52 ココロ同期
瑠夏を鎮めようと必死になっていると、武器ボックスがガタガタと動いた。
中に入っているのは銃装化メルカだけなので、これはメルカが暴れているんだろう。というかこいつが銃装化状態で動けることにびっくりした。
「待て瑠夏。メルカが呼んでる」
「…………」
目を尖らせて俺を睨む瑠夏を待たせ、俺は先に武器ボックスを解錠した。
いつもなら瑠夏よりメルカを優先したりはしないが、今は誰でもいいから時間稼ぎに付き合ってほしかった。
蓋を開け、メルカを取り出す。
擬人化させたら喋れるし、そのほうが瑠夏を説得するのには有効かなぁ、なんて考える。
すると、妙な感覚に囚われた。
意識が、どこかへ持っていかれる。
目の前に見えていたヘリポートの地面は見えなくなって、なんか暗闇の中みたいな。
あれ。俺、意識失った? 衝撃の展開に耐えられなくてブラックアウト?
……違うな。だって、こうやって普通に思考を回せるし。なんだこれ?
────…………
真っ暗な空間。でも、なぜか目の前にいる子どもの姿は鮮明に見える。
金髪で、色黒の肌、黄金色の瞳。
短パンを履いた少年。これはメルカだ。
「……おい。もしかしてお前か? こんなことしてんのは。時間がないんだよ。瑠夏を説得しないと」
「前に言ったな。お前のことを使用者として認めると。僕の特質を使わせてやる」
「はぁ。今更かよ。それって別に瑠夏の前でもいいことだろ? この真っ暗闇はなんなんだよ」
「外の世界では、時間はほとんど経っていない。僕とお前だけで意思疎通をしてるんだ」
「……それは便利なことで」
こいつの言うことが本当なら、俺たちは今、時の止まった世界で話をしてるってことなんだろうか。
本当だとすると、逆にこれで良かったかもしれない。考える時間が稼げるからな。
「それで? ようやく特質を教えてくれる気になったわけだ。この状況で役に立つ能力なんだろうな」
「無限弧弾という」
「は? ムゲンコダン?」
「撃つ前に指定した軌跡を百パーセント完璧にトレースする弾道操作。どんな曲線でも、何回でも、そこに空間がある限り曲げ続けることができる。あんな建物の陰に隠れたところで僕の前では無意味だ」
弾道を曲げる、か。こいつの性格の曲がり方からすると、確かに納得はいく。
待て……何度でも?
それなら、ブレスト・レジデンスの建物壁体はクリアすることができる。
「……でも、桐谷の周りにはすげーシールドがあるんだ。どっちにしても、このままじゃ特級魔弾が必要になっちゃうよ」
「混乱しているのか? 冷静な判断力はどうした」
「ああ?」
「清十郎と美咲がいるだろう」
「いるからなんだよ? 早く桐谷を殺さないとあの二人も殺される状況なんだ」
「清十郎と美咲は、ただ無力なだけの存在じゃないさ」
波音を立てないような喋り方をする。
その様子を見ていて、俺も呼吸が整ってくる。
そして言葉の真意が俺の中へと入ってくる。
無力じゃない……なら、あのシールドを張っている女を、あの二人が殺せれば。
しかしそれは困難を極める。
「あの女は桐谷剛毅にベッタリだ。まずはあの女をシールドの外へ引き摺り出さないとだけど……そもそも、あのシールドが桐谷剛毅とあの女のどちらを基準として張られているのかすら分からない。賭けでしかないぞ。失敗すればあの二人が死ぬ」
「お前は安全な方法でしか戦えないのか?」
「っ…………」
そうは言っても命が懸ってるのは俺じゃない。美咲と清十郎だ。あの二人を犠牲にすることになるかもしれないのだ──そんなことを俺がグダグダ考えていると、だからなんだ? と、誰かが呟いた気がした。それは目の前にいるメルカだったかもしれないし、俺の心の声だったのかもしれない。
その呟きは、どんどん大きくなっていく。
──俺の目的は、なんだ?
それは、何があっても今度こそ瑠夏を護り抜くこと。
逃げるしか方法がないのなら逃げる。しかし戦うしかないのなら……俺の瑠夏に害なす者は、紫眼の魔女であろうが神であろうが叩き潰す。ジルと蒼真が誓ったのは、そういう覚悟だ。
俺の命が尽きようが、美咲が死のうが、清十郎が死のうがだ。
乱れていた心が整列し、一線上に綺麗に並んだような感覚だ。まぁこれが初心に戻るってやつなのかもしれない。
それを俺に促した金髪小僧は、俺の目前で佇みながらじっと俺を見つめる。
「……いいぜ。お前が俺の指示する通りの弾道を描けるというならやってやる。でもよ、どうやって俺のイメージする軌跡をお前に伝えるんだよ」
「ココロ同期だ」
「はい?」
「僕の心とお前の心を同期させる。それによって、お前が考えていることを僕は知ることができる。弾道を指示したい時は、心を同期させた状態でどこをどうやって通すのかイメージするだけでいい。ただそれだけで、僕はお前の望む軌跡を知ることができる」
「はっ。それにしても『ココロ同期』って。もっとマシなネーミング思いつかなかったのかよ」
「うるさい! わかりやすいだろうが」
「ま、お子様だからしょうがない」
「うるさい」
魔眼で解析した俺のイメージ。絶対に当てることができる弾道とタイミング。
それは、自動的にメルカへ同期される。
ネーミングを馬鹿にされて拗ねたような顔をするメルカに、俺は一応礼を伝えた。
「ありがとな。これで目処がたった」
「この程度の障壁、特級魔弾を使わずに乗り越えられないようでは紫眼の魔女は倒せないだろう?」
「……そうだな。ああ、その通りだ」
メルカが、口の端を少しだけ動かした気がした。
初めて見る。こいつのこういう表情。ようやく俺に寄り添う気になったのかな。
いや……天邪鬼なだけで、きっと初めからそうだったのだろう。
人機一体とでもいうべきか。気持ちが一つになり、ありとあらゆることができそうなメンタルを作り出す。
蒼真とジルだけじゃ乗り越えられない壁も、ドラコとメルカがいる。
俺は今、四人で瑠夏のことを護ろうとしてるんだ。
────…………
気づけばヘリポートの緑色の地面が見えている。
見上げれば、雲一つない蒼穹が広がっていた。
「それで? どうするの?」
瑠夏が、俺に決断を迫っている。
俺は空を見上げたまま回答する。
「二級で行く」
「……はあ? ふざけてんの?」
「ただし今じゃない。しばらく待て」
「……いい加減に──」
瑠夏が言葉を止めた。
メルカと同期を完了させた俺は肌の色が濃い灰色になっていた。それは表層だけじゃなくて、俺の体を内部から変化させているみたいだ。
どうやら「ココロ同期」とやらは体の色がこんなことになるらしい。ったく、瞳は黄金色になるし、どんどん人間離れしていくわ。
「蒼真……それは何」
「メルカと同期した。こいつの特質は弾道を曲げることだ。これで建物の壁は障害じゃなくなった」
「だから? 結局あの一級相当のシールドがある限りダメじゃない」
「清十郎と美咲に解除させる」
「……何言ってんの? 桐谷に見つかったら殺されちゃうんだよ! だけどシールドを張ってるのは桐谷のそばにいる女なんでしょ。絶対に無理だよ!」
「俺は信じる」
「自分たちのために、あの二人の命を危険に晒すの!? 自分が何を言ってるか分かってる!? これはあたしたちが引き受けた仕事だよ蒼真!」
「あいつらにとっても因縁だよ」
「詭弁はやめて。何を言っても自分のためじゃない」
「そうだよ」
「…………何?」
「そうだと言った。自分のためだ。俺は、自分の目的を叶えるためなら他の全てを犠牲にする」
「何……何を言ってるの」
「予定は絶対に変更しない。清十郎と美咲がシールドを解除するまで、俺はこのままここで待つ。その時が来たら二級魔弾を作るように指示する」
こんな態度をとる俺のことがいくら気に入らなくても、瑠夏が単独で桐谷を殺すのは無理だ。
清十郎や美咲もろとも数えきれないほどの一般人──この星の全てを犠牲にしてもいいと言うなら不可能ではないかもしれない。命の限りを込めたとんでもない威力の魔弾を地面に向けて投げるだけで全てカタがつくだろう。しかしもちろんこいつにそんなことはできない。
初めて、俺に気圧された顔。
そりゃそうだろう。瑠夏は、この状況では俺の言うことを聞くしかない。
でも、俺は絶対に譲らない。




