05 気持ちで押せという教え
翌朝。
今日は日曜だけど、瑠夏と会う約束をしていた。
確か朝の一〇時に玄関前だったはず。目覚まし時計を見ると、九時五八分だ。
「やべ。遅刻だよ」
俺んちはマンションの一〇階だ。
時間ちょうどに家の玄関ドアを開けると、隣の家のドアが同時に開いた。
「おはよ。なんか眠そうだね」
「だって朝早いよ」
「ふふ。もう一〇時だよ? そうちゃんっていつまで寝てんの」
思わず抱きしめたくなるほどに可愛らしい笑顔をしている。殺意に満ちた昨日の様子が嘘じゃないかと思うほどに、完全にいつもの瑠夏だ。
瑠夏はその内面にメルという狂気を孕んでいるけど、俺がメルの目的に沿うように振る舞うと、彼女はいつもの調子に戻ってくれる。
「そうちゃんにね、ある人を紹介したいんだ」
「その人が、紫眼の魔女を殺すのに必要だってのか?」
「そうだよ。その人はね、武器屋なの。間違いなくそうちゃんに必要なものを提供してくれる。それにね、いくら転生者だって言ってもあたしたちはまだ子どもだから。あたしたちが目的を達成できるように、その人が鍛えてくれる」
「武器屋ね……。でも、俺が前世で得意なのは魔法だったんだよ? 武器とかあんま使ったことないけどなぁ」
「仕方ないよ。前世で手に入れた魔力は全部あのバカ神に取り上げられちゃったでしょ?」
そうなのだ。俺たちは、前世で鍛え上げたはずの魔法が今世では使えない。
家に帰ってから何度も試してみたがやはり全く発動しなかった。そもそも大気中に魔素のカケラすら感じないんだから当然と言えば当然で、代わりに使えるのは神に二択を迫られて選んだ力だという……マジでパンツ見る力にしなくて良かったと思う。今考えるとゾッとする。
それにしても瑠夏は神への言い振りが酷い。間違いなくあの神が嫌いなんだろうな。
確かに、俺たち家族を皆殺しにした実行犯はあの天使だが、よく考えれば神はあの天使の上司だ。
俺たちに力を与えてまるで俺たちの味方みたいに振る舞っていたが、諸悪の根源はあいつだ。
「でもさ、その代わりに手に入れたのは百発百中で石をバケツに投げ入れる能力なんだけど。これでどうやって最強の天使を殺すんだよ」
「ま、とりあえず会ってみて」
ふふふ、と意地悪そうに微笑む瑠夏。
大切なことを言わないのはこいつの悪い癖だ。
完全に通常運転に戻っている。やはり普段は「瑠夏」の性格特性が色濃く表に出ているんだろう。
◾️
瑠夏に連れられ、俺たちの家から歩いて十分ほど。着いたのは、周囲を壁に囲まれた倉庫だった。
そこそこ広い敷地だ。建物の大きさの割に空地が多いから、きっとトラックが入ってくることを想定して建てられたんだろう。
「ここだよ。武器屋『マーモット』っていうんだ」
「ふーん」
ガガガガ、と音を立てて、両引きになっているめちゃくちゃ重たい倉庫の鉄扉を二人がかりで開ける。
武器屋か。今さら剣とか斧とか使ってもあの天使となんて戦える気がしねーけどな……と思いながら瑠夏に続いて倉庫内へ入った俺は、絶句した。
壁にびっしり掛かった銃火器の数々。その光景はほとんどアートの域だ。
拳銃、ライフル、サブマシンガン。
銃だけじゃなくロケットランチャーやグレネードランチャーなんかもある。
棚の上には手榴弾がゴロゴロ置いてあるから、何かの拍子に爆発してしまわないかちょっと心配だ。
そういや魔物が現れてからは、日本でも銃火器が販売できるようになったんだっけ。つまり自衛しろっていう国からのメッセージ。とんでもない話だがこれが現実だ。
「あたしは、弾に力を込める。そうちゃんは、銃を使ってその弾を敵に当てる。そういう方向で紫眼の魔女を倒そうと思うんだ」
「なるほどな」
倉庫の中には、作業をしている一人の女性がいた。俺たちと同じマンションに住む大学生の女の子よりは少し上くらいの年齢だろうか。
それにしてもすごい鋭い目つきだ。絶対にこの女の人は怖い……俺の直感がそう告げていた。
「こんにちは、ナドカさん」
「おう、連れてきたのか。その子がそうなのか、瑠夏」
「はい。ほら、そうちゃん」
「あ、え、えっと──あの、」
「……おう」
「その、あの、俺、は、その」
言葉が出てこない。
なんだ、これ?
体がピリピリ痺れて、思うように動かない。
苦しいし、なんかもう帰りたくなってきた。
しばらくそうして、ようやく気づく。
ビビっている。
間違いなく、俺はこの女にビビらされているんだ、と。
挨拶すら口から出せないほどに恐怖で体が縛られている。
異世界では魔王や天使と真正面から対峙してきた俺が、武器屋とはいえ近所に住む女程度に気圧されてるって?
そんな馬鹿な、とつい頭の中で吐き捨てたがこうなっている原因はすぐに分かった。
この尋常ならざる恐怖感は「蒼真」の性格特性が引き起こしている。そういや転生後の俺って、甘やかされてて怒られ耐性なかったからな……。
メンタルトレーニングもゼロからって、マジでちょっとつらいんだけど。
「ん──……お前大丈夫か? 俺は雪代ナドカ。この武器屋の主人だ」
腰に両手を当てて仁王立ちするお姉さんはスウェットパンツとタンクトップ姿、水色の髪はポニーテール。
すごい美人だとは思うがそんなことより目つきが怖すぎる。たぶん怒ってるわけじゃないんだろうけど、不用意な一言は絶対に即死だ。
あまりにも口籠ってしまった俺に、ナドカさんは若干呆れた様子を見せた。
「……まあいい。瑠夏から話は聞いてるよ。ただ、引き受ける前に一つだけ聞いておくことがある。おい、お前」
「はい……」
「お前たちがこれからやろうとしているのは、前人未到の登山みたいなものだ。最初のうちこそ先輩たちが築いた道を歩けるが、少し進めばその先はどんな困難が待ち受けているのかすら全く不明のデスゾーン。いつ何どき滑落死しても不思議じゃない死の冒険。それでも、お前はやる気なんだよなぁ?」
突然、覇気を叩きつけられる。
体のピリピリ感がより一層強くなった。呼吸だって喘ぐようにしないとできないし、今すぐにでも逃げ出したい。
前世の俺なら「当ったりめーだろボケ!」と一蹴できるレベルの単なる意志確認。だけど、いかんせん今世の俺の性質が邪魔をしている。
俺はしばらく声が出せなかった。
「ダメだな。やめとけ。こいつはこれ以上は無理だ。天使どころかそこら辺の低級モンスターに喰われて終わりさ」
「そうちゃん……」
ナドカさんは踵を返して奥へ帰って行こうとする。
意思に反して体が固まっていた。
こんな調子じゃメルを護るどころじゃないだろう。それに、メルに失望されてしまう危険性があった。
(魔導士として頂点まで上り詰めたこの俺が?)
(惚れた女に見下げ果てた奴だと思われるなんて絶対に嫌だ!)
俺は歯を食いしばり、拳を握りしめた。
「……やります。やらせてください」
ようやく口から出てくれた声は、今にも消えてしまいそうなほどに脆弱だ。全く、この程度の掠れ声を出すだけでこんなにも苦労させられるとは。こういうところは蒼真の弱点だ。
蚊のような声でもナドカさんはギリ立ち止まってくれた。
首だけ振り返って、その鋭い視線をさらに尖らせる。
「やります」
「聞こえない」
「お願いします!」
「お前からはまだ自己紹介すら聞いてないぞ。その程度のこともできん無能がこれからどうやって化物どもを倒すんだ?」
なんでこんな風に言われなきゃなんねーんだと思いたくもなったが、こっちは鍛えて欲しいとお願いに来てる身だ。
なのに、俺はまだきちんと自己紹介も意思表明もしていない訳で。普通に考えて失礼な話だろう。
それに、失った家族の大切さや命の重み、何が何でも瑠夏を護ると誓った蒼真の決意を、俺自身が軽視している気分にさせられた。
ここで逃げ出してしまったら、本当にそういうことになってしまう。
「お願いします!!」
気力を振り絞って声を出す。
僅かながら反応した俺の体は、さっきまでよりも少しマシな声を出した。
ガキの俺がこの女に勝てる要素なんて恐らく何一つない。
今、できるのは声だ。
それだけが、俺の決意を乗せることができるもの。前世から受け継がれたはずの魂を縛る、この体を解き放つことができる唯一のものだと思った。
だから、腹から声を出す。
そうすることで、俺の中のジルが徐々に主導権を握っていく。
体を蝕んでいた痺れは次第に薄れ、息苦しかったはずの呼吸は戦闘態勢を整えていく。
俺を見るナドカさんが、卑下するような視線をやめた。
しかし俺の目を覗き込み、まだ値踏みしている最中だ。
「途中でやめるくらいなら今やめておいたほうが時間が無駄にならずに済む。俺もお前もな。それでもやんのか?」
「はいっっっっ!!!」
「実戦どころかそのための訓練で死ぬことになるかもしれないんだ。本当にわかってるか? その覚悟がお前にあんのか。それでもお前は──」
俺は、精一杯に息を吸い込んだ。
「一一歳、山田蒼真!! これより前世で殺された家族の仇を討つために、如何なる命の危険があろうと絶対に屈することなく前へ進みます!!!!」
俺は、どこか懐かしい気持ちにさせられていた。
異世界で魔法を習い始めた頃、そういや師匠にもどやされた。
実力云々の前に、気持ちで負けてる奴なんてお話にならない。
気持ちで押せ。
それこそが道を切り開く、と。
つまらない精神論だと最初は陰で笑った。
これは単なる才能の差。そんなもので埋まるはずはない。
師匠と俺とでは格が違うだけなんだと。
それでも俺は気持ちを途切らせなかった。
教えを守り、試行錯誤し、毎日のように朝も昼も夜も魔術訓練に勤しんだ。
決して諦めない、その情熱の火だけは消してしまわないよう心に誓ってやり続けた。
あの日、それが全てを変えていった。
俺はそれを知っている。
一度経験してきた。最初は人のお世話になり、鍛えられ。
いつしか世界最強を冠するまでになったその最初の一歩は「気持ち」だった。
だから、今自分にできる全力の声を出した。
拳を握りしめて、気持ちを乗せた視線でナドカさんを見上げる。
「……そうか。蒼真。わかった」
怖かったはずの表情をまるで子どものように緩ませて、ナドカさんはそう言ってくれた。
瑠夏も、嬉しそうに微笑んでくれている。
全身を汗でボトボトにしながら、俺はとりあえず大事な大事な一歩目を踏み出した。
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