1 没落令嬢は神殿へ送られる
実家が没落した。
さほど広くない領地の割に伯爵の地位を保っていた父様は、政争に完敗した。
地域を二分する貴族たちの政争に、見事に失脚する側についてしまったのだ。
領地の多くは召し上げられ、実家はまったく立ちいかなくなった。
父様と母様に屋敷の執務室に呼び出されたが、その時点で嫌な予感しかしていなかった。
この二か月というもの、明るい話題は屋敷で一切なかった。
「セシリア、お前のところに来ていた縁談だが、先日、男爵家のほうからお断りの連絡があった」
「そうですか」
私は小さくうなずいた。ショックは小さい。
というのも母様のほうが私よりずっとショックを受けた顔をしていたからだ。
テーブルには涙が何滴か落ちた痕まであった。
「悔しいわ……。男爵家から婚約をなかったことにしてくれと言われるだなんて……。家格では比べ物にならないほどこちらが上なのに……」
つまり、男爵の地位にも及ばないほど我が家が落ちぶれているということだ。
それに、男爵家のほうは政争に上手く立ち回って所領を増やしていた。ワンランク上がって子爵の地位を得られるかもしれない。
「話はそれだけでしょうか? 私も婚約に不調があることは予想できていましたし、次の縁談まで待てというなら待ちます」
私はまだ17歳だ。縁談が来る可能性自体はあるだろう。
家が零落しているとはいえ、食べるものがないほどではないのだし。
「あなたから話して」
母様が父様に視線を送った。
どうやらまだ何かよくない話があるらしい。
「セシリア、お前には神殿の巫女になってもらいたい」
その言葉は婚約破棄の10倍はショックだった。
「いわゆる出家――俗界から抜けろということでしょうか?」
どこかの神殿で巫女になる、それは伯爵家から切り離されるということだ。
これがもっと上級の貴族であれば、宗教界でも権力を握るために後継者の弟や妹が神殿や教会に入るということもある。こういった場合は聖職者という肩書の貴族と大差ない。
だが、私の場合は全然意味が違う。
食い扶持を減らすために家から追い出すようなもの。
「いや、別に正式に修道女とか尼になれとかいった話ではないんだ……。巫女というのは神殿のスタッフみたいなものだな……。奉公期間もおおむね数年と言われている」
「その間に縁談があるとどうなるんですか?」
私の質問に両親はともに口をつぐんだ。
それからようやく父様が言った。
「その縁談は巫女期間だから断ることになるかもしれないな。もちろん相手が待つと言ってくれればありがたいが」
「この家は女子の数が多いようだから、巫女に一人出してはどうかと侯爵様から言われてしまったのよ」
だいたいの意味がわかった。
上からの圧力に両親は逆らえなかったのだ。
侯爵と言えば、今回の政争の敵対派閥のトップだった。
面倒な人事は私たち敗者側に押し付けられるんだろう。
「セシリア、お前は我が家の三女だ。実を言うと、お前の姉さんの縁談まで吹き飛んでしまってな。お前の縁談がいつになるかまったくわからない」
「父様、いちいち言わなくてもけっこうです。姉様のほうを優先したい気持ちはわかります」
「それと、巫女を神殿に入れれば、荘園の一部の権益を返していただけるそうなの」
「母様も言わなくてけっこうです」
私はこの伯爵家を守るために売られたようなものだ。
もちろん、本当に売られたわけではない。あくまでも巫女として神殿で働くだけだ。
しかし、表舞台からは消えるという点では間違いない。
しょうがない。私に抗う術もないし、逃避行に付き合ってくれる殿方すらいないのだ。
「ご安心ください。神殿に入ります。そこでこの家のために務めてまいりますよ」
飢えて死ぬわけでもなければ、戦場で斬り殺されるのとも違う。
生きていく道はあるのだから受け入れよう。
「そうか、ありがとう、セシリア」
「セシリア、あなたが幸せになれるよう、いい縁談を探しておくからね」
両親の言葉を聞くのがつらかった。二人にもほかに手がないのは知っていたからだ。
いっそ、恨めるぐらいの悪人だったら、私も気が楽なのに。
「それで、神殿というのはどこなんですか?」
神殿といっても、立地も規模もまちまちだ。
さすがに二、三人の神官だけで回している小屋のようなところではないだろうけども、貴族が娘を積極的に入れたくなる場所ではないはずだ。
「マルニー神殿だ。山岳神殿といったほうがわかりやすいな。岩肌をくり抜いた巨大な石窟寺院で、王都の貴族たちも見物にわざわざ来るほどには有名だ」
山岳神殿の名前は私も知っていた。それなりに神官の数も多いだろう。
ただ、はっきり言って辺鄙な場所だ。娯楽と呼べるようなものも何もないと思う。
「わかりました。そこで骨を埋めてまいります」
「いや、数年の辛抱だ。お前が戻ってくるのを待っているぞ」
だから、形だけの意味しかない優しい言葉を投げかけないでほしい。そう私は思う。
形だけの優しさしかないから、私は田舎の神殿の巫女にならないといけないし、あなたたちを憎むこともできないのだ。
すべてが私たち伯爵家は中途半端で、だからこそ没落しかかっているのだ。
私も優しい性格ですねとはメイドや執事にも言われてきたが、逆に言えばそれだけだった。
特別に聡明でもなければ、ほかの貴族の子弟に言い寄られるような派手な美貌があったわけでもなかった。
淡々と屋敷の本を読むぐらいの趣味しかなかった。
私は地味にこのまま消えていくのだろう。
両親に頭を下げて、部屋を出た。




