09 銀色の刻印
マーモットでの訓練中。小休憩を終えて次の訓練に差し掛かろうとしたとき、ナドカさんが天井に設置されている業務用照明を消灯した。
時刻は午後四時頃だから、窓から差し込んだ光が倉庫内を照らしていて、天井照明を消したとて真っ暗にはならない。
「なんで照明を消すんですか? 夜襲の訓練とかっすか」
「瑠夏がやってるグリード訓練をお前は見たことがないだろ。今からやるからお前も見とけ」
俺は血の気が引いた。
「……ちょっと待って。それって寿命を削るってことですか? ダメだ。実戦ならまだしも練習でそんなことするなんて」
「蒼真。これはずっと前からやってきたことなんだ。お前が訓練するのと同じで、瑠夏にも訓練が必要だ。威力に関しては幼い頃から練習してきたが、弾に込める力には色々種類がある。属性付与とか、特殊効果付与とかな。それらは全て瑠夏のイマジネーションに基づくから、良い効力を思いついたら練習しなければならない。お前は瑠夏の相棒なんだから、瑠夏がやっていることをきちんと見ておくんだ」
「……いやだ。絶対に。そんなの」
俺の拒絶反応を見て、ナドカさんと瑠夏が肩をすくめる。
「大丈夫だよ、そうちゃんが思ってるほどのことにはならないから。込める威力を小さくすれば使う寿命は少なく抑えられる。訓練で使う寿命は一分間とか、ごく小さなものにしてるよ。心配してくれて、ありがと」
もう一粒たりとも瑠夏の命を無駄にしたくない俺とはまるで正反対。大したことはないとでも言いたげに瑠夏は微笑んだ。
だけど、確かに訓練しないわけにもいかない。これから俺たちが身を投じるのは命を懸けた戦闘だ。
一分間くらいなら仕方ないか……と俺は渋々了承する。
「……わかったよ。一分間だけだぞ」
「ふふ。うん。じゃあ始めるね」
瑠夏は、弾薬ケースから弾丸を一つ取り出す。それを指で摘んで顔の前へ持っていき、念じるかのような姿勢で静止する。
間を置かずして、瑠夏の全身が白っぽく輝く霧のような光に包まれていった。
まるで瑠夏が精霊になったみたいだと思った。それほど神秘的な光を放っていて、薄暗くなったマーモットの倉庫がキラキラと照らされている。
寿命を込めるという瑠夏のグリード。ならばこれは間違いなく瑠夏の命そのものが瞬いているんだろう。
どうしようもなく美しくて、何だか無性に涙が出そうになってきた。
ふと、瑠夏の首筋のあたりに、白っぽく光る模様が浮き出ているのに気がつく。
それは、壁に弾丸を撃ち込んでヒビが入ったかのような絵柄。右鎖骨の少し上あたりに弾痕らしきものがあり、それを中心として蜘蛛の巣のように亀裂が広がっている。服で見えないがおそらく下端は右胸あたりで、首筋を通って右頬にまで至る巨大な蛍光シルバーのタトゥーだ。
「これは『刻印』だ。能力を発動した時にだけ、光る刺青のように現れる。描かれている絵柄はその者のグリードを象徴しているとか言われているな。瑠夏のはこれだ」
「なんかスゲー派手だな」
「だからね、昔から力を込める時にはむこうを向いてって言ってたんだ」
瑠夏は物に力を込めるところを一度も見せてくれなかったから、今になってようやくあの頃の謎が解けた。
そして六歳の段階で今の俺たちの戦闘スタイルを想定してたから、瑠夏の刻印は弾痕ってわけだ。
「そんで? 今作ったのはどういう弾なんだ」
「んー。悪属性の魔弾だね。名称は、まだ仮だけど『マリオネット』的なやつにしようと思ってる。命中した敵を一定時間操ることができるんだ。意識を乗っ取る効力を同時付与できるのは三級魔弾以上かな。だから敵は正常な意識を保ったままになる」
瑠夏が、ふふふ、と昏く微笑む。背筋がゾゾゾとむず痒くなる。
不気味な笑顔を浮かべたまま、こいつはたったいま力を込めたばかりの魔弾を俺に手渡してきた。
「ほら、撃ってみなよ。あたしに」
「え? 何言ってんの?」
「そうちゃんなら怪我しない程度に掠らせることくらいできるでしょ。撃つ前に、何をさせたいか願っておくんだ。例えば右腕を上げろとか、屈めとか。あたしはその通りに動いちゃうから。いい? 撃ってからじゃ効果はないからね」
「これを使え」
ナドカさんから銃を受け取り、瑠夏の弾丸を装填する。
そうして、俺は瑠夏を防弾壁の前に立たせ、銃を瑠夏へ向けた。
瑠夏の前腕の皮膚を、皮一枚すら損傷させないレベルで掠らせる。この程度のことは、俺にとっては造作もないことだ。
日常生活を送っている時とはレベルの異なる感覚が身体中を支配して、俺の指は何の躊躇いもなく引き金を引いた。
銃声の反響音が消えた薄暗い倉庫内。
瑠夏は、「さあ、あたしの作った弾の効果をご覧なさい」とでも言いたげな、得意げな顔をしている。
だが、その表情は長くは続かなかった。長年に渡る俺の悲願が、今まさに達成されようとしていたからだ。
瑠夏はジーンズのベルトとボタンを外す。
そのままゆっくりと脱ぎ始め、白いパンツが徐々に見えてくる。
「え。えっ。待って。待って待って待って」
瑠夏は、これでもかというくらいに目を見張っていた。
何が起こっているかをようやく悟ったらしい瑠夏の表情を一言で表すなら「絶望」かなぁ。
一言、美しかった。白だったというのも美しさに拍車をかけている。
俺は途轍もなく感動してた。あの頃に見るよりも今のカラダで初見を味わったほうが比較にならないほど感動的だったに違いない。「待て」を喰らわせられ続けて本当に良かった。
しかし、それと同等以上とも言える感動はそのほかにもあった。
膝くらいまでジーンズを下げて白いパンツと肉付きの良い太ももが露わになった瑠夏は、次におへそのあたりにあったシャツの裾を両手で持つ。
それもゆっくりと捲り上げられていって、それから、カンカンに紅潮した瑠夏の顔とは対称的な純白のブラが見えて。
「あ……いや。いやっ」
発育が良いから既にデカいことは分かっていたが、生で見るとこいつマジで──……
ぱぱあんっ!
「馬鹿っっ!! こぉの悪魔っっ!!」
視界が反対方向を向いている。
フルスイングの往復ビンタをまともに食らった俺は一瞬視界がチカチカした。どうやら魔弾の効力が切れたらしい。
瑠夏はジーンズを慌てて引き上げる。
「……とまあ、こういう効果も込めることが出来るわけ。わかったかしら」
「一発で良くない? なんで二発も」
両のほっぺにモミジさんが張り付いちゃったじゃないか。
「あんたがあんなことするからだよっ!」
「だって右手を挙げるとか面白くないし、瑠夏の意思でもできちゃいそうじゃん? さっきのは流石に自らはやらねーでしょ」
「あたしの寿命が込められた弾をいったい何だと思ってんだこの馬鹿は」
しかし恐ろしい力だ。絶対に自分には使われたくない。
「……込める力を強くすれば効力を大きくしたり、持続時間を長くしたりできる。ちょっと予定外だったけど、どのくらい強力か自ら体験できたわ。どういう特質の弾が欲しいかはそうちゃんがオーダーするんだよ」
「お前、こんなところまで六歳の頃にイメージして能力決めてたの?」
「そうだよ。ある程度の想定外にも対応できるように神に注文つけたけどね」
「なるほどな。しかしとんでもない紋様が浮き出るのはちょっと」
「だよね。ちょっと派手すぎるんだよ」
「でもさ、俺のは? 体のどこにもそんな刻印が出たことはないけど」
「へぇ。そうなんだ。じゃあいっぺん服全部脱ごっか。確認してあげるから」
「いやだよ」
「マリオネットぶち込もう。ちょっとくらいの怪我は仕方ない。ナドカさん、蒼真を押さえつけて。一枚も残さずに剥ぎ取ってやる」
「ちょ、待って! 俺にも人権を!!」
「あたしの人権は? 超辱められたんだけど」
「わかった! 謝る! 謝るから瑠夏、まずは銃を置こう!」
とりあえず土下座して許してもらった。
ちょっとやり過ぎたから、しばらく瑠夏から恨まれるかもしれない。
それにしても刻印が無いなんて、俺のはグリードじゃないんだろうか?
そう考えるには異常すぎる命中率だが。
「おそらく、まだ目覚めてないんだろう」
「って言っても、ずっと力は使ってると思いますけど」
「グリードは『欲の力』だ。まだその程度が弱いんだよ」
「まぁ石を当てたいなってくらいの願望ですからね。そりゃそうかもな」
「そうちゃんはもうちょっと真剣に当てようとする必要があるってことだね」
「うるせーよ。能力を手に入れてから未だかつて一発も外してねー俺に向かって」
まぁそんな刻印、出なくてもいいけどね。
光る蜘蛛の巣みたいなやつが、俺にもいつか出るんだろうか。




