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没落令嬢と龍神のかくも幸せな結婚  作者: 森田季節


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14 没落令嬢は一時的に元の世界に戻る

 私は人間とほぼ同じタイミングで娘を出産した。

 小さなドラゴンのような姿で生まれることはなく、人間の赤ん坊の姿だった。



 出産の苦しみはあったが、体調も順調に回復してきた。

 もっとも、すでにいつ人間の世界に戻るかということが頭に上ってきてしまって、その頃は不安になる時間も長かった。



 人間の世界に戻って秘書を続けるわけにもいかない。秘書に関する仕事の引き継ぎを精霊や神のスタッフにお願いした。

 私が不安になるだろうかということで、引き継ぎ相手は男性ばかりだった。

 秘書のようにずっとそばにいる職務の方も置かずに複数の方に業務を分散させるらしい。



 人間の世界に戻る前日は一日中、ニコラ様といた。

 不安をそれ以上の幸せで塗りつぶすのが一番確実な方法だった。



「セシリアに関することは啓示で多少は山岳神殿の者たちに伝えている。いいかげんに扱われることはないだろう。ただ、あくまでも向こうのことの決定権は人間にあるからな。問題が多いようなら余に訴えよ。また山岳神殿に指示を出す」

「そうですね、よろしくお願いします」



 人間の世界に戻ってからのことも何度かニコラ様に聞いているはずだが、私はろくに覚えていなかった。

 いや、覚えようとしなかったのだ。

 今、こうして幸せをかみ締めることの邪魔になりすぎるから。



「神の世界にセシリアの居場所は残しておく。人間の世界で何があろうとそれは変わらない。だから、旅行に行くとでも思って好きなようにやればいい」

「でも、人間の世界でほかの殿方と結婚すれば、それはニコラ様も心穏やかではないですよね?」



 私はわざとそんなことを聞いた。



「まあ、止めはしないがな。しかし、世の中には報復という概念がある。セシリアが人間と夫婦になったなら、余が側室や別妻を持つことも可能ということだ」

「それはゆゆしき事態です」

「そういうことだ。お互い、相手が傷つくことはしないようにしようではないか」



 私はニコラ様に抱き着きながら、神の世界で最後の眠りについた。






 元の世界に戻る方法は簡単だった。

 神殿の地下の区画に、揺れる水面のような膜があった。

 そこをくぐれば、元の世界に戻れる――戻ってしまうのだという。



 仕方がない。これも自分の役目だ。



「ニコラ様、また会う日まで」



 ニコラ様は私たちの子供を抱きかかえている。



「そんなに悲しい顔をするな。また戻ってくるまで意外とすぐだ」

「そうですよね。指折り数えて待つことにします」



 語りたいことは昨日の夜に語ったし、それぐらいでは結局足りないことも私たちは知っていた。

 私は手を振りながら、その水面のようなところに入った。







「あっ、目を開いた! セシリアさんが目を覚ました!」



 天井が見えるなと思った次の瞬間、私はそんな歓喜というより驚きに満ちた女性の声を聞いた。



「セシリアさん、わかりますか? 一年半も意識を失っていたんです。体のほうは健康体だったので、いつか目を覚ますのではと言われていたんですが。あっ、私、四か月前に巫女になったものです!」

「あっ……わ、私、ずっと眠っていたんですね」



 ゆっくりと首を横に動かした。体が重い。



「ああ、無理に起き上がろうとしなくて大丈夫です! 筋肉が落ちているのですぐには立つことも難しいはずです」



 彼女の声でほかの巫女の人たちも集まってくる。

 その中にシャルロット先輩もいた。



「よかった! 目を覚ましたんだ! 本当を言うとね、一年を過ぎたあたりからもう無理じゃないかって思ってたんだ。巫女が意識を失うことがあるっていっても、一年を過ぎることなんて滅多にないから……」

「シャルロット先輩、ご心配をおかけしました……。ずっと、ずっと、長い夢を見ていました」



 その言葉に巫女たちの顔が緊張したものになる。

 何だろう、久々に目覚めた巫女の言葉は重要な神託の意味を持つんだろうか?



「私、龍神様に連れていかれて……そこで侍女として働いていたんです。侍女といっても下働きではなく、ほぼ執務室に詰めていればいいだけの仕事です。そこで地理や歴史に詳しいということで秘書に抜擢されました。それは人間がなるのは快挙らしくて、思ったよりも褒められました」



 誰も何も言わずにその内容に聞き入っている。



「そして、私は龍神様と婚約をしました。龍神様の妻となったんです。ああ、龍神といっても空を飛ぶ時以外はずっと人の姿です。貴族の若い殿方をイメージしてもらえればいいです。そして娘が半年ほど前に生まれたんですが、これ以上人の世界に戻らなければ肉体に問題が出ると……」



 本当に誰も何も言わない。だんだんと怖くなってきた。



「変な夢ですよね。まあ、妄想だと思ってもらってもいいですよ」



 そう、あれは長すぎる夢だったのだ。

 それも自分に都合のいい夢。



「あのね、それと何も矛盾のない啓示を神官が受けてるんだよ」








 そのあと、私は自分が一年半、意識を失っていたことを教えられた。

 もともと山岳神殿では巫女が意識を失うということがあった。

 その間も、時折「龍神の侍女をしているので大丈夫だ」という内容の啓示が神官たちには届いていたという。



 もう一つ、大事な啓示が届いていた。

 私が目を覚ましたあとも、できれば龍神のために終身尽くしてほしいというものだった。



 その話は山岳神殿で最上位の神官から直接伝えられた。



「神はあなたに正式に高位の神官として務めてもらうことをお望みです。地位でいけば巫女とも比べ物になりません。そのまま比較できるものではありませんが、俗人における貴族の地位のところにまでは進むことになるでしょう」



 その話を聞いて、私はだんだんと自分が見ていた夢が夢ではなかったんじゃないかと考えるようになっていった。



「私なんかにはもったいないお話です」

「ただ、神官は不犯の戒律を守る必要があります。つまり、結婚はできないということになります。あなたはまだお若い。その点をよく考えてお選びください」



 その神官は教え諭すようにゆっくりと言った。



「自分は若い時から信仰に生きる決意でしたから耐えられましたが、あなたはわけあって山岳神殿に入ることになった立場でしょう。どこかの貴族の方と連れ添うことになるのが当然と思って生きていらっしゃったはずだ。その人生がまったく変わることになる。すぐに決断せねばならぬことではありませんので、ゆっくりお考えなさい」






 しばらくは足の筋肉が落ちていてなかなか歩くこともできなかったが、次第に体力も戻ってきた。 

 私は巫女の中の序列がやたら上がっていて、掃除などの雑用はほぼ免除されていた。

 ただ、龍神に対して経典を詠唱することだけは欠かさなかった。



 山岳神殿というより私を一目見るのが目的の信者の方々まで現れた。

 一年半ぶりに目を覚まし、関連する多数の啓示があったことから、私は奇跡の巫女と考えられるようになっていたのだ。


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