扇風機、かたかた
レトロといえば聞こえはいい。そんな店の横に停めた車から降りると、むわっとした熱気が身体中を襲ってきた。
「ただいまー」
母の伸びた声。不思議だけど、このフレーズは、母を娘だと思わせてくれる。母もおばあちゃんの子どもなのだ、ここで育ったのだと。
「はいはい。おかえり。青ちゃん、いらっしゃい」
おばあちゃん、というにはいささか若い女性。それがおばあちゃんに対する私の印象だ。顔に相応の皺はあるけれど、背筋はまっすぐだし化粧も古くない。今日はデニムを履いているんだから、驚きだ。この店に合わせて言うならばハイカラってところだろうか。
お決まりの挨拶をして、家へと入るべく母に続く。といっても入り口は店と一緒で、レジの横で靴を脱いで座敷に上がる。
「あ、かき氷」
店先に置かれた鉄色の機械を見て思わず呟く。
「青ちゃん、食べる?」
おばあちゃんが振り返って聞いてくれた。正直に言うと食べたかったわけではない。アニメ映画で見た機械がそこにあったから、思わず口にしてしまっただけだ。
「夏由、今ちょっと出てるから。帰ってきたら削ってもらって」
だけど私の返事を聞くことなく、おばあちゃんは話を進めてしまった。別に嫌じゃないけれど、私の好きな宇治金時はここでは食べれまい。いちごかメロンかブルーハワイ。いいところ、練乳があるか否か。
まああのケミカルな味も悪くない、とサンダルを脱いで畳に上がると、ひんやりとした心地良さが足の裏から伝わってきた。
おばあちゃんちには、クーラーなんてない。これまたレトロな扇風機が音を立てて回っているだけだ。
それでも大きな窓があるからなのか、庭に小さな池があるからなのか、不思議と家の中は涼しかったりする。風がよく通るからなのかもしれない。ちりんちりんと、風鈴は常に歌っている。
「暑かったでしょう」
座敷に腰を下ろし、足を延ばす。この家でだけは母も「行儀が悪い」とは言わない。だって母も同じように足を延ばして座っている。
お盆を持ったおばあちゃんが手際よくグラスに麦茶を注いでくれた。氷がからんと音を立てる。あわせたかのように、池の鯉が音を立てて跳ねた。
「んー、まあでもやっぱり夏だわ」
実家、というものに帰ってきた母は、そのまま畳の上に転がるんじゃないだろうかというぐらいリラックスしているように見えた。仕事をしていたときとは大違い。
「ほんと、あんたたち姉弟ね」
おばあちゃんはそう笑いながら、私の前に小皿を置いてくれた。きな粉がかかったそれはわらび餅だ。横に黒蜜が入ったつけ皿も置いてくれる。
「似てないわよ。私は母さん似。夏由はどう見ても父さん似でしょ」そう言う母は目ざとく私のわらび餅を見つけ、自分も食べると主張していた。
「あんたのその威勢の良さを、夏由に半分あげれたら良かったのに」おばあちゃんは笑いながら、用意してましたと言わんばかりに小皿を母の前にも置いた。
おばあちゃんちに来ると、私は無口でいることが多い。今も黙ってわらび餅を食べながら、ふたりのやり取りを聞いていた。残念ながら私には似てるか否かのジャッジは下せなかったし、夏由おじさんが威勢のない人だという判断も下せなかった。
わらび餅は竹楊枝で刺せばぷるんと弾力があって、口の中では溶けてしまうから不思議だ。きな粉と黒蜜が混じった甘さがまた美味しくて、たっぷりつけてゆっくりと堪能することにする。
「晩ご飯、手伝おうか」
喋りながらとは思えないスピードでわらび餅を平らげた母が言う。
「今日ぐらいゆっくりとしきなさい。明日から手伝ってもらうから」
祖母はその皿をお盆に乗せ、自分も麦茶を飲んでから立ち上がった。その際ちらっと私を見た気がするので「晩ご飯、なんですか」と聞いてみる。
「ちらし寿司作ったの」おばあちゃんはにっこり自慢げに笑って答えてくれた。しかしそれにいち早く反応したのは母で、私は心の中でガッツポーズをするに留まった。
「ほんと、夏ね」
おばあちゃんが消えた座敷で母が零す。私は頷くこともなく、わらび餅をまたひとかけら、口に放り込む。
「明日、父さんの墓参り行かなきゃ」
口の中で溶ける。甘さは残る。
どこか遠くをぼんやり見つめた母を、扇風機がかたかたと応援していた。




