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45 負の輪廻を断ち切れ


 夜中の二二時。スマホのコール音が鳴る。

 こんな時間に電話をかけてくる人は、家族かナドカさんか。ナドカさんは家族みたいなものだから、要は家族しかいない。

 俺は寝ぼけ(まなこ)で画面を確認する。

 電話を掛けてきたのはナドカさんだった。


「はい。お疲れっす。どうしたんすか、こんな時間に」

【今すぐ来てくれ。場所は国立西東京魔人・魔獣総合医療センターだ】

「へ? え、どういうこと──」

【数珠丸が重症だ。最期になるかもしれん。すぐに来てくれないか】


 切られた電話を持ったまま一瞬思考を巡らせる。寝ぼけていたが、しかしボケッとしている暇はないということくらいは気づいた。


 俺は布団から出て、寝室に押し入った。

 一人で寝るのが寂しい瑠夏のベッドの周りには、同棲を始めた頃から可愛らしいぬいぐるみがいっぱいだ。だけど、途中から擬人化したドラコとメルカが一緒に寝ているし、今はバステトまでここで寝ているから絵面的には賑やかに見える。


「瑠夏! 起きろ! ……おい、起きろって!」


 ゆっさゆっさと体を揺する。

 うーん……と悩ましい喘ぎ声みたいなのをあげたかと思うと、バッチーン! と派手な音が鳴った。

 遅れて頬がヒリヒリしてくる。こいつは俺のことを視認した途端にしっかりとした手さばきでビンタしてきたのだ。


「なんで勝手に入ってくるんだよ!」

「馬鹿、そんな場合じゃねー! 数珠丸が」

「……なによ」


 こいつ、いつもパンツで寝てんのか……これは良いものが見れた。今日は淡いピンク色のやつだった。

 瑠夏はTシャツにパンツ一枚という格好で、今日はバステトを抱き枕代わりにして寝ていたようだ。

 

 ジロジロ見ていたせいか瑠夏は布団を引き寄せて下半身を隠す。二発目が飛んで来そうになり、俺は慌てて瑠夏に事情を話した。ドラコが目をこすりながら起き出して、メルカはまだグースカ寝息を立てていた。食事もそうだがこいつらが睡眠する理由が皆目わからない。俺の予想ではたぶん人間らしくするために雰囲気でやっている。


 事情に関しては、ナドカさんがろくすっぽ説明しなかったので詳しいことは俺にも分からない。が、数珠丸がやろうとしていたことを考えれば何がどうなったのかは大体想像がついた。


◾️


 俺たちは、全員ですぐさま病院へ駆けつけた。守衛室で尋ねると、数珠丸は手術中らしい。

 この病院は魔人・魔獣の専用病院で、医師の中には回復系グリードが使える「魔医」もいる。


「ナドカさん!」

「来たか」


 ナドカさんは、鎮痛な面持ちで手術室の前の長椅子に座っていた。手術室の扉の上には「手術中」のプレートが赤く点灯している。

 ナドカさんの隣にいるのは見たことのない獣人だ。

 たぶん犬獣人だろう。まだ中学生くらいの年齢に見える。


 ナドカさんの姿が目に入るや否や、なぜかバステトが一目散に走り出していた。

 そしてナドカさんの足に齧り付くようにして叫ぶように鳴いたかと思うと、手術室のほうをじっと見つめる。

 どうやらバステトも数珠丸の心配をしているらしい。やはり同じ魔獣同士、通じ合うものがあるのだろう。


「ナドカさん、それで、どういう状況ですか」

「仕事中に敵に正体がバレた。攻撃を喰らいながらもマーモットまで逃走してきたんだ。そこまでが限界だったんだろう、倉庫の鉄扉を叩いたところでそのまま倒れた。右足が切断されていたし、身体中の至る所に穴が空いていた。いくら魔獣でもこれでは死ぬ。すぐさま救急車を呼んだが……見込みは五分五分だそうだ」

「僕のせいなんです! セトさんは……セトさんは、僕を庇ったんだ。彼は黙ってれば正体なんてバレなかったのに」

「お前、名前は」

「……ミナトと言います」

「そうか。ミナト、話してくれ。まず、お前は誰だ」

「僕は……僕はバジリスクの幹部であるクインシー・キッドマン様の一番の部下でした……。その部下をクビになり、処刑されそうになったところをセトさんに助けられたんです。でも、そのせいでセトさんは瀕死の重傷を負ったしまった」


 なんとなく、素直に話してくれている印象を抱いた。

 数珠丸はきっと前世の名を偽名として使ったんだろう。だから、この場での話は数珠丸のことを「セト」で通すことにした。

 

 獣人の少年・ミナトは、話し終えるとうつむく。

 拳を握りしめているところからして、数珠丸のことをある程度は想ってくれていたんだろうと分かった。

 ただ、こちらにはまだ尋ねなければならないことがある。


「それで? どうしてセトがお前を助けることになったんだ」

「……分かりません。僕を助けるメリットなんて、セトさんにはなかったはずなんです」

「あいつは、お前と仲良くなったのかよ」

「……セトさんがどうだったかは分かりませんが、僕は……これから一緒に働ける仲間だから。同じ犬属の魔獣だし、まるでお兄さんみたいで……。だから、その」


 ミナトは、震える唇をキュッと噛み締める。

 迷いがありありと表情に浮かんでいた。クインシーの部下ならこいつは魔族暴力団の一員のはず。だけど、パッと見の印象ではどう転んでもそこら辺の中学生だ。


「僕が死ななきゃならなかった。セトさんが傷つく必要はなかった。僕はクインシー様の側近なのに。勝手なことをし、信頼してくれていた城主に失礼なことをした。そんな部下はクズだ。そんな奴に、愛される資格なんてないから」


 事情はわからないが、ミナトは必死に何かを振り払うような言動をする。

 その様子を見ていて、数珠丸が護ろうとした理由が分かった気がした。

 敵のくせにこんなことを言う子どもが目の前でクインシーに殺されそうになっていたら、俺ならどうしただろうか。

 ただ、こいつ自身には愛を受け入れる準備ができていないのかもしれない。


「それだとセトが浮かばれないな」

「…………どういうことですか」

「お前に愛される資格があるかどうかなんて分からんけどな。何はともあれ、あいつはお前のことを命を懸けて護ったんだろ。それは、お前の言う『愛』ってやつじゃないのかなって思ってさ」


 思考がまだ迷いの森の奥深くを彷徨(さまよ)っていそうな様子。でも、それはきっとこいつが純粋だからだろう。

 敵であれ、こういう奴は嫌いじゃない。

 

 手術室の扉が開いて、中から医師が一人だけ出てきた。

 中を覗き込むと、数人の医師が何かの作業をしている中、そのうちの一人の医師が手のひらを光らせて数珠丸へ向けている。


「手術と同時に癒しのグリードで治療を行っていますが厳しい状況です。肺や内臓などの重要臓器がひどく損傷していますので──」


 説明の途中でバステトが医者へ飛び掛かろうとしたので、俺は慌てて抱き上げた。

 すると、その隙に瑠夏がすぐさま医者へ詰め寄った。


「あの。癒しのグリードというのは、もっと強力な治癒力を持っているものじゃないんですか? グリードがあっても助からないんですか?」

「生命の再生には途轍もないエネルギーを消費します。そのため、強力な回復能力を発現するグリード能力者は非常に稀です。無から臓器を復元し、命を力強く回復させることができるのは、恐らく命を創り出した神だけでしょうな」


 要は、神に祈るしかないってことだ。あのクソッタレに命を握られていることをまた思い出す。あの日から、結局俺たちの命運はずっとあの神の気分次第で転がるところに置かれ続けている。

 イラつきを解消させるために大きくため息を吐いた。瑠夏も同じような様子だ。俺と瑠夏は、あれからそんなことばかりだ。

 奪い、生み出し、また奪う。

 神ってのは、俺たちの命を使って気まぐれに遊ぶ。 


「ああ……ところで、切断された右足は、どこかにありますか」

「いえ。分かりません。どうしてですか」

「足を接合する際に必要です。先ほども申し上げましたが無からの再生は非常に難易度が高く困難です。生命回復にも大きく影響する。もしあるのなら持って来ていただきたいのですが」

「分かりました。探してみます」


 医者は、一礼をして手術室へ戻って行った。

 二つ返事をしたものの、切断された足ってどこにあるんだろう? 数珠丸はロイヤルから逃走してきただろうから、逃走経路のどこかということになるだろう。黒竜(ヘイロン)からこの病院までとなると捜索範囲はかなり広い。

 考え込んでいると、ミナトがおずおずと口を開いた。


「すみません。あの……。セトさんが足を切られたのは、たぶんロイヤルの中だと思います。お城を脱出する直前、総攻撃を喰らって……。地上に着地した時には、もうセトさんはバランスの悪い走り方をしていたから」

「よし。……瑠夏。俺たちで行きたいんだけど、いいか」

「うん。もちろんだよ! 私たちでぶっ飛ばしてやろう」


 数珠丸は、報酬を貰って仕事を請け負うプロだ。

 成功して大金を稼ぐことも、逆に失敗して死ぬことも自己責任。本来、あいつがやられたからといって俺たちが責任を感じる必要はない。


 それでも、正直言ってこれほどのリスクを背負っているとは考えていなかった。

 百万だなんて高い、そういう感想しか持っていなかった。

 

「ナドカさん。俺たち、ロイヤルに行って、切断された足を探してきます。ナドカさんはここに居てあげてください」

「バジリスク桐谷の根城は、六本木にある巨大複合施設『六本木スローンズ』だ」

「……え?」

「あいつが気を失う前に俺へ伝えた。あいつの仕事を無駄にするな。お前らは桐谷を()りに行け」

「でも! それじゃ数珠丸の足は誰が取りに──」


 ふと、寒気がして俺は言葉を止める。


 急に気温が下がったような感覚だ。院内エアコンの設定温度を下げたにしてもこれほど急激には下がらないだろう。どこかの窓や扉が開いていて、外の冷気が吹き込んだのだろうか。

 悪寒がして、俺は体をブルっと震わせる。


「心配するな。そっちは俺が()りに行く」


 いつものように感情の薄い表情をしたナドカさんは、落ち着いた声で一言だけ口にすると、手術室を跡にした。





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