10 没落令嬢は龍神と会議に向かう
疲労の症状は一日寝たら回復した。
そこからはあまり無茶をしない程度に私は秘書の仕事をこなした。
というよりも、あまり仕事をしすぎだと判断された場合はニコラ様が休憩を「強要」してきたりするのだ。
「少し疲れが見えるぞ。部屋で仮眠してこい。後でマハにでもドアをノックさせる」
部屋に戻されてしまうとさすがに業務はできないので、休むしかない。
こうして安定した業務環境で私はまた秘書としての仕事に励んだ。
そんな折、ニコラ様が書類を見て、難しい顔になった。
「避けては通れぬな。余が顔を出すしかないか」
「どうかしましたか?」
ちょうど、マハとナラがお菓子を持って来てくれていた時間だった。
私のテーブルはちょっとしたお茶会のようになっている。
「各地の龍神が集まる会議があってな。ここから少し離れた神殿で開かれるので、早朝に出立して、向こうで最大二泊ほどすることになるかもしれん」
ちらりとニコラ様が私のほうを見て、また視線を書類のほうに戻した。
「セシリアを連れていくべきかどうか……。まあ、今回は余だけで」
「なんでですか! 私も参加しますって!」
早朝出立で二泊ということであればニコラ様と三日は会えないことになる。
「いや、別に人間を毛嫌いする龍神はいないと思うが、いろんな龍神がおるのは事実でな。好奇の視線で見てくる者もおるかもしれん。トラブルを避けるためには待機してもらうほうが安全ではある」
「ご懸念の理由はわかります。ですが、私は秘書です。重要な会議の場を避けるわけにはいきません」
重要な仕事だからこそ秘書として活躍したかった。
「わかった。セシリアがそこまで言うなら、秘書として働いてもらう」
ニコラ様も認めてくれた。
マハとナラも手を叩いて祝ってくれた。
二人も私の党派だ。きっと神よりは私のほうが雰囲気が近いからだろう。
◇
そして出張の初日。
私は参加すると言ったことを少しだけ後悔した。
「うあああああああっ! 高いっ! 速いっ! なんですか、これ!」
私はドラゴンの背中に乗っていた。
そのドラゴンは、そう、ニコラ様だ。
<やむをえんだろう。まさか馬車で向かうとでも思っていたか?>
ドラゴンの口だからか、ニコラ様の声はざらついて聞こえた。むしろ、ドラゴンの口でも人の言葉がしゃべれるというのがすごい。
何も知らずにその声だけを聞いたら、近くに悪魔がいるとでも思ったかもしれない。
「てっきり、馬車にでも乗っていくのだとばかり!」
まだ夜も明けきらない時間に私は神殿の外に出た。
そういえば、神殿の外側に出ようと思ったことはなかった。
私はこの世界の神殿以外を何も知らなかったのだ。
そこにはすでにニコラ様が来ていた。
「では行こうか。資料は用意してあるな」
そう言って、ニコラ様はその場でドラゴンの姿になった。
一瞬で、貴人の姿は巨大な深紅の肌をしたドラゴンのものになっていた。
「えっ? えええええっ! そんな姿になれるんですか!」
<当たり前だろうが。余は龍神だ。むしろ、本体はこの姿と言っていいかもしれんな。大きすぎて使い勝手が悪いのでこの姿をさらすことはほとんどないが>
「うわっ! 本当にドラゴンがしゃべっているような声!」
<本当にドラゴンでしゃべっているのだ。なんか腹が立ってきたな。お前、飼い犬か何かと勘違いしてないか?>
たしかにあまりに驚きすぎるのもよくないか。
しかし、龍神という言葉は比喩だとどこかで思い込んでしまっていた。
「すみません、気を悪くさせてしまったのであれば謝ります」
<謝罪はいいから、早く乗れ。乗ってくれんと出発できん>
「…………えっ? 乗る? どこに?」
<尻尾に乗れる自信があるなら別にいいが転落すると思うぞ>
――そして、私はニコラ様の背中に乗って、大空をありえない速さで飛んでいるというわけだ。
最初のうちは泣きそうになったが、だんだんと慣れてきた。
あるいは恐怖という感情がマヒしてきただけかもしれない。
「神様の世界でも移動はしないといけないんですね。瞬間的に目的地に着けたりはしないというか」
<だったら、なんで何泊かする予定などと言う必要がある? 会議が終わるたびに自分のところに戻ったらよいだろう>
「ああ、そうですね……」
私が学んだ気になっていた神の世界の常識はあくまでも神殿の内部だけのことだったらしい。
ニコラ様のはるか下、下界と言っていい場所には森が広がっている。
未開発の原野のようで農地らしきところも見えない。
そんな森を抜けた先に、平坦地が見えた。
そこに巨大な神殿らしき建築が目についた。
<あそこだ。人間の感覚で行くと山岳神殿から三つ西の州の神殿だな>
「それ、人間が街道を歩いたら三日はかかる距離ですよ」
<人間基準で考えればな>
ゆっくりとニコラ様は神殿の前に離陸した。
私が降りた後に、すぐニコラ様は人の姿に戻った。
「う、運転ありがとうございました……」
<そんな感謝の言葉はない。運転とは言わん>
◇
その神殿での会議は基本的にこれまで私が経験したものと大差なかった。
違いがあるとすれば、参加者の方々がこれまで以上に王侯のような威厳に満ちあふれていたということだ。神の中でもとくに高位の方々なのだろう。
王国の王都でもおそらくこの場の方たちからしたら見劣りする。
見事に全員が完全な美男美女だらけなのだ。
全員が美の神なのではないかと思いたくなるほどだ。
そんな中で秘書として参加する私はどうしようもなく浮いていた。
「あら、あちらの秘書の方って人間?」
「そうみたいだな。なんでも能力を買われて秘書に抜擢されたとかいう話らしい」
どこかの神とおぼしき方々がそんな話をするのを聞くと落ち着かない。
それはそうか、神に噂される人間って英雄か大悪党か為政者ぐらいしかいないはずなのだから。私は例外中の例外をやっている。
私は必要な資料を適宜、ニコラ様に渡すぐらいの仕事をしただけなので、不手際はなかった。
ニコラ様もそつなく報告しないといけないことを報告して、立場に沿った仕事をこなした。
二夜続けて立食の晩餐会があるのが少々煩わしかったが、ニコラ様がいろんな神に私のことを紹介してくれるのは悪い気はしなかった。
「こちらが余の秘書のセシリアだ」
「おお! あの人間から秘書になったという……。まだ若い娘さんではないですか」
「そうとは思えんだけの知識がある、自慢の秘書だ。実際、仕事も効率化できている」
「それは素晴らしい。わたくしの神殿でも修行者をたまに連れてくることがあるのですが、ただ頭が固いだけでものの役に立ちません」
そんなやりとりが神様ごとに繰り返される。
私は調子に乗ったことを言ったらまずいので、とりあえずぺこぺこしていた。
そして、二日目の晩餐会もどうにか自分の役目を果たすことはできた。
二日目ともなるとニコラ様による私の紹介もすでに済んでいたので、私は一人で信じられないほどおいしい葡萄酒(らしきもの。アルコールかもよくわからない)を飲んだり、完全な焼き加減のパンなどをかじったりしていた。
神が納得できるレベルの料理は本当に格が違う。
ニコラ様はほかの神たちと談笑している。ここでもニコラ様の横にいようとするのは、さすがに差し出がましいだろう。
立食形式だからか足が疲れてきた。
ちょっと自主的に休憩することにしようか。
ここでへたりこんでしまったりすれば、ニコラ様の面目をつぶすことにもなりかねない。
私は会場を抜け出した。
ここの神殿も私が働いている神殿ぐらい広い。
広間のそばに豪奢な長椅子が置いてあるので、私はそこに腰を下ろした。
夜だから、流れてくる風も少し冷たい。
ここで小休止をとって、また晩餐会の部屋に戻ればいいだろう。
その時、横から急に気配のようなものを感じた。
青い髪と青い瞳の貴公子がそこに立っていた。




