44 掟破りの末路(数珠丸視点)
ゴツ過ぎる男との夜闇のデートを終え、私たちは浮遊城ロイヤルへ戻ってきた。
クインシーは私を執務室──どうやら最初に案内された応接室がそうだったらしいが、そこへ連れて行った。
なぜかフェンリルの姿のままでいるよう指示されたが、いくらクインシー専用に作られている建造物とはいえ魔獣のまま室内で過ごすのは、私の体躯では狭すぎる。
クインシーは自席へ座り、私はその傍らで丸くなって座った。
「ははははは。こうしてフェンリルを飼うのも乙なものだな。一国の王にでもなった気分だ。ははは」
かなり上機嫌だ。ロイヤルという城名をつけた理由は「忠誠心」が主たる理由で間違いないと思うが、「王族」という意味もあながち外れていないかもしれない。
ドアがコンコンと鳴らされた。
誰かが訪ねてきたようだ。
「クインシー様。ソフィアが、報告したいことがあると申しております」
「ああ? そっちから来いと伝えろミナト。それくらいお前で判断しろ」
「そのように伝えたのですが、どうしてもと」
クインシーは舌打ちをしながら立ち上がる。
「仕方ねぇな。ミナト、お前はセトと一緒にここで待て」
「承知しました」
クインシーは、ドシンドシンと重そうな足音を立てながら面倒くさそうに部屋を出ていった。それを見届けてから、ミナトが私に寄ってくる。
「どうやら気に入っていただけたみたいだね」
「ええ、おかげさまで。二三区をぐるっと一周してきましたよ」
かなり素早く動いたから、夜空を舞う私たちを認識できた者は少ないだろう。
ただ、素早く動いたのは一般人から見られないようにするためじゃなくてクインシーの度肝を抜くためだ。
だが、あいつは平然とバランスをとって私を乗りこなした。
「あはは。そりゃかなりお気に召したんだよ。羨ましいなぁ。僕はそんなに早く気に入ってもらえなかったから」
ミナトは、寂しそうにうつむいた。
「苦労したようですね」
「うん。第一席って言っても、僕は仕事がそんなにできるってわけじゃないから。だから、ただただ誠実に、一生懸命頑張ったんだ」
「そうですか」
誰にも愛を注がれなかったから、クインシーが差し伸べた手に縋ったのだろう。
クインシーに愛があるとは思えないが、瑠夏さんに振り向いてもらえなかった私とミナトが同じだというなら気持ちは分からなくもない。
そんなことを考えていると、ミナトがチラチラと私を見ていた。
「どうしたんですか?」
「……あの。お願いがあるんだけど」
「はい」
「少しだけでいいから、セトさんのお腹にくるまって寝てみたいんだけど」
「……はい?」
「あっ。ごめん! 迷惑だよね! ごめんね。あの。僕、親の顔を見たことがなくて。物心ついた頃から施設だったから。だから、もしお父さんやお母さんがいたらどんな感じだったんだろうって思って。セトさんのお腹で寝たら、なんかそんな気分が味わえそうな気がしたんだけど」
こいつはもう中学生くらいの年齢だろうし、私だってまだ二十代前半だ。失礼な! と思わなくもない。
ただ……前世からの年齢を合わせれば、私は高齢者。
「……どうぞ」
「わぁ……ありがとう。ついでだから僕も魔獣化するね!」
ぽん、と犬の魔獣になったミナトは嬉しそうに私の懐に潜り込んだ。
グリグリと頭をお腹に引っ付けてきて、ゴロンゴロンと体をくねらせる。
はっ、はっ、と舌を出し、私の真っ白なもふもふの毛と戯れる。
「どうですか?」
「……最高だよ。お父さんっていうか、お兄ちゃんがいたらこうだったのかな」
「そうかもしれませんね」
しばらくミナトを好きなようにさせていると動きがピタッと止まった。寝てしまったのかと思ったけど、何か違うようだ。
濡れたような感触が毛の奥にある肌を冷やす。
それは、ミナトの顔の真下あたりだった。
さすがにここで心を読むのは野暮というものだろう。
敵陣で何をやっているのかという気持ちになるが、今まで一人で気丈に生きてきたのなら仕方がないのかもしれなかった。
敵陣での仕事中だ。情に流されれば死が近づいてくる。
私に体を埋めるミナトへ質問をした。それは「侵入者に対するこの城の防衛機構について」だ。
眠るように安らかな顔をするミナトから情報が流れ込んできた。
(監視グリード使いのソフィアに感知されれば、その情報は即座に人形グリード使いのコーネリアスに伝えられて守護者が起動する)
(それは、グリードにより稼働する魔導人形だ)
(城内で異常を発見した場合、クインシー様の判断を待たずしてソフィアとコーネリアスが侵入者の処分を決定する)
(クインシー様の許可がない限り、勝手に城外へは出られない)
なるほど。確か城内での会話は監視されているとミナトが言っていた。
しばらくこの城での生活を続けながら、城外に出る手段を探る必要がありそうだ。
ガチャ、とドアを開ける音がしてクインシーが帰ってきた。
魔獣化してすっかりリラックスしていたミナトは、慌てて魔人へと姿を戻してビッと気をつけをした。
「何をやっている」
「は。も、申し訳ございません。フェンリルの毛並みがつい美しくて、堪能してしまいました」
私が持つ印象では、このような場合クインシーは理由の如何を問わず問答無用でぶん殴る。命令以外のことをした場合には容赦しないはずだ。
だが、奴はドアの前から動くことはなく、立ち尽くしたままだった。第一席のペットとやらは扱いが違うのだろうか。
「勝手なことをするなと常々俺は言っているな」
「は、はい……申し訳、ございません!!」
「能力に劣るお前が第一席のペットになれたのは、なぜだと思う」
「……それは。長年の、忠誠心が、認められたと。クインシー様のために尽力したことが、認め──」
「ペットの最低条件は掟を破らないことだ」
体をビリビリと振動させる低音の声で、ミナトがビクッとした。
「掟その一。『裏切らない』。お前の言うとおりだ。その二は『勝手なことをしない』」
「はい……」
「今、お前は二番目の掟を破ったな」
「……はい」
「そしてお前は絶対に破ってはならない一番目の掟をも破った」
「……え」
呆然とし、時間が止まったかのように立ち尽くす。
何を言われているのか分かっていない、そんな印象だった。
「や、破ってません! ど、どどういうことですか!?」
ミナトが、我を忘れて取り乱した。
「お前はそこのフェンリル・セトとの会話の中で、俺へ感謝しているからこそ後ろめたい気持ちになると言っていたな。ソフィアが感知した城内の会話記録にお前の声が残っている」
「それは! あの、違うんです!! 誤解です!! クインシー様は無償の愛を下さるのに、僕は──」
「そうだ。俺はお前のことを拾ってやった。お前を第一席へ抜擢したのは掟を誰よりも忠実に守る姿勢を評価したからだ。しかしお前はその二つを破った」
「違います!! や、破ってません!! 信じてくださいクインシーさ──」
「『信じる』という行為は愚かで無駄だ。いかなる者も心を読まれぬ限り嘘をつく。弁解の言葉は聞くに値しない。叛逆の火種は即・叩き潰す」
部屋の空気が熱を持った。
直後、まるで蜃気楼のように奴の姿が歪む。
この後、奴がどうしようとしているか私にはわかっていた。しかしここまでのことをしようとする理由が全く理解できない。
(後ろめたい──まさかその単語を口にしただけで?)
実際に謀反を起こした訳でもない。ミナトは何も行動を起こしていないのだ。これでは命がいくつあっても足りないだろう。クインシーの疑り深さは病気だ。
私は、今からの自分の行動を想定していく。
このまま何もしなくても私に危害が及ぶことはないだろう。なぜなら嫉妬に狂ったクインシーが咎めたのはミナトだけで、奴は私のことは気に入っているのだ。その結果ミナトはクインシーのグリードで死に、私は生き残ることができる。
クインシーは、如何なる釈明も絶対に聞き入れはしないだろう。
ミナトの心を読んだ私は彼が抱く後ろめたさの原因を理解しているが、仮にそれを説明したところで──いや、さっきのミナトと同じく喋ろうとした途端に遮られて誤解を解く機会など与えられはしない。
クインシーが、右手を高々と振り上げた。
阿弥陀の使い方は色々ある。
心の声を聞くというグリード効力の特質上、複数の敵を相手取るのは苦手分野だ。
しかし一対一である限り敵の攻撃を回避する有効手段となり得る。この場面で敵へ要求する内容は「次に行おうとする攻撃方法を教えろ」だ。
敵であるミナトを助ける理由は、私には無い。
ならば、次の瞬間に判断したのは、脳ではなく体だったかもしれない。
後足を使って全力で床を蹴り、前足で方向をコントロールして、私はミナトを牙で咥えて致命の一撃から回避させる。
ドガ、と重い音が床を大破させて瓦礫を周囲に撒き散らせた。
「ほう。お前もかフェンリル。その覚悟や良し」
戦斧グリード「解体屋」。それは、予め読み取っていたクインシーの力だ。
ブレードは奴の腕から生えるように出すこともあれば、全く離れた遠距離に出現させることもできる。
今、クインシーが出現させたのは遠距離。
斧自体が見えたわけではないが、如来心眼がそのタイミングを私に教えた。
「セ……トさん」
「黙っていなさい」
クインシーは、もう会話するつもりは無いようだった。何も無かったはずの空間にグリードで作られた斧の刃がいくつも具現化され、次の瞬間にはこちらへ向かって飛んでくる。
爪や牙を持っているとはいえグリードと真正面からやり合うのは無理だ。だが、奴は唯一の逃げ道であるドアの前に陣取っている。
心眼で受け取った情報に従い、敵との距離を一定に保ちつつ紙一重で飛び道具を回避した。
そのうち、部屋のドアが開いた。
クインシーに引っかかって開き切らずに止まる。
「来たか。フェンリルとミナトを処刑しろ」
ドアの前から体をズラしてクインシーが部屋へ招き入れたのは、生気の抜けたような目をした、青い肌の魔人たち。
クインシーほどではないが、人間で言うなら高身長を持つバスケットボールやバレーボールの選手ほどもある巨体だ。次々と部屋へ入ってくるが、その全てが青色に瞳を光らせていた。
「セトさん、守護者です。もう、ダメだ」
「黙っていなさいと言ったはずです」
侵入者に対する制裁が開始された。
守護者が手のひらをこちらへ向け、光の球を飛ばしてくる。これはグリード効力の乗った弾だ。それが連射されている。
今の人数は三人。四人。……まだ入ってくる。そのうえ、クインシーの斧が同時に飛んでくる。総弾数は早くも数えきれないレベルに到達し、回避できているのも不思議なくらいだ。
五、六、七……まだ増える。
それぞれの守護者は両手で球を飛ばし始めた。私はそれを回避するため、床、壁、天井を反射するように駆け飛んだ。目で見て反応している暇はない。少し前からもう勘で対応しておりいつ被弾してもおかしくない状態だ。
八、九。もう思考している余裕はない。このままでは死ぬ。
一か八か、だった。私は守護者の思考をも取り込んだ。有効な策が思い浮かんだ訳ではなくて、回避の足しになればいいと縋るように発動しただけだ。
だが、幸運なことに守護者の思考は単純だった。
考えてみればそれもそうだ。こいつらを造り操っているグリード使いが、一〇を超える魔導人形全てに複雑な思考を付与することはあまりにも難易度が高い。
結果、「グリードで作ったエネルギーの弾を標的へ当てる」ただそれだけだった。
私は、ほぼ一定の距離を保っていたクインシーへ急激に近づく。
すると奴は床から斧を無数に出現させ、真上に飛ばして盾を作ろうとした。
奴は私のグリードが何か分かっていない。万が一を考え用心したことは心の声が物語っている。おかげで隙を突くことができた。
守護者と私の間にクインシーが入るよう動いたことで、守護者の光球はクインシーの背中を直撃した。
「ガッ……このデクどもが!」
瞬間、クインシーへ体当たりして薙ぎ倒し、ドアから強引に脱出する。
しかしプログラムされている攻撃を繰り返すだけの人形たちはこの間も動揺することなく光球を放ってきて、さすがに全てを躱すことはできなかった。馬鹿なおかげで隙を突けたがそれはそれでメリットでもあるようだ。
私はミナトに当たらないよう自分の体を盾にしながら廊下へ飛び出し、玄関ホールへ一直線に駆け飛んでいく。
──と、ガクッ、と体勢が崩れた。
見ると、斧が私の右後脚を大腿部中央から切断していた。
「クカカ。逃がさない」
意識が朦朧とし、後ろから放たれる数えきれないほどの光球を我が身に受けながら両開きの巨大な玄関ドアを体当たりするように開いた。
外にある大理石でできた玄関ポーチはこの速度で飛び出した私が立ち止まれるほどの広さはない。その外は空中だ。
したがって、勢いよく飛び出した私は血液を撒き散らしながらそのまま墜落する。
「セトさん!」
「だから。黙って」
何度言わせるのか。
もう喋るのも億劫だ。
視線を馳せる速度が鈍り、次の着地点が探せない。
が、たまたま目の前にビルの屋上があった。顔面が下を向いていたようだ。気力を振り絞ってヒュルッと体を回転させ、猫のように着地してすぐさま駆け出す。
ビルの屋上を飛び渡るような移動は集中力がもたなかったし、ロイヤルから飛び道具で攻撃されることを考えれば地上を走るのがいい。私は道路をひたすら走った。
もう走るのも厳しい。
天空から雨のように光球の嵐が降ってきたが、それは一瞬だけですぐに止んだ。
一般人を多数巻き込むと問題が大きくなるので流石のクインシーも諦めたらしい。
私はミナトを甘噛みしたまま、マーモットへ向かって駆け続けた。




