第十二話 迷い人は夢で生きる(中編)
最終話そのニ。
たぶん次で完結できると思います。一気に読みたい方は一旦戻ってもうしばらくお待ちください。
メンダスィアンの町は、二人の記憶の中と同じメンダスィアンだった。
活発に商売人の声が通りに響き渡り、通行人たちは露天の商品を冷やかしながら賑やかに通りすぎていく。そこに変わりはない。よく知っている町と町人たちだった。
知っているはずなのに知らない。「ノゾミとアユム」では無く「希と歩」である、ただそれだけでそんな気分になる。二人は寄り添いながら恐る恐る町を歩いていく。
「希くん……」
希の腕をギュッと握り締める。歩が不安げな顔を希に向けると、希は「大丈夫」と自身の不安を押し殺して言い聞かせる。
怖い。こみ上げてくるその感情をごまかすため、無理矢理に思考を続ける。
(どうしてここに――)
自分も歩も、そして学校が転移してしまったのか。しかも他の生徒ごと。偶然か必然か。しかしそれは何故。誰かの仕業なのか。そして戻れるのか。
強引に考えようとするが、そもそも自分たちが最初にこの世界にやっていた理由も分からない。どうして自分たちはこの世界にやって来れていたのか? 何故自分たちだったのか? 何もかもが分からない。故に考えがまとまるわけは無く、それが余計に不安と焦燥を増長させる。その感情が伝わっているのか、アルルは希の頭にしがみつき、ユンも珍しく歩の肩に乗って歩の顔に体を押し付けている。
(何でだろう。何でこんなにも――)
不安なのか。「ノゾミ」としてここに居た時はこんな気持ちにはならなかった。モンスターに襲われて生命の危機を感じても恐怖も不安も無かった。元の世界に帰りたくないとさえ思っていた。それは歩も同じ。かつて二人してそう話した。
けれども脚が震える。見慣れた景色は禍々しい。周りは楽しそうなのに、自分たちは逆。町に溶け込めない、入り込めない。まるで自分たちは異物である。誰がそう言った訳ではないのに、そんな感じを否めない。
「アユム姉ちゃん! ノゾミ兄ちゃん!」
不意に背後から歩の名前が呼ばれる。その声もまた二人にとって聞き慣れたもので、少しだけホッとして振り返った。
シュウもまたいつもと変わらない。金髪碧眼、魔法使いらしい黒いローブをまとった姿は三人で行動する時のお決まりの格好だ。
しかしシュウを見ても希は奇妙な感覚を覚えた。これまで町を歩いていて感じたものと類似の感覚だ。知っているのに知らない、矛盾した感覚。まるで、例えるならば全くの他人が「シュウ」という人間の皮を被ったかのような。
「お? やっほー、シュウくん!」
隣から上がる明るい声に、思わず希は振り向いた。いくら知った顔だとしても歩がこんなにも明るく挨拶をするとは、短い付き合いとはいえ希には思えない。それは普段、学校で希が歩と顔を合わせた時の様子からも明らかだ。
そして希の隣にいたのは歩では無かった。つい先程まで制服を着ていたはずなのに、振り向いた時には紅いチュニックに空色のマント。頭の上には「アユム」の特徴とも言えるネコミミが付いており、嬉しそうにピクピクと動いていた。
希は自分の姿を見返した。自分の姿もいつの間にか黒いスーツに黒いブーツ。「ノゾミ」へと変化していた。
「アユム姉ちゃん、この前話したこの町を出ていくって話なんだけどさ」
「うにゅ。どうしたの?」
「えっとさ、俺も一緒に連れてってくれないかな?」
シュウは一度口ごもりつつも、アユムの眼を見てそう告げた。
「え? えっと……」
「お願いします! 頼むよ、アユム姉ちゃん! ノゾミ兄ちゃんも! お願いします!」
戸惑うアユムをよそに、シュウはずいっと一歩近づいてアユムの手を握ると勢い良く頭を下げる。普段使うことの無い敬語を交えて頼むシュウに、アユムは困った様に眉を八の字にして希の顔色をうかがってくる。
昨日には、シュウが頼んできたら一緒に連れて行こうと結論づけた。だからここでノゾミはうなずくだけでいい。そのはずだが、ノゾミには何故か躊躇われた。だから本来聞く気の無かった問いをシュウにぶつけてみる。
「……何で俺らと一緒に行く気になったのか、聞いてもいいか?」
「それは……だって、俺、アユム姉ちゃんとノゾミ兄ちゃんと一緒にいたいからさ。そりゃ町を出たいワケじゃないぜ? でも姉ちゃんたちと離れたくねーし、それに一度くらい他の町を見てみるのもいいかなって思ってさ。あ、もちろんノーランにもちゃんと許可は取ったぜ?」
だからいいだろ?そう言いながら真剣な眼でシュウは二人を見つめた。
その眼を見てノゾミは違和感の原因を悟った。
そこにはゾッとするような昏さがあった。外国人らしい碧眼であったはずの瞳は、よくよく見ると日本人の如く黒眼になっていた。そしてその眼を見た途端にノゾミの背に怖気が走った。
アユムを見る眼は熱っぽく、なのにそこには縋るような不安。希望を映している様でその実絶望を映している様な二律背反。ノゾミには、「希」を含めてその人の内面を読み取れるほどの人生経験など無い。しかしそのノゾミをして感じ取れる程の何かがシュウの瞳にはあった。
「お前は……」
だから問いが思いがけず口をついて出てくる。
「お前は……誰だ?」
我ながら妙な問いだ。そう思うが出てしまった言葉は取り消せない。シュウの様子を具に観察するが、案の定シュウもアユムもキョトンとしてノゾミの方を見返してきた。
「何を言ってるのかな、ノゾミくん?」
「そうだよ。冗談キツイぜ、ノゾミ兄ちゃん」
何を言ってるんだか、とばかりに二人して肩を竦めて笑い声を上げる。ノゾミも「そうだよな」と言って笑い飛ばしてしまいたかった。実際、ノゾミはそうしたかった。しかしノゾミの表情は険しく警戒したまま硬直してしまったかの様に動かない。
「ノゾミ、くん?」
「もう一度聞くぞ。お前は、誰だ?」
笑い声が消える。それと同時に、三人だけが隔絶されてしまったみたいに周囲の音が消えた気がした。
ノゾミの中では最早、目の前のシュウはノゾミが知るシュウとは違うと確定されていた。根拠も何も無い、単なる直感にしか過ぎない。しかし違和感はすでに明確な差異となってノゾミの中に根を下ろしていた。
「えっと、どうしてノゾミくんがそう思ったのかは分かんないけど、私には何処をどう見てもシュウくんにしか見えないんだけどな?」
「誰かが偽装してるのかもしれない。……この前のエルフィーの様に」
小声で耳打ちするアユムにそう告げると、アユムもハッとしてシュウを振り返った。
ノゾミとシュウ。二人の静かなにらみ合いが続く。
そしてそれを打ち破ったのは、風切り音でさえかき消してしまえそうな程小さなシュウのつぶやきだった。
「……違う」
「シュウくん?」
「お前は、ノゾミ兄ちゃんじゃない」
途端にノゾミの体に衝撃が走る。車にはねられた様に大きく弾き飛ばされ、数メートルに渡って地面を転がって砂埃が舞う。
転がり終えた時、ノゾミの姿はまた元の学生服へと戻っていてアルルの姿も消え去った。それを認めたシュウは「やっぱり」と、自分の勘が正しかったと言わんばかりに嬉しそうに笑う。
「ノゾミくん!」
「やっぱりそうだ。お前はノゾミ兄ちゃんじゃない!」
アユムは弾き飛ばされて転がったままの希に駆け寄ろうとする。が、それを阻む腕がアユムの行く手を遮る。
「近づいちゃダメだよ、姉ちゃん。見てみなよ。コイツは卑怯にもノゾミ兄ちゃんに化けて近づいてきたモンスターだ。ノゾミ兄ちゃんじゃないんだ!
おい、お前! ノゾミ兄ちゃんを何処にやったんだ!?」
上半身だけ起こしたノゾミに敵意を顕わにするシュウ。モンスター呼ばわりされた希は一瞬呆けた表情を浮かべるが、シュウの問い掛けには応えずに痛む体に鞭打って何とか立ち上がりシュウを睨み返す。
互いが互いを偽物と定義。その狭間でアユムは困惑し、戸惑い、思い悩む。
アユムには分からない。なぜこうなってしまっているのか、理解ができない。どちらを見ても見知った顔であり、この世界での味方であるはずだ。ノゾミはノゾミでシュウはシュウ。そうとしか思えない。
希の方を見る。すっかり元の世界の格好に戻ってしまい、倒れた際に擦り切ったのだろう。手の甲や肘からは血が滲み、アルルはオロオロとして不安げに希の周りをグルグルと回っている。
対してシュウは、というと親の敵でも見るかのように険しい視線を希に向けている。希から守る様にしてアユムの左腕を掴み、庇うように一歩前に出る。初めて出会った時のテンパった様子は無くて、戦う者としてはその背中に頼もしさも覚えるが、この状況ではそれを素直に喜ぶ事さえできない。
「ノゾミ兄ちゃんは何処だ!? さっさと言えよ!」
シュウは悲痛に叫び、小声で呪文を詠唱する。風が巻き起こって旋風となり、希に襲いかかる。攻撃の意志に気づいた希は詠唱が終わる一瞬前にその場を飛び退くが、如何せん今は「希」だ。一般人以上の身体能力は持ち得ず、また防御する手段も持たない。
「希くん!!」
風は希の体を容易く切り裂く。腕にも脚にも幾つもの切創ができて血を流す。幸いなのはシュウにまだ殺意が無いことか。シュウの考えるノゾミの居場所を聞き出すため、意図的に弱めた魔法で希を傷つけていく。
「シュウくん止めて!」
「どうしてだよ! アイツは敵なんだぜ!? 早く、早くノゾミ兄ちゃんの場所を聞き出さないと……早く兄ちゃんを助け出さないと……!」
止めるアユムに、シュウは心底理解できないと戸惑う。アユムから見て、シュウは最早目の前の存在をノゾミだと認めていない事は明白に思えた。攻撃に躊躇いもなければ、今抱いている焦りも本物だ。
「お前こそ……何なんだよ……! シュウを、シュウを何処にやった……?」
そしてそれは希にしても同じ。ここに至って希もまた目の前の存在を、「ノゾミが知るシュウ」とは別人だと明確に認識していた。それと同時に、この場所がメンダスィアンとは違う場所だとも確信していた。
魔法を町中で使えば誰しもが騒ぎ出すはず。なのに周囲の人たちは三人を認識していないかの様に平然といつもの空気を保って一瞥だにしない。
ならばここはいつもの異世界とは違う。ここに来た経緯がいつもと異なる事と合わさって、似て非なる場所だ。
時間が無い。アユムは焦る。どちらもアユムにとっては大事な存在だ。この一ヶ月、三人で仲良くやってきたのにどうしてこんなことになっているのか。何が本当で何が嘘か分からない以上、悩んでも仕方ないのは理解している。けれども自分の選択が間違っていたら、もう取り返しがつかない。それは恐怖だ。しかし早くどちらかを選ばなければならない。でなければ、どちらも失ってしまう。
ならば。
ならば、選ぶのは、例え間違っていたとしても少しでも後悔の少ない方だ。肩に乗ったユンを一撫ですると、アユムは動いた。
「アユム姉ちゃん?」
シュウの声を聞きながら、アユムはそっとシュウの腕を握った。シュウはアユムを守ろうとしてくれている。それは事実。だから感謝しなければならない。
「ありがとね、シュウくん」
そして言わなければならない。目の前の存在が本物だとしても偽物だとしても自身の選択が相手の期待を裏切るのだから。
「そして、ゴメンね?」
アユムの腕を掴んでる指を一本一本丁寧に外していく。顔は上げない。シュウが今どんな表情を浮かべているか、アユムには容易に想像がついて、そしてそれを見てしまったら決意が揺らいでしまうだろうから。
最初は強ばって硬かった指は力が抜けて段々と外しやすくなっていく。たったそれだけの事で、アユムはシュウの感情を知ってしまって、それでも揺らぎそうな心を叱咤して外す。
全ての指を外し終え、一歩シュウから距離を置いてそこでやっとアユムはシュウを見た。
「姉ちゃん……」
シュウはアユムに呼びかける。だがアユムは振り返らない。
「大丈夫、ノゾミくん?」
「え? ええ、はい。大丈夫です」
代わりに希の右隣に並び、寄り添うようにして支える。そして右手には剣の柄を握り、刃を発現させてシュウに向かって構えた。
「何だよ……アユム姉ちゃんも俺から離れていくのかよ……」
「シュウくん……」
「何でだよ……何で皆……皆いなくなっちゃうんだよ。何で俺をイジメるんだよ……」
シュウはうつむいて体を震わせる。絞りだすようにして言葉を吐き出し、カチカチと歯が音を立てる。小刻みに震える手で頭をかき抱き、悲痛に叫ぶ。
「俺が何をしたんだよ……? そんな嫌われる事をしたのかよ……? 何で、何で……」
「そんな! 嫌ってなんか無いよ。シュウくんの事は好きだよ?」
「嘘だ!! じゃあ何で俺じゃなくてそいつの方を信じるんだよ!?」
「それは……」
一瞬アユムは口ごもった。それを見たシュウは落胆の色を一層濃くして、泣きそう顔で自分を嗤う。
「ほら、答えられない。どうせ口だけなんだ。みんな嘘ばっかりだ。俺の事がみんな嫌いで一緒にいたくないから騙すんだ」
独白めいた言葉が口から出るに従い、世界の様子が変わる。周囲を歩いていた人の姿が消え、地響きの様な音が何処からか聞こえ始める。
「何で……何で、何で! 何で! 何でだよ!! 何でみんな俺を嫌うんだ! 何でみんな俺を見捨てるんだよ!」
シュウが叫び、地面が揺れる。地響きは地鳴りへと変わっていく。
メンダスィアンの町は業火に包まれる。空は紅と濃紺が入り交じって不気味な色合いに。町も森も山も自然の姿が消えて、全てが小学生が塗りたくった様な、絵の具をそのままぶちまけた様な、そんな人工物めいたものへと瞬く間に変わっていく。
「こんな世界なんて要らない! 僕に優しくない世界なんて要らない! みんな……みんないなくなっちゃえよぉぉっ!!」
そして世界は崩壊を始めた。
山が崩れる。森が燃える。町を行く人々は溶ける様に液体へと変化して入り混じり、黒いタールが地面に広がっていった。
「うわっ!」
「な、何だよこれ!!」
「みんな嫌いっ! みんな嫌いだっ!! お前もどっか行っちゃえよっ!!」
シュウが叫ぶと同時に希とアユムを突風が襲う。体全体が浮き上がる程の激しい風。アユムは腰を落として地面に這いつくばって何とか堪える。だが今の希にはアユムほどの身体能力は無い。一瞬だけ堪えるも、次の瞬間には容易く弄ばれる様にして宙を舞い、一メートル程度の高さから落下して強く背中を打ち付けた。
「がはっ!」
「ノゾミくんっ!!」
風が止むと同時に希に駆け寄り、慌てて抱き起こす。だが背中を強打した希は呼吸が上手くいかず、ヒュウヒュウと乾いた呼吸音だけが返ってくる。
「大丈夫!? しっかりして!!」
「だ、だいじょう……」
「やっぱり俺よりもソッチの方がいいんだね……」
ゆらり、とまるで幽鬼の様にシュウは二人を見下ろす。その眼は、ただ二人がいるという事実以外に何も映していない。無感動に無感情に見下し、右腕を空に掲げた。
「くぅっ!」
慌てて希を抱え上げるとアユムはその場を飛び去る。直後、閃光が紅い空を白く染め上げ、轟音と衝撃が二人がいた地面を抉り取る。
次々と稲妻が二人目掛けて降り注ぎ、それらをアユムは希を抱いたまま避けていく。その光景がアユムの選択を如実に表しているようで、その事がシュウの心を抉り取っていった。
繰り返される鬼ごっこ。魔力を多大に消費しているはずのシュウだが、攻撃に終わりは見えない。止むことのない逃走に、逆にアユムの体力だけがいたずらに削られていく。
「……もう、大丈夫だから下ろしてください」
「ダメだよ! 今のノゾミくんがアレを食らったら……きゃっ!!」
一瞬だけアユムの反応が遅れ、落雷の衝撃に二人は弾き飛ばされる。直撃こそしなかったものの、二人して地面に転がり、アユムのズボンの裾には黒く焦げた跡が残っていた。
「うぅ……」
「伊吹さん!!」
体力の回復した希がいち早く起き上がり、駆け寄ろうとした時、足元で何かが煌めいた。
それは鏡だった。かつてアスラに手渡された小さな鏡。意味も分からずにポケットに入れていたそれが周囲の業火に反射していた。
シュウがゆっくりと近づいてくる。その足音に希はそれどころじゃない、と一瞥だけしてアユムの元に向かおうとした希だったが、鏡に映ったその影に脚を止めた。
「……青葉?」
ポツリと漏れでたその名前に足音が止まる。
「青葉……修二……」
鏡面に映っていたのはクラスメイトの青葉だった。小太りで気弱そうな表情の青葉修二だ。希がいつも教室で見かけるように制服を着ていて、鏡の中でその姿が揺らいでいる。 希は急いで鏡を拾い上げた。鏡には冴えない、傷だらけの自分の顔が映っていてそこに異変は無い。だが希の位置から鏡が落ちていた場所を通して映しだされるべきは、絶望に染まったシュウでなければならない。
鏡を希は恐る恐るシュウの方へと向けた。少しずつ自分の顔が端に寄っていって、崩れた世界が映り出す。
そして映しだされたのは、やはり修二だった。
鏡の中にいる修二の表情が驚きに歪む。それと同時にシュウの顔も同じく歪む。口を半開きにして呆然と眼を見開き、ただ立ち尽くす。
「青葉、だったのか……?」
「え?」
「ち、がう……」
「僕らとずっとこの世界で一緒にいたのは、青葉だったんだな……」
「違う……」
「えっと……状況が良く分かんないんだけど、どういう事? 知り合いなの?」
脚を引きずりながら寄ってきたアユムに、希は鏡を見せる。
「……これが、シュウくん?」
「違う」
「そうです。青葉なんです。青葉・修二。僕のクラスメイトです」
「違う」
「僕がこの世界で『ノゾミ』であるように、伊吹さんが『アユム』であるように、シュウは修二だったんだ」
「違う!」
シュウは絶叫した。耳を塞ぎ、喚き散らす。嗚咽混じりの叫び声。髪を振り乱し、頭を抱えて泣き叫ぶ。
「違う! 違う違う違う!! 俺はアイツじゃない! アイツなんかとは違う! あんな暗くて情けない奴とは違う! 俺は何でもできるんだ! あんな奴と一緒にすんな!」
「青葉……!」
「その名前で呼ぶなああああァァァっ!!」
血走った眼でシュウは咆哮した。付近に暴風が吹き荒れ、ユラユラとした魔力がシュウの全身から立ち上る。それらはシュウの周囲を旋回し、濃い魔力の壁がシュウの姿をぼやかしていった。
「うわあああああっ!!」
「な、何? 何が起こんの?」
「分かりません! けど、気をつけて……!?」
巻き上がる砂埃に眼を伏せながら二人は緊張した面持ちで様子を伺っていたが、壁の向こうにある影に異変が起きた。
シュウを取り巻く壁が次第に薄くなる。それに従い、ぼんやりとしたシルエットが「二つ」ハッキリとした形を帯び始めた。
「……え?」
その声を上げたのは誰だったか。もしくは全員か。
壁が消え、現れたのはシュウだった。一人はこれまでノゾミたちが一緒に過ごしてきたシュウだ。眩いばかりの金髪でローブ姿の見慣れていたシュウの姿だ。
そしてもう一人。希が毎日見ている学生服。黒髪のボサボサ頭でぽっちゃりとした修二がそこにはいた。
「あ、あれ……? なんで……?」
「青葉ぁっ! 後ろっ!!」
自身の姿に愕然とし、呆けたまま学生服の自分を見つめる修二。そこに希の鋭い警告の声。
修二の背後に立つシュウが嗤う。背丈が小さいはずのシュウが修二を見下し、愉悦に顔を歪ませて口を開いた。
高速で呪文が紡がれ、右手には氷の剣が握られた。
「オマエ、モウイラナイ」
それは裏切りの言葉だった。自らが創りあげてきた「シュウ」というキャラクター。ファンタジーな世界での新しい自分として創造した存在が独立し、そしてその存在からも修二は「不要」と判断された。
修二の眼から涙が零れた。全身が冷たくなり、呼吸が止まった気がした。
心が砕かれた。感覚として修二は理解した。
剣が振り上げられ、鋭い刃が周囲の炎に反射しているのを修二は眺めた。避けようという気も無かった。恐怖も最早無かった。単純に、何となくここで自分は終わるんだと思った。
剣が振り下ろされた。
だがその直前、突然横殴りの衝撃が修二を襲い、誰かに覆い被される様にして地面に転がった。
「っつ……大丈夫か、青葉?」
「あ、藍沢くん? 何で……」
「そんな事より早く立って……!」
「邪魔シナイデヨ。……オ前モイラナイナ」
機械の様な聞き取りずらい声でシュウはそう言い放ち、再度剣を振り上げた。そして今度は逃さない、とばかりに周囲に炎の槍と氷の槍が展開された。邪魔はさせないと一部はアユムに向けられ、残りは全て希と修二に。そこにもう逃げ場は無い。
絶望的な状況。希は何か手段は無いかと思考を巡らせる。だがアルルもいなくて、状況を打破できる手段などすぐに浮かぶはずもない。
「ソレジャアサヨナラ」
最後通告が告げられる。冷たい汗が希の頬を伝っていき、希は顔を背けて眼を閉じた。
だが衝撃は何時まで経ってもこない。恐る恐る眼を開けると、そこには光の輪の様な物で全身を拘束されているシュウの姿があった。
「やれやれ、どうにか間に合った様ですね」
聞き覚えのある飄々とした口調。これが絶望が希望に変わる瞬間か、と希は期待を込めて頭上を見上げた。
そこにいるのは全身を黒いローブで覆った変人。そして、恐らくはこの場でもっとも頼りになる魔法使い――
「どうも皆様、ご無沙汰しています。遅れてしまいましたが、せっかくなので私も勝手に混ざらせて頂きますね?」
空中に幾つもの魔法陣を展開させたアスラが浮かんでいた。




