60 奴隷2増+恋心は初めから。(完)
「あー、蒼真くんお疲れー! 飲んでるかぁ」
「おう大将。俺たちにも注がせてくれよ。命の恩人だ」
宴もたけなわ、椅子を持ってきて俺たちの近くへ座ったのはほろ酔い獣人兄妹・清十郎と美咲。
清十郎は、俺の肩に手を回してグラスにビールを注いだ。
「ほれほれ」
「いや俺は酒弱いから」
「あ、そうなの? じゃあわたしが代わりに飲むから大丈夫ー。あはは」
と俺からグラスを奪い取る美咲。
上半身がフラフラと横揺れしていた。
「最高の気分だよ。ずっと俺たちを苦しめてきた桐谷の呪縛から解放された。何が最高かって、美咲がもうカラダを売らなくてもいいってことだな」
「それはないよお兄ちゃん。だって、この仕事の報酬をわたしは払わないとだから」
「あ? それはよぉ、イージスを解除したってことでほとんど相殺だ。これは恩人とかそんな話とは別! 別だ! ははははは」
豪快に笑い飛ばす。
「おい。勢いで報酬支払いを踏み倒そうとすんな」
「そうだよ! わたしはね、これからまーだまだ働かなきゃだからね」
「いや、それはいいよ美咲。そこは兄貴の清十郎に責任をとってもらえ。お前はもう体を売らなくていい。これは債権者としての命令だ」
「お? さすが大将はわかってんな!」
「その代わりお前は最低でも五百万は払えよ」
「は!? そんな高いのかよ!?」
「エージェントの相場も知らねーで何を大口叩いてんの? S級首としては破格中の破格だろ」
そんなこと言って俺たちも相場なんてよく分かってないけど、それくらいなら清十郎でも時間を与えてやれば払えると思うし。
あー、結局は売掛けかよ。
「わたしが依頼した仕事なのにわたしはお金を払わなくていいとか言われても、こっちも納得いかないんだけど。子どもじゃないんだよ」
「生意気言っても金なんて無いくせに。それに、確かにイージスの解除については俺たちの事情だった。本来なら瑠夏の命を一五分の一くらい使えばカタがついたからな」
「馬鹿。瑠夏さんの命なんて使わせられないよ。そんなことしようとしてたら、わたしが蒼真くんを全力でぶっ飛ばしてたわ」
今の美咲に全力でぶっ飛ばされたら、飛ぶ前に体がビシャっと潰れる。
「だいたい、美咲を魔人にさせてしまったのは俺たちの落ち度だ。依頼人を護れなかったわけだからさ」
「それは依頼に入ってなくない? お兄ちゃんの無事と、桐谷剛毅の殺害。依頼はそれだけだったはずだよ。それに、この恩はいくら払っても返しきれないほどのものだって思ってるからわたしは!」
それでも、プロの仕事としては、きちんとこなしたと言えるのか微妙だと思ってる。これは自分の気持ちの問題だ。
すると、美咲が、なんか。
「……あの。……だ、だからさ、あ、あの、」
「何だよ?」
急にもじもじ、やり始める。
「……わたしを、その……あなたの奴隷に、してください」
「はい?」
「わーっ! プレイじゃない本気の奴隷志願とか恥ずかし過ぎるっ! まだ言っただけなのに支配されてる感が凄いわこれ。はー、暑っつ」
「いやまだ全然支配もクソも」
「俺もついでにお前の奴隷になる。良かったな、二人も奴隷が増えて」
何言ってんだこいつら。
遠くで聞き耳を立てていたっぽい瑠夏が、こちらを向く。
目を細めるな目を細めるな。まだ俺は何も悪いことをしていない! 地獄耳も怖い! ダメだこれ、帰ったら家の空気が魔界になる。
「な、何言ってんの? いらないよそんなの」
「いやそれがね、先にちょっと話を聞いて? わたしって竜人化しちゃったでしょ」
「うん」
「人間のほうのわたしは良いんだけど、竜人のわたしはご主人様を失って、そうなったのは自分のせいだとか曇りまくって何だったら自ら死のうとか考えちゃっててさ。それを何とかする方法を二人で探った結果、新しいご主人様が必要だってことになって」
「えっと。だからなんでそれが俺に」
「これはな、俺たち全員で決めたんだ。俺たちは、お前らコンビ──ウェジーの一部になる」
「ちょ……まって」
「だからね、一生あなた専用の奴隷になるの。カラダのほうも色々サービスするし、むしろこれって破格中の破格じゃない? あのバジリスクの総裁・桐谷剛毅が夢中になった女に、いつでも好きなように命令できるんだよ? わたし、蒼真くんがどんなエグいことを望んでも頑張って全部受け入れる! それに、気に入れば、お、おおお嫁さんにしてくれてもいいしっ」
勝手に顔をほっかほかに温めた美咲が、またクネクネもじもじしていた。
「おい大事な妹がこんなこと言ってんぞ! 兄なら止めろ」
「お前なら大事な妹を安心して任せられると確信している」
「どこ見て確信してんの? いやそもそも話が飛び過ぎ──」
「まぁそうじゃなくても散々わたしで遊べるし! それで今回の支払いはチャラになるし、わたしの中の竜人も救われるんだ。これは人助け! 人助けだと思ってさ、ね、ご主人様♡ 瑠夏さんには単なるバイトってことにしてさ、実質は性奴隷ってことで──もごもご」
声が大きくなってきた美咲の口を無理やり手で塞ぐ。
瑠夏は、口を尖らせてプイッと向こうを向く。
そこから瑠夏の酒を飲むペースがハンパなく上がっていった。
◾️
それぞれにようやく訪れた開放感だった。騒がしい宴はなかなか終焉の様相を呈すことがなかったが、それでも夜の〇時を回るとナドカさんが強制的にお開きにした。
家への帰り道。街灯が照らす街並みを歩いていると、終電ギリギリで帰ってきたのかスーツを着たタヌキ獣人やらダウンジャケットを着たケンタウロスみたいな魔人とすれ違う。
瑠夏はドラコと右手を、メルカと左手を繋いでいた。そして若干の千鳥足。
バステトは瑠夏の肩の上だ。こいつはこういう会が開かれた時、ベルとしていったん帰ったふりをしてから魔にゃんこで舞い戻り、再度猫として帰るという細かい芸当をこなしていた。
瑠夏は機嫌が良さそうだ。酒を飲んだから気分転換になったのだろうか。それなら良かった。このままシレッと良い雰囲気に混ざろう。
「なぁ、報酬はさっぱりだったけど、みんな無事で良かったよな」
「………………」
無視だ。ニコニコしたままのガン無視。この感じは相当怒っているらしい。やっぱり奴隷だなんだと騒いでいたことが効いているんだろうなぁ。
美咲と清十郎が奴隷になったことはまだ怖くてきちんと話せていない。話したらどうなるんだろうか。そしてあいつらの押しに負けちゃったのは俺の中のどっちの性質のせいなんだろうか。
「ドラコとメルカはほんろに大活躍らったねー! あなたたちがいなかったら本当にどうにもれきなかったかもしれないよー。ありがと」
「そんなことないです! いつでも頼りにしてください!」
「僕とドラちゃんはお前たちのために作られ、お前たちに必要な力を持っている。一切の遠慮は無用だ」
「本当だよ、撃ってビックリだ。性格と一緒でスゲー曲がったわ。あはは」
「………………」
所々ロレツが回ってないくせに俺のことはキッチリ無視してくる。
……うーん。普通に喋ることが当面の目標なんだけど、全然目処が立たないわ。
あれ。この前は「手を繋ぐ」が目標だった気が。なんか目標値がどんどん下がっていくなぁ。
三人の後ろに続いて無言で歩いて家へ着く。
ドラコとメルカはお風呂を終えるとすぐに寝室へ入って寝てしまった。こいつらは戦いで何かを消費してるんだろうか。そもそも睡眠すら必要ないと思うのだけれど。
武器二人組プラス魔にゃんこが眠ると、リビングで二人っきりになってしまった。
ちょっとは相手して欲しいなぁなんて思っていると、さっきまでとは一転して、瑠夏はリビングのイスに座ったままテーブルで頬杖を突いてひたすら俺をジーっと見つめてきた。これはこれでなんだか妙なプレッシャーだ……。
「瑠夏、コーヒーいるか?」
「………………」
とりあえず作っておこう。どうせ飲むだろ。
二つのマグカップへお湯をそれぞれ注いでドリップする。瑠夏の圧力に耐え切れなくなった俺は、そのうちの一つを持ってベランダへ出た。ここには小さな丸テーブルが一つと椅子が二脚ある。たまにここで夜空を眺めながらコーヒーを嗜むのが楽しみの一つなのだ。
自らの光量で周囲の夜闇に広範囲のグラデーションを描く真円に近い満月。クレーターが鮮明に見えていて、うさぎが餅をついているのが想像できてしまう。
「ま、良くやったよな」
自分だけは褒めておく。目を抉るとか言っちゃったから、上手くいかなかったら隻眼のスナイパーになっていたところだ。
なんにしても、俺たちはこれでS級指定魔人を片付けたことになる。
二件目の仕事としては破格の結果。順調だ。あとは、紫眼の魔女の能力を事前に知ることができれば可能性は広がっていくだろう。
感慨に耽りながら空を見上げていて──不意にカラカラと掃き出し窓が開いた。
瑠夏は自分が持ってきたマグカップを丸テーブルに置き、俺が持っているマグカップをそっと取り上げるとそれも丸テーブルへ置く。
空いている椅子を手に取ると、俺が座っている椅子の真横へカチャンと引っ付けて置いた。
そして俺に体を寄せるようにして座る。
俺の中の蒼真の感性が、秒で体を固くした。
ジルの感性は「据え膳食わぬは男の恥」と何度も唱えている。
「……あ、あ、あの。瑠夏──」
「ねぇ、蒼真」
「……うん」
こちらを向かないまま俺の言葉を遮る。
横顔しか見えないが、まだ少し酔っているのか頬が赤らんでいた。
美咲のことを問い詰められるに決まってる。それは誤解だと言わなければ……いや奴隷の件は実際そうなってしまいそうなんだけど。ああ、やっぱり断固として断るべきだったか、と後悔しながら俺はうなじの毛をクリクリ弄っていた。
一欠片すら想定していなかった言葉が、次に続くとも知らずに。
「もし、全部が終わっても、こうしてあたしが君の隣でお月様を眺めることってあるのかなぁ」
普段の瑠夏らしからぬ言動だ。
瑠夏は間違いなく美咲の奴隷発言を気にしていたはずだから、もしかしたら俺の気を引くためにこんなことを? なら、瑠夏はやっぱり俺のことが大好きで──……。
バーベキューの時からこんなことばかり考えている気がするが、しかし月を眺める瑠夏の様子を見ていて思い直した。
邪推も甚だしい! と。ちょっと反省だ。
とりあえず、色恋の話ではなく、言葉の通り瑠夏は命の話をしているに違いない。
じゃあなんでこんな話をし始めたのかというと、やはり酔っているからだ。
前にもこんなことがあったから。瑠夏の隙を突いて何とか本音を引き出した、いつかのバーベキューの日。
なら、瑠夏に色々約束を取り付けるチャンス到来だ。以前の結果から想像するに、どうせ明日になれば取り消せとか君は心が狭いからとか言われるに決まってるが。
「当たり前だろ」
「えー? 蒼真は優しいからね。ってかそれって希望的観測なんでしょ」
「俺の魔眼ってさ。研ぎ澄まされるとすごい先の未来までボヤッと分かるんだよ。桐谷の時もそうだったろ」
この言葉の半分は嘘だ。なので、瑠夏の顔は見ずに月を見上げて口にした。
流石にそんなに先まではわかんないから。だからって「所詮は希望的観測だ」とはもちろん言えないので、俺はこう返したんだけど。
「……ほんと、に?」
消えてしまいそうな声で、問い掛けられた。
互いの気持ちを探るように見つめ合った後、ようやく見えた剥き出しの感情を、瑠夏は取り繕おうとする。
「……へへ。嘘だぁ。そんなことってある? すごい先のことじゃん。そんな簡単に倒せる敵じゃないし。そんな訳ない。そんな訳、ないよ」
頑張って笑おうとしているけど、泣きそうにしか見えない……というのが素直な感想だった。
ずっと気を張ってきたはずだ。理不尽に奪われた大切なものは二度と戻ってこないと分かっているけど、どれほど重いものを奪ったのかを思い知らせるつもりで俺たちはやってきた。
それでも、自分たちの命もまた軽くはなかった。
全てを失ったのではなくて、まだここには大切なものがあって。うまく手を伸ばせば届くんじゃないかと思わされて、とうとう生への執着が見え隠れし始めた。
そんな様子を間近で見ていると、なんだか妙な気持ちになる。
この瞬間こそ、かつてないほど研ぎ澄まされたのだろうか。それとも、単に気のせいだったのか。射撃しようと思ってないから魔眼が働くはずはない。まぁ気のせいだったんだろう。
いずれにしても、瑠夏にそう思わせたのは俺だ。芽生えたばかりの儚い願いを叶える責任は俺にある。
だからか、口から出た言葉は確信に満ちていた。
「百パーセントだ。俺が言うんだから間違いない。もしそうならなかったら、俺は両眼を抉り取るよ」
「……ふふ。あははは」
みるみるうちに涙が溜まってもうこぼれ落ちてしまいそうになっていた。上を向いて、それでも無理だったのか向こうを向く。
それから瑠夏は俺の肩へ頭を預けた。俺の中にはジルだけじゃなくて蒼真もいるので、いくら真剣な話をしていると言ってもやっぱりこういう状況はドギマギしてしまうんだが。
ばくんばくんと高鳴る鼓動を必死に耐えて、勇気を出して、俺も頭を傾けた。
隙間なく引っ付いた互いの太ももの上で、そっと指を触れ合い、手を握り合う。ジルには悪いが俺にとってはこれだけでも大変な進展だ……なんて思っていると。
──また初めからってのも、割と悪くない。
俺の中のジル大先生が、ふん、と大きく一つ息を吐いた。
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第一部完
お読みいただいた方、ありがとうございました
m(_ _)m




