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43 浮遊城ロイヤルで雇われる。(数珠丸視点)


「カフェ・リリス」を出て、ミナトについていくと彼は裏路地に入った。

 暗黒街──黒竜(ヘイロン)の狭い路地から夜空を見え上げれば、そこかしこに照明が灯ったキューブ状の浮遊城「ロイヤル」を望むことができる。

 どういう構造なのか分からないが、キューブは傾いている。内部がどうなっているのか気になるところだ。


「さて。じゃあ、僕をロイヤルに連れて行ってくれる? 入口は、あの赤いランプで囲われているところだよ」

「なるほど。わかりました」


 私は、ぽん、とフェンリルへ姿を変えた。ミナト少年は「ひゅう」と口笛を吹く。

 姿勢を低くし、ミナトを背中に乗せる。


「しっかり捕まっていてくださいね」

「うん」

 

 目標点を狙い定めながら、力を加減しつつジャンプした。

 

「ひえっっ!」


 ミナトの悲鳴とともに、みるみるうちにロイヤルは眼前へと近づく。

 赤い灯火で囲まれたドアの前には玄関ポーチが形成されているので、私はそこへ着地した。


 到着してみると、玄関ポーチは馬よりも大きい私でも狭さを感じない程度の空間を有していた。パルテノン神殿のようなゴツい柱が設置されていて、城主の趣味が窺える。

 その玄関ポーチもドアも地上と比べると傾いていたが、恐らく重力方向が変化している様子だ。外にいる人から見たとすれば私たちは傾いたまま立っているように見えることだろう。


「……ほぇ。すごいなぁ、ちょっと目をつむっていたら、もう着いてた! もちろん水平移動も速いよね?」

「都会ならビルの屋上を伝ってひとっ飛びですね」

「わぁ。乗り心地はもふもふだし、これならご満足いただけるかも!」 

「どうも。ところで、私の採用に関する裁量権はあなたにあるのですか?」

「そうだよ。でも、クインシー様が気に入らなければもちろん僕は罰を受けるけどね。でも、きっとクインシー様もお喜びになられるよ。さあ、入ろうか。あ。でも、その前に」

「なんですか?」

「掟その一。『裏切らない』」


 黙ってミナトの言葉を聞く。

 語調からして私への忠告だろう。


「掟その二。『勝手なことをしない』。これを破った場合はどうなっても知らないよ?」

「この城に入ったら守らなければならない掟ということですか」

「クインシー様の部下が遵守する掟だよ」

「なるほど。玄関前で立ち止まってお話されたので、てっきり城内へ入る前に話しておかなければならないのかと」

「ふふ。やっぱり鋭いね。この城の中での会話や映像は、クインシー様のお部屋を除いて全て監視グリード使いが監視してる。あとは不審者を退治するための守護者(ガーディアン)が配置されてるから、くれぐれも小賢(・・)しい(・・)真似(・・)はしないよう気をつけてね」


 純粋な心を持つ少年だ。私のことを思いやる言葉ばかりで、見下したり蹴落としてやろうという言葉はない。今も私のためを想って、この城のことを教えてくれた。

 そして私は出会った瞬間から要所要所で阿弥陀を発動していたが、この少年は心の中でも腹黒いことは考えていない。

 クインシーの部下であるにもかかわらず、だ。


 ドアを開けると、赤い絨毯が敷かれた通路。

 やけに天井が高いが、これは恐らくクインシーの身長を考慮したものだろう。


 私はミナトに続いて歩きながら引き続き阿弥陀を発動し、疑問点について順次()()する。

 ミナトもバジリスク桐谷の居所は知らなかったが、その次に私が質問したことは、桐谷やクインシーのこととは全く関係のないことだった。


 それは「どうしてクインシーに従っているのか」だ。なぜなら、あまりにもミナトが闇の世界で生きる人物とは思えなかったから。

 質問の答えは、ずっと前から知っていたかのように私の記憶に刻まれる。


(僕は小さい頃に親に捨てられた)

(僕のことを第一に考えてくれる人なんて今までいなかった)

(クインシー様は僕のことをペットとして扱う。言葉では厳しいことを言い、お仕置きもされるけど、こんな僕のことを拾って、ずっとそばに置いてくれた。初めて無償の愛を与えられた)

(僕は……僕のことを好いて欲しいから、相手のためになることをしている。外から見ると相手のためのように感じるかもしれないけど……クインシー様とは真逆だ)

(自分本位な願いだ。後ろめたいと思っている)

(それでも、僕は愛されたい)


 私は甘いのかもしれない。

 何がどう転んだところでミナトはクインシーの手下だ。私の正体に気が付けば殺しにくるに違いないのにな。


「クインシー様は、ご立派な方なんですね」

「うん。すごく感謝してるよ。だから余計に後ろめたい気持ちになる」

「無償の愛だけが愛ではありませんよ。誰しも愛を受けたいものです」


 ミナトは、立ち止まって私を見ていた。


「なかなか鋭いね。なんか不思議な人だねセトさんは。僕もそう思うよ。理由はどうあれ、愛されたいものだよね。もしかして、セトさんは好きな女の人とかに振り向いてもらえない人?」


 心を読める私と同等クラスの推察力だ。

 まったく。子どものくせに。


「なかなか鋭いですね、ミナトも」

「あはは」


(案外、いい人だ)

(よかった。一緒にロイヤルで楽しく働けそうだ)

(それにしてもフェンリルって毛並みが綺麗だなぁ。すごく大きいし、同じ犬属でも大違いだ。彼はクインシー様の専属になっちゃうから、僕はもう乗れないだろうな)

(ああ、もしかしたらペット第一席の座を奪われちゃうかも! どうしよう)


「今考えていることを教えろ」という要求によって垂れ流されている心の声。

 一人難しい顔をしながらミナトは悩んでいる。

 可愛らしい思考を微笑ましげに読み取りながら、私は彼の横を歩く。


 赤い廊下を歩き、広い応接間のような場所に案内された。

 高級そうな革張りのソファー、シャンデリア、絨毯、絵画、彫刻。

 大きな木製の机の後ろ、壁には横物の掛け軸があり、そこには「忠」という文字が墨汁で書かれている。


「クインシー様はもうすぐおいでになられるよ。しばらくそのまま待っていてね」

「わかりました」


 ミナトが部屋を出て行った。

 私は、ソファーには座らず立ったままクインシーを待つ。もちろん、ミナトが「お掛けになってお待ちください」とは言わなかったからだ。


 次に扉が開いて入ってきたのは、巨躯の男だった。

 清十郎から読み取ったのと同様の姿をした魔人。

 目の前にいればすぐさま命の危機を感じるほどの、優しさとは対局の殺伐としたオーラを全身に纏う魔物だ。


「お前が新しい移動屋か。ミナトが認めたそうだな。名は何という」

「セトと申します。よろしくお願いいたします」

「俺がこの城の城主クインシー・キッドマンだ。勝手に座らなかったことは褒めてやろう。当たり前のことだが、その程度のこともできない愚か者が多くてな。お前は浮遊グリードを持っていないと聞いたがこの俺をロイヤルまで運ぶ能力があるか試してやる。ついてこい」

「は」


 低くて腹に響く声。部屋へ入ってくるなり恐竜を連想させるような威圧感のある声で立て続けに言葉を発する。

 私は奴についていきながら阿弥陀を発動していた。その質問はもちろん「バジリスク総裁・桐谷剛毅の居場所を教えなさい」だ。


(バジリスクは六本木にある巨大複合施設『六本木スローンズ』のうち中枢となる超高層オフィスタワー『テクノポリス』四〇階に本部を置いている)

(桐谷様は常時そこにおられる。住まいは六本木スローンズを形成する施設のうちの一つ、タワーマンション『ブレスト・レジデンス』だ)


 残念ながらそれ以外の詳細情報──つまりビルのセキュリティに関する細かいことや、桐谷が具体的にどの部屋にいるかなどの情報は得られなかった。

 ただ、これはそれほど大きな問題ではないはずだ。


 大まかな居場所さえ分かれば蒼真の魔眼なら発見できるはず。つまり、簡単に言えば私の仕事の大部分はこれで終わったと言える。

 もちろん狙撃しやすいシチュエーションまで暴ければベターだったが、側近ですら知らないのならこれ以上知ることはほとんど不可能だろう。

 あとは隙さえあれば撤退で良い。


 桐谷のグリード能力についてはほとんど分かっていると言っても良いが、念のため質問しておいたほうが良いかもしれない──こうと思ったところで、クインシーが私に命令した。

 

「セト。俺を乗せてここから地上へ行け」

「承知しました。しかしクインシー様、私の能力を見てからでも遅くはありません。一度私だけで地上へ行って、それから──」


 大木ほどもありそうな太さの腕で、ガッ、と勢いよく拳が叩きつけられる。

 私が喋り終える前、クインシーの拳が私の顔面を捉えていた。


「二度言わすな。次に口答えすればお前の体を二つにする。俺を乗せてここから地上へ行け」

「……承知しました」

 

 なるほど。口答えは厳禁、か。ミナトの忠告は正しかったな。

 今までの専属移動屋は浮遊グリードを使ってきたようだから、さぞ乗り心地が良かっただろう。だが、この私の背中は優しくはない。

 いいだろう。乗せてやる。チビるなよ?


 魔獣化し、フェンリルの姿をクインシーに見せる。鉄仮面の奥にある緑色の一つ目が、ジロッと私の体を観察するように一周した。

 鞍を持ってくる余裕もなかったので、私はそのままクインシーを背中に乗せて、世界一高いジェットコースターを超える浮遊城ロイヤルの玄関口から飛び降りる。


「ふっ」


 風を切る音が轟音となり、移動中にコミュニケーションをとるのは困難だ。

 背中のクインシーがどんなリアクションをしているのか確かめる術はないが、私は阿弥陀でこいつの心の声を拾っていた。


(着地の衝撃がわずかでも不快なものならば、すぐさま脳天を砕いてやろう)

 

 コケにされたことで対抗心が出るのはフェンリルだからではなく元来の性格だ。

 手足のクッションで着地の衝撃を完璧に受け流し、地上からビルの屋上へ飛び移った私はハイジャンプで再びロイヤルへ戻る。無駄な動きなど一切ない飾り気のない見せ物だったが、フリーフォールやらバンジージャンプ好きなら堪らないだろう。


 私は手足を折りたたみ、主が降りやすいように座った。


「はははははは! なかなかやるな。では、眼下のビルの屋上を順次伝って都心を出てみよ」

「承知しました」


 ロイヤルを飛び立ち、直近にあったビルの屋上へ。

 すぐにジャンプし、ビルからビルへと飛び移って地上の人間などでは視認困難なほどの速度で風のように疾走する。

 どうだ、と心で呟きながら阿弥陀で探ったクインシーの心は、想定外に踊っていた。


(ふははは。こいつは拾い物だ)

(気に入ったぞ。俺の足としてミナトの次──第二席のペットにしてやる!)


 どうやら気に入られてしまったらしい。

 さて、どうしたものかと思案しながらも能力が低いと思われるわけにもいかず、私はクインシーが喜ぶハイパフォーマンスを発揮しながら月夜を背負って駆け飛んだ。

 

 

 

 

 

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