13 没落令嬢は龍神と新婚生活を送る
いつのまにか、私が着る服は秘書とは思えないほど豪華なものになっていた。
妻になった変化だろうか。元々、この世界の服はあまりにもいい仕立てのものなのだけど、装飾が増えた気がする。
ただ、服が豪華になった程度では割に合わないほど仕事量は増えた。
簡単に言えば、フォーマルな仕事が増えた。
その日も私の真ん前には鹿のような角が生えた女性がドレス姿で立っている。
遠方の世界の女性神だ。
「あなたが人間から龍神の妻となったセシリアさんね。たしかに本当に聡明な顔をなさっているわ」
「いえ。お恥ずかしいです。まだまだ勉強しなければならないことばかりで……」
「大丈夫よ。あなたの努力を笑う人なんていないし、ニコラさんの見立てが間違っていることもないから」
その神様は私をほどほどに応援してくれているようだ。
私はいわば王妃に擬されるような地位についてしまったわけで、王妃がしなければいけない会談のような仕事も回ってくるようになったわけだ。
ニコラ様と二人で過ごす時間を確保するのも大変だが……これも仕方ない。
それにすぐ隣にはニコラ様がいるのだ。
執務室の中で、立ったまま遠方の神へ送る書状の内容をチェックしていた時だ。私とニコラ様の机は向かい合っているが、仕事の話は立ってするほうが早い。
「セシリア、疲れているなら、休んでもいいぞ」
「問題ありません。それにあまりに過保護にしなくてもけっこうですよ」
「一度、自室のベッドに運ばれた奴が言う言葉じゃないな」
「これはニコラ様が一枚上手でした」
そこで、ニコラ様は少し考える仕草をした。
「その、『ニコラ様』というのはいいかげんニコラに替えてもいいぞ。セシリアは余の妻だ。人間の王族の決まりは知らんが、神の世界では妻が神をどう呼ぼうが不敬にはならん」
「ああ、それは……そうなのかもしれませんが……善処はします。ですが、確約はしません。言葉の上でもあまり敬意を外したくないのです」
ニコラ様は不思議そうな顔をした。
「なんだ、それ。まだ巫女時代の崇敬の精神でも残っているのか?」
「そういうわけではないんです。その……」
私は視線を横に向けた。ニコラ様の顔を見て言うことではない。
「ニコラ様はまぶしいんです。私にとっては、まだまだニコラ様は夫ではなくニコラ様なので……」
「乙女みたいなことを言うな。夜はけっこう激し――いたっ」
ぱんとニコラ様の腰を叩いた。
これは無礼なことではない。場をわきまえない言葉を使ったほうが悪い。聞いている方がいなければいいというものではない。
あと、痛いわけがない。手を当てただけだ。
「品格を持ってください、ニコラ様」
「そうだな。これはセシリアとだけの秘密でいい」
私は少しニコラ様との距離を詰めた。邪魔がいない間はできるだけ近くにいたい。
「妻というより恋人だな」
「私も夫だとはあまり思っていませんよ。貴族の間でこんなにくっついている夫婦を見たことはありませんし」
周囲の目を確認すると、ニコラ様はそっと私を抱き寄せた。
神の世界でも、自分より幸せな存在はいないのではと思った。
たとえ、この幸せに期限が設けられていたとしても、そんなこといいじゃないか。
◇
ただ、混じりけのない幸せを享受していたある日、私は体調を崩した。
ニコラ様と二人で夕食を食べていた時だった。気分が悪くなって、立てなくなってしまった。
「おい! 大丈夫か!」
「これまで味わったことのない苦しみです……。神に病はないとは聞いていましたが、私の場合は人間ですから例外があったりするんでしょうか?」
なにせそれまでがあまりに幸せだったので、帳尻を合わせるような呪いじみた運命があるかもと覚悟した。
「いや、たとえ人間であろうと、神の世界にいる間に厄介な病になることなどありえん。だとすれば、これは……」
何か時期のようなものをニコラ様は確認されているようだった。
「妊娠ではないか? それぐらいしか思い当たらん」
「妊娠……?」
普通なら当然その可能性も考えただろうが、私の場合はあまり意識をしていなかった。
というのも――
「神の子を人が孕むことは珍しいという話だった気がしますが」
「余もそう聞いていた。とくに余は龍神だからな。本体はドラゴンなので、より妊娠のようなことは起きづらいと思っていた。しかし、珍しいことと起きないことは別だ」
おなかの子には悪いが、その時にはまだニコラ様と過ごせる時間が減るということを残念に思う気持ちのほうが強かった。妊娠とはっきり診断されたわけでもなかったせいもあると思う。
しかし、次第に妊娠で間違いないとわかってくると、おなかの子供の愛しさが強くなってきた。
「ニコラ様、この子が生まれた場合、神様ということになるのでしょうか?」
「人の血を引いた神ということで間違いないな。神として認めてもらえないということはないから安心していい」
生まれだけで子供が迫害されたりしないということがわかって、ひとまずほっとした。
私は仕事をだんだんと減らすようになった。
というよりも、ニコラ様が私の仕事を率先して減らした。
メイドのトカさんはじめスタッフの方たちに段差を減らすように命じたり、食事メニューも滋養のあるものにしろと料理人の方に命じていた。
出産のタイミングは人間の常識通りに進むかもわからなかったので、少しやきもきした。
前例が少ないので詳しいことがわかる神がいないのだ。
◇
「セシリアが人間の世界に戻るべき時期までに生まれなかったとすると、どうするか考えないといけないな」
その日、ニコラ様はベッドから起き上がれない私の隣に添い寝しながら、不測の事態をいろいろ考えていた。
楽しくない想像なのであまり考えさせたくもないが、無責任に済ますわけにもいかないことだ。申し訳なかった。
「その場合はもちろんこの世界に残りますよ。元の世界の私の体が腐り果てようと悔いなんてありません。この状態で人間の世界に戻ったら、この子は消えてしまうかもしれないんです」
人間の世界の私がどうなってるかはわからないが、少なくとも妊娠してるということはありえまい。
となると、この子が消滅する可能性は高い。
その選択肢はとれるわけがない。
「わかった。一年半の期間が来ても子供が生まれてない場合はここに残ってくれ」
「むしろ、私は我が子が生まれても、その成長を見守れないかもしれないことのほうが怖いです」
人間と同じかそれに近いタイミングで出産した場合、私は我が子が数か月のうちに人間の世界に帰ることになる。
たしかに貴族は子供を乳母に育てさせることが一般的だ。
しかし、だからといって子供に愛情がないわけではないし、子の成育に興味がないなんてこともありえない。
「そうだな。この世界に毎日のように来てもらうということにはいかない。多少の体の負担はかかる。まあ、年に一度、里帰りのつもりで戻ってきてもらうのがいいと思っている」
私はニコラ様の手を握った。
「一年に一回? そんなに長く会えないんですか。我が子にもニコラ様にももっと会いたいです」
「一日で帰らないといけないわけではないんだ。ひと月ぐらいはいてもいい。それでどうだ?」
もっとも、ほかの懸念点がすぐ浮かんできた。
「私が戻っていない間に、ニコラ様は浮気し放題ではないですか。なにせ、違う世界なのだから気づきようもありません」
「これまでだって余は遊び歩いていたわけではないのだ。そんな放蕩な性格ならすでに子がいただろう。それで信じてくれるかはセシリア次第だがな」
「……一応、信じることにします。それと、これも気になることなんですが」
笑われるかもしれないが、私にとっては深刻な悩みだった。
「たとえば30年後、私がまた人間の世界からニコラ様の元へ戻ったとします」
「うむ」
「その時、私は30年たった人間の姿なんでしょうか? 私のほうが老いた姿になって、ニコラ様が美しいままでは、とても恥ずかしくて横に並べません」
「なんだ、そんなことを気にしていたのか!」
ニコラ様は大きな声で笑った。
デリカシーがないなと思ったが、それは声で私の懸念を吹き飛ばすためのものだとなんとなくわかった。
「神の世界に人間の世界の肉体は連れてこようと思っても連れてこられん。それができるなら、人間の世界にセシリアの体が残ってることはないだろう。この世界のセシリアは人間で言うところの精神や魂だ。精神や魂が老いることはない」
「じゃあ、また若いままの私としてこの世界に来られるわけですね」
「そういうことになるな」
気にしていることはほぼなくなった。




