41 愛する者のためには命を懸けるのが男(数珠丸視点)
とりあえず、ナドカさんがあの猫──瑠夏さんと蒼真が飼っている猫魔獣を紹介してくれる運びとなった。
「あの。それに際してもう一つだけお願いが」
「なんだ」
「瑠夏さんと蒼真には、どうか内密にしていただきたい」
「……いいよ」
ナドカさんがちょっと笑っている。
くそ。恥ずかしい。打ち明けたのは失敗だったか……?
この私が彼女候補として猫を紹介してもらうなどと。
どうやら昨日はバーベキューだったようで、瑠夏さんと蒼真は昼からマーモットへ来るらしい。
ただ、その件についてナドカさんが瑠夏さんへ電話し、昼から猫を連れてくるかどうかを尋ねたところ、しばらくして電話を蒼真に代わられ、次のように言われたのだという。
──あっ。それなら、あの、その、午前中にマーモットへバステトを向かわせます! ああ、そうなんです、あいつは一人……一匹で行動できるので!
事情はよく分からないが、午前中からあの猫に会えることになった。それが分かった途端、私は心がウキウキしていた。
ああ。私は気づいてしまった。でも、気づきたくなかった。
これで将来、私の妻は犬か猫になるのだろう。
マーモットに着いて、倉庫内へ入る。
ナドカさんは私に「ここで待て」と言ってテーブルのところで待たせ、事務所のほうへ歩いて行った。そして誰かに話しかける声がする。
「おはようベル。今日は蒼真があのバステトとかいう猫をよこすと言っていたんだが、知らないか?」
「あ、えっと、その。たぶんその辺をウロウロしてるんじゃないかと思うのじゃが……」
「そ、そうか……まさか変なところから突然現れないだろうな……」
ナドカさんはビクビクしていた。
彼女は昔から猫が苦手だからな。だから、正直私は「猫を紹介するなんて嫌だ」と言われて断られるだろうなと思っていた。断られたら断られたで、踏ん切りもつくし。
猫嫌いの彼女が頑張って耐えてまで私のために良くしてくれていると思うと、なんだか嬉しい気持ちもある。
「そ、そ、それで、バステトに何の用なのじゃ!?」
「ああ、バステトに会いたいという奴がいてな。以前、蒼真と瑠夏がバステトと一緒にいた時に、一目惚れしたらしい」
誰がそこまで言った!?
「異性として多少気になる」くらいのニュアンスに留めていただろ!
やばい。面白がっている。これは間違いなくじきに蒼真にもバレる。
最悪だ。
事務所からナドカさんが出てきて、それに続いて見たことのない一人の女性が目に入った。
少し癖っ毛のオレンジ髪。
美しい橙色の瞳。
おっとりして優しそうな可愛らしいタレ目。
瑠夏さんと遜色ないほど豊満な胸。肌の露出が多い服によって強調されている魅力的な体のライン。
そして、大きい猫耳と、整えられた毛並みの尻尾。
ビリビリと、体に電気が走ったようになる。
私は雷に打たれたかと思うほどに衝撃を受けていた。
なぜなら、我々魔獣は、魔人化したとてそれを見抜くことができるからだ。いわば同種を察知する力。
だからこそ私には分かった。
ベルさんは、瑠夏さんと蒼真が飼っている、あの時の猫だ!
ベルさんが眉根にシワを寄せているが、この娘も私を魔獣だと見抜いたに違いない。
情報屋を生業とする私は、魔人化していても常日頃からケモ耳と尻尾は擬態させて隠している。だから普段は人間と相違ない外観な訳だが、魔獣である彼女にとっては私の正体を見抜くことなど造作もないことのはずだ。
「ベル、紹介するよ。こいつは数珠丸という」
「あ……は、初めましてベルさん。数珠丸と申します」
「ああ、儂はベルじゃ。これからよろしく頼む。確か其方とは一度会うたな」
「ん? ベルと数珠丸は前に会ったことがあるのか? どこでだ?」
「あっ! しもた。い、いや、初対面じゃ! 気のせいじゃった!」
「今『確か』と言ったところだろ」
「嘘じゃ! 記憶違いじゃっ!」
もしかしてこの猫は、自分が猫魔獣であることを蒼真以外には隠しているのだろうか……と無意識に阿弥陀を発動していた。ここで阿弥陀を使ったのは個人的な理由ではなくて、口を滑らせればベルさんに迷惑を掛けてしまう危険性があるからだ。断じて自分のためではない。
そしてビンゴ。どうやら事情を知っているのは蒼真だけらしいので私も黙っておくことにしよう。
それにしても変わった喋り方だ。のじゃ語を使う若い女性は漫画やアニメの中の産物であって、現実で出会うことはまあ無い。その割に、案外拒絶感はないなぁと思った。
「あの。ベルさん、私と少しお話ししませんか?」
「ベル、店番は俺がやっておくから気にせず行ってきてくれ。というか数珠丸、バステトはいいのか」
「あ──っ! バ、バステトは儂が探して数珠丸殿に会わせておこう! それで良いじゃろ!」
「そうか。なら頼む」
「数珠丸殿、喫煙所へ行くぞ!」
ナドカさんがニタニタしている。そこがちょっと気に入らなかったが仕方ない。
喫煙所に着くと、ベルさんは、ぽん、と魔獣化してくれた。
オレンジと白の美しい毛並みをした、ノルウェージャンフォレストキャット。
高貴でありながら可愛さが同居している整ったお顔は、私の恋心を鷲掴みにした。
やっぱり……と思った。
自分の気持ちに気づいてしまったからには、もう引き返せないかもしれない。
「ほれ。この姿を気に入ってくれたのじゃな」
「ええ。本当にお美しいです。あの時もそう思いましたが、改めて見るとやはり女性の魅力に溢れている。さぞおモテになるでしょう」
「え? あ……い、いや、そんなことは」
ベルさん……いやバステトさんは、顔を赤らめて視線を逸らす。
可愛い。この状態のバステトさんを見て顔を赤らめているかどうかなど人間では判別できないだろうが、こんなに可愛い様子が理解できないなんて人間とは可愛いそうな種だと思うほどだ。
バステトさんは、ぽん、とまた「ベル化」してタバコを取り出した。
それにしても、初っ端から喫煙所というのは、ベルさんは私を男として見ていないのだろうか。
私は自販機で飲み物を買ってくることにした。
「何が良いですか?」
「うむ。タバコにはブラックが合うのう」
「わかりました」
チョイスも渋い。
もしかしたら脈なしなのかと心配しながら私は飲み物を持って喫煙所へ戻った。
フィーッと煙を上手に吐き出す幸せそうなベルさんの横顔に、しばし見入る。どうやら私のことがどうこうではなくて、タバコが心底好きらしい。
私は、自分の恋愛対象は人間の女性だとずっと思ってきた。
そして、さっきは「実は私の恋愛対象は犬や猫なのだ」と思い知らされた。
だが、今こうしてベルさんの姿を眺めているとなんだか変な気分だ。
猫の姿は限りなく美しい。
しかし、人間の姿を色濃く残した魔人化ベルさんも物凄く美しいと思うのだ。
よく考えれば、私は前世である人間と今世であるフェンリルが融合した存在だ。
実は、どストライクなのはその間をとった獣人女子なのではないか……?
もふもふの毛並みをもつ猫にはクラクラ来るが、女性らしいカラダのラインは人間にノックアウトされている私。
魔獣の魅力と、人間の魅力を、二ついっぺんに手に入れられる女性……。
「……戻って来ておったのか」
「どうぞ。ブラックです」
「すまんな。それで? 其方は魔獣じゃな。儂に何用じゃ。まさか告白しに来たわけでもあるまい」
「以前、瑠夏さんと蒼真に会った時、あなたのことが気になりましてね。お二人はあなたが魔獣であることを知っているのですか?」
「……な! ま、ままままさかうぬは! 儂のことを瑠夏にバラそうと!」
「いえ。そんなつもりはありませんよ。ただ、知っているのかと思っただけです」
「……何が望みじゃ」
「望みと言われたら大袈裟かもしれませんが……お時間のある時に、一緒に付き合っていただきたいところがありまして」
「……まさか。うぬは儂のカラダが目的か!?」
「え?」
「儂を脅してカラダを意のままにしようというのか! この鬼畜! 悪魔!」
「そんなわけないでしょう。ただ、もちろんあなたのカラダは魅力的だと思いますが」
「……っっ」
また顔を真っ赤にする猫獣人。
可愛い。めちゃくちゃ可愛い。擦れていない感じが堪らない。
もしかすると、この人も瑠夏さんと同じく心の真っ直ぐな人なのかもしれない。
心が読めてしまう私は様々な人間や魔人の心を覗き込んできたが、心の底ではどいつもこいつも汚いことを考えている奴ばかりだったから。まぁ人のことが言えるのかと問われれば私も同類ではあるが……。
自分のためだけに力を使うなど、仏様に顔向けできないほどエゴに満ちた行為だ。
だけど。
仏様。今だけ、お許しください──!
私はベルさんの心がどうしても知りたくて「阿弥陀」を発動させた。要求質問は「今、ベルさんが私のことをどう考えているか」だ。
(この銀髪、やっぱり私のカラダが目当てだ!)
(まずい。このままでは貞操を奪われてしまうぞ)
(バステト神であるこの儂が! じゃが、こいつも魔獣じゃ。まずはその正体を暴かなければ)
やはり、かなり警戒している。
ならばこちらから正体を明かしておこう。
「あの。実は私、フェンリルでして」
「なに!?」
私は、ぽん、とフェンリルに姿を変えた。
(おおお! 神々さえも手を焼いたと言われる神獣フェンリルか!)
(儂は神の一人じゃが、フェンリルは確か、神さえも殺し得る凶悪な獣)
(デカい。こんなのに逆らえばマジで殺される!)
彼女はこんなことを考えていた。
いや殺しませんて。ってか攻撃にグリードを振っていない私は魔物のくせにそれほど戦闘力は無いのですよ。
それにしてもこれじゃダメだ。警戒心を抱かせただけだった。
とりあえず、私はまた魔人化した。
「あの。私はただ、本当にあなたのことを素敵な女性だと思っただけなんです。だから二人でお話ししたいと思い、ナドカさんにお願いしたんです」
(えっ……)
(本当に? カラダ目的じゃなくて? 儂のことを、一人の女性として?)
(いや、そんな訳はない。ずっと猫として選ばれず、飼い主から捨てられ続けてきた)
(もう二度と捨てられたくない。飼い主に愛され、幸せな人生を送りたい)
(そんなことすら成し遂げられぬ儂が、殿方に女性として愛されるなど無理な話)
(希望を持つな。そんなことなどある訳はないのじゃ)
苦しんでいる人がなぜそのような心情に至ったのか、それを知りたくて私はこの能力を発現した。
未来へ進むための手助けをし、より多くの人を救えるようにと考えた。
だが、結果的に、このグリードが最も生かされるのは闇の世界だ。
命のはざま──あと少しで谷底へ転げ落ちてしまう人たちを救えるのは裏の世界に住むエージェントたち。
私は魔獣だが、人間だった前世から引き継いだ魂が、彼らの手助けをしろとこの私の体を突き動かしている。
ベルさんは、悲しいことを考える女性だ。
私は、彼女のことを幸せな気持ちにしてあげたいと思った。しかし、彼女の深層心理を勝手に覗き見ている私にそんなことを考える資格はないだろう。
この女性を幸せにするために必要なものは、心眼ではない気がした。
私はグリードを閉じる。
「あの……ベルさん」
「あ……ああ」
「私は今から、とある仕事をしなければなりません。そこそこ難しい仕事なのでうまくいくか分かりませんが……もしそれが終わったら、あの。私と、お食事をご一緒していただけませんか?」
「……どうして、其方は儂のことを誘うんじゃ」
──どうして?
どうしてだろうな。改めて問われると言語化が難しい。仮に阿弥陀を使っていたとしても完璧に答えることができない質問だ。なぜなら、彼女ですら自分の望む答えを持ち得ていないだろうから。
この人のことが好きだから?
すごく関心があるのは確かだけど、まだ分からない。
いや、分からないから……なのか。
「あなたが微笑むとどんな笑顔をされるのか、気になりまして」
「…………ふ」
目を丸くしていたベルさんは、私の言葉を噛み砕いた後に少しだけ笑う。
どう思われたんだろう。
いや、そもそも私はどんな顔をしていたんだろうな。きっとひどい顔に違いない。少なくとも、今まで装ってきたクールで知的な聖職者の顔ではないだろう。
顔は熱いし、彼女から視線を逸らしているし、声だって小さい。
「いいじゃろう。頑張ってこい、数珠丸」
「はい!」
喫煙所から二人で倉庫へ戻り、ナドカさんのところへ。
ベルさんは銃火器の手入れをこれから教えてもらうそうで、事務所で待機を命じられた。
私はナドカさんと、倉庫のテーブルで話す。
「数珠丸、どうだった」
「ええ。迷いは晴れた。心は明確に決まりました」
「そうか! それは良かったな」
「私はベルさんに認めてもらうため、この命に懸けて絶対に仕事を成し遂げます」
「え? ベル? バステトじゃなくて? ってか、あの。瑠夏のことを忘れて、これからは無理すんなって話じゃ──」
ナドカさんが何か言おうとしたが、そんなことはもう大事なことではない。
愛する者のために命を懸けるのは、いつの世も男の使命なのだ。




