40 潜入前には心の準備が必要?(数珠丸視点)
情報屋の仕事を専門でやってきた私にとって、仮に相手が魔族暴力団であろうとそれは普通のことだ。
だが、今回ナドカさんは私のことをえらく気遣っていた。私はバジリスク・桐谷剛毅の詮索方法を思案していてまだ潜入していなかったのだが、朝早くからわざわざ私の寺へやってきて、お茶を一杯やろうと言ってくれたのだ。
真ん中に池がある池泉回遊式の日本庭園が見渡せる縁側に座っていただき、お茶をお出しした。
多少肌寒いが天気は良くて気持ちがいい。
「なあ。お前はさ、蒼真のことも、瑠夏のことも、心の中は覗けるんだろ?」
「状況的に必要だと判断した場合にのみ使用するつもりですけどね。私の力は人々を幸せにするために天から授かった力。我が身の願望を叶えるために使うものではありませんから」
読心グリード・如来心眼「阿弥陀」。
それが私のグリードの名だ。
阿弥陀とは、一切の民を救済する仏だ。
私の飼い主は住職で、私の前世は司祭。
生粋の聖職者であり、人のためにこの力を使うことが私の使命なのである。
「なら、瑠夏の気持ちはわかってるだろ。どうして瑠夏にこだわるんだ?」
「いきなりですね。なんのことですか?」
「人の心は読むのに、自分の心は読まれたくないか」
「ずるいと?」
「いやぁ。たまには自分の気持ちを吐き出したほうがいいんじゃないかと思ってさ。考えは整理しておくに限る。特に、難易度的に生きるか死ぬかになる仕事へ向かう前はなおさらだ。それが運命を左右することも有り得る」
「……敵いませんね、ナドカさんには」
せっかくのご厚意だ。
説得されるとは思っていないが、私は話を聞いていただくことにした。
「好きな女性がこちらを向いていなくとも、チャレンジするのは勝手でしょ」
「可能性があると思ってるわけか」
「負けると分かっているから尻尾を巻いて逃げ出すというのは、どうかと思いますけどね」
「瑠夏にこだわれば、この仕事で死ぬかもしれない」
一瞬、言葉に詰まる。
そういう時の反応を、ナドカさんは見逃さなかった。私の顔を見てから、ふっ、と笑みを浮かべる。
言い返す言葉を頭の中で慌てて整理してから、私は口を開いた。
「私は魔獣ですよ? いくら攻撃グリードを持っていないとは言え、一応魔物に対する攻撃力は持ち合わせています。ある程度の危機は自分の爪と牙で何とかしますよ」
魔物に対しては、グリードの乗った攻撃しかダメージが入らない。ただし、魔物同士の戦闘に関しては別だ。
魔物の直接攻撃は、何故か魔物には通用する。
それは魔物の体を構成する成分に原因があるとか言われているが、確かなことは分かっていない。
前世で魔法が使えた私の個人的な見解でいうと、これは恐らく「魔素」に似たような成分ではないかと思っている。
魔素とは魔力の素となる成分だ。
前世である異世界の魔物には細胞レベルで魔素が含まれていたので、肉体強度が人間とは比べ物にならなかった。グリードが無くても魔物同士で攻撃が通用する原因は、それじゃないかと思うのだ。
そして、グリードが途轍もない威力を捻り出すのも、魔物がグリードに目覚めやすいのも、同じ成分の影響だと考えれば筋は通る。
ただ、取り急ぎこう反論してみたものの、ナドカさんに論破されることは目に見えていた。
「いくら魔物であっても、グリードには太刀打ちできないことくらい分かってるだろ。根本的な効力の大きさが全く違うんだ。そんな考えを本気で持っているなら間違いなく死ぬ」
「……冗談ですよ。ただね、それと瑠夏さんにこだわったら死ぬ話がどう関係するんですか」
「あいつのために命を懸けようとするな」
「どうして私がそうすると?」
「お前は元来、飄々としている奴だ。人の救済を自らの使命としているが決して無理はしない。だが、瑠夏の存在がお前からいつもらしさを奪っている気がしてな」
「そうですかね」
「お前が無理をしなくても、あいつらならなんとかするさ。『情報を得るのは無理だった』と言えばいいだけのことだ」
「それはプロとは言えないんじゃないですか」
「無理なものは無理。それが現実だ。その時は情報料を貰わないわけだし、一銭も入らない。むしろそれがプロだろう」
「…………」
「だが、困ったことにお前は瑠夏に格好をつけたい」
「まぁ……蒼真が外さないのに、私がしくじるわけにはいきませんからね」
「張り合わなくていいんだ。あいつが外さないのには、もう一つの『欲の力』が相乗効果を発生させているからなんだよ」
「どういうことですか?」
如来心眼「阿弥陀」は、心もしくは言葉で尋ねたことに対して回答を得る形式のグリード能力だ。すべての情報を自動で吸い取るものではない。よって、私が尋ねなかったことについては情報を得られない。
蒼真の能力については既に尋ねたはずだったが、まさか見逃したものがあったのだろうか。
「いつか蒼真が話してくれたことがあってな。あいつは、『百発百中で的に当てて、瑠夏にカッコいいところを見せたい』と願ったそうだ」
「……なるほど。それのことですか」
つまり、瑠夏さんの前である限り、「的を外す」というダサい真似は絶対にしないというわけですね。
だからと言って、勝負から降りる理由にはなりませんがね。
「前世からの絆で結ばれた夫婦に無理して割り込む必要はない。それがお前の命を削るならなおさらだ」
「前世からの絆があるからと言って、心変わりしないとは限りませんよ?」
「それは瑠夏の心を読んだお前自身が一番分かっていることだろうな」
「……好きな女性のために命を削るなんて、素敵なことだと思いませんか」
「ったく、お前は強情だ。他に好きな女はいないのか」
心を読める私は、基本的に人間不信であると言っても差し支えないだろう。どいつもこいつも口では綺麗なことを言っておきながら内心では一八〇度違うことを考えている。むしろ心眼が無くても口の逆張りをしたら当たるんじゃないかと思い始めたくらいだ。
そんな私に言わせれば、瑠夏さんほど真っ直ぐな心をした女性はいなかった。
純粋な愛と、悲しいほどの復讐心。
だから私は、すぐに彼女の虜になった。
とりあえずで付き合った女性は何人もいるが、今まで心から好きになった女性は一人もいない。
それで言えば、ナドカさんの問いには「いない」と答えるしかないが……。
まぁ……気になることと言えば、雌犬とデートする夢を頻繁に見ることか。
これは前世ではなかったことだ。フェンリルと化したことが影響しているんだろうが、道を歩いているメス犬を見ると妙にムラムラする感じはある。実は猫ですら危うい。
特に、飼い主に手厚くケアされた良い毛並みの犬や猫のメスは性的な意味でものすごく可愛いと思う。一度デートしてみたら面白いなと思ってしまう自分が若干怖いくらいだ。
最近瑠夏さんと蒼真が飼い始めた猫がちょっと気になっているが、気のせいということにして自分を納得させていた感はある。
見ただけで分かったがあの猫は魔獣だ。魔人化したらどんな女性なのだろうか。
………………。
「いるみたいだな」
「はっ!? いえ、今のは誤解です」
「どういう誤解?」
「…………」
ただ……万が一にもないことだが、仮に、だ。
あの猫を本命にしたとして、私はあの猫に良いところを見せるために命を懸けることになるんじゃないか? それって結局一緒だ。
まあ……私の趣味がそっちじゃないと証明するために話くらいはしてみてもいいかもしれない。
私は知らぬ間にうんうん唸っていた。
ナドカさんから与えられた問答に必死になって答えを出そうとする。
「うーん……よくわからんけど、最悪蒼真たちの依頼は断って、その悩みがきちんと解消されてから仕事に取り組んでもいいんじゃないか? 『仕事は仕事』だと言われても気にするな。お前の命に関わるんだ。俺からみんなに説明してやってもいいから」
「……あの。なら、一つだけお願いしていいですか?」
「ああ」
「瑠夏さんと蒼真が飼っている猫、紹介してもらっていいですか」
「はい?」




