第三話 まだ、序章の序章
律についていきながら先に進んでいくと、徐々に在校生の姿も見えてきた。
話し声や笑い声が、あちこちから飛び交っている。
新入生たちもその光景を見て、ピンと張った糸が緩んだのか、話し声も聞こえてきた。
湊もその1人で、前にいる律に自然と話しかけていた。
「ねぇお兄ちゃん。」
「ん?どした?」
律は弟からの呼びかけに反応した。
しかし、雰囲気や口調は、「四天王」としての律ではなく、いつも通りの「お兄ちゃん」としての律のものになっていた。
「四天王ってみんなあんな感じなの?」
湊はそう律に問いかけた。
「う〜ん、別にそんなことは無…」
と言いかけたところで、律は口をつぐんだ。
そして、少し間をおいて言った。
「……あるわ。」
「あるんだね…」
2人の間に微妙な空気が漂った。
(本当に大丈夫かなぁこの学園…)
消えかかっていた不安が増す感覚があった。
しばらく、みんなは歩き続けた。
幾度となく曲がり角を進み、長い廊下を渡り、上へ下へと向かう階段を進んだ。
(え…遠くない?学校で迷子になりそう…)
さっきとは別の不安が迫ってきた。
20分くらい歩いただろうか。
律は突然足を止めた。
気づくと、いつのまにか学食に着いていた。
食器やトレーがぶつかる音、お腹に広がるご飯の匂い、存在する全てがみんなの食欲を刺激した。
律は、周囲にアピールするように言った。
「みんな、着きましたよ。ここが本校の学食「らくえん」だ。」
見上げると、「らくえん」と書かれた大きな看板が、目立つように立てかけられていた。
「やっとか〜、長かった〜。」
「何注文しようかな?」
先ほどの疲れとさっきまでの歩きで、新入生たちは疲弊して、早くご飯が食べたいと言わんばかりの声を出していた。
中に入るとそこにあったのは、ずらっと並ぶ料理だった。
ここの学食はバイキング形式のようだ。
もうお昼時で、多分、千人をゆうに超える人の量だったが、まるで誰も料理に出つけていないように、料理は整然と並んでいた。
(自動補充でもされているのかな?)
ここの技術ならありえないことは無いと湊はなんとなく納得した。
「まじかよ!バイキングじゃん!」
「デザートもある!」
「給食費高そ〜」
新入生のテンションは最高潮に達しているように見えた。
「では、ここからは一人一人、少しの間ここで自由に過ごしていてください。俺はやることがあるのでここでさよならです。」
そう告げると律は足早に学食を出ていった。
振り返る刹那に見えた律の顔からは、先ほどまで顔に浮かんでいた微笑みが消えていた気がした。
「肉あるぞ!!」
「デザートから先食おうぜ!」
新入生は続々と料理を取りに行く。
湊もそれに続いて、トレイを取り、料理を選んだ。
(変な学園と思ってたけど…割と普通?)
能力者ばかりの学園だから、もっと奇抜なものを想像していたが、料理自体は他の学校とは大差ないように感じた。
空いている席を見つけて、ご飯を食べるその前、
「おい、てめぇ!」
聞いたことがある声が背後から聞こえてきた。
今朝の不良たちだ。
「さっきはよくも俺らに赤っ恥かかせやがったな!」
「ボコボコにしないと気が済まねぇ!」
あの出来事が相当気に食わなかったのか、湊には猛烈な怒りの視線が向けられていた。
湊は、その威圧感にその場から動けなくなっていた。
周りのみんなも、怖いのか助けに来る様子はなかった。
(僕の学園生活終わった…)
湊は絶望してしまった。
そんな時、どこかで聞いたことがある大きな声が聞こえてきた。
「君たち!新入生をいじめるのはやめるんだ!」
突如として、不良たちの前に1人の青年が割って入った。
燃えるような緋色の髪を揺らす、ガタイのいい青年だった。
「何ですか〜?新入生助けて正義のヒーローの真似ですか〜?」
「でしゃばんなよ生徒会長さん。」
不良たちは、前の青年を強く睨みつけた。
周囲はまさに、一触即発の空気だった。
「学食で騒ぐのは校則違反だ!新入生に手を出すなら、相手になろう!」
青年は力強くそう言った。
視線は不良の目を、鋭い視線を真っ直ぐ差していた。
「ちっ…くそが、めんどくせ〜。行こうぜ。」
不良たちは舌打ちをして、そそくさと去っていった。
「君!怪我はないか?」
緋色髪の青年は、ハキハキとした口調でそう聞いてきた。
「は、はい!大丈夫です!助けてくれてありがとうございました!」
湊は感謝を込めて会釈をした。
顔を上げてから青年の顔を見た。
一度見たことがある顔だった。
「あ!さっき野球部の部員募集してた人だ!」
「お!見ていたか!」
彼は優しそうに、しかし力強くそう言った。
「俺は木戸炎虎!野球部のキャプテンと、この学園の生徒会長している!これからよろしくな!」
突然自己紹介を始めた。
彼は炎虎というらしい。
湊はもう一度、感謝を込めてこう言った。
「炎虎さん、今日は助けてくれて、ありがとうございます!」
そう言うと炎虎は強くこう言った。
「もし危ない状況になったら、いつでも俺の名前を叫べ!俺が助けに行こう!」
その一言だけで、強い安心感と頼り甲斐を感じることができた。
「ここを右に曲がって…あれ?左だっけ?」
湊は食事を終えて、自分の教室に向かっていた。
湊は1-αクラスのようだ。
ずっと同じような景色が続く学園に、湊は困惑していた。
「疲れた〜。多分…ここだよね。」
疲弊しながらも、湊は教室にたどり着いた。
中にはすでに半分以上の生徒が席に座っており、近くの人と会話を交わしていた。
(みんな、仲良くなるの早いなぁ)
湊は中に入り、自分の席を探した。
一番後ろの窓から2番目に近い場所だった。
(あ、ラッキー♪)
湊は席に座り、荷物を下ろすと、他の人も続々と教室に入ってきた。
人が増えるほど、交わされる会話も増えていった。
すると、湊は横に気配を感じた。
まだ誰も座っていないはずの窓際の席に。
湊はふと隣に目をやった。
そこにいたのは、ヘッドホンをつけた黒髪の美青年だった。
(えっ…いつのまに!?)
湊は内心どきりとした。
歩く音、荷物を置く音、椅子を引く音、彼の一挙手一投足が聞こえなかったからだ。
湊は固まって、目を背けられないでいた。
すると、隣の青年が振り向き、目が合った。
藍色の美しい瞳だった。
目が合った瞬間、周りの声が不自然にピタッと止まった。
いや、厳密には止まってなかった。
口は動いているのに、音だけが存在していないようだった。
「ねぇ君。」
さらに突然、隣の青年から声をかけられ、ビクッとした。
今日だけで湊は何度驚いたのだろうか。
「そんな驚くなよ。まあ急に話しかけた俺も悪いんだけどね。」
彼は微笑み、落ち着いた口調でそう言った。
湊は恐る恐る彼に聞いた。
「君は…誰?」
「あっ、自己紹介がまだだったね。」
彼はヘッドホンをずらして続けた。
「俺は輝龍院響!」
響はわざとらしく少し大きめな声で言った。
しかし、その声は湊にしか届いていなかったようだ。
「もしかして、この静寂も君の能力?」
湊はそうたずねた。
「そうだよ。音声遮断。周りや自分の音を切ることができるんだ。すごいっしょ?」
響は自信満々に声を張る。
「ちなみに能力は、音を操る響界調和ってやつね。」
響は何気なく補足をした。
「じゃあ、君はどんな人?」
会話の流れで、響はそう聞いた。
「あっ、僕は白川湊。能力は…電気を操る電荷制御だよ。」
「へ〜、電荷制御か…そうは見えないな。」
(……ん?そうは見えない?)
湊はちょっとした疑問を持った。
「君の音…なんか面白いね。」
響は湊の疑問を切るようにそう言った。
「僕の…音?どういう事?」
湊は頭に浮かんだ疑問を響にぶつけた。
響は少し困った顔をしながら言った。
「うーん…これは俺の感覚的な話だから、言語化が難しいんだけど…君の音は、なんか色んな音が混ざっている気がするんだ。」
響は続けて言った。
「だけど、不協和音にはなってない。逆に、周りより透き通る、調律された綺麗な音がするんだ。」
響は真剣な眼差しでそう言った。
湊は新たな疑問を響に投げかけた。
「それも、君の能力の効果?」
「いや違う。これは俺の「神眼」の効果だよ。」
「………サイト?」
聞き慣れない言葉に、湊の思考は一瞬止まった。
質問するごとに、湊の頭には新たな謎が浮かび上がってくる。
この学園には、まだ自分が知らない別の理が存在している。
そんな予感だけが、胸の奥に静かに広がった。
これは、まだ序章に過ぎない。
白川湊の学園生活が、今まさに始まろうとしていた。




