59 仕事終わりはいつものバーベキューだ!
魔眼でしか見えない遥か遠くのタワマンでは、魔物業界を揺るがす大惨事が起こっている。バジリスクの総裁が死亡したのだ。
そんな現地とは正反対、俺がいるこのヘリポートは変わらず冷たい風が吹いているだけだ。俺はダウンの襟を立てると、いつものように淡々とメルカを武器ボックスへ収納する。撤収作業の開始だ。
「……いけたんだね」
「ああ。清十郎と美咲も無事だ」
そこは運もあった。というか、運に左右されることは最初から分かっていたし、その運がこちらへ向くことも何となく分かっていた。
瑠夏との約束を果たす覚悟はマジだったが、全てをうまくやり遂げられるとも思っていた。
しかし、ちょっと心配なのは我が相棒・瑠夏さんのご機嫌だ。絶対に引くわけにはいかなかったから、瑠夏に対して強く出てしまったので……。
結果として俺の勝ちだったが、もしかしてマウントを取ったみたいな形になって機嫌を損ねてしまったりしていないだろうか。心配だ。
瑠夏は、まるで感情の読めない表情をしている。
「ねえ。もしかして、そうちゃんには紫眼の魔女との戦いがどうなるかまで見えてんの?」
「いや。そんな先まで見えたりしないよ」
とりあえず、あからさまに機嫌を損ねている訳ではなさそうで、ひと安心。ただ、もう少し喜んでくれてもいいのになぁ……とも思っていた。正直言ってもっと褒めて欲しい感はある。
ボスを失ったバジリスクが俺たちを追跡してくることはないだろうと踏んで、俺と瑠夏は悠々と都庁を出た。
初めての仕事のときはあのフェンリル・数珠丸の背中に乗って夜の街をすっ飛んだなぁ……なんて、ふと感慨に耽る。
「瑠夏。先に数珠丸のところへ行きたいんだけど」
「うん、そうしよう。全部うまくいってくれたらいいんだけど」
そこには魔眼の未来予知が効かない。
神のみぞ知る、だ。
◾️
「ナドカさん! 無事だったんですね」
「無事じゃないと思われていたのが心外だが」
手術室前の廊下。
相変わらずの無表情ぶりが清々しいナドカさん。もうとっくに数珠丸の足を持って戻ってきて、ここで待っていたらしい。
クインシーとかいう奴がどのくらい強いのかは知らんし、ナドカさんの真の実力もまだよく分からない。しかし俺たちもそんなにモタついた訳じゃないし、瞬殺しないとこんなに早く帰って来れないと思う。やっぱこの人は底が知れない。
どうしてこんなに強い人が俺の卒業試験に命まで懸けてくれたのか。
ナドカさんによると「命懸けでないとあの試験は意味を成さないから」だそうだ。
俺が命を懸けてるのに、自分はこっそり防御できるなんて卑怯だと思ったんだろうか。だからって、あれでナドカさんが死んでいたら人類にとってとんでもない損失だと思う。
「それで、容体は」
「まだ医者が出てきていないんだ。分からんよ」
足がきちんと接合できればいいけどな。
普通の医療技術だけじゃなくて治癒グリードを併せて使ってんだから何とかしろヤブ医者! って半分文句を唱えながら、半分は祈りながら待つ。
手術室のドアの前には、じっと動かずに座っているバステト。
「お、バステトも待っててくれたのか」
「たぶん、俺たちが出掛けている間もずっとここで待っていたんだと思う」
「そっか……」
同じ魔獣同士の絆ってのはそんなに強いのかな。捨てられることにトラウマがあるこいつとしては、同じく住職のお爺さんに飼われている数珠丸が他人事に思えないのかもしれない。
そうこうしていると「手術室中」の表示ランプが消えた。
中から医者が出てくる。そいつがまた神妙な顔をしていて、俺と瑠夏は「まさか……!」と生唾を飲み込みながら顔を見合わせた。
「なんとか持ち堪えてくれました。あとは意識が戻ってくれれば大丈夫でしょう」
神妙な顔を、急に朗らかな笑顔に変えるな!
この医者、いつもドッキリがてらこんなことをやっているに違いない。趣味が悪すぎる。
さすがのナドカさんも、この時ばかりは嬉しそうな顔をしていた。
瑠夏は安心して泣いていたけど……ふと見ると、俺たちの足元で、バステトも涙を流しているように見えた。
◾️
そうして一週間後の夜。
仕事の成功祝いということで、マーモットで恒例のバーベキューが開催されていた。いつものように倉庫の外壁沿いにテーブルを置いて、倉庫の照明灯で照らされながら夜の食事会だ。
瑠夏と擬人化した銃火器二人組のほか、マーモットに住んでいるナドカさんや虎太郎はもちろん、バステトはベル化して参加しているし、魔人化した美咲と清十郎もやってきた。ほんの短い間に賑やかになってしまったものだ。
驚いたのは、なんと数珠丸もバーベキューに参加するということ。
こいつが退院したのは昨日。フェンリルってのは回復力が強いらしい。手術から四日後くらいの頃に俺と瑠夏は一度見舞いに行ったんだけど、フェンリル化したまま病人とは思えないほど院内を走り回ってナースにしこたま怒られていたし。
結果、あれほどの重症だったにもかかわらず一週間程度でもう退院してしまった。なので、この祝勝会は数珠丸の快気祝いも兼ねている。
「そんで、怪我はもう大丈夫なのかよ数珠丸」
「ええ。こうして日本酒を嗜めるくらいには。これでわかっていただけましたか? 報酬額の理由が」
「あのな。お前がしくじっただけだろ馬鹿。こっちゃキッチリ仕事果たしてんだよ」
「私は戦闘グリードを持ちませんから。情報屋とは基本そういうものなのです」
「セトさん──いや、本当は数珠丸さんでしたね。まだ全快じゃないでしょうし、いつでも僕がおそばにいますから。もしお困りでしたら何でも申しつけてください!」
そして敵であったはずのミナトも参加している。
こいつが敵でないことはもうなんとなく判るし、無下に放り出すこともできないなぁという……。これからどうするかはまだ決まってないみたいだけど、とりあえずこのバーベキュー参加権についてはナドカさんの許可が降りた。
何故か数珠丸の付き人を志願しているようで、なんか兄のように慕っている模様。
数珠丸はクイッとおちょこを傾けた。
じゅうじゅうと美味そうな音を立てるバーベキューコンロから肉を摘んでこいつの取り皿に入れてやった。一応は怪我人だからちょっとした接待みたいになっている。
そして、数珠丸のおちょこへはベルがお酒を注いでいた。
「それにしても心配したぞ。いくらフェンリルとはいえ相当な怪我を負っておったからのう」
「ベルさんにもご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「こいつはなぁ、お前の手術室の前でずっと心配そうに待ってたんだぞ」
「え……」
俺の言葉を聞いた数珠丸が、ベルと見つめ合う。
「え? そうちゃん、ベルさん手術室のところにいたっけ?」
「いや間違えた。記憶違いだわ」
危ない危ない。この魔にゃんこの正体がバレてしまうところだった。なんで俺がベル=バステトという真実をひた隠しにしなきゃならんのか。
「あなたのために頑張りました」
「よくやった。男じゃ数珠丸よ」
どっちも、なんかちょっと頬が赤い。
え? てか、さっきから何、この雰囲気。
「お前ら、もしかして!」
「蒼真。黙っておけ」
「え? ナドカさん、なんか知ってんの?」
「それがお前のためでもある」
「なになに? 二人とも、あたしに何を隠してんの」
「瑠夏。お前のためでもある」
「何が!?」
そうかそうか。そういうことか。これで俺の嫁にちょっかいを出そうという蝿が一人減ったわけだ。確かに良いことずくめ。うん。
幸せになれよ。フェンリルと猫神様が子どもを作ったら何が産まれるんだろうな。
テーブル席から離れ、キャンプ用の折り畳み椅子に座っているメルカとドラコのところへ移動する。
こいつらは、なんだかんだ言って仕事をきっちり果たしてくれた。
マジでこいつらがいなかったら、こんな大仕事は達成できなかっただろう。
俺は、ジュースの缶を二人へ渡す。
「お前らもよくやってくれたよ。ほれメルカ、果汁百パーのやつだ。ドラコは鬼刺激の強炭酸ライチ」
「ありがとうございます! あー、喉越しがサイコー」
無口なメルカは黙って缶を受け取り、表記をジロジロ確認している。そろそろ果汁の有無を疑うのはやめろ。
炭酸を飲むドラコが、まるで酔っ払いみたいに絡んできた。
「そもそも、わたしを持ってバジリスクの事務所や桐谷の自宅へ攻め込んだら手っ取り早く一発で片付いたのです。タラタラし過ぎです。ご主人様は奴隷の扱い方が優し過ぎます」
「ご主人様ってそんな呼び方してたっけ? お前が自分のことを俺の奴隷だと思ってんのは分かってたけど。そんなに拭いてやったのが気持ち良かった? 大丈夫だよ、心配しなくてもしっかり時間を掛けて拭いてやるから」
「はわわ……い、いや、その。こここここれは違います!! 拭いてなんかいらないですから!!」
湯気が出るほど赤くなる。
どうやら身も心も奴隷化したらしい。刺激物とか快楽とか、ドラコはそういうものに弱い。
逆にメルカは陰キャそのものだ。そして僧属性かと思うほど鉄みたいに感情が希薄。楽しみというものに興味を示さないし、自分の人生を楽しもうとかそういう気持ちも感じられない。
「メルカ。お前は、なんかやって欲しいこととか、欲しい物とかはないのか?」
「僕の使命は紫眼の魔女を殺すことだけだ。それ以外は茶番でしかない」
確かに、へそ曲がりの天邪鬼だし無口で分かりにくい奴だ。
だけど、俺たちが目指す目的に真っ直ぐで、真面目で。
「ああ。これからも頼むよ」
「言われんでもやる」
「へそ曲がり」
「うるさい」
そう言ったメルカの口元が、少しだけ緩んだ気がした。




