最終話 没落令嬢と龍神の幸せな結婚
本来の巫女の期間は満了したようなものだからということで、実家への一時帰郷も許された。
「無事でよかったな。とにかく無事でよかった」
「セシリア、本当に素晴らしい話がたくさん来ているのよ! これであなたの人生は変わるわ」
父様も母様も本当にうれしそうだった。
母様の話によると、かつての縁談よりはるかにいい案件が続々と舞い込んでいるというのだ。
それも奇跡の巫女という価値のせいだった。
そんな巫女を経験した女性を家に入れたいという貴族は思いのほか多かったらしい。
私の影響か姉様の縁談も正式に決まり、さらに伯爵である父様に土地を一部寄進する方まで現れたという。
この一族そのものに特別な力があると思った人がいるようだ。
「お前のおかげでこの家は復権できそうだ。本当にどれだけ感謝してもしきれんな」
「すべて、あなたのおかげよ。巫女は大変だっただろうけど、これで貴族の娘らしい生き方ができるわ」
両親は私が神殿から抜けて俗人に戻ることを前提にしているようだった。
そのせいで、余計に私の心は揺れた。
あの夢がただの夢であれば、私は再び貴族の娘として生きるべきなのだろう。
でも、あの夢が……すべて別の世界の現実だったら……。
目が覚めた頃と比べても、夢の記憶は薄れてきていた。
すべて錯覚だったとしたらと思うと、怖かった。
だが、もしあれが事実で、あの世界に戻れなかったらと思うほうが…………ずっとずっと怖かった。
それを考えたら、私の気持ちは決まった。
山岳神殿に戻る前日、私は両親にこう話した。
「私は神官として生きることにします。それが私の生き方なのです」
母様は驚きつつも、そこまで敬虔に生きなくてもいいのだと言った。
「そうじゃないんです。私は龍神とすでに婚約して、子供もいるんです。幻だと思われるかもしれませんが、また出会える可能性はあります。ここで俗人として生きてしまえば、おそらくその機会は永久に失われるでしょう」
父様も母様も異論は出さなかった。
心から私を信じてくれたのかはわからない。
でも、どちらでもいいのだ。大切なのは私が信じているかどうかなのだから。
◇
私は神官の立場で山岳神殿に携わることになった。
といっても、生活は巫女の時と大差ない。神殿の中に私が寝泊まりできる部屋を一つ用意して、あとは一般的な神に奉仕する神官として暮らす。
奇跡の巫女として私に会いに来る貴族やほかの神殿の聖職者が来たりはするが、目の前で奇跡を起こす必要があるわけでもない。
その夜も私は龍神の浮き彫りの前で経典を詠唱していた。
この声を龍神が喜んで聞いてくれている気がした。
と、足音がした。
彼の顔を見た瞬間、すべてを思い出した。
「お久しぶりです、ニコラ様」
「ああ、セシリアにとったら久しぶりになるのか。こちらの感覚だとあまりにもすぐという印象でな」
ニコラ様が私の手を取った。
「では、戻るぞ。娘もだいぶ大きくなった」
「それはよかったです」
そして、私はあの神の世界に、すぐに入っていた。
よく似た姿の二人組が広間にいた。
「あっ! 戻ってきた。すごく、うれしい」
「みんなこころまちにしていた」
「マハとナラも待っててくれてたんですね」
私は二人の頭を撫でた。
◇
神官セシリアは毎年一か月ほど意識を失い、神の世界へと旅する聖女として、存命時から伝説となっていた。
90歳を過ぎる長命で亡くなる前も、神の啓示が多くの神官のところに下り、セシリアが正式に神になるということが伝えられた。
神の啓示によると、神の世界では、夫の龍神ニコラと一男二女と楽しく暮らしていて、今もセシリアは初めて意識を失った十代の頃の若々しさだという。
しかもこの啓示は山岳神殿とは直接関係ない神を信仰している神官たちにまで届いた。それはその神から見た龍神ニコラとセシリアの感想だったり、お茶会をうまく取り計らってくれたことに対する感謝だったりした。
後年、山岳神殿では龍神の横にセシリアと子供たちの像、さらには神殿で働いているという精霊たちの像まで彫られることになる。
この話はニコラ・セシリア神話として、地域で広く根付いている。
今回で完結です! ここまで読んでいただき、まことにありがとうございました!




