第九話 嘘つき(前編)
ちょっと長くなりそうだったので、二つに分割して前半だけ投稿します。
なので少し短いです。
後編はまた1~2週間後になります。
ノーランからの最後の依頼を受けた二日後、ノゾミとアユムは青々とした瑞々しい草が生い茂る草原の脇を歩いていた。エルフィーという妖精が出たというシルフェード湖にはそれなりに人が訪れるのだろう。メンダスィアンからの道は整備されており、また草原の向こうには農作業に精を出す農夫の姿が見える。数は少ないがポツポツと家が見えることから小さな集落があるに違いない。
以前にアスラからもらったアドバイスにしたがって用意した旅道具を肩に掛け、のどかな様子を眺めながら涼し気な風が吹く中を歩く。現実世界と違い、この世界はずいぶんと過しやすい。季節は同じ夏だが、湿度が低く風が吹いている事が多い。欧州に近い気候なんだろうか、とノゾミはつらつらと考えた。
「こういう風景って良いよね。町とは違った良さがあって」
穏やかな景色に、アユムが朗らかに笑う。テレビとかでよく見る景色だ。ノゾミもアユムも実際に田舎の風景を見たことはない。産まれた時からビルに囲まれた騒がしい街で育った。それだけに今眼の前の風景はとても新鮮に映る。
アユムが遠くの農夫に手を振る。すると農夫もまた同じく手を振り返してくれる。微笑ましい様子にノゾミはわけも無く父親の様な気分になって眼を細めた。
(ノーランもこんな気分になりながらシュウを見守ってきたんだろうか)
アユムの方が年長ではあるが、何となくノゾミは思った。そんなに老成してしまったつもりは無いが、アユムがどこか子供っぽいからだろうか。考えてみれば、この世界に来るようになって自分がアユムとシュウを引っ張る立場になっている気がする。現実では周囲に流されるばかりだったのに、とノゾミは世界の違いと共に自分の違いを自覚した。
「結局、シュウくん来なかったね……」
農夫の姿が離れ、また広い草原に二人になった時、アユムがポツリと零した。
この世界に本格的に身を置き始めて以来、二人のそばには常にシュウの姿があった。だが今、二人の傍らに彼の姿は無い。一昨日にノーランの宿で別れてから結局一度も顔を合わせる事無く出発となってしまった。出発前にシュウの部屋に声は掛けたものの反応は無く、また在室しているかどうかも分からない。ノーランに尋ねてもシュウの所在は最後まで不明のままだった。
「そうだな。できれば最後も一緒に仕事をしたかったけどな……」
ノゾミにとってシュウは弟だ。まだ数週間しか時間を共にしていないが、互いに助け助けられてやってきた。歳下でもあり、気が弱いクセに無茶をするし、だけども自分やアユムを心から慕ってくれているのも分かりどこか放っておけないヤツだ。近々別れがやってくる事は確定事項。でも、だからこそ一緒に過ごす時間を大切にしたかった。
「でもどうするつもりかな? ノーランさんはシュウくんを一緒に連れてって欲しいって言ってたけど」
「正直、まだ迷ってる。アユムはどう思う?」
「そうだね……私はシュウくんを連れてっても良いと思ってるよ。私たちの事もキチンと教えてさ、この世界で一緒に時間を過ごしていければ良いなって思ってる。シュウくんって可愛いし、暖かいし、一緒にいて心地良いしね」
「なんだ、アイツに惚れたのか?」
「フフッ、かもしれないね。少なくとも弟がいたらあんな感じなのかなぁってくらいにはシュウくんの事は好きだよ?」
クス、アユムは微笑み、ノゾミも表情を緩めた。
「そっか、アユムもか。俺も同じだよ」
「え? シュウくんに惚れたの? まさかベーコンレタス……?」
「違う! 弟としてだ! あとベーコンレタス言うな」
「ベーコンレタス通じるんだ……」
アユムのツッコミにコホン、と咳払いをしてごまかす。そのまま「それはともかく」と話を続ける。
「この世界にはまだ俺らの常識が追いついてないしな、アイツが俺らの事を理解してくれるんなら心強いから一緒に行くか誘ってみるか」
「そだねー。うん、そうしよ」
「でも、最終的に選ぶのはアイツだからな。アイツが町に残りたいって言ったらそれ以上は何も言わない事。それでいいか?」
「そりゃもちろん。いくらノーランさんの頼みでも嫌がる事はしないよ」
少しだけ強い風が吹いて草が摩擦音を立てる。
ノゾミの提案に大きくうなずくと、アユムははためく髪を抑えながら前を見据えた。
「だって、私たちは誰の物でも無いんだから」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
草原を抜けると、程なくして鬱蒼とした木々の生い茂る森が広がっていく。森、とはいえども然程深くは無い。中は比較的明るく、五分ほど歩いていくとすぐに湖が見え始めた。
「キレイ……」
エルフィーを警戒して慎重に脚を進めてきた二人だったが、森を抜けた瞬間アユムの口から感嘆が漏れた。
雲間から差し込む光が湖面に反射してキラキラと輝く。湖の奥には雄大に佇む山々が連なり、麓の湖がその姿を鏡の様に映し出している。湖水は透通り、魚がゆったりと泳ぐ様が見て取れた。
「……っん、うまい……!」
喉の渇きを覚えていたノゾミは湖から手で水をすくって口に運ぶ。ヒンヤリとした感覚が喉を通り、移動で少し火照っていた体を中から冷やす。もう一すくいだけ水を飲み干すと、ノゾミはひと心地ついて辺りを見回す。
「特に何も無さそうだが……」
「うん……平和だねぇ……」
持っていた荷物を放り出してアユムは湖畔に寝そべる。その様子をノゾミはため息混じりに眺め、自分も腰を下ろそうと付近に注意を払う。と、寝そべっているアユムの腹の上に鎮座していたユンがピクリと耳を動かした。
「ユン? どうしたの?」
「アルル?」
ユンに続いて定位置の頭の上にしがみつくアルルもまた、何かに警戒する様に湖の方をじっと見た。
「エルフィーか」
下ろしかけた腰を上げ、ノゾミは手に狙撃銃を具現化させてスコープを覗きこむ。アユムも起き上がると光の剣を握りしめて湖を見た。
「――女?」
スコープの中にノゾミは女性の姿を認めた。その女性は何かを洗っている様で、屈んで湖面に手を突っ込んでいた。距離は約三百メートルか。女性型の妖精であるエルフィーの事が頭を過る。が、身長三十センチ程度というエルフィーの特徴を思い出し、ならば無関係か、とスコープから眼を離した。
「たぶんエルフィーとは違う。人間の女の人だ」
「あっそ。なら大丈夫かな? あ、でもこの辺りにエルフィーが出るって知らないのかな? 危ないですよーって教えといたほうが良いんじゃない?」
アユムの言葉にうなずき、ひとまずその女性の元に向かう。狙撃銃を消し、アユムの剣だけを手にしてアユムを前にして念の為にゆっくりと警戒しながら歩く。
「もしもーし、すいませーん」
「あら? はい、何でしょうか?」
アユムが声を掛けると、洗濯物をしていたらしい女性は手を止めて立ち上がる。
女性は美人だ。ハッと息を飲んでしまうように整った容姿で、ノゾミよりも大きい、身長は一七〇センチを超える体躯から思わず気後れしてしまいそうだが、浮かべた笑顔が柔らかい印象を与える。この世界では比較的珍しい黒髪で、腰にまで届こうかというくらいに長い。アユムが笑顔で近づいたからか、最初は笑顔を浮かべて応対していたがアユムの手にある剣が目に留まって顔をわずかに強張らせた。
「えーっと、ここら辺に住んでる方ですか?」
「あ、はい、そうですが……あの、アナタ方は?」
女性の質問にアユムは、自分たちがモンスターの退治にシルフェード湖に来たこと、休憩しようとした時に女性を見つけたこと、そしてこの付近が危険であることを伝える。
「そう、ですか……それで武器を持ってるんですね。少し安心しました。最初は盗賊の方たちかと思っちゃいましたから」
「アハハ、まあ武装した人が来たらそう思っちゃうかもね。だけど、さっきも言ったけど早いトコここから避難した方が良いと思うよ?」
「そうですね。ですが、急に避難しろと言われましても……」
「困るのは分かるが……もしくは家の中にこもってしばらく外に出ないことをお勧めする。退治が終わるまで、な。失礼ですが貴方の家はここから遠いのか?」
「いえ、そこまでは……歩いて十五分くらいでしょうか? あの、ちなみにそのモンスターってどういったものですか?」
「ん? ああ、エルフィーってモンスターなんだが何か知ってるか? 些細な事でも良い。何か情報を知っていたら教えて欲しいんだが」
「エルフィー、ですか? それはどんな……」
「妖精種で体長は三十センチ程の小さなモンスター。四枚の羽を持って空を飛んでるらしいが……」
ノゾミがエルフィーの特徴を伝えると、女性は人差し指を顎にあてて何かを考える様な仕草をする。そしてパチン、と両手を叩いた。
「たぶんそのモンスター見たことがあります」
「本当!? どこで!?」
「ええっと、確か……」
記憶を探りながら女性は、ノゾミたちがやっていた方とは逆に位置する森を指さした。
「あの森の中です、確か。あの森にはアケビがなっているのでよく獲りに行くんです」
「分かった。ありがとう。早速行ってみる。アナタは早く家に帰った方が……」
最初に伝えた通り、帰宅をノゾミは促す。だが女性は首を横に振るとニッコリと笑った。
「いえ、私も一緒に着いて行きます」
「いや、それは……」
「危ないから着いて来ちゃダメだよ? ここは私たちに任せて欲しいな?」
「別にお二人の邪魔をするつもりはありませんし、退治に参加させて欲しいと言ってる訳じゃないんです。ただ、私がそのエルフィーを見た場所まで案内させてもらえませんか?」
女性の提案に二人は顔を見合わせた。それくらいなら、とノゾミはうなずきかけるが、万が一の事も有り得る、と何とか縦に首を振るのを堪える。しかし、女性は尚も食い下がる。
「あの森は葉がぎっしりと生い茂っているので迷いやすいんです。失礼ですけどお二人はこの辺りには不案内ではないですか?」
「それはそうだけど……でもやっぱり危ないよ」
「それも承知しています。これは私の為でもあるんです」
「え?」
「もしお二人が早く退治してしまえれば、私も家の中に閉じこもらないで今の生活を続けられるでしょう? 私、家の中にいるの嫌なんです。大丈夫ですよ。森の中まで案内したらすぐに避難しますし、モンスターが途中で出たらすぐに逃げますから。こう見えても脚は速いんですよ?」
だからお願いします。そう言って丁寧に頭を下げる女性に、ノゾミもアユムもうなずかざるを得なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「へー、もう五年もここに住んでるんだ?」
三人でエルフィーの元に向かう途中、女性はミレイ、と名乗った。
ミレイとともに一旦自宅に戻り、洗っていた洗濯物を片付け終えるとすぐに三人は森へと向かう。次第に木々が増え、深くなっていく森を歩く最中、ミレイと会話をしながら脚を進める。
「はい。そこまで意識したことは無かったですけど、気がついたらそれくらいになってますね」
「町に比べたら小さい家だったけど、一人で住んでるの?」
「ええ。両親は町の方に住んでるんですけど、どうにも私は人の中というのが苦手で……」
「そっかぁ。一人でいて寂しくないの?」
「そうですね。時々寂しくなる時もありますけど、自然の中で暮らす方が私には合ってるみたいですし、それに少し離れた所に私の様に一人で住んでいるお友達も居ますから」
「へぇー……良いなぁ。私もその内そういう生活してみたいな」
「ふふ。その気になった時は教えて下さいね。歓迎しますよ」
アユムとミレイが楽しそうに会話を弾ませている隣で、ノゾミもまたミレイの様な生活に思いを巡らせていた。
たまにテレビで自給自足の生活を送る人の様子を見ていたが、あまりノゾミは興味を引かれなかった。楽しそうに生活してるな、と現実の自分の生活を顧みながら少しうらやましいさがあるのは否定しないが、自分は自然の中よりも都会の便利さの方が良い。そもそも自然の過酷さを克服するために文明が発達してきた中で、それを捨ててまで自然の中での生活を選ぼうとは思えない。
人から逃れたいと思った。流されるだけの人生から抜け出したいと願った。だけどそれだけだ。人の営みが嫌なワケじゃない。言いなりにならない人生が欲しいだけだ。
「ま、人それぞれだけどな」
「何が?」
独り言のつもりで漏らした声に反応されて振り向けば、ミレイとの会話を切り上げたアユムがノゾミの顔を下から覗き込んでいた。
「人の趣味はそれぞれだってこと。俺には都会での生活が合ってるなと思っただけだ」
「ふーん、ノゾミくんは都会派なんだ?」
「そういうわけでも無いけどな。全部自分でやらないといけない生活より、任せられるところは機械でも人でもいいから任せられるところは任せたいだけ」
「面倒くさがりなだけじゃん」
「まあな。そっちは自然の方が好きみたいだけど?」
「うん。世の中コッチの世界みたいに周りに良い人ばっかだったら良いんだけどね」
「善人ばっかりか? コッチの世界が?」
先日のゲートやロングといった面々を思い出し、ノゾミは訝しげにアユムの様子をうかがう。アユムもそれに気がついたのか、苦笑いを浮かべながら手を横に振った。
「別に善人ばっかとは思ってないよ。私の周りに私を傷つけようと思ってる人がいなかったら、それだけで私は良いんだ」
「……現実だと違うのか?」
一瞬のためらいの後、ノゾミがそう尋ねるがアユムは苦笑を深くしただけだ。
学校でのアユムの様子を見ていれば、普段彼女がどんな状況下に置かれているのかは容易に想像がつく。けれどもきっと、何も語らない事が彼女なりの質問に対する回答なのだ。だからノゾミもそれ以上尋ねる事は無い。
ノゾミ自身もアユムも、ここにいるのには訳があるのだ。それは互いに容易く踏み込むべき事じゃない。ノゾミは「ノゾミ」であって「希」では無い。別の存在なのだ。同じ様にアユムは「アユム」であって「歩」では無い。ノゾミが知るべきは「アユム」であればいい。
「さて! 後どれくらいで着くかな……って、あれ?」
柏手を鳴らして、話題を変えようとアユムは隣を歩いていたミレイを振り返った。だがその姿は無い。
「ミレイさん? おーい、ミレイさーん」
付近を見回し、ミレイを呼ぶ声が森に響く。しかし声は森の木々に吸い込まれていくだけ。何も帰ってこない。
「もしかして……はぐれちゃった?」
「そんなバカな。ついさっきまで隣にいただろ? 見失うもんか」
「んじゃミレイさんどこ行っちゃったのさ?」
尋ねられてもノゾミだって答えは持っていない。返事の代わりにノゾミはハンドガンを手に出した。
「辺りを探してくる。ミレイさんが戻ってくるかもしれないからアユムはここで待っててくれ」
うなずき返すアユムを背に、ノゾミは今まで歩いてきた道を戻り始めた。
深い森とミレイは評したが、ここまでの道のりは平坦だ。道無き道を進むでもなく、多少歩きにくくはあったもののまっすぐな一本道。木々の背丈は高く、したがって道の左右の森も比較的奥の方まで見通せる。
注意深く辺りを探しながらノゾミは歩く。来る時は何も感じなかった森だが、今は少し不気味に感じる。そしてノゾミは異変に気づく。
「音が……」
音が無い。風が無い。よくよく耳を済ましてみても、僅かな葉擦れの音すら聞こえない。ノゾミの頬を気持ちの悪い汗が流れた。
それでも尚も進む。すると、正面に小さく人影らしき姿が見える。ノゾミは歩く速度を上げた。
「あれ、ノゾミくん?」
だが現れたのはミレイではなくアユムだった。キョトンとして呆然と立ち尽くすノゾミを覗きこんだ。
「ん? さっきコッチから行ったよね? 何で反対側から? ははん、さては迷ったんだね」
しょうがないなぁ、と言わんばかりに肩を竦めて苦笑いをアユムは浮かべ、だがノゾミはハッとした表情を浮かべると、今度は今来た道を走り出した。今しがた見た森をまっすぐに駆けていく。そう、まっすぐに。
だが現れたのはやはり同じだった。
「……え?」
アユムの笑顔が凍り付く。アユムはたった今、走りだしたノゾミの背中を見送った。そして今、アユムはノゾミに背中を見られているという現実。起こってしまった「有り得ない」事実。
「……何が『迷いやすい森』、だ」
ノゾミは忌々しそうに森の奥を睨みつけて吐き捨てる。これは迷いやすいとかそういうレベルの話ではない。どこに向かって進もうが必ず元の位置に戻ってくる。これは監獄だ。右を見ても左を見ても景色は変わらない。
風も無いのに木々がざわめく。葉が二人を嘲笑する。背の高い木が悪意を持ってノゾミたちを見下している。
「これはマズいかな……ミレイさんも見つからないし、どうする?」
言葉とは裏腹に、アユムは不敵に口元を歪めた。頭についた猫の耳がピクピクと楽しそうに動く。
「アルル、今の状況について何か分かるか?」
「……森の中から魔力を感じる……」
けれどそれ以上は分からない、とアルルは首を横に振る。ノゾミは「そうか」とだけ応えると、頭の上で顔を曇らせているアルルの頭を撫でてやる。
「落ち着いてるけど、アユムは何か案はあるか?」
「んー……特に無いけど、強いて挙げるなら『待ち』かな? たぶんもう少し待ってれば良いと思うよ」
「何でだ?」
「だってノゾミくんは感じない? こんなにもいっぱいあるのに」
「何を?」
「――悪意を」
途端に森の空気が変わる。囁くようなざわめきが森全体から二人を取り囲む。
葉擦れに混じって聞こえてくるクスクスという笑い声。小さく、甲高い幼子の様な無邪気な悪意がさざ波の如く森の中に広がっていく。
まるで敵だ。ノゾミは銃を構えながら思う。森全体が悪意で満ちている。今こうして嘲笑が鳴り響いてようやくノゾミはアユムの言葉を理解した。
「……来る!」
アユムは叫ぶと同時に剣を横薙ぎに振り払った。剣とぶつかった氷が砕ける音が響き、二つに割れた氷の槍が地面に落ちて瞬く間に消える。だが氷の槍は森の中から次々と襲来した。
アルルがノゾミの頭から飛び立って宙に浮く。聞き取れない程の小声で何かをつぶやき、不可視の何かが展開されて、槍とぶつかって波紋が空中に広がった。
ユンもまたアユムの方から飛び降りて嘶く。泣き声と同時に槍は砕け散り、アユムが切り漏らした物を防いでいく。
そんな中、ノゾミはじっと眼を凝らして森の中を見つめる。まるで閉鎖された空間の様に止まない声は反響し、四方からノゾミの耳に届いて声の元を特定できない。だからノゾミは強化された視力を信じ、槍が飛んできた方向にただ眼を凝らす。動くものを一切見逃すまいと、防御をアルルに任せ、手の銃を狙撃銃に変更してスコープを覗きこんだ。
そして捉えた。
「アルル!」
叫び声と同時に不可視の壁が消え、そこを通過した氷がノゾミの頬を掠めて鋭く傷をつける。紅い血が帯状に流れ出し、だがノゾミは痛みを無視し、微動だにせず引き金を引いた。
細く、だが高密度な光が森を貫く。木の幹を削りとり、狙った目標に向かってまっすぐに愚直に進む。
「……終わった?」
「手応えはあったが……」
笑い声は止み、静まり返る。アラレの様に降り注いでいた氷の槍も止まり、森の中にはビームが通過した跡がはっきりと残っている。
アユムは剣を脇構えに携え、いつでも振り抜けるようにして視線を森からノゾミへ移した。
「――まだみたいだね」
言葉を発したと同時に生い茂った枝葉の奥から何かが飛び出した。そしてアユムはそれを予期していたかの様に迷いなく剣を振りぬく。
「ギエアアアァァァっ!!」
耳を塞ぎたくなる叫びが辺りをつんざき、体を真っ二つにされた人型の何かが土へと落ちる。足のサイズ程度の大きさのそれは、まもなく光の粒子となって空気へと溶けていった。
「今のは……」
「今のがエルフィーだろうね。サイズと言い見た目と言いノーランさんが言ってたのと全く同じだし。ホント、お人形さんみたいだったね。断末魔はとんでもなかったけど」
見た目は可愛かったのになぁ、と残念そうにアユムはつぶやく。ノゾミはアユムの感想に顔を若干ひきつらせながらも森の方に視線を走らせる。
「俺にはあの見た目に悪意しか感じないがな。どんなに見た目可愛くてもモンスターだ。どうだ? まだ何か居そうか?」
「うう、触ったら柔らかくて暖かくて気持ちよさそうだったんだけどな……
えっとね……うん、たぶん大丈……」
隣で話していたアユムの声が中途で不自然に途切れる。
ノゾミはアユムがいた方を振り向く。だがそこには誰もおらず、あるのは深い森だけだった。




