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04 最後のチャンスか



 

 新たに生まれた人格は、自我割合が安定していないというか、常に変動しているようなイメージだった。

 例えば、さっきは蒼真が優勢だったが、今はジルが優勢……みたいな感じで。

 その割合は、どちらの人格がより大きな感情を波打たせているかで決まっているっぽい。


 今現在の俺の人格は蒼真が優勢で、八割くらいが蒼真という印象。その原因は自分の人生がどっぷり復讐一色に染まることを自覚してやっぱりだんだん怖くなってきたことだ。

 本当なら瑠夏と手を繋いでデートして、放課後の教室とかでこっそり抱き合いながらキスをして、親がいない間にどちらかの家へ行って、ゴロゴロしているうちに良い雰囲気になったらスカートをペロッと捲ってとうとう中身を──


「そうちゃん。それでね、これからのことをお話ししたいんだけど」


 そういう妄想を、瑠夏が現実で遮断する。

 自我割合が百パーセント蒼真じゃないからか妄想の中身が小学生らしからぬ進化を遂げていた。蒼真の知識を得た残り二割のジルが現代のシチュでメルと遊ぶという妄想遊戯を勝手に繰り広げている。それで怖がる蒼真を惑わせて(なだ)める算段だ。もうめちゃくちゃで何がなにやら……。


 尋常じゃないほどの殺意を撒き散らしていた瑠夏は、もういつもの小学生モードに戻っていた。

 こいつは今までずっと大人であるメルの人格を持っていたのに小学生を装っていたというたことだ。それとも普段は「瑠夏」が優勢なのか。

 急にいつもの瑠夏に戻られても若干ついていけない感があった。さっきは俺のことを「殺すぞ」みたいな目で見ていたのにな。


 もちろん、蒼真とジルが合意した今、俺の進むべき道は復讐。

 しかし瑠夏に命の危機が発生した場合は、何がなんでも瑠夏の命を最優先するという条件付きだ。

 その条件をジルが受け入れたのは、ジルもまた大切な家族を二度と殺されたくないと切実に願っていたことが影響している。そう考えれば、うまくやれば何とか生き延びられる可能性もちゃんとある。


 神から貰った力──蒼真と瑠夏、二人分。 

 蒼真は、百発百中で物を的に当てる力。

 瑠夏は……たぶん石の威力をバカほど上げる力?


 いずれにしても、もらった力を二つ合わせてうまく使いながら、いざという時には逃げられるようにしておけばいいわけだ。

 論理と妄想を織り交ぜたジルの説得──というかほとんど篭絡(ろうらく)とも呼べる手法により、ようやく俺の中の蒼真の性質が平静を取り戻してきた。


 とはいえ、普通の一般人として生きていく人生に比べれば遥かに命の危険があることは明白だ。そこはジルにもどうしても否定できない部分であった。


 進むべき道は決めた。

 でも、命の危機も自覚した。

 そんな蒼真は──そう、ジルではなく「蒼真」は、何かが吹っ切れていた。そうして至ったのは妥協や遠慮など後悔しか残さないという結論だ。

 結果、蒼真の性質が暴走した。


「そうちゃん? 聞いてる?」

「ああ。もちろんこれからのことも話そう。だが瑠夏。一つだけお願いがあるんだ」

「うん? お願い? なに?」

「俺、ずっと……ずっと前からどうしても見たかったものがあるんだ。戦いの日々に身を投じる前に何卒それを見せて欲しいと思ってる」

「あたしにできることなの? いいよ。何? なんでも言ってよ!」

「むしろお前のがいいんだ。……本当に? 何でも言っていい?」

「うん! あたしたちはこれから力を合わせて一緒に戦うバディだよ? もちろんだよ!」

「よかった! じゃあパンツ見せて」

「ん?」


 ガチガチの欲望を臆面もなくぶつけられて瑠夏の瞳が揺れている。言葉は聞こえているけど頭ではまだ受け入れられていない純粋な顔がちょっと癖になりそうだなぁ。


「なにを見せてって?」

「パンツ見たい」

「また冗談ばっかり」

「本気だよ」

「は? あのね。ふざけ──」

「だってさぁ!!!!」

「ひっ」

「もうこれで人生終わりかもしれないんだよ!! 俺はこのまま死にたくないんだよ!! 絶対に瑠夏のパンツだけは見たいんだよ!! 見ないまま死んだら化けて出ちゃうよ!! 成仏できないよ!! 絶対に見たい!! 見せて!!」

「まっ……ちょ、まっ……」

「お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い。お願い」

「怖っ」


 この程度のことは慣れているはずのメルがマジで引いていた。てことはこりゃ今はメルじゃなくて瑠夏が優勢か。それとも勢い余って押し過ぎたか?

 でも今の俺に怖いものはない。そして引けない。死ぬかもしれないのに悔いを残す訳にはいかないのだから。


「怖いって何!? 可愛らしい小学生の純粋な欲望だよ! 大体俺たちは前世で夫婦だったじゃないか! 今さらパンツくらいで文句言わない!」

「だ、だって!! あたしだってメルだけじゃなくて瑠夏もいるんだよっ! メルは平気だけど小学生の瑠夏は死ぬほど恥ずかしがってるの!! おおおおお男の子にパンツ見せるなんて嫌っ」

「経験者のメルが手ほどきしてあげればいいんだよ。それを俺に教えてくれ! こっちは蒼真が自我率九〇パーセントくらいの割合で教えてもらう気満々だからもういつでも大丈夫だ」

「アホかっ。無理無理無理無理」

「ほら。一回やってみれば案外抵抗感無くなる──」


 ぱぱあん!


 往復ビンタを両頬に喰らい、そこら辺にお星様が飛んだ。


「復讐に命懸ける覚悟あるのにパンツくらいで文句言うなんて」

「……変態」

「それ前世の愛する夫に使う言葉ですか」

「子ども二人も居たのに生まれ変わってもパンツ見たいと真剣にぬかし始める夫にはさっきの言葉がお似合いだよ」

「違う! ……とジルが言っています。今世の蒼真が昔からずっと瑠夏のパンツを見たかったんだよ」

「……む、昔からずっと」


 瑠夏が心底引いていた。

 そしてジルが蒼真を売った。でもそれはどっちも自分で。


「じゃあ今世の蒼真が変態なんだね。ってか一応確認だけどジルは見たいと思ってないよね?」

「思ってる訳ないよ。ジルは小学生のパンツには興味ない」

「じゃあ蒼真単独でさっきみたいな激しい欲望を抱いたってこと? どうしてパンツ視る力を願わなかったのか不思議でならないわ」


 まぁそこは若干危ないところではあった。

 愛する我が子の仇を討つより女の子のパンツ見たい夫になってしまう所だった事は言わないでおいた。


◾️


 俺たちは、河川敷の土手に座って一息ついていた。

 空は相変わらず蒼くて、昔の辛い記憶を取り戻そうが取り戻すまいが、同じ蒼さだ。


「どうして、俺たちだけ転生したんだろうな……」


 それが心の声だった。

 復讐を果たすチャンスを与えられたこと自体は感謝している。

 だが、あの神の意図はなんだ?


 紫色の瞳をした天使。あいつは間違いなく神の(しもべ)だろう。

 自分の部下が犯した過ちの贖罪か。なら、どうして子どもたちも転生させなかった?


「わかんない。でも、あたしは……あたしは罰を受けなきゃならない。全てが終わったら地獄に堕ちて、永久に償い続けることになる」


 ふと、さっきまでフザけていたのとはまるで性質の違うこれ以上ないほど重要な場面だと思った。

 成功すればジルの目的は叶わなくなるが、蒼真の目的を確実に叶えるには最後のチャンスかもしれなかった。


「メル。瑠夏の人生が犠牲になるって考えたんだな」

「もちろんだよ」

「それでも、そうするのか」


 メルは、土手に寝転がって空を見上げた。


「何を犠牲にしてでも、目的は絶対に成し遂げる。瑠夏には散々謝った」

「瑠夏は、なんて言ってた?」


 少しだけ、無言の間があった。

 それから顔を俺とは反対側へ向けたが、メルの目尻から涙が(こぼ)れたのが見えた。


「……メルの叫びを無視できない、って」


 どちらの涙なのか判断がつかなかった。つかなかったけど……もし、自分の心の悲鳴を隠してメルのために命を捧げようとしているのなら。


 引き止めようとするジルの声を無視して、俺は蒼真の心を全力で解放していた。

 今しかなかった。時間はない。なのに、ろくなセリフは思い浮かばない。

 それでも、どうにかして「瑠夏」の心に届くようにと願って言葉を投げた。うまくいけば、今後の動きに関して「瑠夏」が主導権を握れるかもしれないと思った。


「瑠夏。本当に自分の気持ちに素直になったか?」


 メルの目つきが座る。


「……それってどういう意味?」

「瑠夏とメルの協議の話だよ。この世界で普通に生きてきた六歳の時の瑠夏が、どうして過酷なメルの願望に同意したのかと思ってな」

「それはあなたも似たようなものでしょ?」


 圧倒的にメルが優勢になっている。

 俺の本心が、復讐よりも瑠夏(メル)を護ることを最優先に置いているだなんてメルに知られる訳にはいかない。

 残念だが、ここまでだった。


「そうだな。その答えは回答した通りだよ。お前と同じだ」

「うん。わかってる」


「瑠夏」は、自我割合を押し戻さなかった。

 それはつまり、感情が昂っていないということ。

「瑠夏」の決意はブレることなく、蒼真の言葉は届かなかったことを意味していた。


 


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