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47 初めての顔合わせ(美咲視点)


 わたしは食い入るように鏡を覗き込み、自分の姿を夢中で見つめていた。


 魔物であることが明らかにわかるところは、頭から生える二つのツノ、鱗で覆われた破壊力のありそうなゴツい尻尾くらいか。


 その他は案外変わってはいない。ツメがちょっとゴツめなのと犬歯が目立っているかなぁと思うくらいで、髪の色は前と同じ金髪だし、肌だって同じだ。そこだけはちょっと安心した。ツメもこのくらいならマニキュア塗れるし。完全に猛獣みたいになっちゃったらショック過ぎる。


 鏡の中の剛毅を、わたしは睨んだ。


「どういう能力なの。剛毅……お前の力は」

「『剛くん』はやめたのかよ。キキキ……まあでも俺はそっちも嫌いじゃないよ?」


 鏡に見入るわたしの後ろで、堪えきれない様子で喜ぶ。

 ふと気づくと、さっきまでいたはずのベルさんの姿が見えない。うまく逃げれただろうか。


「支配グリード「器の修正(ネイチャーモッド)」だ。下等な人間と違って魔物は体質的にグリードに目覚めやすい。俺のグリードで魔人・魔獣化すれば近いうちにグリードに目覚めるだろ。お前も『強い欲』を抱いて早く俺の役に立つグリードに目覚めろよ?」


 ビビッ、と体が痺れたようになる。

 支配(・・)がきた。具体的な説明はされていないが間違いない。スイッチで入り切りするかのようにわたしの心は弄ばれ、感情はすり替わる。

 わたしは、ゆっくり近づいてくる剛毅を見上げた。


 瞳が潤み、トロンとした顔をしているのが自分でも分かる。体の中心がほのかに熱くなり、まるで淡い恋心に支配されたかのようだ。意思に反してなのか、それともわたし自身が望んでいるのか、それすら判別がつかなかった。


 剛毅が唇を近づけてくるのを、まるで自ら待ち望んでいたかのような仕草と表情で受け入れる。最愛の人にするかのように、わたしは与えられた彼の唇を自分から求め返した。


「いい子だ。めっちゃ可愛いじゃん。お前の支配はルークと違って『恋心バージョン』で常時発動にしとくからな。キキキ……やっぱ従順なほうが可愛いわ。よし、お前に最初のミッションを与えよう」

「はい」

「もう分かってると思うがお前のことは竜の魔人にした。そして人間の形状へ戻ることもできるようにしてやった。どうしてだか分かるか?」

「…………?」

「人間の美咲のふりをしてウェジーの二人へ近づけ。そいつらを油断させて、竜人に戻って首を掻き斬って殺せ」


 人間だった頃のわたしがドクンと鼓動を波打たせたが、竜人のわたしがそれを力づくで押さえ込む。

 動揺は表情に現れず、しかしドクドクと暴れる鼓動ではち切れそうになる心をどうにもできないまま、わたしは従順に返事をする。


「はい」

「キキキ……おい、ウェジーの二人のグリードを教えとけ」

「攻撃担当は男性の山田蒼真です。女性の三原瑠夏はアシスタント。蒼真のグリードは射撃だと思います」

「詳しくは?」

「わかりません。様々な特殊効果を付与できそうな感じでした」

「ちっ……美咲じゃその程度が限界か。まあいい」

「申し訳ございません。では行って参ります」

「ああ、その前に」

 

 任務(・・)に出て行こうとするわたしの手首を剛毅が掴んだ。

 強引に抱き寄せ、わたしの顎をクイッと上げる。


「ここで遊んで行くぞ。あ──……いつ帰ってくるか分かんねーほうが燃えたな。失敗だ。キキキ」


 剛毅はわたしの手をとって事務所へ入る。部下三人は、壁一枚を隔てた廊下で待っている。

 ソファーにドカッと体を埋めた剛毅は、わたしを立たせたまま服を自分で脱ぐように命令した。


◾️


 剛毅が帰ると、わたしはスマホを取り出した。

 蒼真くんと、瑠夏さんを罠に掛けて殺さなければならない。

 指が震え、わたしはスマホを地面に落とした。


「……何をやってるの」


 まるで二つの人格が同居しているかのようだ。そしてどちらの人格もがそれぞれ一八〇度異なる感情を抱えながら同じ独り言を漏らしている。

 わたしはスマホの電話帳から瑠夏さんの連絡先を探し、電話をかけた。


【もしもし? 美咲ちゃんどうしたの】


 声を聞いて、心拍が早くなる。

 二人は、お兄ちゃんを助け出してくれた恩人だ。


「あの。さっき、マーモットに桐谷が来て」

【え!? マジで!? 美咲ちゃん大丈夫だった!?】

「うん。でも、ちょっと大変なことになっちゃって……瑠夏さんたちは今どこ? できれば戻ってきて欲しいんだけど」

【ちょっと待ってね! ……そうちゃん】


 蒼真くんと相談している瑠夏さんの声が電話越しに聞こえる。

 二人は優しいから、きっと戻ってきてくれる。


【分かった、今すぐ戻るから。今は大丈夫なの?】

「うん。やっぱあいつも元カノまで殺すつもりはなかったみたい。今は帰って、もういないよ」

【そっか。すぐ戻るね】


 電話を切る。

 あとはマーモットの倉庫に入ってきたら近づいて、会話しながら油断させて──できれば背後からが良い。


 竜人化し、至近距離の爪攻撃で一撃でトドメを刺す。

 強靭な腕力と、爪。人間程度の肉体では話にならないだろう。


 わたしは倉庫のテーブルがある長椅子に座って彼らが帰ってくるのを待つ。

 ナドカさんの息子ちゃんはここには帰ってこないはずだ。蒼真くんたちとの会話に聞き耳を立てた感じ、アキラとかいうよく分かんない人のところへ預けているらしい。

 子どもがいればより任務が簡単になったはずだけど、そこは上手くはいかなかったな。


 どんな顔をすれば二人が油断してくれるかを考えながら、ベンチに座ったまま小一時間を過ごした。

 ガガガ、と鉄扉が動く。


「美咲ちゃん!」

「瑠夏さん!」


 わたしは慌てたように立ち上がり、瑠夏さんに駆け寄った。

 そして優しい声を掛けてくれる彼女に抱きつく。このまま爪をおへその辺りに突き刺して(はらわた)を掻き混ぜれば瑠夏さんはすぐに死ぬだろう。


 だけど彼女はただのアシスタントだ。蒼真くんに時間を与えればわたしが先に殺されるのは間違いない。なら、瑠夏さんを人質にするか? 

 ……いや、前に蒼真くんの戦闘を見た限りじゃ、あの射撃はその程度では絶対に打ち破れない。

 やるなら蒼真くんが絶対に先だ。


「美咲、大丈夫か」

「うん。殺されたりはしなかったよ。あはは。やっぱ可愛い女の子はお得だよね」

「……馬鹿。心配したんだぞ」

「へへ。ごめんね。でも、ベルさんがあいつらを引きつけてくれて、あいつらは追いかけていったんだ。そのせいで、もしかしたらベルさんが殺されちゃうかもしれないよ」

「……分かった。俺たちが探すよ。瑠夏、ここは危険だけど、見張りを置かれてたらここから出ても危険だよな。何がベストだろう?」


 蒼真くんがわたしに背を向けた。それも、瑠夏さんと並んで、わたしのすぐ前で。少し手を伸ばせば彼の背中の中央を貫ける。

 今がベスト。

 この距離感なら外すこともないな。


 恩人であろうが関係ない。蒼真くんと瑠夏さんはご主人様に仇なす狼藉者。必ずこの場で始末しなければならない。差し違えてでも、必ずここで。

 それが、奴隷たるわたしの役目……


 迷うことなど何もない。

 そのはずなのに、突然の胸の痛みに襲われた。


 まるで針が胸を貫いたかのようだ。

 いや……心臓をグルグル巻きにされて絞られているかのよう?

 耐え難いほどの絶望が目尻から涙を落とさせ、ご主人様のお役に立てる歓喜が微笑みを作り出す。

 正反対の感情が一八〇度違う方向に心を引っ張っている。二つの感情が、わたしの内臓を掴んで綱引きをしていた。


 ツメの一撃で楽にさせるために腕を振りかぶり──その時、シャーッと威嚇するような猫の鳴き声がした。


 蒼真くんと瑠夏さんの真正面。

 ベルさんはわたしのほうを向いていた。

 それにつられて、蒼真くんが首だけこっちへ振り向いて。


 ダァン、と銃声が響く。

 

 脇の下に見える銃口。緑色の、異形(いぎょう)の銃。

 魔人となった今のわたしには、なんとなく理解することができた。まるで意志が形をとってオーラを纏ったような銃だ。断固たる決意に基づく超高速反射銃撃。

 殺意を抱いているのは蒼真くんじゃない。

 間違いなく(こいつ)だ。

 

 しかし銃弾はわたしを直撃することなく、わたしの腕を(かす)めていた。

 さすがにこのタイミングでは正確に狙えなかったんだろう。残念だけどこのミスは命取りだ。

 手が届くほどの超至近距離では、人間のあなたじゃ、わたしの追撃を躱すことはできない──


「…………なんで」


 動かない。微動だにしない。

 腕どころか、体のどの部分も自由が効かない。


「ぎ……ぐあああああ!」


 全力で動こうとした。

 ツノが生え、巨大な尻尾がブルンと姿を現す。体の隅々まで竜の力を込めて、正体不明の拘束を解こうとフルパワーで足掻く。

 それでも、わたしの体は今の位置から動いてくれなかった。


「無駄だよ美咲。一〇分弾だ。しばらくは動けない」

「……どうして。ミスったんじゃなかったの」

「掠らせたことか? そんなのワザとに決まってんだろ。ってか、あったりめーだろ馬鹿。お前はなんも心配すんな」

「それって自分を殺そうとした相手に言うセリフ?」


 内に秘めた感情は、さっきと真逆だった。

 竜人のわたしは驚愕して絶望し、人間のわたしはどうしようもないほどの歓喜で心を震わせる。

 わたしは、どんな顔をしていたんだろうな。


「そうちゃん。これって」

「ああ……桐谷が来たってのは恐らく本当なんだろうな。美咲は魔人にされちまったみたいだ。清十郎と同じだよ」


 竜人のわたしはまだ諦めていなかったが、この状況に至って人間のわたしが奇跡的に優勢となる。

 体に込められた竜の力は徐々に緩んでいった。


「なあ美咲。お前とルークは、もう元には戻れないのか」

「……無理だよ? あはは。わたしはもう剛毅の──ご主人様の奴隷だからさ。今のわたしは、蒼真くんと瑠夏さんを殺すためだけに生きてるんだ。……だからさ」


 勝手にいじくられていた感情が、支配の路線を外れ始めていた。優勢になった人間のわたしが剛毅の支配を(ほど)こうとしている。だけど、すぐに盛り返されるかもしれない。

 時間がない。

 伝えるべき言葉だけを、端的に伝えなければならないと思った。


「今すぐに、わたしを殺して。じゃなけりゃ、これからもずっとわたしはあなたたちをつけ狙う」

【それは俺のことを裏切るって話でいいのか? 美咲ぃ】


 そんな大切な時に、剛毅の声がした。

 絶対服従すべき愛しきご主人様の、憎きお声だ。

 瞬間的に支配が実効力を取り戻し、声はまた出せなくなった。


 蒼真くんたちの向こう側に、いつの間にかさっきご主人様と一緒にいたバッファローの獣人が居る。そいつは、ビデオ通話にしたスマホを手に持っていた。

 画面には、ご主人様が映っている。


「……いえ。そんなことは」

【動けねーんだってな。そんなにやり手なのかよ、そこの坊ちゃんが】

「お前が桐谷剛毅か」

【キキキ。お初にお目にかかるぜウェジーさんよ。クインシーの屋敷に仲間をよこして忍び込んでくれたとか。まぁそっちはボコボコにしてやったらしいが?】

「魔族暴力団ってのはどいつもこいつもビデオ通話が流行ってんのか? それとも敵の前に出てくる根性もないヘタレかよ。俺の目の前に姿を現すこともできねークセによくもそこまで威張れるな」

【キキキ……挑発しても無駄だぜ。お前のグリードは銃撃なんだって?】


 蒼真くんのグリードをバラした大罪で胸が苦しくなった。これでは、場合によっては蒼真くんの命に関わるだろう。

 逆に、大事な情報をご主人様へ報告できた安堵で竜人のわたしが小躍りしそうだ。


 それでも、蒼真くんは動揺する様子を見せずに言い返す。


「美咲はお前の元カノなんだってな。えらくご執心じゃないか。未練タラタラってことだよなぁ。なら、この状況は自分の好きな女が敵に囚われたってことになる訳だが」

【キキキキキ!! 人質をとったつもりかよ。おめでたい奴らはマジでウケるわ。そいつが俺の命を狙うようお前らに依頼したんだろ? なんでそんな奴の命を俺が惜しむんだ」


 ご主人様はわたしのことを大切になんてしない。それは初めからわかっていたことだ。

 そして、それを承知しながら竜人のわたしはご主人様に惚れていて、絶対服従を誓っている。


【美咲とルークは俺の支配を受けている。その状態にしたルークと美咲の命を、俺は任意で落とせる(・・・・)。操り人形の糸が切れたように、瞬間的にだ。お前らはルークと美咲の支配を解きたいんだろうが、その前に俺は二人を殺せる。当てが外れたなぁ】

「……想像していた通りの鬼畜だな」

【キキキ。だが……俺も愛する奴隷を二人も失うのは心が痛む。お前らだって依頼者がいなくなりゃタダ働きになっちまうだろう?】


 蒼真くんの銃口がわたしへ向くなか、体を縛っていたグリードの効力が解けた。蒼真くんが撃った弾丸の特殊効果が切れたようだ。


【地下室にいるルークを解放しろ。グリードを使って閉じ込めてる奴がいんだろ。ルカとかいうそこの女か?】


 ご主人様がお兄ちゃんのことに言及した直後、地下室への出入口となっている床の扉が静かに音を立てて開いた。

 お兄ちゃんは自力で出てきて、今はご主人様の力が効いている印象ではなかった。


 竜人になったわたしの姿を見て、お兄ちゃんは目を見張った。

 今にも泣き出しそうな顔。そんな顔をされたら、こっちもどんな反応をしていいかわかんないよ。

 色々言いたいことがありそうだったけど、お兄ちゃんは一言も喋らなかった。


 わたしは戦意がないことを主張するために、ツノと尻尾を消して人間の姿になった。

 そうしてお兄ちゃんと二人で入口の鉄扉のほうへ歩く。

 蒼真くんは、動かない。


【キキキ……じゃあな、早撃ちガンマン。お前レベルのグリード使いじゃ到底俺は殺せないがまあまあ面白かったわ。また会えることを楽しみにしてるぜ。まあ無理だろうが】

「そうだな。たぶん話すのはこれが最後だ」

【キキキ】


 バッファローがスマホをポケットに入れてスッと奥の暗闇に消える。

 わたしは最後に蒼真くんを見つめて、それからお兄ちゃんと一緒にマーモットをあとにした。




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