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風鈴、うちわ、蚊取り線香

 風呂上がりに縁側は、思えば父親と同じだ。紫陽花の絵が書いてある団扇を片手に、蚊取り線香をすぐ横に。これでビールまで持ち出したら、もはやそれは親父だ。


 向かいの和室からは母と姉の声が聞こえていた。普段俺とふたりだけの生活だから、娘と孫が来たのは嬉しくて仕方がないのだろう。布団を敷いて蚊帳を張る。そんな作業もきっと楽しいに違いない。


 正月以来の姉は、何も変わっていなかった。あえていうならば、やはり少しずつ性格が丸くなってきている気はする。母に似て、働くことが大好きだった姉は、俺と違い、いい大学というやつを出て、給料のいい会社で働いて、いい旦那さんをつかまえて、今では立派な母親になった。仕事を辞めた頃から、とげとげしさは徐々になくなってきている。


 それに比べて女の子ってものは、たかだが数ヶ月会わないだけで激変したと思ってしまうから不思議だ。高校生になった姪っ子は背伸びをしたのか髪の毛を少し明るくして、それなりに化粧も覚えているみたいだった。

 俺がその頃には、そんな風に思ったことはなかったのに。ということは、俺がそれだけ歳をとったということだ。


 その姪っ子は今ひとり。座敷でテレビを見ている。弟が一緒に来なかったことを寂しく思うのだろうか。もし姉と似ていたならばきっと思っていない。だが正直、姉に似ているとは言い難い。どちらかと言えば、義兄似じゃなかろうか。

 まあどちらにしても、こんな何もない田舎、子どもひとりじゃつまんないだろうとは思う。かといって俺も付き合えるほど若くもない。それに普段あまり会わない男親戚じゃ、あの年頃の子は話しづらいだろう。


 ちりん、と風鈴が鳴る。今日は雨は降らなかったが、夜は割と涼しく感じる。空を見れば星も月も明るかった。明日もまた晴れるだろう。


 団扇で仰いでいると、縁側が鳴った。ミシッという音に母かと思い顔を向けたら、パジャマ姿の姪っ子だった。

「あ……」

 俺がいると思わなかったのか、彼女の動きと口が止まる。食事の際もほとんど言葉を交わしていないから、もしかしたら苦手だと思われてるのかもしれない。

「ああ、かき氷食うか?」

 もしかしたらちょっと洗面台に行きたかったとか、寝ようと思って移動しようとしたのかもしれない。だが夕方の母の言葉を思い出し、思わず俺は聞いてしまった。


 一寸、彼女は困った表情を見せて、無言でこくりと頭を振った。これじゃ気を遣ったのか遣われたのかとても微妙だ。


「駄目よ、こんな時間に冷たいものなんて」

 向かいの縁側に姉さんが立っていた。風呂にでも行こうとしたのか、バスタオルを抱えている。

「え、別に」

 姪っ子は俺より先に反論しようとした。だが、ちらっと俺を見てその口を閉じてしまう。


「そんなに食わせねえって」

 その顔が不服そうだったので、俺はこっちの舟に乗ることにした。本当は食べる気がなくたって、周りに、特に親に反対されると気持ち良くないだろう、たぶん。

 姉さんは渋い顔をして、加えて俺をきっと睨みつけてから「ちょっとだけよ」と了承の意を口にした。そして自分はそのまま縁側を渡り、風呂場へと向かう。


 姪っ子に顔を向けると、ちょっとだけ誇らしげな顔をしているように見えた。俺が見てることに気づいたのかこちらを見ると、恥ずかしそうにはにかんで、頬を赤く染めた。


 やっぱ、女の子だよな。

 そう思いながら立ち上がる。何味がいいか聞いてみると「なんでも」と答えられてしまった。聞き方を間違えたらしい。

「かき氷で一番好きなのってなんだ?」

 改めて聞いてみると、彼女は目を丸くさせてから瞬きを繰り返した。それでもうーんと少し考える様子を見せてから「宇治金時」と小さい声で答える。


 渋い。ちょっと予想外の答えだ。でもマンゴーとか言われないだけいい。


「でも、えーといちごで」

 答えに面食らっていると、何を察したのか彼女は照れたように笑いながらそう言った。

「宇治金時は?」

 いちごとはだいぶ方向転換してるぞ、と聞いてみるとまた笑ってみせる。

「いや、だってないかなーって」

 この歳で遠慮を覚えなきゃいけないほど、世の中って世知辛いものなのか、と思わず感じてしまった。


「いや、出来る」

「え!?」

 その反応は早かった。あまりにも予想外だったのだろう。こんな田舎のボロい商店で宇治金時が出てくるなど。

「おふくろ……ばーちゃんが餡子とか作ってるからな。白玉もあるだろ。夏はあんみつとか、配達してるんだ、これでも」

 そう説明してやると、姪っ子の頬が桃色になってゆく。今の若い子はそういった物より洋菓子が好きかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

「ちょっと待っとけ。それとも店まで来るか?」

 ついていく、と少女は答えた。この様子だと、わらび餅も喜んで食べたのだろうか。明日あたり、あんみつか葛きりを用意するよう母に言っておこう。


 放置していた蚊取り線香を片手に、俺は店へと降りる。風に乗って煙が、夏の香りを店に運んだ。


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