由おじさん?」
その名を出すと、女の子は可愛らしい目を細めて「うん」と頷く。
「夏由おじさんなら、今日も働いてたよ。お店はほら、まだまだ閉まらないだろうし……雨止んだら来る?」
どういう質問なのか、いまいち意図が掴めなかった。今お店にいるのかと言われれば、そうかもしれないし配達に出ているのかもしれない。今もなお働いているのか、というならばその答えはイエスなのだけれど。
「ううん、いいの。あのね、そのおじさんに届けものしてくれるかな」
疑問符を頭に浮かべたままでいると、彼女は首を振って、それから鞄の中に手を入れた。
「届けもの?」
自分でしに行かない理由は何、と聞きそうになって、ちょっと堪えてみた。もしかしたら私が踏み込んじゃいけないような事情があるのかもしれない。例えば年の差恋愛とか、隠し子とか……いや、なさそうだけれど。
「これ。渡して欲しいの」
学生鞄から出てきたのは、青いミサンガだった。
「これが切れたら、もういいんだ、って思ってって」
そして不思議なことを言う。
「伝言?」
「そう。それだけでいいから。お願いしても、いい?」
彼女がほんの少し首を傾げる。
「え、うん、それはいいんだけど、自分で渡さなくていいの?」
確認してみると「うん」と彼女は頷いた。
「独り言だと思って聞いて」
そして私から視線をずらす。
「きっとね、私が渡したら、素直に言えないから。嫌なのに、我慢してそうしなきゃいけないって言い聞かせて、ほんとうのことが言えなくなっちゃうから」
ふっと、彼女は気が抜けたように、本当にほっとしたように笑った。
どうしてだろう。
なんだかよくわからないのに、了解しました、しっかり伝えてきます、っていう気持ちになってしまう。
「雨、止みそう」
私の返事を聞かずに、彼女は空を見上げた。一拍置いて私に向き直って「お願いね」とその手のひらからミサンガを受け取る。
私はただ頷いて、それを大切に鞄にしまった。
蝉が、待ってましたと言わんばかりに一斉に鳴き出す。
「私、帰るね。ちゃんと伝えるから」
もしかしたら結構な時間が経ってしまったかもしれない。まだ空は明るいけれど、あまり遅くなっては心配をかけてしまう。
「うん。気をつけてね」
座ったままの彼女にさよならをして、バス停から外の世界に出た。
「もう道に迷わないよね、青空ちゃん」
その声は温い風に溶けて、消えた。
振り返っても、誰もいない。私の名前を呼んだ女の子が、確かにここにいたはずなのに。
「森のおばけだ」
その言葉が自然と口から出てくると、なんだか急に泣き出しそうになってしまった。




