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没落令嬢と龍神のかくも幸せな結婚  作者: 森田季節


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11/15

11 没落令嬢は龍神とくちづけを交わす

 その貴公子は膝を曲げて私のほうに顔を近づけてきた。



「おや、珍しい人が座っていると思ったら、君は人間の秘書か」



 少し酒臭いし、ややなれなれしいのが気になったが、相手もおそらく神だ。無礼なことは絶対にできない。

 対応を間違って、ニコラ様が恨まれるようなことになっても取り返しがつかないし。



「そうです。セシリアと申します。ニコラ様の秘書を務めていまして……」



 ひとまず愛想笑いで対応することにした。

 相手は悪魔ではないのだ。無難に対応すればそれでいいだろう。



「ああ、知ってる、知ってる」



 その青い髪の貴公子は長椅子の私の真ん前に回り込んできて、しゃがみ込んだ。やや圧迫感がある。



「ところで、君、なかなかかわいいね」



 なっ……。

 そんな口説き文句のような言葉を神に言われるなんて……。

 おかげで、頭が上手く働かなかった。



「ご冗談はやめてください。会議に出席なさっている皆さんと比べれば、私なんて軍馬の間に混じったロバもいいところですよ」

「そういう自信がなさそうなところがいいんだ。自信に満ちている連中と付き合うのは何かと肩がこるものでね」



 腕をいきなり引っ張られた。

 その力は信じられないほど強くて、抵抗することもかなわず私は引きずられる形になる。



「あ、あの……何を……!」

「俺は食欲以外の欲のほうが強いタチでね。あっちのほうで楽しまないか」



 広間に面した扉の一つをその青い髪の貴人は開いた。

 そこは小会議室のようだった。使われてない部屋だから、内部は薄暗い。

 まずいと思った。神殿は壁も分厚いし、悲鳴を出してもおそらく外には聞こえない……。



「あの……放してください……。こういうのは困ります!」

「あっ? 人間ごときが神に口ごたえするなよ」



 ぞっとするほど冷たい声だった。

 その時になって身分の違いというものを感じた。この神殿で私は明らかに場違いなのだ。



「別にお前はニコラの女でも何でもないんだろ? だったらほかの神がちょっかい出したところで問題はないだろう? まあ、後で少し謝罪しとけば丸く収まるだろ」



 壁に押し付けられた。

 力の差がありすぎたし、抵抗してよいのかもわからない。

 たとえば、噛みついたりして自分は許されるんだろうか……?



「どうせお前は巫女出身か何かだよな? だったら神に奉仕するのはお前の本来の仕事ってことだよな!」

「こんな仕事は仰せつかったことはありません! まして、あなたに仕える神殿でもありません。本当にやめてくださいっ!」



 そんなことを言っても聞いてもらえるわけがない。

 油断していた。これまでいい神にしか私は会っていない。だが、それは運がよかったからだ。

 悪い人間もいい人間もいるように、悪い神だっているはずなのだ。



 その時、暗い部屋に光が差し込んだ――気がした。



 最初、気でも失ったのかと思った。

 だが、違った。



 青髪の男は会議室の長机のほうに吹き飛ばされていた。

 机や椅子がぶつかる耳障りな音がした。



「セシリア! 大丈夫か!」



 私の真ん前にニコラ様がいる。



「ニコラ様!」



 私はニコラ様に抱き着いた。それ以外のことは何も考えられなかった。



「ああ、ニコラ殿か。ずいぶん無礼な態度ですな」



 起き上がった青髪の男が侮蔑の混じった声で言う。



「どちらが無礼かは明らかだろう。このようなことをして、ただで済むと思わんことだ」

「たしかに神々にこんな狼藉を働けば許されんでしょうな。しかし、その秘書は人間でしょう。少しもてあそんだところで、そう大した問題にはならないのではないですかな?」



 青髪の男の言葉が正しいとするなら、ニコラ様のほうが分が悪いことになる。

 人間ごときが傷つけられたことと、神が傷つけられたことの違いがあまりに大きい。



「ああ、セシリアは人間だ。山岳神殿の巫女で、余がこちらの世界の侍女に選んだ。それから、下働き中心の侍女の立場から正式に秘書に引き上げた」

「結局は人間であることに変わりはないですな。秘書になったことで、あなたの神殿での地位は上がるかもしれませんが、こちらからすれば誤差のようなものだ」

「いや、そんなことはない」



 ニコラ様は私の両肩をつかむと――

 私のくちびるを奪った。



 親子がするような軽いキスではなく、恋人がするような情熱的なキスだった。



 わけがわからなかった。すべてが夢なのではと本気で信じそうになった。



「なっ……。あなたも色恋の目的で連れてきたというわけか……」



 ようやく、ニコラ様は私からくちびるを離した。



「違うな。まったく違う」



 決然とニコラ様は言うと、私を強く強く抱擁して、こう叫んだ。



「セシリアは余の婚約者だ。神の婚約者に狼藉を働いて、ただで済むと思うなよ!」



 婚約者……?

 そんな話は一度だって出たこともない。

 だが、神がこうもはっきりと言ってしまえば……それは真実ということじゃないのか。



「そんなバカな……。たばかるのはやめていただきたい……」

「余にほかに婚約者がいないことは調べていただければすぐに判明するだろう。それとも婚約者に人間を選んではいけない法でもあったか?」



 じろりと再度、ニコラ様はその男をにらみつけた。



「余の婚約者を襲ったと公言したいなら、どうぞしてくれたらいい。あなたにとって百年程度では回復できない傷になると思うがな」

「……。失礼する!」



 青髪の男は立場が悪くなったと思ったのか、その部屋からあわてて逃げていった。

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