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没落令嬢と龍神のかくも幸せな結婚  作者: 森田季節


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12 没落令嬢は龍神と婚約する

 しばらく私は放心状態で、壁にもたれていた。

 あまりにも多くのことが起こりすぎて、頭が上手くまわっていない。



 本当のことを言うとニコラ様に持たれかかっていたかったが……それだともっと落ち着かなくなってしまう。今は命のかよってない壁にもたれるのが一番いい。



「あの……た、助けてくださってありがとうございます…………というのが正しいんでしょうか? その……何がなんだか……」



 私はまさに自問自答をニコラ様に投げてしまっていた。

 これではニコラ様も答えようがないだろう。



「そうだな。余もどう答えるべきかよくわからないのだが……」



 ニコラ様は暗がりの中で私の顔を覗き込んで、こう続けた。

 だんだん目が慣れてきて、ニコラ様の顔もはっきり見える。



「ずいぶんと乱暴な解決法になってしまったことは悪かったな。しかし、ああでもするしかなかった。神が神に暴行を働いても許されるだけの理由を作らねばならなかった」



 それはニコラ様からすれば当然の回答だろう。

 だが、私の中には少しだけ物足りてない自分がいた。



「それって……私が婚約者というのはウソということでしょうか?」

「ウソも何もそんな話をセシリアとしたことはなかっただろう。それをあの場で口にしてしまっただけで……。まあ、もしほかの神に聞かれたら、しばらくは婚約者とでも答えてもらうほうが安全かもしれないが……」

「ですが、ニコラ様は崇高なる神です。その神がウソをつくなんて、よくないのではないですか?」

「それはそうだが……セシリアの気持ちというものもあるだろうが。そこを無視したら、あの悪漢と同じになってしまう」



 私は少し腕を伸ばして、ニコラ様の袖をつかんだ。



「ウソをつくのはよくないと私は申しておきます」

「だから、こういうのは自分の気持ちだけではないと――」

「ここまで言ってもわかっていただけないんですか? あのキスに心がこもってなかったとおっしゃるのなら、私は永久に許しませんよ!」



 ニコラ様は手でご自身の頭をくしゃくしゃとかいた。

 全部をカオスにしてしまうための儀式のようだった。



「神を試すような真似をしたのはそっちだからな! 本当にどうなっても知らんぞ。離縁するなどと言ったら永久に呪ってやるからな!」



 そして私を壁に押しつけたまま、私のくちびるをまた奪った。

 腰に腕が回される。荒々しいはずなのに、私はニコラ様の優しさを感じていた。







 キスの後、私はそのままニコラ様に抱き留められている。

 だいそれたことをしたという感覚もマヒしてしまっている。



「余の神殿に戻ったら婚約を正式に発表する。やめてくれと言われても、もう遅いぞ。一度目のほうは策だと言い張れたが、今のはそうではない」

「異論はございません。私はたかが人間ですから」

「そういう卑怯な真似はよせ。身分を持ちだすな。それがあるから、余も何も言いださなかったのだ」

「それって……前から私のことを好きだったと解釈していいんでしょうか?」



 そこは大切なところだから放ってはおけない。



「一年半で帰ってしまう相手と恋に落ちることの辛さがあるだろうが。最初にセシリアのことがただの臣下のように見えなくなったのは……ああ、お前が倒れた時か」



 だとしたら、私とそう変わらない――はずだ。でも、あの時、私はもうニコラ様と一緒にいたいとはっきり思ってはいたな。



「セシリアの寝顔を見ていたら、守ってやりたいと思うようになった」



 私の記憶にないきっかけだったので、むせそうになった。



「ね、寝顔なんて見ないでくださいよ……」

「セシリアが寝るまで横にいたんだから、寝顔ぐらい見るだろうが」



 だとしたら、私は無意識のうちにニコラ様を私に惚れさせるきっかけを作っていたということか。

 なんだか、天然の悪女みたいで嫌だな……。あまり人には言えない話だ。



「とにかく、婚約はする。将来、後悔することになってもその時はその時だ。いいな?」



 私はニコラ様の服を無意識のうちに強く握り締めていた。



「はい、よろしくお願いします」






 山岳神殿とつながるニコラ様の神殿に帰還すると、ニコラ様は広間に神殿の関係者を片っ端から集めて私との婚約を正式に発表した。



 人間と婚約ということに衝撃を受けている神もいたようだが、マハとナラはすぐに拍手をしてくれた。後で聞いたら、そうなることはなんとなく予想がついていたという。



 表立っての反対はなかった。

 ニコラ様が決めたことに反対することなどできないとみんな思ったのかもしれない。





 晴れてニコラ様の婚約者になった私だが、実のところ、生活にたいした変化はなかった。

 なにせ、秘書という私の立場は変わらないのだ。

 これは貴族の家同士の婚約ではない。貴族の令嬢として、おしとやかに振る舞っているだけではダメで、私は秘書としての労働を課されている。

 そして、私もその役目を楽しんでいた。



 婚約者になって数日後、私とニコラ様は夜の図書館にいた。

 遠方の神に送る書状作成のために、どうしても故事の確認をしなければいけなかったのだ。



「おそらくそのあたりに本があると思うのですが、ありませんかね?」

「だいたいの当たりはつくのだが似た書名で判断できん。セシリア、見てくれ」



 棚に近づいた私とニコラ様がぶつかった。

 抱き合うようになったのはどちらが先かはわからない。



「業務中ですよ」

「本来の職務時間は終わっている」



 なんとなくこうなることは予想がついていた。

 日が暮れてからの業務を二人でやるなんてことはなかったから。



「余の部屋に来い、セシリア」

「ええ。そのつもりです」



 婚約と婚姻の違いは神の世界ではあいまいだったが、私はその日、ニコラ様と婚儀を結んだのだと思う。



「今日から、セシリアもこちらの区画で寝起きしろ」



 ベッドの中でニコラ様は言った。

 婚約者から正式に妻になったということだ。



「この部屋が不満なら、セシリア専用の別室を用意するが」

「ここでいいです。あちらの使ってない部屋を私の部屋ということにしてもらえれば十分です」

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