死神と女子高生
ロングの金髪に厚化粧。
その女子高生は携帯をいじりながら、横断歩道の信号が変わるのを待っていた。
あと数時間で陽が昇るこの時間に、もちろんその女子高生以外の人は通らない。
車もあまり通らない狭い道の横断歩道の信号は、なかなか赤から青に変わる気配がなかった。
「クソ、佑也のやつ。いきなり別れるとか言いやがって」
ガムをクチャクチャ噛みながら静かに愚痴を言う彼女の真後ろから、いきなり声が飛んできた。
「こーんばーんわ」
「きゃあ!!」
急いで声の方を向くと、フードつきの真っ黒なマントを羽織った若い男が立っていた。
周りが暗い為か、フードの隙間から覗く黒ずんだような赤色をした髪の毛は、闇の中で異様な存在感を放っている。
微笑んでいるために細められた瞳は闇の中でもそれ自身が光っているような輝きを持っていた。
「な、何よあんた。こんな時間にナンパでもしてんの?」
「違いますよぉ。今日はアナタに会いにわざわざ此処まで来たんですよ」
「は?意味わかんないんだけど」
「確認何ですけどぉ、アナタ、神崎 美咲季さんで合ってますかねぇ?」
「ななな、なんで私の名前しってんのよ!あんたもしかしてストーカー?!」
「えええ!?違いますよぉ!アナタと会ったのは今日が始めてです!断じてストーカーとかじゃありません!」
「じゃあ何なのよ」
「ああ!申し遅れました!ワタシ、死神見習いのリルと申します!以後お見知りおきを~」
ニコリと笑ってリルは自己紹介をしたが、神崎は眉間にシワを寄せて変なものを見るような目になった。
「はぁ?シニガミ??やっぱ意味わかんない。あんた頭おかしいわよ。テレビの世界と現実が区別出来ないわけ?」
「酷いですねぇ。別に精神異常者とかじゃあないですよぉ?こういう職業なんです。変なヤツだとか思わないでくださいねぇ?」
「無理」
「それよりですねぇ、今から二十五分後、五時四十五分にですね、アナタに死亡予告が出てるんですよぉ。それで上から看取って来いと言われましてぇ」
「・・・は?いきなり何言ってんのあんた。意味わかんない。ちょっと顔がイケてるからって、ダサいコスプレまでして変な宗教の勧誘?そういうのはママに相談してよね」
「いやいや、宗教とかじゃあないですよぉ。死亡予定リストにですね、アナタの死亡時刻と死亡場所、あと死因なんかが書いてあってですね。それによるとあと二十分足らずでアナタが死に至るようなんですよぉ。ワタシはそれを看取って死んだアナタを冥界に連れていくという役目がありましてですね。あぁ、もし死亡予定者がまだ生きる意思があるようなら、助けなきゃいけないという役目もありましてぇ。まぁワタシとしては、わざわざ助けるのは面倒なのでそのまま逝ってくれたほうが有り難いんですが・・・って、あれ?神崎さん、何処行くんですかぁ!」
ふと気付くと神崎は横断歩道を渡りすたすたと歩いて行っていた。
「帰るのよ!あんたみたいな変人に付き合ってたら朝になっちゃう」
「えええ!変人だなんて酷いですよぉ!あ、それよりどぉしますか?アナタが死なないよう助けましょうか?それともこのまま逝きますか?ワタシ上に報告しなくちゃならないんで早めに決めてもらえると有り難いんですがぁ」
早足で神崎の元に駆けて来たリルに神崎はイライラと返す。
「いらない!てかついて来ないでよ!私さっき嫌なことがあったばっかりで苛立ってるんだから!」
「いらないですかぁ。それは大変有り難いですね。それよりどぉしますか?死因、聞きます?」
「うるさいなぁ!ついて来ないでってば!」
神崎はすぐ後ろを歩いていたリルへと体ごと顔を向けると、思い切りリルの胸元を押して転ばした。
「あんましつこいと警察呼ぶぞ!この変態!」
「えええ!神崎さん、さっきから口が悪いですよ。女性ならもう少しおしとやかにしないとぉ。あと警察は勘弁ですよ」
リルの反論を聞くことなく神崎は走って行った。
「五分後、電車に注意してくださいねぇ。神崎さん」
角を曲がって見えなくなった神崎に尻餅をついたままのリルが笑って助言した。
「・・・はぁ、はぁ!」
神崎は息も荒々しく歩道橋を登っていた。
「も、もう追って来ないかな」
歩道橋の真ん中辺りに来たころ、息を整える為にフェンスにもたれかかった、その時。
ガシャン!
大きな音が辺りに響いた。
「え・・・?」
一時の浮遊感の後、背中に襲ってきた何とも言えない強烈な痛み。
どうやら歩道橋のフェンスが壊れ、真下の線路に投げ出されたようだ。
「っっっゲホッ!!ゲホッ!」
全身が痛くて動けない。
その時、遠くの方で二つの光りがキラリと光った。
「え、うそ・・・」
その光りは次第に大きく、そして轟音と共に神崎に近付いて来る。
「うそ、いや、止まって!止まってよ!お願い気付いてっ!!いやっ・・・いやぁぁぁああああああ」
轟音が彼女の叫びを掻き切った。
驚きと恐怖の色で染まった神崎の瞳は、大きく見開かれている。
首から下は何処へ行ったのやら、さっきまであったはずの彼女の肢体は綺麗に無くなり、代わりに首の周りには赤い液体が四方八方に散らばっている。
天使のような笑顔をその顔に貼付け、リルは彼女の頬をそっと撫でた。
「五時四十五分。さぁ、神崎さん?俺と一緒に冥界の門を叩きましょ?」