06 厳しすぎる訓練
どんな感じで訓練を進めるのか全く教えてもらえないまま、武器屋「マーモット」の主人・ナドカさんによる訓練が始まった。
瑠夏も大概こんな感じだったが、そのせいで俺の中の女性のイメージはこういう方向で固定されつつある。
「最初は体力訓練だ。ひたすら走れ」
「えっ。ちょっと待って、神から貰った力の特訓をするんじゃないのかよ!?」
「そんなもの百年早いんだよ。その『貰った力』とやらは万能なのか? 無敵なのか? 体力は全ての基本だ。嫌なら帰れ」
「……やります」
「イヤイヤやるなら別に今すぐ帰──」
「やります!!」
そんな訳で、ナドカさんは俺たちにランと筋トレのサーキットトレーニングを無限にやらせ続けた。マーモットは敷地が広いので、走る場所には事欠かない。
めちゃくちゃしんどい。マジで地獄だ。
……と思っていたけど、実は小学生相手だから手加減してくれてたんだ。
それに気付かされたのは、中学生も中盤に差し掛かった一四歳の頃。
「外に行くぞ」
「はぁ、はぁ、……はい!!」
声だけは忘れない。
そこだけは完徹してきた。できることすらやらないのはサボりでしかない。
そうして走って辿り着いたのは、小学生の頃に瑠夏と二人で初めて秘密の特訓をした、頂上に神社がある先の見えない登り階段だ。
「走って登れ」
「はい!!」
まだ走んのかよ。
もう肺が破れそうなんだけど。
俺って前世は魔導士だったから体力になんて自信はない。敵の攻撃を身体能力で回避するなんてことは当然しないので、体力だけで見たら下の下だったろうな。
「もう終わりか。マジでお前はカスだな」
「はい!!」
とりあえず大声で「はい」だけ言っておけば怒られない。最初の頃の崇高な気持ちなんてとっくにどっかへ飛んでいってる。
こいつ、強くなったらいつかぶっ飛ばしてやるからな……!
登りきったところで体力錬成をして、また降りて体力錬成をして、また上がって体力錬成をして。
うん。死ぬ。
「げエエェぇ……」
吐いたのは何度目だ。
神様ごめんね、神社の敷地内で吐いて。
いやなんで謝ってんの? あんなクソ神に。
瑠夏が階段を登ってきた。
「げエエェぇ……」
「……大丈夫か瑠夏」
「やばい。あたし体力系の戦いとかしない予定だったんだけどなぁ」
「だよなぁ。俺にしても意味あんのかなって思いながら──」
「いつまで甘ったれてんだ馬鹿。お前らは敵と遭遇した時に逃げるという選択肢は考えなくていいとでも思ってるのか? それが許されるのは世界最強だけだ。まさかお前らは今その世界最強だと思ってるんじゃないだろうな」
「「はい!!」」
「それ言ってればいいと思ってるだろ。もう一往復だ」
「「……はい!!」」
とうとう瑠夏も「こいつ殺してやる」って目をし始めた。
最初出会った時、俺の決意を聞いた時のナドカさんはすごく優しい顔をした。だからてっきり心根は優しい人だと俺は思ったんだけど、それは完全な勘違いだった。ただの鬼だ。
ってかナドカさんも俺たちと同じことやってんのに平然としている。大人と子どもの差か?
彼女は今二八歳らしいけど、八歳の息子がいる。名前は虎太郎くん。夫はいなくてシングルマザーらしい。一人で子育てもしなきゃならないはずなのに、どうやって体力維持してんだこの人。
振り向くと、瑠夏がダウンしている。このままだと、もう少しで倒れてしまう。
だけど──……
「敵に追われている最中でも、お前はそんな調子でいるつもりか」
「は、い……!」
つらくて涙が落ちているが、瑠夏も声だけは忘れない。
でも、さすがにもう限界だ。
限界だけど、ナドカさんは休ませてくれたりはしないだろう。
俺は、瑠夏の前でかがむ。
「ほら。乗れよ」
「……え?」
「背負ってやる」
「馬鹿。あたしの訓練なんだ。おんぶに抱っこされるつもりなんてないから──」
強がりを言っても足がフラついてる。
放っておいたら階段から落ちちゃうだろ。
「わかってるよ。俺が死にそうになってたら、その時は助けてくれ。お互い様で行こう」
こうは言ったが、人間一人を背負うってのはそう簡単なことじゃない。重量増で足が震え、普通に歩いて登ることさえ無理なレベルで速度が落ちる。
「ふ……ぅ。ふ……ぅ」
「……蒼真。ごめん」
「問題ない。大丈夫だ」
「ごめん」
「謝るな。お互い様だから」
「うん」
俺のうなじのあたりが、俺の汗とは違うもので濡れる。
瑠夏が、俺のシャツをキュッと握ってる。
一歩進み、止まり、また一歩進み、止まり。
無心にならなければ耐えられない。
途中でやめることも、弱音を吐くこともしないと決めて。
頂上を睨みつけ、歯を食いしばって一歩一歩踏みしめる。こんな俺たちの様子を、ナドカさんは黙って見守っている。
神社のところまで登り切ったときには、俺は大の字で寝転がっていた。
◾️
体力系訓練の内容が際立ってハードに変化したこの日、ついに今まで一度もやったことのない実戦的訓練が始まった。
「蒼真は射撃と組み手。瑠夏は自分の力の鍛錬をしろ。そっちは俺じゃ指導できないが決して無理はするなよ」
売り物の銃火器類は主に壁際に陳列されているので、倉庫の中央は広くスペースが空いている。俺たちは、そこを訓練場として使うことになった。
つい安堵の吐息が漏れる。それくらい、めちゃくちゃ嬉しい。ナドカさんは、ようやく俺たちに戦闘訓練を習得させようとしてくれたのだ。
この道のりは長かった。体力は確かについてるけど、あんまりこればっかだとメンタルが折れる。
「そういや、あたしとそうちゃんがあのバカ神から一つだけもらった能力、あたしたち以外の人間はほとんど持ってないんですよね」
「ああ。俺は戦場で長らく正規軍や傭兵をやってきたが、その力──『欲の力』を使える人間はごく僅かだった。人間の中にグリード使いがいなかったら魔物と戦争をするなんて無理だったろうな。逆に、魔物はほとんど例外なくグリードを使ってきた」
願った望みがただ一つだけ叶う力。
能力者たちはこの力を、欲の力──「グリード」と呼んでいる。
──君だけの力だ──
俺にだけ与えたみたいな言い方をしていたが、あのクソ神は魔物にも与えていた。俺が願ったオリジナル特性ってだけで、力自体は魔物にも与えてんじゃないか。
それを知った時はマジであの神をブッ殺してやりたくなった。
「蒼真はグリードの鍛錬も必要だが、当面は素手での戦闘訓練を優先する。万が一武器を手放す羽目になった場合に急場を凌ぐ必要があるからな」
「げっ……まだ神から貰った力使わねーの!?」
「あははは。頑張れー」
瑠夏が嘲る。
「瑠夏は逃げ足を鍛えるのがメインだ。お前のグリードは既にそこそこの完成度に到達しているから、今後の訓練は必要最小限にしろ」
「げっ……それってあたしは走る訓練ばっかってことですか?」
「あっはっは。走れ走れー」
嘲り返し。
「多くはなるだろうが、逃げ足は二人とも必要だから蒼真のほうが全体の訓練量がかなり多くなるってことだよ」
「げっ……」
「バーカ。罰が当たった」
「うっさいな! 瑠夏は一日中走ってろバーカバーカ」
そしてポカポカ殴り合う。
瑠夏の中にいる「メル」は、こうして俺と同じ目的に向かって邁進している限りはあの狂気を収めてくれている。
キッツい訓練をともに乗り越えて、どうにかして教官にイタズラで仕返ししてやろうとするくらいの肉体年齢相応のメンタルは戻っている。
いい傾向だ。たぶん今世の「瑠夏」の性格特性が良い影響を与えてるんだろう。
メルはどちらかというと大人しくて知的な感じだったが、瑠夏と融合してからは体育会系女子っぽくて脳筋なテイストが混じってる。
いずれにしても、俺もこれから体力訓練以外の時間が増える。
だからすごく楽しみにしてたんだけど……。
「ぐ……えぇっ」
ナドカさんのボディブローが俺の腹に突き刺さる。
「げエエェぇ……」
そして吐く。
今度は体力の限界のせいじゃなくて、直接攻撃のせいだ。
涙と吐物で塗れたマーモットの床。
もうこの場所がトラウマだ。いい思い出が何もない。
「そうちゃん!」
「瑠夏。来るな。こいつの試練なんだ」
「……そう、ですけど」
「立て」
その命令を合図に顔を上げる。
ナドカさんの顔が普通すぎて笑えた。人をボコボコに殴る人の顔じゃないよそれ。
付き合いをしているうちに分かったが、この人は目つきは怖いけどそれは元々だ。
あんまり感情が表に出ないタイプなんだろう。いつもクールで、怒ったり笑ったりした時にも派手に表情を変えたりしない。戦闘の最中もそうだというんだから逆にそれが怖いんだが。
「シッ」
何度か試したが手先を見ても躱せない。
速すぎるんだ。今の俺では無理ゲーでしかない。
よって見るのは足先、体を次にどこへ動かすかを察知することが最優先──
「ぐっ……へぇ」
まあそんな簡単に躱せるわけないよね。
訓練も夕方に差し掛かった頃。
体なんて疲労でどこも動かせない。
俺は大の字に寝転がって、次に追撃が来たらもう死のうと思いながら目を閉じた。
「よし。少し休憩したら戦闘に関する座学だ。一八時に事務所へ集合。一分でも遅れたらバーピージャンプ五百回だ」
「ひゃい……」
シャワーを浴びてきてもいいと言われたがあと一五分しかない。
絶対にバーピーはやりたくなかったので、俺は口から垂れ落ちる血と身体中の汗をウェットティッシュで拭くだけにした。明日も同じメニューなのにここで五百回は痛すぎる。
倉庫内の端には大きなテーブルがあるんだけど、その脇に置いてあるベンチに座ってとりあえず少しでも休もうとする。
「……こっぴどくやられたね。シャワーはしないでしょ?」
「ああ。ありがと」
瑠夏がタオルとウェットティッシュを持ってきてくれた。
さすがよく分かってる。
「それにしても、めちゃくちゃ強えーよあの人、マジで」
「ちょっとやりすぎだよね」
「ん? ああ、いやそういう意味じゃなくて、あの人、よくこんな強くなれたなっていう単純な感想でさ。実戦で魔物と殺し合いをすんのに万全を期さないとだから。まだまだ力が足りないんだから当然だよ」
魔物どもは手加減なんてしない。奴らはどんな性質を持っているかも分からない「欲の力」を使ってくるのだ。
厳しい訓練にどんな不平不満を言おうが、出会った魔物よりも弱ければ死ぬ。シンプルにそれだけだ。どうしても目的を達成したいなら絶対に乗り越えなければならない壁。
……とはいえ、なぁ。
あー、殴られずに強くなる方法ねーのかなー、と俺は背伸びしながらベンチの背もたれに体重を預けた。
ふと見ると、瑠夏が妙な視線を俺に向けている。
黙ったまま俺をじっと見ていて、何か言いたいことがあるのに我慢しているのかなと思った。
「なんだよ?」
「カッコ良かったよ、そうちゃん」
「えー? どこが。ボコられてただけじゃん」
「なんていうかさ、久しぶりにこんな一生懸命なジルを見たからそう思ったのかもね。そういや最初はジルもこんな感じだったなぁって思い出してさ。あっちの世界では、後半はもう無敵だったもんね」
「最期は超ダサかったけどな」
「それはあたしも同じ。聖女だなんて言われても、結局なにもできなかった」
ベンチに座る距離感が、体が引っ付きそうなほどだ。最近は、こんな距離感になることはなかった。
色々あったから。
その「色々」の次にこの世界へ転生して、ここでも俺たちは別々の人生を歩んできたから。まあ家はお隣さんだけど。
「ナドカさんってマジの特殊部隊出身らしいから。頑張ってね」
「ああ。任せとけ。絶対に、紫眼の魔女に弾を当てれるくらいになってやるから。瑠夏こそ絶対にあのクソッタレ天使を殺せる弾を作ってくれよ」
瑠夏は、なんとも言えない顔をした。
内に秘めている狂気を考えると「当たり前でしょ」みたいな返事をするものだと思ってたから、俺は「あれ?」ってなった。
「ねえ、そうちゃん。今日さ、訓練終わったらあたしの家に来なよ。ちゃんと手当してあげるから」
「ああ、助かるよ。でもそろそろ夕食の時間だろ、それが終わってからでもいいよ」
「手当は早くしたほうがいいじゃない。それに、お父さんとお母さんはね、今日は二人で外食だから。しばらく家には誰もいないんだ」
「え?」
瞬間、緊張する。
これ、久しぶりの夫婦の時間なのか。




