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遠雷、ごろごろ

 昼ご飯はお蕎麦だった。だけどおばあちゃんの手打ちだという十割蕎麦は、今まで食べたことないぐらい濃い味でとても美味しかった。ちっとも啜れないのが難点だけど。

 でもデザートに葛きりまで出てきたのだから、大満足。昨夜は宇治金時、今日は葛きり。とくに行くところも遊ぶところもない田舎だけど、店に行かなくてもそういうのが食べれるのは幸せかもしれない。


 といっても、さすがにおばあちゃんちで一日だらだらしているのは暇で。テレビだって観たいのがあるわけじゃないし。

 弟の携帯ゲーム機を奪ってきたら良かったのか、と思いつつ、私は水筒片手に散歩に出てみることにした。母の助言で少し日が傾いてからにしたけれど。

 それでも、おじいちゃんのお墓参りに行った朝よりもずっとずっと暑かった。


 七夕商店、という小さな店は、すごーく暇、ということもないみたいだった。小学生がアイスを買いに来て、部活帰りなのか同年代ぐらいの子たちが飲み物を買いに来て、小さな子どもを連れたお母さんたちが野菜を買いに来る。プラス配達もしているらしく、店に立つおじさんはそれなりに動きまわっていた。

 おじさんとは、もう少し話をしてみたいんだけどな、と思ったりするものの、どうやら日中にその願いが叶うことはなさそうである。


 母より五つばかり若いおじさんは、案外いいひとだった。

 子どもの頃の記憶なのか、なんとなく怖そうなイメージがあって、ちょっと話すのは苦手かなと思っていたものの、話してみたらそんなこともない。

 寧ろ父より話しやすく感じてしまう。それは父さんが無口過ぎて相槌すら反応が返ってこないことがあるからかもしれないけれど。


 それでも私の学校の話を聞いてくれたり、自分が高校生の頃の話をしてくれたり。勉強の話も部活の話も、それなりに楽しんで出来た気がする。まあもしかして、姪相手に奔走していたのかもだけど、それでも退屈しなかったからそれでいい。


 それに、おじさんは進路の話とか、しなかった。母と比べられることもなく、のんびりと私の話に耳を傾けてくれた。


 アスファルトを離れ土の道を進む。目的は特になかったから、なんとなく天狗の山へと向かっていた。そう遠くもないし、迷うような道でもない。

 まあ、昔は迷ったんだけど。苦いような甘酸っぱいような記憶が蘇ってくる。十歳にもなって迷子になって途方に暮れたときはさすがに泣きたくなった、自分に対して。


 誰ともすれ違わない田舎道。脇には名前の知らない花が咲いていた。名前がわかる野花なんて蒲公英とシロツメクサがいいところ。知識のなさは悲しいけれど、普段見かけないんだから、図鑑なんかで見たとしても名前を覚えられるはずもない。


 そうやってしばらく歩いていると、またアスファルトの道に戻った。ここらへんにしては珍しい二車線の道路だ。確かバスが通っている道のはず。バスといっても、一日に何本レベルだった記憶がある。だから一度も乗ったことがない。

 この道を少しゆけば、天狗の山だった。そこまで行って引き返したら晩ご飯はもうすぐだろうか。


 ゆらゆらと陽炎の昇るアスファルトを歩いて行く。少し雨でも降れば気持ちいいのに、と思った瞬間、遠雷が耳に届いた。

 一瞬、自分って超能力者なんじゃないか、とかいう馬鹿なことを想像する。もちろんそんなことはない。私は天狗でも森のおばけでもない。その両者が天候を操れるのかどうかは知らないけれど。

 雨が降る匂いがする。風が湿っぽい。雷がまたひとつ。夕立の気配だ。


 傘なんて持っているわけがない。小さな鞄と水筒ひとつ。大きな道路とはいえ、周りに建物があるわけでもない。しかたなしに、森に向かって走ることにした。あれだけ木が密集していたら、少しぐらい凌げるだろう。夕立ならば長い間降り続けることもきっとない。


 雨が降り出す前に、というのはどうやら無理らしい。ぽつり、と鼻の頭にあたる。ぽつり、右の瞼に当たる。あとはもう、一気だった。

 夏の雨というのは嫌いじゃない。地面に溜まった熱が冷まされてむわっとくるのも嫌いじゃない。でも、濡れるのだけはやっぱり気持ちが悪い。


 慌てて走って、サンダルが濡れて滑りそうになって危機一髪。脱げそうになったそれをなんとか吐き直して、二度と滑らないように擦るように走る。

 道路の隣はすぐ森なのに、フェンスがあって入れなかった。フェンス沿いに走って数秒、目の前にバス停が見えてくる。


 良かった、と思った。小さなバス停だけど屋根がある。ここで通り過ぎるのを待とう。そう思ってトタン屋根の下に滑り込んだ。

 幸い鞄の中は濡れていない。ハンドタオルを取り出して顔を拭く。

 雨は、すごかった。勢いを増し、アスファルトを白くする。あんなに晴れていたのに、天気って不思議だ。


 早く止まないかな。晴れたら服も乾くのに。

 そう思っていたら、バス停に私と同じ子が現れた。突然の雨に走ってきたのだろう。セーラー服が濡れて、二の腕に張り付いていた。

「大丈夫?」

 私よりもだいぶびしょ濡れの女の子に声をかけてみる。するとその子は丸い目をさらにまんまるにさせて「大丈夫」と微かに微笑んで見せてくれた。


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