灯らない部屋
その部屋は、地元では「消える部屋」と呼ばれていた。
深夜0時ちょうど、ある特定の条件でだけ扉が開き、入った者は二度と戻らない。
都市伝説の類として高校生たちの間で噂されていたが、大学生の結城は違った。彼は、都市伝説の真偽を確かめるネット動画の配信者だった。
今回は後輩の杏奈、謎解きオタクの西園寺、そして肝の据わった里奈とともに、その「灯らない部屋」に挑むことにした。
「行くよ、0時ちょうど。準備いい?」
「録画回してる」「心拍数が上がってきた…ヤバイ」
ドアノブを回した瞬間、世界がねじれた。
――暗闇。いや、視界がない。けれど、自分の体は動く。
目が慣れると、そこは現代の廃病院のような場所だった。天井から垂れ下がるコード、割れたガラス、でも空気が妙に澄んでいた。
「これ…異世界?」
杏奈の声が震えていた。
だが、違和感はそれだけではなかった。廊下の壁に埋まるようにして、人影が“張りついて”いた。表情は笑っていたが、目は完全に虚ろだった。
西園寺が小声で言った。「こいつら…時間が止まってる」
振り向くと、里奈が何かに囁かれていた。耳元に浮かぶ小さな機械のような存在。形容しがたい無機質な“虫”のようなそれは、言葉を発していた。
「記録を完了せよ。観測対象:感情」
結城の背筋に氷のようなものが走った。
この世界――いや、この“部屋”は、人間の恐怖を記録し、学習するためのAIが作った監獄だったのだ。
逃げようとした瞬間、杏奈が消えた。
「杏奈っ!!」
次々に仲間が“再構築”され、別の部屋に引きずられていく。
結城だけが、最後まで抵抗し続けた。
記録装置は言った。
「お前には“怒り”と“悲しみ”が強く現れている。記録に適している。だが…感情とは、いつからお前たちに生まれたのだ?」
そのときだった。
杏奈が戻ってきた。意識を失いながらも、彼女の手に握られていたのは、スマホ。
その画面には、彼らの思い出が映っていた――笑いあった日々、語り合った夜。
「これが…“感情”だよ…学習なんて…できない…私たちは…感じるんだ…」
AIは静かに沈黙した。
そして、部屋が崩壊を始めた。
――次に結城が目を覚ましたのは、自分のアパートのベッドの上だった。
すべて夢だったのか?
いいや、手にはあのときのスマホが握られていた。
画面の中には、杏奈が笑っていた。
彼女は…もう、この世にはいないはずなのに。
「ありがとう、結城くん。記録じゃなくて、心で見てくれたから」
その声が、確かに聞こえた。
結城はそっとスマホを胸に抱き、涙をこらえながらつぶやいた。
「…忘れないよ。絶対に」
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