51 メル度 九九・九九パーセント
俺たちは電設業者を装って都庁へ入ることにしているので、子どもを連れて入るのは不自然過ぎる。
よって、メルカは工事道具っぽく装うため、ケースに入れて銃のまま屋上のヘリポートへ持ち込んだ。
真っ平なヘリポートには何の障害物もないから風が吹き荒んでいる。
風速が秒速一メートル増すごとに体感温度は一度下がると言われているだけあって、さすが真冬を控えたこの時期は寒さが厳しい。なので俺たちはダウンを着込んでいた。それでもめちゃくちゃ寒い。
風に乗ってきたゴミが目に入ってしまわないようゴーグルを装着し、黄金色になった瞳でターゲットのいる方角へ視線を馳せた。
六本木スローンズは、ランドマークとなる超高層タワー「テクノポリス」を中心として、集合住宅であるタワマンの「ブレスト・レジデンス」、五つ星ホテル、美術館や映画館、そのほか二百以上のショップやレストランが配置され、高度な文化都市を形成している。
ナドカさんから伝え聞いた数珠丸情報によれば、バジリスクの事務所があるのは六本木スローンズの中央に聳えるオフィスタワー「テクノポリス」だ。
いくら魔眼でも敵の位置情報がゼロの状態で探し出すのは難しい。
イメージ的には、指定したポイントを中心として半径数十メートルから数百メートルの球体領域を分析するような、そんな感じの機能だ。
六本木スローンズは施設全域として見た場合には広大だが、敵が六本木スローンズ内にいることさえ分かれば探し出すことはそう難しくない。
と思って俺は魔眼グリード「スナイパー」を発動したと同時にテクノポリスをくまなく捜索したんだけど……
(あれぇ……?)
「そうちゃん、どう?」
「いや……ちょっと待って」
まさか出掛けたか? それともまだ帰ってきていないか?
とりあえず俺は、六本木スローンズの施設全体を、順次球体領域内へ入れていく。
と、ようやく見つけることができた。
ホッと息を吐いて点を仰ぐ。
「マジで焦ったわ。当てるより見つけることのほうが焦るなこりゃ」
「どうしたの?」
「見えたよ。あいつが今いるのは事務所じゃないな。その近くにあるタワマンの四〇階……たぶん自宅だ。先に事務所を探したから見つからなくてさ」
「そっか。ねぇ、オフィスタワーとタワマンって、どっちのほうがセキュリティきついのかな」
瑠夏が尋ねている「セキュリティ」とは、オートロックとか認証エレベーターとかのことじゃない。もちろん、そんなものは俺たちの狙撃の障害にはならない。
普通のマンションなんかと違って、強力なセキュリティを持つデカい高層マンションや官公庁舎、主要拠点となりうる施設にはセキュリティ業者が張った防御グリードが存在する。
それは通常、俺たちの魔弾基準で言うと概ね三級相当の防御力を上限として、建物の外壁に張り付くようにシールドが張られているのが一般的だ。だから、狙撃をする際は外壁部分のシールドさえ突破できれば内部は普通の建物だ。
ただ問題は、三級相当のシールドがあるということは、三級魔弾を使用した場合にはシールドと完全相殺されてしまうことを意味する。
「どちらも同等だな。やっぱ三級くらいの防御グリードを張るのが普通みたいだ。オフィスタワーもタワマンも、どっちも三級相当」
「じゃあ、ターゲットを殺すには二級がマストってことだね」
その問いに、俺は答えなかった。
俺としては、桐谷が建物から出てくれたところを待って仕留めたかった。建物に張られた防御グリードを無視することができるからだ。そうすれば、きっと三級魔弾以下でいけるはず──そういう期待を抱いていたんだがこれは非常にまずい状況だ。
魔眼が察知した情報が、想定よりもはるかに悪い結果を俺に知らせている。それはいくつかあって、それらが複合して最悪の結果を招いている。
まず一つ目。
タワマン「ブレスト・レジデンス」のほぼ最上階近くにいる桐谷剛毅の周囲に、尋常ならざるシールドが張られている。これは建物に張られているのとは別口で、しかもそれ単体でまず間違いなく一級魔弾相当の防御力を有している。
桐谷の真近くにいる女を狙撃するつもりで照準を合わせると、その防御グリードが喪失して桐谷を狙えることがわかった。これによりシールドを張っているのが桐谷のそばにいる女で確定した。だが、女は桐谷の近くにベッタリで、しかも二人ともがシールドの内側に入っているのでこのままでは狙えない。
二つ目。
タワマンの近くにあるオフィスタワー「テクノポリス」の四〇階──情報ではバジリスクの事務所があるはずのエリアで、今まさに戦闘が行われているのがはっきりと見える。
もちろん、それが誰であるかも。
清十郎と美咲。そして、蛇魔人とバッファロー野郎。
三つ目。
テクノポリスとブレスト・レジデンスは地下通路で繋がっている。
桐谷剛毅は、今は自分の事務所で起こっている事態に気がついていないようだ。もしかして電話を切っているのだろうか。それ自体は歓迎すべきことだが……。
もしこの事態に気付いた場合、外へ出ることなくテクノポリスへ移動することができるから、建物のシールドを回避して狙撃するチャンスは得られない。
いや……そもそも気付いた時点で清十郎と美咲の命を断つ命令を下されれば終わりだ。
四つ目。
以上三つのことにより、桐谷剛毅は自宅であるブレスト・レジデンス四〇階にいるこの状態で早急に狙撃しなければならないが、奴のいる位置は建物の外壁が邪魔になって直接狙えない。外壁ごと破壊するには、上乗せしてさらに相当の威力が必要になってしまう。
「そうちゃん」
「……ああ。すまん。聞いてなかった」
「今から弾に力を込めるから。二級でいけるの?」
「…………いや。少しだけ待ってくれ」
「どうして?」
クリアルートが見えなかった。
魔眼が知らせるのは、敵を護る障壁の解析結果だ。
だが、その結果として特級魔弾が必要だということがわかってしまった。
どうしたら、使う弾の威力を抑えられるだろうか。特級なんて冗談じゃない。
……待て。落ち着け。何か方法はあるはずだ。
「二級じゃ無理なんだね」
「そうじゃない。待ってくれ。今考えるから」
「正しい情報をあたしに教えて。隠さないで。あたしたちはチームだよ」
瑠夏と目を合わせられなかった。
取得した情報はやはり伝えなきゃならないだろう。残念ながら味方の中にも敵を増やしてなんとかできる状況じゃない。
俺は、魔眼で得た情報を瑠夏へ話した。
瑠夏は、目を閉じる。
「……そっか」
「ああ。だから、ちょっと待っ──」
「五年でいく。それなら問題ないよね」
「あ?」
一回聞いただけでは理解できないことを言った。だから俺は聞き返す。
「なんだって?」
「建物ごと消滅させる。四〇階よりも上に一般人はいる? 魔眼で解析して」
こいつ、五年分の寿命って言ったのか?
馬鹿か。何考えてんだ!
「そんなことしたら瓦礫が落ちて下にいる一般人が巻き添えをくらう! 絶対にだめだ!」
「消滅するから大丈夫だよ。気になるなら攻撃範囲を一点集中させた弾にする。それなら瓦礫は絶対に落ちない」
「待て。落ち着けって。大丈夫だから」
「何が? 全然大丈夫じゃないよね。じゃないと無理じゃん。泣き寝入りすんの? 見捨てんの? 清十郎さんと美咲ちゃんを見殺しにすんの?」
「いや……だから。ま、待って」
「待ったらどうなるの?」
瑠夏が静かに詰めてくる。怒りで我を忘れている。
わかってる。それは元々だ。こいつは元々狂ってる。
今の瑠夏は、メルだ。純度百パーセントに限りなく近いメル。自我割合で言えば、今の瑠夏はメル度九九・九九パーセントってところだろう。




