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没落令嬢と龍神のかくも幸せな結婚  作者: 森田季節


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6 没落令嬢は龍神の秘書になる

 数日間、私は歌を歌うだけの仕事を続けた。

 といっても、そんなに暇ではなかった。



 二日目の朝、ニコラ様は不在だった。

 探しに行っていいものかもわからず数分待っていると、大量の本を縦に積みながら彼が部屋に入って来た。



「このあたりの書物なら読めるんじゃないか? どうだ、少し試してみろ!」



 私が読める言語の本をニコラ様は用意してきたらしい。侍女一人にたいしてなかなかの力の入れようだ。



「そこまでしてくれなくてもいいですよ。それにいくらなんでも積みすぎです! 前も見えてないでしょう?」

「どれだけ積めるかチャレンジしたくなってきた。意外となんとかなるものだな」



 ニコラ様は本を持ってくることはできたものの、倒さずに本を置くことまで考えてなかったらしく、本のタワーを盛大に崩壊させた。紙なので割れたりすることがないのがせめてもの救いだ。



「ありがとうございます。少なくとも表紙はどれも読めます」

「なら、よかった」



 いい仕事したぞという顔でニコラ様は笑っている。

 もっと、官僚的なドライな人だと思っていたのだが、褒められた犬みたいな顔もするのが意外だった。

 それと、本も少し前の地誌の類がいくつもあり、名著と言われていたものの現物を目にしたことがないものもある。

 時間を潰すという目的を考えれば、まさに最適だろう。



 あと、マハとナラが執務室に机と椅子を運び込んできた。

 置かれた場所からして、私用の机と椅子らしい。



「立ったまま読まれても落ち着かないからな。それも手配した。手狭になったところで何も問題ないスペースだ。好きなように使え」

「ありがとうございます。もはや侍女なのか何なのかよくわかりませんけど……」

「そこは気にしなくてけっこうだ。歌の時以外は楽しそうに笑っていてくれればいい」



 私は早速、地誌をぱらぱらとめくりだした。





 それから、一週間ほど、私は本に夢中になった。

 未読の本がいくつもあった。王都にある大きな図書館なら揃っているのかもしれないが、地方の領主が通えるものではないし、地方の領主が所領に持ち帰るなんてこともできないはずだ。



 しかも、神だとか人間より地位の高い立場の存在が書いたような本も混じっていた。

 本文の書き方からそういうのはなんとなくわかる。



 目の前のニコラ様に聞けば教えてくれそうだが――

 怖いので、一応聞かないでおこう……。



 自分が神の真理を学んでいるというのは想像だけでもなかなかぞわぞわするものがあった。

 さすがにおおげさかな……。

 別に、人間が知ってはならないようなことは書いてないはずなので、気楽に楽しもう。




 私は何も気兼ねすることなく、これまで手に入らなかった本を読みふけることになった。

 はっきり言って幸せだ!

 むしろ、善人が死後行く天国とかいう場所はこういうところではないだろうか?



 たまにニコラ様にこの祭文を読んでくれとか、この頌歌を歌ってくれとか要求されるが、本を提供してくれる存在だと思うと、気兼ねなく歌えるようになった。

 自分でも現金なものだと思うが、こればっかりはしょうがない。







 それは私が本にハマって十日ほどが過ぎた頃のことだった。



「ん? これはどこだ? 聞いたことがない地名だぞ」



 ニコラ様の困惑した声で、私は本から顔を上げた。



「多分、ゼニール州だと思うんだがな……。どこの郡だ? 郡ぐらい書いておいてくれないとわからん……」

「あの、地名を教えてくれませんか? わかるかもしれません」



 私は小さく手を挙げた。

 ニコラ様はやや半信半疑という顔だったが、損をすることでもないからか、「ミクリス神殿」と告げた。



「神殿があったかは別として、ミクリスという地名はわかります。たしかマイディーナ郡にミクリスという村があったと思います。地誌で確認しますのでお待ちください」



 私は地名事典を兼ねている本を広げて、その地名を見つけ出した。



「ああ、あった、あった。もちろん同名の別の場所もあるかもしれませんが、やや特殊な地名なので、おそらくここだけか、せいぜい近隣に同じ地名があるぐらいではないでしょうか」



 ニコラ様は不思議なものでも見るような顔になっていた。

 もし当たっているのなら一言ぐらいありがとうと言ってほしいのだが。ハズレの場合は何の役にも立ってないわけなので、それならどうでもいい。



「そこまで地理に詳しいのか。別の州の人間が知っているとは到底思えん地名だぞ」

「本を読むのは好きだったので。とくに地理関係のものは。さすがに遠方すぎる州はあやふやなところも多いですが、近いところならだいたいわかるかなと」

「これの地名の場所もわかるか? 変な地名だ。リッセギという。本当にどこにあるんだ」



 私はまた地誌をめくった。

 この州だなという記憶がぼんやりとあった。

 小さな地名まで索引で調べられないが、細かな地名まで書いてある地図を広げれば、載っている可能性がある。


「あっ、これはないでしょうか。確認いただけますか?」



 私が広げた本にニコラ様は顔を近づけてきた。



「これだ、これ! 本当にすごいな! もはや魔法だ!」

「これが魔法なら魔法使いが怒りますよ。たんに地名に詳しいだけです」

「ああ、なるほどな……そうか……」



 ニコラ様は眉間に手を当てて、う~ん……と悩んでいる。

 別に失態をしたつもりはないが、何か知らないうちにやらかしてしまっただろうか?



「少しだけ席を外す」



 ニコラ様はあわて気味に部屋を出てしまった。

 手持ち無沙汰だが、追いかけるわけにもいかないので、私は読書に戻ることにした。



 約10分後、ニコラ様は部屋に戻ってきた。

 手には事務作業で見る書状より一回り大きい羊皮紙のようなもの。分厚さの点でもこれまでのものより一回り上がったようだ。



「セシリア、お前を侍女から秘書に格上げする」

「格上げ……?」



 ニコラ様は私のほうに表彰でもするように羊皮紙を授けようとしてくる。



「そういうことだ。お前の能力は歌を歌うだけではないらしい。もっと、本格的に力になってもらいたい」

「ところで、これって私にどういう利益があるんでしょうか? あっ……」



 言ってから、しまったと思った。

 少し今の態度は傲慢だった気がする……。



 相手はあくまでも神だ。

 交渉をもちかけるような表現は不味かったかな……。

 ニコラ様もそんなことを言われると思ってなかったらしく、右の人差し指を自分の顎に当てて、思案げな顔になっている。



「利益か。そうだなあ……」

「あの、別に、今の仕事が大変ってことじゃないんですけど……。むしろ仕事が増えるだけでも退屈しないならアリかなぐらいで……」

「まあ、損はないようにする。それは約束する」



 損をしない内容が何かわからなかったが、私としてはこれ以上要求する勇気がなかった。

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