53 ソフィアちゃん、心折れてます(ソフィア視点)
念じて望むだけで、このお城の城内であればあらゆる場所の映像や音声が即座に頭の中へ流れ込んでくる。それは私が仕事を遂行するのに必要な能力であり、我がご主人様のために必要なものだ。
私は、浮遊城ロイヤルの番人だ。
お城のセキュリティの要と言っても過言ではない。人間たちが造った建造物には監視カメラというものが設置されているが、グリード使いによる襲撃を察知するためにはカメラだけでは不十分だからだ。
動きが速いとか、透明化するとか、視界を阻害するとか。ワープルートを開いて外から直接城内へ入ってくるという可能性もある。
もしかしたら、宅配物に変化してるかも? いやいや、盗聴器の外観を変えて城内の情報を盗みにくるかもしれないし……!
なんか不安になってきた。大丈夫かな……何かあったらクインシー様に怒られちゃう。いや、クビにされちゃう。クビっていうのはクインシー様の場合、文字通り胴体から首が離れることを意味する。それすなわち死刑。うわっ。まだハタチのうら若き乙女なのに?
とりあえず、様々な能力を使う侵入者へ対応するには、まず存在自体を捉えることが肝要だ。
監視グリード「神の眼」。
私の力は、設定した範囲内におけるありとあらゆる存在を把握できるのだ。
姿を消されようが、無視界にされようが関係ない。ワープ……されたら、現れた時しか分かんないけど。
一番厄介なのは変装してくる奴だろうか。グリードを使った変装は、外観どころか内面まで整えてくる可能性がある。まぁ内面を変えたら殺意までも無くしてしまうだろうから、そこまではないか……でも用心してもし過ぎることはない。
ロイヤルの監視室で椅子に座り、たくさんの監視カメラを眺めながらもグリードでの警戒監視を同時に行う。厳重だ。クインシー様はその辺りが神経質だから。
私のグリードは、映像だけじゃなくて音声も拾う。城内で交わされる幾つもの会話が同時に私の頭に入ってくるが、それらを同時並行的に理解するのも私のグリード効果のうちだ。
私は、昔からずっと「監視役」にさせられることが多かった。
仲間たちが万引きしたり、気に入らない奴らをボコったりする間、周囲の警戒をする役目だ。
でも、いつもドキドキしてた。
目だけで監視するなんて限界がある。もっと確実に、感覚的に把握したかった。
それに、単なる私の勘だと思われたら信用されないこともある。
前に一度あったんだ。「ポリが来たっていうのは嘘だったんじゃねーのかボケ! もうちょっとだったのに」って。このままじゃ私が殺されるかもしれなかった。
──感知した情報は、誰もが見ることのできる記録として出力したい──。
補助的にそう願ったことによって、私が感知したものは全て電子記録に残すことができる。
監視室の中央にあるテーブルには、人形グリード使いであるコーネリアスのジジィが暇そうにタブレットをいじっていた。こいつは私が合図したら守護者を出現させる役目だ。
バタン、と後ろで扉の開く音がした。
入ってきたのは料理長。
「ソフィア、ユーリの奴は今どこにいる? あいつ一五時になったら厨房に来いって申しつけてあったのに!」
「ユーリなら三階の喫煙所にいますよ」
「あいつ! ったく、とっちめてやらねーと」
人の居場所を探すことに利用されちゃうことが多くて嫌んなっちゃうよ。私、こんなことのためにロイヤルに雇われた訳じゃないんだけどなぁ……。
私の仕事時間の多くは、こんな感じでつまらないことに浪費されている。クインシー様のお城に侵入者しようなんて考える奴、あんまりいないんだよね。
でも、この前に発見した侵入者は、私のお手柄だった。クインシー様にもすごく褒められた。
ミナトくん、ちょっと可哀想だったけど……でも、あんな怪しい発言しちゃったらダメだ。クインシー様が一番嫌いなやつだから。
それに、結果的にミナトくんが連れてきた移動屋さんも怪しい奴だった。だから仕方がないよね。
「ん……」
ふと、監視カメラに映っている映像に違和感を感じた。
(あれ。お城の正面玄関の扉が開いてる……?)
おかしいな。さっきまで閉まってたのに。
さっきまでってのは、本当についさっき。ほんの数秒前。だって、正面玄関なんて一番警戒しなきゃならないところだから。
侵入者?
でも、私のグリードが城内の異状を感知していない。
「コーネリアス。正面玄関が空いている。守護者を向かわせて確認してよ」
「儂の守護者をお前のような小娘の手先として動かさなければならんとは、世も末じゃな」
「それがクインシー様のご意志だよ。逆らうの?」
「そんなことは言うておらん」
コーネリアスは、ダルそうに指先をクルッと回す。
ジジィのすぐ横に、床から生えるみたいにして青い肌をした長身の魔導人形が現れた。相変わらず無感情な顔をしている。ゾンビみたいで気持ちが悪い。機能重視なのかもしれないけど、私はこの守護者が嫌いだ。
そいつは、フラフラと部屋のドアを開けて出て行った。
守護者の姿が、監視カメラ映像に順次映っていく。それは、私のグリードでも感知できていた。
それが、正面玄関を視認できる位置に辿り着いた時に、いきなりバタっと倒れた。
「……えっ」
同時に、その原因を私のグリードが感知していた。
守護者の額のあたりに、何かが刺さってる。
たぶんナイフだ。玄関の外から投げられたのか? しかしそんなものが飛んできた気配はなかった。
「小娘。二〇体作る。その間に敵のグリードの正体を見抜け」
「言われなくてもわかってるよ」
コーネリアスのほうが戦闘態勢へ入るのが一歩早かった。空間の気配がピチリと音を立てて張り詰める。
監視室の床から次々と湧き出るようにして現れる青い人形たち。そいつらは部屋を駆け出て、正面玄関へ向かって走っていった。
同時に、玄関へ向かった二〇体とは別に、コーネリアスはクインシー様のお部屋の周囲へも守護者たちを向かわせる。ご主人様を護るのは、私たちの至上の命題だ。
だが──
【カッカッカ。なるほど。そっちにクインシーがいるんだな】
私の頭の中で聞こえた声──それは既に正面玄関を突破して突き当たりの丁字路に立っている人物が発したもの。先ほどコーネリアスが具現化した二〇余の守護者たちをあっという間に軒並み沈めた侵入者のものだ。
水色のポニーテール……スウェットパンツにタンクトップの女。
(──速い!)
馬鹿な、と思った。
コーネリアスの守護者は、単体で魔物被害相談所の指定魔人でC級に相当する。五体でB級一体とおおよそ同等、二〇も集まればB級など単独ではひとたまりもないだろうし、少なくともクインシー様と同じA級以上でないとこれほど短時間で殲滅するのは不可能なはず。
この監視室は、まさにその丁字路の先にある。だから侵入者は、監視室から出た守護者たちが二手に分かれて走っているのを観察できたのだ。
しまった。クインシー様のお部屋の場所がバレてしまったか?
(いや、ちょっと待って!? そんなことより侵入者がここへ来てしまうじゃないか!!)
同じことをコーネリアスも感じていたようだ。
自分たちの命の危機。ジジィは数え切れないほどの守護者を具現化していた。もはや監視室内も廊下もが青人形で埋め尽くされていて、隙間がないくらいになっている。
が、「あっ」と声をあげる間も無くその大量の守護者たちが突然ドミノ倒しのように全員が同時に倒れ込んだ。
また倒されたんだ。しかも、こいつらの主戦武器である光弾を一発すら放つ間もなく。そして、全員の額にナイフが刺さっていた。
「なんじゃ!? どういうことじゃ!!」
ジジィが発狂しそうな勢いで叫んでいた。守護者はオートで動くから、具体的な戦闘の様子をジジィはイマイチわかっていないんだろう。
しかし、どうして? 気づいたら額に刺さってる感じだ。
あのナイフ、飛んでない!
守護者たちが出ていって、監視室のドアが開いたままだ。
タイミング的に考えて、このままじゃ侵入者がそこの廊下を通る時に見つかっちゃうっ!
私とジジィは、急いでドアの正面を避けた。だけど、部屋の中を覗いたらきっとここが監視室であることがバレちゃう。仮にクインシー様を狙っているなら、ここで情報収集するのが必須だろうから入ってくる可能性が大だ。
(来ないで! 来ないで! 来ないで!)
クインシー様のことも忘れて、私は震えながら必死に願っていた。
あんなに大量の守護者を一瞬で屠るなんて只者じゃない。これはもう私たちの手には負えない。だからってご主人様を売って良いわけじゃないけど。
目を閉じて、手を胸の前で握り合わせて祈りながら全力で神の眼に集中した。
すると、敵はこの部屋の前を素通りして、守護者たちが向かった方向──すなわちクインシー様のお部屋へと一目散に駆けていく。
「……行ったよ」
「そうか。肝が冷えたな。終わったかと思うたぞ」
全くだ。
私は、監視室の出入り口から顔を覗かせて廊下を確認した。
白っぽい印象だったはずの廊下は、倒れ込んだ青色の守護者たちでいっぱいだ。床の色なんて一ミリも見えない。
しかも、よく見ると、倒された守護者たちは額の傷以外に損傷がない。
私は、鳥肌が身体中を走った。
本来生物でないはずの魔導人形を一撃で戦闘不能にする。それは、コーネリアスのグリード効果を遥かに凌駕する圧倒的な威力のグリードで攻撃された証。
しかしあの女に「刻印」は見られなかった。
服の下にあるのか? それなら良いんだけど……。
もし、まだ刻印が発現するまでもないほど手加減しているのなら。
「……ねえ。コーネリアス。再就職先、探したほうがいいかも」
「そうじゃな。儂もちょうど考えておったところじゃ」
逃げた方がいいかなぁ。
でも、それだとクインシー様が勝った時に地獄だ。
汗で肌に張り付いた服をパタつかせながら、仕方なく私は神の眼で事の成り行きを見守ることにした。




